だぁれが、ハレンチだ! ~どっちかったら、逆なんですけど?~

ハル*

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眠り姫だったらよかった?

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体に力が入らない。

うっすら目を開けて、細い視界の中を右…左…と視線だけ動かしてみた。

(何時くらいなんだろ? 朝なのか夜なのか、わかりにくい明るさだな)

なんとか見えたものは、薄暗いどこかの部屋の中。カーテンが閉まっているから、昼じゃないってことでいいのかな。

そもそもで、ここの時間の流れとか全然知ることもなく、現在地ここ! みたいになってる。そうなっちゃうと、結局何もわからないままに流されてるだけっていうのが実情。

一度目を閉じて、ゆっくりと今度はしっかりと目を開く。

「牢屋じゃない」

ボソッと口からこぼれた言葉で、自分が何を考えながら眠っていたのかを痛感した。

ここは異世界って類らしい。

知識的にもよくわからない場所で、味方は無く、何を言ってもやってもいい反応もされない中。元の世界に心と魂だけでも戻ることが出来るのなら…と、次に目がさめたらこの世界では死んでてほしかった。目がさめたらって言っておきながら、死んでるって時点で矛盾してるのにね。

もしくは、劣悪な環境であたしに与えるべきだと言われていた罰を与えられる環境下に…とかね。

「眠ってる間に、水が入った樽にでも頭から突っ込んでおけば、暴れることもなく死ねたのにね。あの場にいた人たちだって、あたしが大人しく消えてくれるなら喜んだはずでしょ?」

自分が死ぬことを、自分であえてこうして口にしてみると、何ともいえない気持ちになるね。

「なんのために生かしたんだか」

何度か言われた”ハレンチな女”には、死に様も選ばせてくれないってことでいいのかな。

「…はあ」

どれくらい寝てたんだろ、あたし。

スマホもなきゃカレンダーって物もなさげ。ってか、だいたい…日付の感覚がここに来てから把握のしようなかったもん。

何かの情報を得られる前に何かしら起きたり、意識失くしたり。

相手の名前も知らない。この国のことも。自分のことを話す隙もなかった。

「…スープぶっかけた人が王子ってだけは知ってるか。…たしか名前がクロスとかそんな感じの名前」

違うような気もするけど、近からず遠からず…ってことにしておこう。情報少なすぎな上に、あの時はあっという間に拘束されちゃったんだからさ。

だるい体をゆっくりと起こして、なんとかベッドの上で体を起こした状態で横になる…ってとこまでやれた。

ここからさらに体を動かして、ベッドから降りるとかは無理っぽい。結構長いこと寝たきりだったのか、食事も水分も全く摂れてないみたいだ。腕を見てみても、元いた世界の点滴らしきものが打たれた形跡はない。ほっといても、栄養が摂れたわけでも水分補給が出来たようでもない。

「さすがに魔法とか使われていたら、そっちの知識は無いから調べようがないか」

両手を何度もグーッパーを繰り返してみる。

思ったよりも力が入らない。

どれくらい眠っていたか知らないけどさ、眠り姫とかいう昔話のそれみたいなことは起きなさそうだよね。

なんだっけ、あのお姫様の話。

お姫様が生まれる前に魔女と王様とがトラブったとかで、最終的に生まれた子供に呪いが発動するようにするんじゃなかったっけ?

それで、糸を紡ぐ機械みたいなのについている針に、お姫様が指をさしちゃって…。その針に眠りつづける毒だか呪いが込められてて、お姫様が延々眠りつづけるんでしょ?

「たしか、あのお姫様を目覚めさせたのは王子様のキスかなんか…それっぽいお約束的なやつじゃなかったっけ」

メルヘンでファンタジーな、よくあるお姫様の話だよね?

あの時あの場所にいた人たちが口にしていたように、水着姿でいきなり現れたハレンチな女の元には、王子様はやってこないし、目覚めのキスもなかった…はず。目をさましたら、この時が来るのを待ってました! なんて言ってさ? 二人は永遠に仲良く暮らしましたとさ…めでたしめでたしってこともなかった。

ポツンと独り、どこの誰の部屋かわからないとこのベッドで寝てた。起きたら誰もいませんでした! だもんな。

「…はあ」

何度目かのため息がこぼれる。ため息をつくたびに、幸せがどっかいっちゃうって言い伝えが真実ほんとなら、ものすごく不幸に近づいている気がするね。

(ってか…生きたいとは思えないけど、喉は渇いた。飲みたい、なんでもいいから)

…とか考えていたら、ノックもなく部屋のドアが開いた気配がした。

かすかに、キィ…とかすかに聞こえたその音。うちの古臭い実家とは違って、建付けが悪いとかはなさそう。すっごく静かにドアが開いて、逆に怖い。ホラーだ。

「……あ」

あたしが起きているのを遠めに見て、ポソッと声を発したのは見覚えがある人。

水差しだろうか。取っ手がついたガラス製のケトルっぽいのを手にした…あの人。

「なんだ、起きていたのか」

なんだったっけ、名前。ハッキリと言わなきゃ、不敬ってのにあたるのかな? でも、大した親しくもないなら名前を呼ぶのもダメなんじゃないの? 違ったっけ?

「火傷…大丈夫ですか」

今更のように、問いかけた。あの、王子さまに。

そう話しかけてみて、自分の声がひどく掠れていることに気づく。喉が渇いてるからね。

「……飲め。ひどい声だな」

さり気なくけなされた。まあ、自分でもひどい声だなと思ったけど、自分で思うのと他人に言われるのは違うんだよね。

でも、相手はよく知らない国の王子さま。余計なことは言えない。

ぐっ…と言葉を飲み込んで、ふう…と短く息を吐いてからゆっくりと水を飲んでいく。

(あれ? あの三人と話をする時にもらった水と、味が違う)

「この水って、何か入ってますか?」

なんだろう。別にグルメってわけじゃないけど、味に違和感がある。どっちの水も美味しいけど、こっちの方が体に染み渡るような水で。

「それはどういう意味だ?」

と警戒されたのか、眉間にシワが寄った彼。

「悪い意味じゃないんです。すごく美味しいなと思って。状況を説明した時にいただいた水と、なにか味が違うなって思ったから」

「喉の渇き方次第というものじゃないのか」

「…かもしれませんけど」

でも、なんか…違ったんだよな。違和感は消えないけど、これ以上はどうしようもないか。あの時の水を持ってきてもらうわけにもいかないし。

「そんなに気になるのか、先の水が」

変なものでも見ているような顔をされたって、感覚の差かもしれないことを、どう説明したらいいんだろう。

「……いえ、もういいです。お水ありがとうございました」

もう一杯くらい飲みたいけど、なんだかそんな空気じゃないね。

「ところで」

多分、あたしの方から切り出した方がいい。そんな気がする。

「水を飲ませるためだけじゃないですよね、ここに来たのって」

あたしがそう呟くと、一瞬だけ彼の頬がピクッと小さく動いた。本当にかすかに。

「逃げていないか、確かめに? それとも、おかしな魔法か何かを使っていないかを見に? それとも」

と言いかけて、自分で口にするのは嫌だなと奥歯を噛む。

布団の上でこぶしを握ってから、視線を彼とは反対側へとそらしながら呟いた。

「ハレンチな女らしく……男でも連れ込んで…るか、確かめに?」

あたしのイメージで、彼らの中で一番濃いのはそれじゃないの? なら、それに見合った対応をしてくるんでしょ? だったら、そう思われててもおかしくないじゃん。

自分をここまで下げる発言はしたくなかったんだけどな。

でもさ、相手の方がいいにくいかもしれないじゃない? 察して、先にキッカケ作って話題を振ったら話が早いかもしれない。……そんなお題の話は、王子様の方から切り出しにくいでしょ?

(この場所でのイメージは悪くとも、せめて察しはいいと思われたいや)

「ご期待に副えなくて申し訳ないんですが、そのどれもやってません」

ただ眠っていただけだもんね。

ゆっくりと顔を上げて、彼の顔をそろそろっと見る。

「…………そうか」

彼のその返事だけで、自分が先手を打って伝えたことが合っていたと気づかされる。

それは、思ったよりもショックで言葉を失う。

自分で口にしておきながら、どれか一つくらいは否定してくれてもよかったのにと思ってた。そんな風にばかり見られていたら、さすがに凹むなぁって思ってたのにな。

と、低くお腹が鳴る。クルルルゥ…と。けれど、腹の虫と心は重ならないや。

「ここに来てから、何も食べていないのだろう? あの時も結局食べる前に…ああなったしな」

彼が言ってることを思い出すけど、もう…どうしようもない。あたしが彼にスープをかけてしまったのは事実なんだから。

「お気になさらず」

この状況下で食べ物をくださいとか口にするほど、図々しく生きてない。

「さっき、美味しい水をいただきましたし。それだけでも十分です」

この後、自分がどうなりたいと考えていたことを実現させるには、どんな状況でも逞しく生きるのは愚策。

(このまま放っておいてくれたら、元の世界に戻れるかもしれない…って思いたい。そう願いたい。それだけに…縋りたい)

視線を窓の方へと向けてから、そのまま彼に背中を向ける格好で横になる。

「すみません。眠たいので、もういいですか」

彼の顔を見ることを拒むように、そう呟き返事を聞くでもなく目を閉じる。

本当に眠るつもりはなかったはずなのに、体力的に限界だったのか眠ったというよりも意識を失っていた感じがした。

次に目をさますと、今度は王子さまだけじゃなくまつ毛がばっしばしの軍服の彼がベッドのそばにいた。

二人並んで、イスに腰かけて。

「な、んで…すか」

今度は何を聞かされるのかな。何を察して、先手を打たなきゃいけないのかな。

ふ…と、軍服の彼がすこし体を前傾させてきたかと思えば、あたしのひたいに手をあててきた。

「まだすこし高いか」

彼のその言葉で、知らぬ間に熱でも出していたらしいというのに気づく。

「飲めそうか?」

彼が横にいる王子さまからグラスを受け取り、水を飲まそうとしている。

体がだるいなと、ずっと思ってはいたけど。

「……飲まねば、また具合が悪くなるだろう」

体を起こすのも、しんどい。目が回る。体が重たい。目が熱い。

「そ…の方、が……い、のでしょ」

二人があたしへ向けてくれている表情は、心配している人がするものだ。でも、あたしは知ってる。心配されるような立場じゃないってことくらい。

「忙し、でしょ? ほっと…いてい、よ」

話すのもキツイ。

息があがる。目を開けているのもツライ。

熱が出たなら、今度こそ叶うかもしれないよね?

「死な…せて」

元の世界に戻る条件が整うかもしれないよね?

それが叶うかもしれないと思うと、自然と頬がゆるむ。

そっと目を閉じて、体の力を抜く。というか、力が入らない。

と、ふわりと体が浮いた感覚があって。

なんとか目を開ければ、軍服の彼があたしの体をすこし起こした格好にした。抱きあげられ、ベッドの上の方にズラした感じだ。

ハアハアと息を繰り返していると、唇にヒンヤリしたものが触れて目を開ける。

よく見れば、軍服の彼が上着を脱ぎ、スプーンをあたしの口へと運んでいた。

「な…に、を」

かすかにそう呟けば、口が動いてできた隙間にスプーンが入り込む。

そのスプーンが斜めに上げられると、自然と何かが口の中に流れ込んだ。

ほんのり甘い、水みたいなもの。先の水でも、王子さまがくれた水でもない。

「これは疲労回復にいい水だと思ってくれ。すこしずつでいい。…飲むんだ」

一口目は飲んでしまった。

(疲労回復なんてしたら、願いが叶わなくなっちゃう)

彼の手を押し返せば、飲まずにいられるはず。そう思うのに、体に力が入らなくて拒めない。

(…なら、この方法しかない)

唇になんとか力を入れて、きゅっと引き結ぶ。

あたしがやろうとしていることがわかったようで、視界の中の彼が険しい顔つきへと変わった。

「……バカか、君は」

ボソッと、低い声で呟いたかと思えば、あたしの鼻をキュッとつままれた。

(ん…っ、苦しい……)

プハッと息継ぎをする感じで、カパッと口を開けてしまったあたし。

そこを待ってましたとでも言わんばかりなタイミングで、また甘い水が入り込んだ。

吐き出せばいいのに、体が勝手にゴクッと飲み込んでしまう。

「や…ぁ」

唇を閉じる。鼻をつままれる。口が勝手に開く。水を飲まされる。…を五度ほどやられた頃には、あたしはぐしゃぐしゃにしゃくりあげるように泣いていて。

「や、って…言った、のに」

泣いてるのに、彼は小さなスプーンにわずかな量の水をのせ、大きな体でちまちまとあたしの口へと何度も水を運んだ。

「俺を許さなくてもいいから…全部飲むんだ」

「うぁあ…っ、や…ごほっ…イヤ…ぁ」

拒みながらも、気づけば全部飲んでいたらしい。

「よし。…がんばったな」

スプーンを置く音と、頭に大きな手の感触。

「また少し眠れ。次に起きた時には、なにか食べられるモノを今度こそ持ってこよう。今度こそ…食べような」

大きな手が視界の中で左右に揺れてて、彼がどんな顔であたしを撫でているのか見えないや。

「おやすみ」

そう言いながら彼の手が横向きで頭から顔伝いにおりてきて、目を閉じなよと言わんばかりに顔の真ん中を顎の方へと動いていく。

どうしてかな。

たったそれだけなのに、すーっと眠りに落ちていく。

体は熱くて、アチコチの関節も痛くて、何よりも心が痛いのに。

みんなの夢も、こっちでの夢も、不安を象徴したような夢も見ず。何の夢を見ていたのか謎なまま、笑みを浮かべながら眠っていた。



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