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あー…あ
しおりを挟む納得いかないと言ったかと思えば、目の前の彼は面白くなさそうにそっぽを向く。
そんな態度を取られたって、こっちはもっと納得いきませんがね。…ええ。
普段…本を読むとしても、時代背景は現代で恋愛モノばかりなあたし。
ファンタジー系を読んだことがあまりないあたしは、この状況に予想を立てることすら出来ずにいた。
と、互いに無言になった時に、くぐもった感じで腹の虫が鳴った。
クルルルゥ…と。
恥ずかしさに布団の上からお腹を押さえ、顔が赤らめてうつむく。
すると高めのベルの音が聴こえたかと思えば、すぐさまドアが開いて人が入ってきた。
手には、なにやらお皿とかいろいろのっている。それが、窓際にほど近い場所にあるテーブルへと運ばれた。
「…動けるか、ここまで」
ベッドの横にいたはずの不機嫌そうな彼が、ほんのすこしズレた場所に置かれているその小さなテーブルの方を指さす。
一人分の食事をするにはちょうどよさそうな大きさだ。もしかして、ご飯食べさせてくれるのかな。
ちょっとだけ期待しながら無言でうなずいて、ベッドからおりる。
よく見れば水着じゃなくて、今まで着たこともない真っ白いネグリジェとかいうのかな? これ。それっぽいのを着せられていた。でも中には下着も何もない。スッカスカ。有難いのか、有り難くないのか…微妙。
(でも、よかった。水着じゃなくなった…。けど、あの水着はどこに行ったのかな)
部屋の中を視線だけ動かして探ってみるけれど、らしき物が置かれている感じはしない。
(あれ、意外と高かったんだよね。捨てられていたら、ガッカリだな)
なんて吞気なことを考えながら、示されたテーブルに着こうとした。
自分でイスを引き、腰かけようとした時に「は?」という声がして振り向く。
なんでかあたしの斜め後ろあたりに彼はいて、さっきよりも眉間のシワを深くしていた。
「え? もしかして、ここ…あなたの席?」
と、問いかけてみて、テーブルの向かい側にはイスがないことに気づく。
さっき、目の前の彼はこの場所を示した。多分、ここに座れって言われたんだと思ったあたし。だから、席に着こうとした。
(この流れのどこかおかしいとこ…ある?)
あたしは中腰で、彼は手を出しかけたのか中途半端な場所でフリーズしたまま、険しい顔をしていた。
「お前の席で…間違いはない」
そう言ってるのに、その場所から離れようとしない。
(ん? もしかして、イスがもう一脚必要だったりするのかな)
だったら…と、さっきまで彼が腰かけていたイスの方へと走っていく。
「お前っっ」
背後から声がかかったけど、まあいいか。
なんだかすごくいい造りのイスで、思ったよりも重たい。
「ん……っしょ」
よたよたしながら、イスを持ち上げて運びはじめるあたし。
「何してるんだ、さっきから」
そう言いながら、あたしが運んでいたイスを取りあげる彼。
「え? だって、あなたが座るイスがなくて困ってたんじゃないの? 違った?」
首をかしげてそう聞けば、彼の口元が歪む。
(わー…歌舞伎のアレっぽい。なんだっけ。それか、シーサーかなんか。への字口だ、への字)
あたしが運んでいたイスをあたしの向かい側の席に置き、なぜかまたあたし側の席の斜め後ろへと彼が立った。
不思議そうにその様子を見ていたあたしに、彼が告げた。
「早く座れ」
そう告げて、軽く後ろにイスを引いた。
その瞬間、彼がしようとしていたことが理解できて、恥ずかしさに顔に熱が集まった。
ちょっといいレストランとかで見るやつじゃん、これ。そういうことに慣れてませんってのがバレた。
「ありがと…ございます」
どんな顔をしていいのかわからず、斜め下に顔をそむけた格好でお礼をいい腰かける。
自然と少しだけ前にイスが出されて、テーブルに近い状態で座れた。
(おぉおおお。こういうものなの? これって。すごく緊張するんだけど)
顔がこわばる。なんなら、頬の横でピクピクとか文字が出ていそうな気さえする。マンガみたいに。
「腹が減っているのだろう? 何が食えるか知らぬが、口をつけてみるがいい」
目の前にあるのは、コーンクリームっぽいスープに、何かの肉を焼いたものにえんじ色のソースがかかったもの、それに野菜がちょっと添えられていて、バゲットっぽいパンが2切れ。あとは、グラスに入った水かな?
出来たてなのか、湯気が立ってる。
「おいくらですか、これで」
でも、あたしは知っている。タダより高い物はないってことを。
「……は」
あたしがそう聞いた時、また彼の眉間にシワが刻まれる。
「ここがどこで、お金の単位が何なのかもわかんないんですけど、いつか…どうにかしてお返しします。…でも、いくらなのかを知らないままなのはよくないなって思って。…だからっ」
気持ちが昂って、思わずイスから立ち上がったあたし。
が、それがダメだった。
位置がマズかったんだ。
立ち上がったと同時にテーブルに膝が当たり、そのままわずかに持ち上がったテーブルの上から、ほかほかの食事が宙を舞う。
舞った先にいたのは、他の誰でもないたった一人の人物で。
「あ゛っ゛づ!!!!」
上品な顔に似合わないような大声でそう叫ぶ。
顔に掛かりかけたスープを避けようと腕を上げた彼は、真っ白な服が黄色くハッキリ染まるほどに左の袖をスープ塗れにしていた。
服越しとはいえ、熱々だったんだろうスープだ。しかもコーンスープに似てたんなら、粘度もそれなりになっただろう。
しっかりと服に滲みて、肌にもべっとりと付いてしまったんだろう。
「何しやがる!」
「あっ!!!!!」
自分がしでかしたことに気づいた時には、もう…彼は火傷を負っていて。
「ご、ごめんなさい! 何か冷やすもの! 水!」
混乱したあたしが次にしたことといえば、部屋の中に花瓶があることを確かめて、花を引っこ抜き花瓶の水を彼に頭の上からぶちまけて。
「ん…なぁああああ???」
驚かせたようで、おかしな声をあげる彼。その彼の袖の隙間からのぞく腕は、まだ赤い。
「まだ、足りない!」
そうして次は、自分が寝ていたベッドの傍らに水差しがあるのをみて、彼へと向かって思いきりぶっかけた。
「わ…っぷ。な、何してんだ! お前は!」
オレンジの髪がべしょべしょになって、髪にはさっきの花瓶のものか…小さい葉っぱが絡まっている。
「ごめんなさい! まだ赤いよね。…アロエなんてもの、ない? それか…えーっときゅうりのすりおろしたやつ…じゃないし…。どうしよう。火傷を負わせちゃった。痛いよね? どうしよう…ここ、水はどこ? 早く冷やさなきゃ、痕が残っちゃう」
水差しを手にしたまま、途方に暮れるあたし。
「…お前」
オロオロしているあたしの後ろから、結構な勢いでドアが開かれてかなりな人数がいきなり入ってきた。
「え? なに? なに?」
その状況に驚いたあたしは、気づけばびちゃびちゃの床に押しつけられていた。
「ん、ぐぅ…」
肺がグググッと圧迫されている。腕が変な方向に曲げられてるせいで、めちゃくちゃ痛い。
「無事ですか! クリス様!」
「…これはっ! 今すぐに回復魔法をおかけします。……これで大丈夫です。他にお怪我をされたところはございませんか」
「…大事ない」
え? なに、この人、もしかしてものすごく偉い人だった?
「なんて女だ。第一王位継承者たるクリス様に怪我を負わせるとは…。やはりこの女はハレンチなだけで、聖女などではございません! 衛兵! こやつを地下牢まで連行せよ」
「はっ!」
ガッシャガッシャと金属が擦れるような音が近づく。
「え? 地下牢? え? なんで?」
驚きをそのまま言葉にした時には、あたしは両腕を後ろ手にされたままで鎧みたいなものを着込んだ誰かに背中を押されていた。
「え? どういうこと? なんなの?」
鎧の冷たくて硬い感触が、腕に当たっている。その瞬間、ゾクッとした。
ここがどこかはわからないけれど、あたしがいた場所じゃない。自分がいた場所で通用したことも何もかもが、通じない可能性の方が高い。…多分。
本当にどこかわからない場所に連れてこられてしまったんだ、あたしは。頼るものも人も何もかもがない場所に。
引きずるように連れて行かれたのは、どこかで見たことがあるよくある牢屋。
地下牢と言ってただけあって、小さな窓も何もないヒンヤリした場所だ。
「ここに入っていろ」
狭い入り口に入るように促されて頭から入るように身を屈めて進めば、結構な強さで背中を押されて床に転がった。
「大人しくしてろよ」
鎧の衛兵とか言われていた人は、低く厳しい声色でそう告げていなくなった。
急に静けさだけになる。
床は四角い石を並べてある感じのもの。でもレンガっていうほど、きっちりカットされたもので造られた床じゃない。
大きさはマチマチ、角も丸くなってるのや尖っているのやらバラバラ。手動で切り出したのかと思えるような、そんな感じに見えた。
部屋の隅には、謎の壺。そっとのぞくと、鼻をつく独特の臭い。トイレ代わりだ。近くに紙なんかない。
水道があるようにも見えない。喉が渇いても、与えられなきゃ飲めないってことか。
畳半分くらいの大きさの板が、床に無造作に置かれている。座るなら、ここかな。
ネグリジェのままで、板に乗っかって体育座りをする。
「……お腹空いたなぁ」
チャンスを逃した、自分のドジで。
相手に伝えたい気持ちがあるなら、落ち着いて話せばよかっただけなんだよね。あれってさ。
あたしが聖女かどうかはさておき、あの王子だかに火傷を負わせてしまったが故のコレなんじゃないか?
国王の次に偉い人ってことなんだよね? 第一王位継承者とか言ってたし。それくらいの言葉の意味がわからないほどじゃないもん。
いい匂いがしてた。味がどうだったのかはわからないけどさ、お腹が満たされるなら口に合わなくたって胃に収められた自信がある。なんだって食べたよ!
クルルルゥ…と鳴っていた時はまだ可愛かったのに、今じゃあお腹の方からは低い音が聞こえはじめた。
グリュルルウウウウゥ…ってさ。
小動物の鳴き声が、猛獣の鳴き声になってしまった。
「あーあ」
まわりが見えなくなって行動が最優先になっちゃうところがあるあたし。
よく気をつけなよって言われてたのに、慌てすぎちゃったら他の情報が入らなくなる。
あの時のあたしはテーブルについてて、目の前には熱々の食事があって、顔を上げれば不機嫌そうなイケメンがいて。
テーブルに対して、結構近めな位置でイスに腰かけていた。…うん。
食べこぼしはなさそうだけど、あのまま立ちあがったらイカンやつだな。膝が当たらないわけがない。せめて、イスを後ろに引くとかズラすかしてから、気をつけて立ち上がるべきだった。
か、イスに腰かける前に話をすべきだったか……かもしれない。
「22でしょ? あたし。一応成人してんだから、落ち着こうよ。こんなんだから、成績表に書かれ続けていたんじゃない。”いつも元気ですが、もうすこしまわりを見て落ち着いた行動を心がけましょう”って。あの先生の言葉って、今日のこのことについての予言じゃないよね?」
理科の実験でちょっとした爆発事故を起こした友人がいた。
その友達もあたしとそういうところが少し似ていて、実験の中の他の部分に気がいってて、ここを注意してねと先生に言われていたことを一瞬だけ疎かにしていたよう。そのわずかな隙がキッカケで、消防車がやってくるほどの大騒ぎになったんだ。
火事になったりはしなかったものの、爆発をして、それが理科室ということで危険物もまだあることもあって化学車なんかも来て、夕方のニュースにもちょっと流れてた。
「…はあ」
あの時は自分は同じことにはならないぞとか思っていたのに、今日のあの様子ならいつか同じことが起きていた可能性が出てきちゃった。
「やんなるなぁ、もう」
その後、食事らしい食事も出なきゃ水も与えられず。体育座りのままで板の上で一晩過ごし、物音に目を覚ますと昨日見た鎧の人が牢の外にいて。
「取り調べを行う」
とだけ言って、牢の鍵を外してくれる。声の感じからいって、昨日とは違う人みたいだ。
また後ろ手に抑えられたまま、取り調べの部屋まで連れて行かれるようだ。
階段を何段もあがって、どこかにつながる廊下へと出た。窓から差し込む陽射し。その明るさが目に染みる。
昨夜一晩、薄暗い場所にいたから当たり前か。
衛兵さんがノックをした先で、聞いたことがない声が「入れ」と返事をした。
部屋の中に入ると、身長だけで威圧されそうな三人の男性がいて。
「こちらへ」
でも、このたった一言で、さっきまでと扱いが少し違うのかもしれないと感じた。
ちょっとだけの言葉の変化。
それだけで安易にホッとできるほど、今のあたしはいろんなものに飢えていたから。
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