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アレだよ、アレ。…って、なんだっけ。
新月の夜の話
しおりを挟むサリーくんを部屋まで送り、そのまま部屋で一人過ごした。
――――整理がつかない。
頭の中も、心の中も。なにより、俺の記憶の中にいる両親の姿と重なる部分と、そうじゃない部分のすり合わせが上手く出来なくて困っていた。なんせ、コッチに来てから記憶が薄れてきているから尚更。
サリーくんが眠たいという話にならなきゃ、まだまだ話は続いていた。
正直なところ、彼が眠たいと言い出したのは有難かったんだ。俺的には、ってだけの話。
情報量が多すぎるのと、整理をつけながら話を聞くには難しい内容が思いのほか含まれていたこと。
そのあたりをカムイさんがわかっていないはずはないと思うのに、どうせ話すならいっぺんにとも思ってたんじゃないかとも思えた。
この手の、いわゆる打ち明け話を含んだことを、一度後回しにするとなかなか話をするキッカケをつかめなくなる。その難しさを、なんとなくだけど理解できなくもない俺。
両親が亡くなった後に、学校で起きたトラブルめいたことを叔母さんに相談をとなった時。キッカケは何度もあったはずなのにそれを後回しにし過ぎて、叔母さんが人づてに聞く方が先になってしまった。
言ってくれたらよかったのに、とか、もっと頼っていいのよ? とか。
まるで叔母さんが頼りにならない大人だと俺が思っているような切ない訴えを、相手の方から先にさせてしまった。
あの時、叔母さんはどんな表情をしてたっけ。
それと同じことがあるのか、そこまでの意味はないのか。何故かカムイさんは、かなりな情報を今日中に話してしまおうとしていた様子だった。
誰しも同じ考えで行動するとは限らないけれど、カムイさんも話を後回しにするのはよくないと思っていたのかな。
理由が何かはさておきだけどね。
「……両親が、転生者。前世でも夫婦で、転生先で俺が生まれた。…その後、また一緒に転生…か」
両親が仲がよかったのは記憶している。
「どうして……俺は」
最初の転生の時に二人だったから、二人で…ってなったのはわかる。けど、その後に俺って家族も増えたよな?
「俺も連れてってくれたって…」
仲のよさはわかってた。二人がいなくなる前も、いなくなってからも。
「……わかってたって! 知ってるって! 十分すぎるくらいに」
消化しきれない感情を持てあます。
話を聞きはじめた最初のあたりには、そんな感情は抱かなかったのに。
どうしてか、話の続きはまたとなった途端、急に胸の中に沸々と嫌な感情がドロッとあふれ出したのがわかった。
サリーくんのがなきゃ、どうやって席を外してたかな。
それにサリーくんを部屋に送ってから、自室へ向かったのも急な思いつきに近い。
俺が部屋でこうしているのを、下にいる二人におかしな心配をさせていなきゃいいな。
「って、そこまで想われてないか。俺みたいなのが」
親の話を聞いた後だからか、若干ネガティブになっているかもしれないな。
みんなは俺がしたいこと行きたい場所に、一緒に行くと決めてくれたのに。多少なりの俺への情がなきゃ、こんな風に付き合ってくれるはずがないよな?
「それとも……同情? 同情じゃないなら、どんな感情?」
ポツリと呟いてみて、普段は口にしないはずのそれに一番動揺しているのは俺。
さっきまではみんなとの出会いが宝物だって思ってたし、三人に直接伝えてもいるのに。
まるで何かに引っ張られているほどに、急激に落ち込んでいく自分に戸惑いもする。
「どうしちゃったんだろうなぁ」
あの部屋で二人が飲み食いをするのに、いざって時には呼んでねと言おうとしてたのに、まだ試作段階のパネルを渡してきてしまった。
まるで、俺を呼ばないでねと壁を作るみたいに。
「そういうつもりで置いていっただなんて、二人はきっと思ってもいない。気づかれてもいない。ただの親切心だってしか思っていないはず」
一人になると普段よりも多く、胸の中だけに気持ちを留めておけずに声に出してしまう。
それが自分の手によって聞かされているようなもんだ。自分で自分を追い込んでいる気にもなる。
吐露すればするだけ、下にいる二人の感情を勝手に予想しては、どんどん凹んでいく。自爆だ、ある意味。
「………ダメだ、どうしてもメンタルが落ちちゃう」
ボソッと呟いてから、元の世界でそういう時にどうしてたっけと考える。
特に趣味なんかなかったし、気晴らしに一緒に遊んだり電話で話すような友達もいなかった俺。自力で気持ちをリセットする方法を考えていたはず。
「やっぱ…食べ物?」
それでどうにかなるとも思えないけど、俺の中での定番の組み合わせを出すことにした。
「…懐かしい」
高校受験の時に、母親がよく持ってきてくれたっけ。
ミルク多めのココアと、チョコチップクッキー。
とりあえずで出したそれを目の前にしてもなかなか手も口も付けることが出来ず、見下ろすだけの俺。
「美味そうな匂いにつられてきたんすけど?」
なんていう声に振り向けば、いつの間にか部屋の中にサリーくんが。
ドアを閉めた状態で腕を組み、俺に声をかけてきた。
「寝たんじゃ…」
いたって普通に起きている彼の姿に首をかしげれば、「この通り起きてるよ」と悪びれもせずに答えてくる。
「じゃあ、どうして」
思わず眉間にシワを寄せれば、ふはっと笑ってから「さあ?」と首をかしげてきた。
なんででしょうね? って言ってるみたいに。
「そんなことよりも、アペル。甘いもの好きな俺に内緒で、そんないいもの…ズルいっすよ。俺にも!」
そう話しながら、近づいてくる。
「食べたきゃあげるよ。ココアも飲んでいいし」
自分の目の前にあるものを、そのまま彼の方へと指先で押してズラす。
「んゃ。俺はアペルと一緒がいい。…ね。一緒に食おう? ココアもあったかいうちに、一緒に飲もう?」
彼はその二つともを、俺へと押し返してくる。
「だからー、俺の分も出して? ね?」
両手をあわせて、お願いのポーズをしてきては、俺が折れるまで待っている。
「……はぁ。わかったよ、出すよ」
そう言ってから、自室の中央に小ぶりなテーブルをインベントリの中にあった木材から作って、イス代わりにはあのクッションのミニバージョンを配置。
「っと、俺のはコッチで、サリーのは……どうぞ? 俺のよりも甘めになってる」
「えぇえええ? テーブル作ってくれちゃう? もてなしてくれるよねぇ、アペルって。なんだかんだ言いながらもさ」
「…そう? パソコンデスクの場所で、二人分の飲み食いは無理だなって思ったし、床置きも嫌だったしさ。かといって、ベッドの上に腰かけてクッキー食べるのは俺的に嫌だったから。そうなると、作る以外の選択肢がなかっただけだよ?」
なんてことないのに、こんなに嬉しそうに笑われたら戸惑ってしまう。
「大したことしてないのにさ」
ほんと、それだからね? 俺の中では。
「アペルはそう言うけど、俺はめっちゃくちゃ嬉しい。煙たがられるかもって内心思ってたもん。一人になりたい時は誰にでもあるからさ。…けど、独りになりすぎないでほしいなって思ってたから、様子見しつつ中に入ってきた。…邪魔だった?」
俺のことをそんな風に考えながら、サリーなりに見守ってくれていたってことでいいのかな? それとも俺の勘違い?
邪魔だった? の言葉に、首を振った。
「じゃあ、湯気が立っているうちに飲もう。ココアなんて、久しぶりかもしれない」
「そうなの?」
「コーヒーは比較的飲む機会あるんすけど、ココアってそこまでお手軽じゃないから」
とか言われて、元の世界でどうしてたっけなと思い出す。
電気ケトルでお湯を沸かしたり、レンチンした牛乳使って、後は溶かすだけっていうかんたんな粉を使っていたはず。
「この世界のココアって、そこまで手間暇かかるの?」
「なのかなぁ。……ん。やっぱ、俺が飲んできたのと味が違う。なんてーの? 俺の好み。まろやかっていうか、子供向けな味覚の甘さ?」
「ぷっ。子供向け」
思わずふき出す。サリーくんが目尻を下げながら、幼い感じですごく嬉しそうに飲むもんだから。
「……甘いね、たしかに」
俺向けの味にしたココアだけど、それでもやっぱり甘いなと思いながら飲む。サリーくんのは、これよりもっと甘い。
ふうふうと息を吹きかけながら、誰かと一緒に飲むと違うよなって確かめるように熱さを飲みこむ。
「アペル」
ココアがもうすぐなくなりそうなあたりに、サリーくんが声をかけてきた。
「ん? おかわりが欲しいなら、出すけど」
反射的にそう返すと、どこか困ったような顔つきになった。
「え。違ったの? …じゃあ、なーに?」
そう返しながら、こっちが逆に困った顔になってしまう。
「はい。あーんして、あーん」
おもむろに俺の方のクッキーを指先で摘まみ、俺へ向けて差し出してくる。
「え? 自分で食べられるよ?」
「いいから、あーんして」
「え? だって俺、病人じゃないし、子どもじゃないし」
「ほら、ほらっ」
なんだかんだいいながらも押しに弱い俺。
「あ…あー……ん」
真っ赤になりながら、すこしだけ口を開ける。
クッキーは思ったよりも分厚くて、薄く開けた程度だと歯に当たってしまった。その瞬間、サリーくんが無言で微笑む。
何とも言えない空気に耐えられず、俺はもうすこしだけ口を開けた。
サクッといい音が、口の中で響く。咀嚼すれば、鼻から抜ける甘いチョコチップの匂い。
「今度は俺にやって? あー…」
何でか今度は自分にと、あーんしてもらうのを待っているサリーくん。
大きな口に、チョコチップクッキーは一枚まるまる入ってしまいそう。
「まるっと入れていいの?」
口を開けたままで目尻だけ下げてきたから、そうしていいみたい。
「あーん」
されたことをお返しするように、クッキーを口へと。
「んふー」
サクッと口の中で噛み砕いた音がした瞬間、満足げにさっきよりも目尻を下げるサリーくん。
「喜んでもらえてよかった」
そう言い、二枚目を今度は自分で口へと運んだ。
「…この組み合わせってね、俺の母親がよく出してくれたものなんだよね」
「ふーん。アペルも甘いものが好きだったってこと? 向こうにいた時」
「好きでも嫌いでもないよ。上の学校に入学するために、受験勉強っていうのをしてて。普段のツケか、必死にやらなきゃみんなに追いつけないからって夜中になっても勉強していたら、休憩しなさいよって持ってきてくれた」
「ふーん。コッチで見てるアペルの姿での印象は、頭よさそうって印象だからなー。必死にならなきゃって、そっちの世界のレベルが高いってこと? みんな文字とか読み書き問題ないってことだもんね。さっきの感じでいけば」
なんて言われて、俺は首をかしげた。
「コッチの世界は、誰でも教育を受けられるってわけじゃないってこと?」
「まあ、読み書きも計算も出来ない子供も、大人になっててもそれを学べていない人もいるね。俺は家が家だったから、そういう勉強はかなり早い段階でさせてもらえたしさ。ってか、俺だって世の中にいる奴らは同じように出来るのしかいないって思ってた。叔父さんにくっついて視察に出かけるまで」
「視察? 叔父さんって、あの?」
「そう。あの、鈴木のおじさん」
「あの人ね、ああ見えて昔は一時的にだけど領主やってたんだよ。ここから遠い国の。それにくっついて、アチコチ見て回ってたの。俺」
「昔っていっても、国王陛下と一緒に仕事するようになってかなり経つんじゃなかった?」
「どうなんだろ。陛下が戴冠してから数年は呼ばれてなかったはず。数年経ってから、口説き文句みたいなこと言われたって聞いたよ」
前にあの二人を鑑定した時に見た年齢は、記憶違いじゃなきゃ五十代あたりじゃなかったっけ。四十代だっけ?
「口説き…」
「うん。お前じゃなきゃ俺はダメだとかなんとか。二人がいる部屋のドアがわずかに開いてて、相手が叔父さんだって知らずに言葉だけを聞いて王妃さまがショック受けて。ドアのところで震えていたのを騎士団長だったかが見つけて、部屋に乗りこんでから詳しく説明をして、ふたりそろって謝罪をして事なきを得たとかなんとか」
何やってんだろう、あの二人。仲がよすぎにもほどがあるってやつなのか。まわり見えなさすぎでしょ。
「それでもね、その頃よりはその辺の勉強ができる環境は整えられてきたと思う。アペルがこの世界に来てすぐに、いろんな手続きしたよね? その場所で働く人たちも、元はそういった類の勉強の環境が一切なかった人が大半。でも、いろんなスクールを作って、スキルや魔法を使える人で能力が低めでも仕事に使う分には問題ない人とかは、一時的に勉強してもらってから就職したりして。昔は肉体労働系とか農業系以外に就職先が限られていた割合が高かったんだけど、うちの叔父さんが宰相に収まって以降はかなり変わったと思う」
とか言うけど、それって国王陛下は? とツッコみたくなる。
「ちなみにね、陛下は当時命を狙われていたこともあって余裕がなく、叔父さんにその辺は全部丸投げしてた。後で話聞いて、この国大丈夫? って言っちゃったもん。叔父さんに」
言いたくなるのは心底わかる。同意だ、同意。
「っていうかさ、叔父さんの方が得意って分野があって。陛下も陛下で得意な分野があって。適材適所ってことにして、二人で意見出し合って下に命ずるのは立場上陛下がやってくって感じになった。…とか話していたらさ、叔父さんがいなくなったら陛下…どうなっちゃうんだろとかも思うよね」
サリーくんの話を聞きながら、嫌でも思い出してしまうのはあの日…二人に与えた罰のこと。
あの罰の影響は出ないんだろうか。能力とかには影響ない罰だった。でも、ただただこれから二人の間に信頼関係さえ築かれていけば問題はないはずだろうけど。そういう状態になるまで、どれくらいの時間が必要かってことだよね」
「俺…安易に二人にも罰をって与えちゃったけど、国政にかなり負担や影響は出てるんじゃ」
その後の二人の状況について、魔法課のジャンクさんのこと同様で俺が責任や罪悪感を背負いも感じもしないでいいと、ジャンさんは何度も言う。
俺が気にするたびに、アペルは必要なことをやっただけだと。本来ならば二人がもっと早い段階でしなければならなかったことを、代理で実行しただけだと言うんだ。
「結果的に国民に負担や影響が多く出るようなら、あの罰はゆるくした方がいいんじゃ」
あの時は、おおまかにだけど二人への影響が一番大きく出る罰になったと思ってた。
けれど、それまでの二人の関係を知っている家族や関係各所の人たちにかかった負担や心労は、少なからずともあったはず。
一切想像せずに罰を与えたわけじゃなかったけどさ、本当にあれが正解だった?
ゴク…ッと生唾を飲み、うつむく俺。
「そんな顔をさせたくて、この話を出したんじゃなかったんっす。…ごめん、アペル」
不意にふわふわしたものに包まれる。
そっと優しく、後頭部をゆるい速さで撫でられた。
「アレは、誰が何をどう罰しても、何かしらの後悔や罪悪感は生まれたんだよ。アペルだけが悪いとか、絶対に思わないで?」
ゆっくりと耳元で囁かれる声は、今にも泣きだしそうな俺よりも震えているように聞こえて。
「あの二人は責任を先延ばしにしちゃった。いつまでもどうしようもならなかった人たちを、放置してた。いつか変わるだろうって期待しているような顔をして、ごまかしてた。本当なら二人が国民やあの魔法課の連中の魔法に罰せられていたかもしれないのに、自分らよりももっと上の立場だからとアペルに任せてしまった。結果的に、さ」
「それは…」
思わず言葉に詰まると、そっとなんだけどさっきよりもキツく抱きしめてきて。
「前だけを向いてて? アペル。俺たちがアペルが歩いてきた道に残ってるゴミがあったら、片していくから。それに………アペルが両親に置いていかれたんじゃなくて、ここで幸せになるために、俺たちと出会うために…残していってくれたって俺は…思いたい」
最後の言葉に、心臓がギュッとなる。
サリーくんのそれは、さっきまで俺が一人で愚痴ってた言葉を最初から聞いていなきゃ出てこない話だ。
「聞いて…た、の」
恥ずかしさ。情けなさ、後悔。違う感情もきっとある。
顔を上げられない。
「カッコつかないとこばっか見せるね、俺」
モフッとした胸に顔を擦りつけて、声を殺して泣く。
声の震えをごまかせない。
「いいじゃん、別に。カッコよくても悪くても。ってか、アペルがカッコ悪いとか言ってない。俺」
淡々と、けれど怒ってるようには聞こえない声が、優しく語りかけてくる。
「そもそもでね、アペル。息子を置いてきてしまったって言ってたって、カムイさんが言ってたよね? 置いてきてしまったのをいいこととは思ってなかったんじゃないの? 一緒に来る来ない以前でさ、独りにしてしまった罪悪感は抱いていたってことでしょ? それってつまり、愛情がなきゃ出なかった言葉だと思う」
と言ってから、サリーくんの胸元に埋もれている俺の頭に、アゴが乗っかったのがわかった。やわらかくも重たいんだもん。
「どうしても答えを出したいなら、カムイさんがライラあたりに話を通せば探せるかもって言ったんだから、俺の方からもライラに頼んでみるよ。本当に現在のルナアースの方にいるのかはハッキリしてないけど、何か情報だけでも手に入れられないかってさ。それでアペルが納得できるんだったら」
その話し方はまるで、俺に落ち着いて話そうよ…いつものようにのんびり考えてみようよって、慌てている俺をなだめるよう。
「ただね? もしも見つかったとしても、そばにいることが叶うかどうかは半々。ライラと俺のように召喚って形で呼びだすような関係になるとか、その手の魔法を使えるようになるとか。何かしらの条件は付くと思う。地球っていう…アペルがいた場所での親子って関係には、なれない。きっと何かが違うって感じてしまう気がしてる。過去と同じには関われなくてもいいから、とにかく話がしたいってことなら…力を貸すよ?」
「サリーくん……」
この短時間で彼なりに考えて、俺の力になれると伝えてくれている。
話の中の、何かしらの条件が付くって話。サリーくんがそれをライラに頼む時にも、なにかの対価を与えなきゃいけないとかがあるんじゃないのかな。召喚した時にはそういった類の流れは見られなかったけれど、それの時とはまた話が違ってきてしまうかもしれない。
個人的な頼みごとを、俺が納得したいがためにしてもいいもの?
それで誰かに負担を強いてもいいもの?
サリーくんと自分の体の間に手を挿し込み、グググッと力を入れて腕を伸ばすと、彼との間に距離が出来た。
「…アペル?」
いや。互いに助け合いって考えたら、それはアリなの? どうなの? いつかサリーくんが困った時に、俺が力になれたら貸しは返せる?
目を見開き、ただ無言でうつむくだけの俺。
すると、俺の前からサリーくんが後ろへと一歩下がったのが視界に入る。
そして一瞬でうつむいた視界には、しゃがんで俺と目を合わせようとする彼の姿があった。
「ほんっ…とーに! 甘え下手! どうしようもないな!」
とか言ったかと思えば、俺の頬を両手の指先でそっとつまんで左右に伸ばしてきた。
「いふぁい…」
「痛くしてるからねー」
といい、指を頬から外す。
「あのね? アペル」
「…うん」
すこしだけ痛みが残る頬を手のひらで擦りつつ、短く返事をする。
「俺にとっても、アペルとの出会いも、アペルって人も宝物なんだけど? すっごくすっごく大事にしたいんだけど、どうしたら大事にさせてもらえると思う? アペルって人がさ、ちっともそうさせてくれそうにないんだよね。なんて話せば説得出来るかなぁ」
上目遣いに俺を見上げながら、彼がそう相談してきた。…俺について。
「どうして…大事にしたいの?」
迷惑ばかりかけている側だと思うのになと思ってしまう。どうして? って心の引っかかりが、自然と口をついた。
「え? 好きだから」
ためらいながら聞いたはずの質問に、まさかの即答。
「迷惑ばっかじゃん」
そんなはずがないと言い返した俺に、ふっ…と小さく笑ってみせてから。
「え? 逆でしょ? 助けてもらってばっか。それと、一緒にいて毎日楽しいことの連続。俺に足りないものを教えてくれる。美味しいご飯。それと、なによりもアペルが楽しそうだと俺も楽しい。それをグルッとひとまとめにしちゃうと、好きだからって言葉でまとまった」
「んな…価値ない」
ダメだ。まだ気持ちが沈んだままだ。せっかく嬉しいことを言ってくれているのに、違う言葉で返してしまう。
「価値はね? アペル。自分が決めるんじゃなく、まわりが決めるんだよ? 俺がアペルをいいと思った。それまでもなかったことにしないでよ。俺の気持ちは俺のモノ。…でしょ?」
グス…と涙がこぼれる。
「アペルに価値があるからそばにいるんじゃないってば。ナナとイチって二人を選んで、そばに置くって決めてくれたよね? その時点で嫌だと思ってたら、俺の性格上断ってるよ。俺の意思でそばにいるんだって」
「いていいの? 俺…。親にも置いてかれたのに」
また思い出してしまう。
「価値がないから置いていかれたわけじゃないでしょ、きっと。……ああ、もう。俺は、アペルの親にはなれないけど! ただの友達でも親友にでもなれるから。親の代わりは誰もなれないとしても、近しい関係になれるように頑張るから。アペルがもっと甘えられるようになってみせるから。だからってんじゃないけどさ、そばに置いてみなよ。案外役に立つから。腕枕以外にもさ」
情けない。
カッコ悪い。
そう思うのに、離れた方がいいかもって思うのに。
「うぅうううう…。サリー…。寂しい……、胸の奥がギュって痛くって…ツラい」
手のひらで目の下をこすってしまう。
「ああ…ダメだって。赤くなるってば。ほら、俺んとこ抱きついとけば? 胸の毛が濡れたっていいから」
サリーくんの右手が俺の後頭部を抱き寄せて、おいでとまた胸の中におさめてくれた。
トクトクと穏やかに鳴っている、サリーくんの心音。
「落ち着いたらさ、また下に戻ろう? 何も言わないでココにいたんだろ? あの二人のことだから、きっと心配してる」
それももっともな話だ。
「目が腫れてなきゃいいけど」
なかなか止まらない涙に、愚痴のように呟けば。
「それは何とかしてあげるよ」
とかいう。
俺は自分には、回復魔法をかけられない。
不思議なことにサリーくんの心音を聴いているうちに、心が凪いできた。
「そろそろ大丈夫そうだね。じゃあ、目を閉じてもらってもいい?」
どうするのかを見たかったのに、目を閉じてだってさ。
残念に思いながら目を閉じれば、ヒヤッとした風の感触の後に「もういいよ」と声がした。
「…うん。腫れはほとんど引いたと思う」
不思議に思って首をかしげていれば「種明かしね」と言い、指先に小さな雪の結晶を浮かべていた。
「なんせ俺、狼なんで…雪関連の魔法の初級なら、多少は出来るんだよね」
彼のステータスで内容の意味が分からなかった部分が、それか。
「また泣いちゃったら、いつでも冷やせるからね?」
とか言われたら、恥ずかしくて泣けなくなりそうだ。
「とりあえず先に戻っててもらってもいい? ここ、拭いてから戻るから」
彼がそう言いながら示した場所は、俺がさっきまで抱きついていた場所。彼の胸元。
「風魔法か何かで乾かせるよね? 使う?」
って聞いてみたけど、なぜか頑なにお断りされる。
「じゃ…本当に先に戻るよ?」
「ん。すぐに後で行くから」
「う、ん。…本当に来るよね?」
「行くって」
後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら部屋を出る。
数歩進んだ時に、背後から声がかかる。振り返れば、サリーくんがヒラヒラと手を振って。
「後でねー」
それだけ。
たったそれだけだったんだけど、おかしなことに妙に安心しちゃって。
「うん。アッチで待ってるね」
へらっと笑って、手を振り返した。
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