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発掘された絵
第二話
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少女に案内された先で、木にもたれかかって絶命していたのは例の裏切り者だった。夜目の利かない人間が暗闇の中、斬ってもたいしてダメージがいかないゴブリンを二体も相手にするのは無理があったのだろう。
近くには盗まれた壺の木箱が転がっている。中を確認すれば、幸いにも壺は割れていない。ぎっしりと詰め込まれた緩衝材が仕事をしていた。
「お姉さんの知り合い?」
「そうとも言えるわね」
ルーチェは魔法を使用、地面を人ひとり入れる程度に陥没させた。そこに死体を転がし入れて土をかぶせる。
放置しておいてもよかったのだが……。
「臭いで肉食動物が来ないとも限らないからね」
言い訳じみた独り言をつぶやくと、ルーチェは改めて少女に案内を頼もうとして、そこで自己紹介をしていないことに気づいた。
「私はルーチェ。あなたはどう呼べばいい?」
「私はネサ。ネサ・ジェータンって呼ばれてるよっ」
元気に少女は答え、暗闇の中を歩き出した。
どれほど森の中を歩いただろうか、森に変化が起きた。木々の間から光がちらつくようになったのだ。そして唐突に森が途切れた。
「到着。ここが私が住んでる町だよ」
振り返り、どことなく誇らしげに町を紹介するネサだったが、ルーチェはそれに反応をする余裕はなかった。
「……なに、ここ」
確かにそれは町だった。大小様々な建物が整然と並び、各家の窓からは明かりがもれている。人々が生活している匂いも感じられる。だが不思議と現実感は乏しい。
ルーチェの視線を釘付けにしたのは町の照明だった。長いポールの上に球形のガラスのようなものが設置されていて、それが柔らかい光で町を照らし出している。それが通りに何本も立っているのだ。
しかもルーチェは、そのガラス状の物から魔力を感じなかった。少し前から実用化されはじめた魔導具にも似たようなものはあったはずだが、魔力の消費が激しく、光量も目の前のものよりは弱い。
まったく魔力を消費せずに広範囲を照らすこれらは、一体なんなのか。
ルーチェの疑問は町に入ってからさらに深まった。建物の建材がまったくわからないのだ。艶のある、継ぎ目のない素材で壁が作られている。窓にはガラスがはめ込まれているが、高価なガラスがいち家庭にふんだんに使用されているのはにわかには信じがたい。
唖然とする彼女の前で不意に扉が開いて一人の女性が姿を現した。彼女はネサを認めると破顔した。
「ネサ、帰りが遅いから心配してたよっ」
「ごめんなさい、アマリーさん。なんか変な生き物に追いかけられちゃって」
変な生き物と聞いてアマリーはルーチェを見た。ルーチェは無言で首を横に振る。私は無実だ、と。
「違うの、このお姉さんに助けてもらったの」
「そうなのかい? まあ、ネサがそう言うなら恩人だ。なにかお礼をしないとね」
「……では、食事を」
お礼という言葉にルーチェは遠慮なく食事を希望した。荷物は馬車に乗せたままだったので、旅食すら持っていなかった。もともと、賊の居場所を特定したら報告に戻るつもりだったのだ。
それがなんの因果か、なかなか死なないゴブリンと戦い、思い壺を背負って森の中を歩くことになるとは。腹が減って当然だ。
アマリーと呼ばれた女性は笑顔で頷いた。
「わかったよ、ちょうど食事の準備をしてたから食べていきなよ。ネサはどうする?」
「私は、もう少し仕事してくるよ。予定より遅れちゃってるし」
「わかった。いつでも来ていいからね」
「うん。じゃあね、お姉さん!」
ネサはぶんぶんと手を振りながら駆け出す。
「大丈夫なの?」
「ネサなら大丈夫だよ」
(さっき大丈夫じゃなかったんだけどな)
そう思うが口にはせず、ルーチェはアマリーに促されて家へと入った。
◆
夜が明けた。
結局、食事だけでなくアマリーの家で一泊させてもらったルーチェは、ますますこの町への違和感を強くしていた。
火を使わずとも調理できる道具や、水が出てくる筒。食材を冷やして保存する箱など、ルーチェの知る魔導具をはるかに超える数々の道具があの家にはあった。しかも、どれからも魔力を感じないのだ。
食事をしながらネサや町について質問をしたのだが、その返答もルーチェを困惑させた。
「ネサはいい子よ。あの子がいてくれるから、私たちは生きていられる。そう感じるの」
「この町の名前? 特にないわね。ここは、ここ。それじゃだめかしら?」
理由や理屈はどうでもいい。自分がここにいるのが当然。
そんな反応に不自然さを感じるのは当然だった。
さらにいえば、食事をしても腹が満たされなかった。味は感じたのだが、まるで霞をたべているかのようで現実感がなかった。
町を歩き、他の住人にも話を聞いても反応はアマリーと同じ。全員が全員、町の名前も気にせず、ネサを無条件で信頼している。ルーチェはこの町の────いや、この町と森すべての謎をネサが知っていると判断した。
空腹に耐えて捜すこと一時間ほど。町のはずれで森から出てきたネサを見つけた。
「ネサ、質問があるんだけど」
「なあに、お姉さん」
「ここは……どこなの?」
「……」
「あまりにも私がいた場所とは違いすぎる。建物とか、道具とか……そう、文明が違いすぎるわ。もう一度訊くわね。ここは、どこ?」
元の場所にもどらなければならないのだ。焦りから少し強い口調になってしまったが、ネサは怯えるどころか予想外に笑顔を見せた。
「そっか。もしかしてと思ったけど、お姉さんは外の世界の人なんだね」
「外?」
「ついてきて」
ネサは踵を返して再び森へと入っていく。ルーチェも黙ってあとを追う。
獣道とは違う小さな道を、木々を縫うように歩いていく。踏み固められた小道は、定期的にネサが歩いている証拠だった。
「お姉さんは、六降魔星の話、知ってる?」
「それって……神話時代の話でしょ?」
ネサの質問にルーチェは戸惑いを隠せない。
遙かな昔、天より悪魔が降ってきた。
それらは六つの悪魔。すなわち、不浄、狂気、汚染、疫病、異形、呪いだ。
神々は総力を結集して迎撃したが、大地に降ろした時点で手遅れだった。悪魔は大地を穢し、水を腐らせ、風を止め、命を捻じ曲げた。いくつもの国が亡び、森が消え、大地が海に還った。
悪魔を無に帰し、大地を浄化の炎で焼き払った後には、栄華を極めた文明は消え去っていたと神話には記されている。
「月の女神が悪魔の襲来を早くから警告していたらしいんだけどね、平和に慣れた神々は耳を貸さなかったんだって。だから月の女神は、自分への信仰に篤い人々に警告を発したの。悪魔が去るまで別の世界に逃げなさい、って」
「それって……」
ルーチェがなにかを言う前に、不意に森が開けた。そこには巨大な塔があった。
入り口らしき扉には手をかける物がなにもなかったが、ネサが脇にあるガラスの板に手を押しつけると、音もなく扉が開いた。
ネサに誘われ、塔に踏み入ったルーチェは長い通路を通り抜け────それを見た。
近くには盗まれた壺の木箱が転がっている。中を確認すれば、幸いにも壺は割れていない。ぎっしりと詰め込まれた緩衝材が仕事をしていた。
「お姉さんの知り合い?」
「そうとも言えるわね」
ルーチェは魔法を使用、地面を人ひとり入れる程度に陥没させた。そこに死体を転がし入れて土をかぶせる。
放置しておいてもよかったのだが……。
「臭いで肉食動物が来ないとも限らないからね」
言い訳じみた独り言をつぶやくと、ルーチェは改めて少女に案内を頼もうとして、そこで自己紹介をしていないことに気づいた。
「私はルーチェ。あなたはどう呼べばいい?」
「私はネサ。ネサ・ジェータンって呼ばれてるよっ」
元気に少女は答え、暗闇の中を歩き出した。
どれほど森の中を歩いただろうか、森に変化が起きた。木々の間から光がちらつくようになったのだ。そして唐突に森が途切れた。
「到着。ここが私が住んでる町だよ」
振り返り、どことなく誇らしげに町を紹介するネサだったが、ルーチェはそれに反応をする余裕はなかった。
「……なに、ここ」
確かにそれは町だった。大小様々な建物が整然と並び、各家の窓からは明かりがもれている。人々が生活している匂いも感じられる。だが不思議と現実感は乏しい。
ルーチェの視線を釘付けにしたのは町の照明だった。長いポールの上に球形のガラスのようなものが設置されていて、それが柔らかい光で町を照らし出している。それが通りに何本も立っているのだ。
しかもルーチェは、そのガラス状の物から魔力を感じなかった。少し前から実用化されはじめた魔導具にも似たようなものはあったはずだが、魔力の消費が激しく、光量も目の前のものよりは弱い。
まったく魔力を消費せずに広範囲を照らすこれらは、一体なんなのか。
ルーチェの疑問は町に入ってからさらに深まった。建物の建材がまったくわからないのだ。艶のある、継ぎ目のない素材で壁が作られている。窓にはガラスがはめ込まれているが、高価なガラスがいち家庭にふんだんに使用されているのはにわかには信じがたい。
唖然とする彼女の前で不意に扉が開いて一人の女性が姿を現した。彼女はネサを認めると破顔した。
「ネサ、帰りが遅いから心配してたよっ」
「ごめんなさい、アマリーさん。なんか変な生き物に追いかけられちゃって」
変な生き物と聞いてアマリーはルーチェを見た。ルーチェは無言で首を横に振る。私は無実だ、と。
「違うの、このお姉さんに助けてもらったの」
「そうなのかい? まあ、ネサがそう言うなら恩人だ。なにかお礼をしないとね」
「……では、食事を」
お礼という言葉にルーチェは遠慮なく食事を希望した。荷物は馬車に乗せたままだったので、旅食すら持っていなかった。もともと、賊の居場所を特定したら報告に戻るつもりだったのだ。
それがなんの因果か、なかなか死なないゴブリンと戦い、思い壺を背負って森の中を歩くことになるとは。腹が減って当然だ。
アマリーと呼ばれた女性は笑顔で頷いた。
「わかったよ、ちょうど食事の準備をしてたから食べていきなよ。ネサはどうする?」
「私は、もう少し仕事してくるよ。予定より遅れちゃってるし」
「わかった。いつでも来ていいからね」
「うん。じゃあね、お姉さん!」
ネサはぶんぶんと手を振りながら駆け出す。
「大丈夫なの?」
「ネサなら大丈夫だよ」
(さっき大丈夫じゃなかったんだけどな)
そう思うが口にはせず、ルーチェはアマリーに促されて家へと入った。
◆
夜が明けた。
結局、食事だけでなくアマリーの家で一泊させてもらったルーチェは、ますますこの町への違和感を強くしていた。
火を使わずとも調理できる道具や、水が出てくる筒。食材を冷やして保存する箱など、ルーチェの知る魔導具をはるかに超える数々の道具があの家にはあった。しかも、どれからも魔力を感じないのだ。
食事をしながらネサや町について質問をしたのだが、その返答もルーチェを困惑させた。
「ネサはいい子よ。あの子がいてくれるから、私たちは生きていられる。そう感じるの」
「この町の名前? 特にないわね。ここは、ここ。それじゃだめかしら?」
理由や理屈はどうでもいい。自分がここにいるのが当然。
そんな反応に不自然さを感じるのは当然だった。
さらにいえば、食事をしても腹が満たされなかった。味は感じたのだが、まるで霞をたべているかのようで現実感がなかった。
町を歩き、他の住人にも話を聞いても反応はアマリーと同じ。全員が全員、町の名前も気にせず、ネサを無条件で信頼している。ルーチェはこの町の────いや、この町と森すべての謎をネサが知っていると判断した。
空腹に耐えて捜すこと一時間ほど。町のはずれで森から出てきたネサを見つけた。
「ネサ、質問があるんだけど」
「なあに、お姉さん」
「ここは……どこなの?」
「……」
「あまりにも私がいた場所とは違いすぎる。建物とか、道具とか……そう、文明が違いすぎるわ。もう一度訊くわね。ここは、どこ?」
元の場所にもどらなければならないのだ。焦りから少し強い口調になってしまったが、ネサは怯えるどころか予想外に笑顔を見せた。
「そっか。もしかしてと思ったけど、お姉さんは外の世界の人なんだね」
「外?」
「ついてきて」
ネサは踵を返して再び森へと入っていく。ルーチェも黙ってあとを追う。
獣道とは違う小さな道を、木々を縫うように歩いていく。踏み固められた小道は、定期的にネサが歩いている証拠だった。
「お姉さんは、六降魔星の話、知ってる?」
「それって……神話時代の話でしょ?」
ネサの質問にルーチェは戸惑いを隠せない。
遙かな昔、天より悪魔が降ってきた。
それらは六つの悪魔。すなわち、不浄、狂気、汚染、疫病、異形、呪いだ。
神々は総力を結集して迎撃したが、大地に降ろした時点で手遅れだった。悪魔は大地を穢し、水を腐らせ、風を止め、命を捻じ曲げた。いくつもの国が亡び、森が消え、大地が海に還った。
悪魔を無に帰し、大地を浄化の炎で焼き払った後には、栄華を極めた文明は消え去っていたと神話には記されている。
「月の女神が悪魔の襲来を早くから警告していたらしいんだけどね、平和に慣れた神々は耳を貸さなかったんだって。だから月の女神は、自分への信仰に篤い人々に警告を発したの。悪魔が去るまで別の世界に逃げなさい、って」
「それって……」
ルーチェがなにかを言う前に、不意に森が開けた。そこには巨大な塔があった。
入り口らしき扉には手をかける物がなにもなかったが、ネサが脇にあるガラスの板に手を押しつけると、音もなく扉が開いた。
ネサに誘われ、塔に踏み入ったルーチェは長い通路を通り抜け────それを見た。
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