だぁれが、ハレンチだ! ~どっちかったら、逆なんですけど?~

ハル*

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苦手な食材なんだけどな

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少し時間を置き、侍女長さんが戻ってくる。

カートっていうんだっけ? 小さな車輪がついた…ほら、あの…食べ物とか運ぶやつ。

あれに銀色のドーム状のものをかぶせたのがのってて、他にはティーセットものっている。

「お待たせしました」

かなり早い戻りなんだけど、さすがプロというか…息を乱すことも顔を赤らめることもなく戻ってきた。

この短時間で準備して戻ってくるのに、きっとあたしならどっちかが顔に出ていたはずだもん。

彼女が戻ってくるまでに、ピュールさん以外にもいた数人の似た服装の人たちが遠巻きにあたしを見ていた。

その合間に、ピュールさんに書類を見せて指示を仰いだりもして。

忙しいならそばにいなくてもいいのになと思う反面、この場所で最初に信用してみようと思えた相手だからいてくれると安心する。いてくれて嬉しい。

ベッドの横にカートを移動させてから、ベッドの上でも食べられるようにとベッド用のテーブルらしきものが置かれた。

こういうの、こっちでもあるんだ。…へえ。

「まずは、こちらをどうかと思いまして」

銀のドーム状のかぶせを外すと、真っ白いお皿に琥珀色をしたスープが軽くよそわれていた。

よく見ると、くったくたになった玉ねぎが具材で沈んでいる。

(玉ねぎ……苦手なんだよな。なんとなく)

その姿を見た瞬間、思わず苦手だと口から出そうになった。

――でも、出てしまう前に口を引き結んだ。

あたしのためにと、こんなにも急いで持ってきてくれたスープに、そんなことが言える? 感謝の言葉ならいざ知らず。

(アレルギーとかじゃないなら、食べられなくはない。…うん。スープと一緒に具材も飲みこめばいい!)

苦笑いにならないように、ぎこちなくなったけどなんとか微笑む。

ナプキンを彼女が着けてくれ、何度か息を吹きかけてからあたしの口元へとスープが運ばれる。

ゴクッと生唾を飲み、ゆっくりと口を開いた。

ふわりと香る、甘い玉ねぎの香り。かなりやわらかくなるまで炒めたか煮たんだろう玉ねぎが、舌に乗った。

噛まないようにと思うのに、癖ってものは厄介で。

「ん…っ、甘い」

ついつい噛んでしまう。

「この国の特産品なんです。体にいいんですよ? これは。…さあ、もう一口いかがですか?」

元の世界のものよりも、匂いは控えめで、甘さは上? それとも甘さがよく出るような調理方法?

「じゃあ…あーん」

彼女と目を合わせて、口を開く。

ホッとしたように顔をほころばせ、それからスプーンで掬ったそれをまた軽く冷まし、そっと唇の間に流し込んでくれる。

コクッ…と喉が鳴って、食道から胃へとまた温かいものが入っていく。

思わず「ほうっ」と息がもれた。

安心する味だ。

「……美味しい」

勝手に涙がにじむ。目尻を人差し指で拭って、目の前の彼女に笑いかけた。

「それでは、何とかがんばってこの分だけでも食べられますように…。食べ終わるまでお手伝いさせていただきます」

「…がんばり、ます」

なんか恥ずかしいやら、照れくさいやら。どんな顔をしていいのかわからないや。

見つめ合っては照れて、口を開ければスープを注がれて。また見つめ合って…。

それを何度か繰り返していくうちに、お皿の底が見えてきた。

「あと一口です。……さあ、どうぞ」

「あー……ん」

すこし温くなってきた、最後の一口。飲みこむのはすぐで、飲みこんだら鼻をスープの匂いがくすぐっていった。

「よかったです、すべて食べられて。……小さく切った果物などはいかがですか? まだ食欲がありそうでしたら」

そういって彼女が取り出したのが、粒が大きなブドウに似たものだ。

実のなり方がブドウのそれっぽいだけで、ブドウと言われなきゃなんだろうと思ったはず。

一粒一粒はずしてあったら、プラムっていうのかな? 赤ちゃんのこぶし大ほどの大きさもあるから、ブドウとは思わなかったかも。

「一粒、召し上がってみませんか?」

遠慮がちにかけられた声に、「じゃあ、一つだけ」と指を立てる。

「今、中にある種を取り除いて、小さく切りますね?」

ナイフで半分に切ると、皮がつるんと向けて実が現れる。色はエメラルドよりも、すこし薄め。何色っていうんだろう。

(…ああ、あれだ。八月の誕生石。ペリドット。あの色に似てる)

友達の誕生石を思い出して、モヤモヤしかかっていたのがスッキリする。

半分に切って、種を取り除き。それから四つに切り分けて。

「これくらいの大きさでも大丈夫でしょうか?」

コクンとうなずき、そっと手を伸ばす。

「自分で食べてみてもいいですか?」

彼女からその器を受け取るために。

「……もちろんですとも。ただ、無理だと感じましたら、いつでもおっしゃってくださいませ」

「はい」

器を受け取り、一口目を口へ運ぶ。

まわりは少し固めだけど、噛んだ途端に実からジュワッと果汁が口の中に一気にあふれ出す。

(めちゃくちゃジューシーだ。四つに分けてこんなに瑞々しいなら、実をそのまま食べていたら口いっぱいになっていたかもね)

「すっごく美味しいです。水分補給にもいいですね、これ。…ふふ」

二口目を口に…と思ったら、手から力が抜けてカチャンと器に落ちてしまった。

「…あ。ご、ごめんなさい」

手を握っては開いてみるけど、まだそこまで回復できていないってことかな。上手く握りきれない。

「やっぱりお願いしても?」

「はい。遠慮なさらず。……どうぞ?」

「あー…」

なんだか、おばあちゃんに食べさせてもらってる気になる。彼女はおばあちゃんっていうほど、高齢じゃないけども。

くすぐったい気分を味わいながら、なんとかブドウっぽい果物を食べきった。

「美味しかった。……ふう、お腹いっぱい」

とか言いながらお腹をさすると、嬉しそうに彼女が微笑んだ。

「すこしずつ食べられる量が増えるといいですね? 次は柔らかく煮込んだ、もっと栄養があるものをお持ちしますね?」

そう言ってから彼女がくれたのは、目の前で淹れてくれた何かのお茶だ。

「消化を促進するためのものです。胃への負担が軽くなります。すこしでもかまいませんので、飲んでください」

「じゃあ、すこしだけ」

何度か息を吹きかけつつ、三口ほど飲んでみた。

薬草か何かかと思って警戒していたけど、普通の紅茶っぽいや。

「残った分はこちらに置いておきますので、喉が渇いた時に飲んでもよろしいかと。水差しのそばに置いておきます。それと、先ほど落ちたベルを鳴らせば、すぐに駆けつけます。遠慮なさらずに、鳴らしてください。先ほどの様子では、立って歩くのもお辛そうでしたので」

そう言えばそうでしたと思った。たしかに立てなかった。

「それじゃ…甘えさせてください」

と、ここまで来たら、彼女への警戒心はかなり薄れていたあたし。

「それじゃ、ひとまず…ごちそうさまでした。美味しくいただきました」

感謝を伝えてから、枕を整えて横になる。

「すみません。…急に眠気がきたので、また眠っても…いいですか」

彼女の向こうから、視線をずっと感じていた。その相手に声をかける。

「ピュールさん」

と。

コッチへちらりと視線を向けてきて、手を軽く振った。

どういうことかわからずに、侍女長さんの方を見る。すると、「どうぞお休みください」とズレていた布団を掛けなおしてくれた。

ってことは、寝てもいいってことか。わかりにくいよ、もう。

ウトウトとしながら細く狭くなっていく視界の向こうでは、ピュールさんがずっとイスに腰かけたまま部下の人と話をする姿が見えていた。

――――夢を見る。あたしのキャラ的に、見なさそうな夢を。

ファンタジー系の小説なんて、ほとんど読んだことないってのに。面白過ぎる。

夢の中であたしがあの水着を着てて、パラソルをさし、なぜか魚に跨って空を飛んでいた。

水着の上には、すこし丈が長めの薄手の上着を羽織ってて。

夢の中のあたしは、その魚に跨ったまま何かの呪文っぽいものを呟き、街の上空を飛びまわっていた。

魚のひれからは、何かキラキラした光か粉っぽいものが街へと降り注いで。

その様子を見上げている街の人たちは、とても嬉しそうに笑っていたんだ。子どもたちなんか、その魚の後を追うように上を見上げながら走ってて。

子どもたちに手を振ろうとしたあたしは、風でパラソルがあおられた瞬間に魚の背からバランスを崩して。

「……うわっ!」

やけにリアルな感覚に、本当に落ちてるのかと思った。

でも目を開けたその場所は、またベッドの上。

「…はっ…はっ……はっ」

結構な高さだった、さっきの夢で飛んでいた空は。

「び、びっくりしたぁ」

長くホーーーッと息を吐く。まだ心臓がバクバクしてる。

元々そこまで高い場所が得意というわけじゃないというだけに、尚更だったんだろうな。

「ん? 起きたか」

その声に顔を向ければ、ソファーに横になっていた様子のピュールさん。

「なんでそこに…」

肘をつき、体をゆっくりと起こそうとしてみる。

(お? さっきよりも力が入る)

本当にそっとだけど、なんとか自力で起き上がれた。

「なんでと言われても、ここは俺の部屋だからな」

…のに、ガクッと力が抜けた。

「は…ぁ?」

ずいぶん広い部屋だなとは思っていたけど、まさか誰かの自室とか。他に部屋がなかったの?

「ほ、ほ…他の部屋、移動しましょう? ね? ダメですよ、さすがに人の部屋は」

ベッドが広いなとか、部屋も広そうだなとはなんとなく感じてたけど。

「ピュールさんって…多分、立場が結構上の方ですよね? そんな方をちゃんと自分のベッドで休ませないでいるなんて、無理です」

なんだろう。部長とか課長とかそんな感じか、もしくは次長とか? 元の世界の何にあたるの? この人って。

わたわたと慌てながら、ベッドから降りようとして動き出したあたし。

「…待ちなさい」

室内履きみたいなのを見つけて、それを履こうとうつむいていたあたしの頭上から声。

しかも、なんか呆れてるように聞こえて、思わず顔を上げる。

「病人というか病み上がりの人間が、何をしようとしている」

そう呟かれ、腕をガシッと握られた。

「だから、お偉いさんの部屋を使わせてもらうようなのは、よろしくないって話です。あたしがいた世界でも、そういう立場の人の部屋にいて、何のトラブルも起きないはずなかったんです! むしろ、トラブルの取っ掛かりになる出来事じゃないですか? よからぬ噂になったり、何かしらに巻き込まれたり。…だいたいですね? 他にテキトーな部屋を用意さえしてもらえたら、どうにでもなったんじゃないですか? そういう状況は」

なんとかしてこの部屋から出られるようにと思っているのに、ピュールさんはまだ呆れた顔のままだ。

「シーナ。…君の身柄は、この第一騎士団の預かりとなった。その話はしたはずだ」

「はい」

「……騎士団は基本的に一部の例外を除いて、多くは男性ばかりだ」

「まあ、そうでしょうね」

知ってますよ、それくらい! と言わんばかりに胸を張る。

「……わかっていないな、君は」

言葉でも呆れたと言われてるよう。

「君は…シーナは、女性だ」

「そうです! 女性です」

ピュールさんの言葉を引用して繰り返しただけなのに、盛大なため息をつかれた。

「…だから問題なのだ。この部屋が一番安全なんだ。まだ君に使わせて大丈夫なつくりの部屋の準備が整っていないんだ」

「鍵が閉められればいいじゃないですか」

「そういう問題ではない」

「?????」

「理解が出来ないのならば、仕方がない。が、ここはこちらの指示に従ってもらう。君の安全のためだ」

「安全云々はわかりましたけど、ピュールさんの睡眠は? 健康管理は?」

遠慮を美徳としているわけじゃないけど、それでもお世話になっている人の部屋を占拠しているみたいなのはよくない。

「そこまで気にしてくれるのか。……シーナは優しいな」

あたしが本気で心配しているのが伝わったのか、ピュールさんの顔がすこしだけ穏やかになった気がする。

「そこまで気になるというのなら、この部屋に簡易ベッドを運んできて、それで休むことにしよう」

「簡易ベッドなんてものがあるのなら、あたしがそっちに寝ます。ピュールさんは、自分の体に合った寝具でちゃんと休むべきです」

「…わかったわかった。それではこの話はここまでだ。とにかくこの部屋でどちらも寝るのなら、双方の要望を聞いた格好になるだろう?」

この部屋が一番安全だから、ここで過ごしてほしい。ピュールさんが通したい願いは、その一点な気がする。多分、間違いない。

「ピュールさんにご迷惑じゃなきゃ、ここで休ませていただきます。……でも、準備が出来たらそっちに移動して…その後はどうなるんですか?」

体調が整ったら、その後のあたしの処遇は? 元の世界に帰る帰れない…の前の話だ。

「ひとまず、あの水着とパラソルと呼んでいるあの道具を改めて装備してもらい、その上でいろいろと調べさせてほしいそうだ。あの格好のままだと、またシーナがツライ思いをするかもしれないだろう? 何かを羽織っても同じ効果が出るかを確かめるまではあの格好になるが、上着を羽織ってもよさそうならばそうしようかと思っている。その方が、シーナもまわりの人間も、戸惑うことが減るはずだ」

戸惑うこと、か。

「聞いてもいいですか? ピュールさん」

「ん? なんだ」

その言葉を口にしていいのか、すこしためらってから。

「あの…あたし、って。……そこまでハレンチ、なんですか」

ためらいが言葉に乗り、途切れ途切れになりながらも、なんとか問いかけられた。

「…っっ」

「肌の露出だけの問題なのか、そうじゃないのか。……水着を着ていただけで、ハレンチって…あたしがいた場所じゃありえなくって。……すごく悪者みたいな扱いをされたのが、どうしても…」

許せないというか、悔しいというか。それに、水着だけで自分を見てもらえてないなってのが思ったよりも重たくて。

「見た目だけじゃなく、あたしが誰かに対してそういう行動でもとったなら言われても仕方がないって思えるんですけど。なんにもやってないのに、人を傷つける言葉をカンタンに吐き出せる人たちに、どんな態度を取っていいのかわからないんです。ピュールさんのように、あたしを大事にしてくれるとか傷つけないように思ってくれるかどうかは、現段階ではわからないじゃないですか。……だから、その……調べる時は、ハレンチとか言わない人がいいん…ですけど」

言いながら、どんどん声が小さくなっていく。

そんなお願いが通るのか通らないのか。目の前の彼が、それを通せるだけの立場なのか。

チラッと盗み見るように見上げれば、彼と目が合った。

その目は怒ってるわけでも、呆れてるようでもなく、ただまっすぐにあたしを見ていた。

まっすぐすぎる視線から先に目をそらしたのは、あたし。

スイッと目をそらした時、頭にまた手の感触と重さが感じられた。

「…善処しよう」

顔を背けながら「善処って、一番怪しい言葉じゃないですか」と、文句のように呟くあたしに。

「では……約束を守るよ」

さっきよりも強い言葉で、返事をくれた。

今は言葉だけだけれど、ここで現段階において信じられる相手は極端に少ない。

ピュールさんと、侍女長さん。

依存になりすぎない程度に、信じてみよう。今はそれが得策のはずだと信じて。

「……あたしも、信じます」

「ん?」

か細い声でなんとか気持ちを返したつもりが、聞き返されるというオチ。

「だ、だから…っ、あの…ピ、ピュールさんを、信じ、ますからっ」

ダメだ。心がすでに折れそう。顔をそむけたままでやっと伝えられたそれに、ピュールさんはどこか明るい声色で。

「ああ。信じさせよう、必ず」

ハッキリと、部屋中に響いたその言葉を、あたしは心に留めた。



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