おさがしの方は、誰でしょう?~心と髪色は、うつろいやすいのです~

ハル*

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ここはどこ、俺は誰?

月夜を待って

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疲れてても、脚がだるくっても、家だー! って思っただけで歩ける不思議というか謎。ようするに、気持ちの切り替えみたいなもんか。

カムイさんと一緒に帰宅して、真っ先に向かったのは風呂。

っていってもさ、そのまま入りたくなく、改造し始めた俺。散々魔法使ったり、心身ともに疲労困憊なはずだのに。さらに酷使するのか、自分を。

(さすが、社畜あがりだな。多少の疲れじゃへこたれないのかも)

とか思いつつも、人間、疲れているとテンションおかしくなるもんだよね…。とか思ったりもした。

この家は平屋だったのを二階建てに増築した後で、その屋根の部分をフラットな感じにしてまるで屋上みたくした。

そこに作ったのが、露天風呂。屋上につき、天候に左右されがちだから、透明の屋根っぽいものをつけておく。

少し広めだから、エアーバリア…か。エアーカーテンのやつじゃ範囲が狭いし、エアードームじゃ広すぎる。

それと、防音機能も付けた。もちろんのことで、外からは見えないように阻害されているので真っ裸だろうがなにをやろうが問題なし。

蒸気もこもりすぎないように、湿度の設定以上になったらその分を外に出すようにも設定、設定。

出来たばかりの二階の一室を脱衣所兼転移場所に設定して、満足してめっちゃうなずく。エレベーターみたいだ。

「転移陣の使い方、間違えているって言われそう」

とか言いつつも嬉々としてやってるもんだから、傍で見ているカムイさんは少し呆れた顔つきになってきた。

「そんな顔しないでよー、カムイ」

苦笑いを浮かべながら、次の作業に取り掛かる。

洗い場以外、屋上の広さを全部浴槽にしちゃう。一般住宅にしちゃデカすぎな風呂。

「…むふ。最高じゃん」

「バカでっけえな、風呂。何人で入る気だ、お前」

「えー…何人だろうね」

カムイさんの質問に、おかしなテンションのままで笑いながら返す俺。

準備をしている間に、カムイさんに入浴剤を選んでおいてもらうことにする。

浴槽の中に魔石を3個、セットする。一つはお湯が常に清潔に保たれるやつ、もう一つは一定の湯量がキープされるっていうやつ。

後者のには、火と水の魔石を反発しないように組み合わせてから、セットした。俺が好きな温度は、42℃あたり。

半身浴には何度が適温だったっけな? 38? 39?

前者の方には光属性を組み込んだものをセッティング。浄化に近いことをさせるんだから、光属性だよね? ここは。

「ふっふーん♪ふふっふ、ふーん♪」

鼻歌まじりに作業を続けている俺に、カムイさんが入浴剤を手渡してきた。

「ご機嫌だな、アペル」

とかいう割に、カムイさんが俺に見せた表情は心配しているのが丸わかりなものだ。

「…へへ。お風呂好きだからねー、俺。ひと仕事もふた仕事もしてきたんだもん。風呂にのんびり浸かっても、別にいいじゃん?」

そう言い、俺はあの準備をする。

「一回やってみたかったんだよね、アレ」

「…アレ?」

首をかしげてるカムイさんに、口角だけ上げて笑んでから、素材を取りに行った時にどさくさに紛れて入手していた木材からトレイを作って、最初に防水加工を施す。

それから続けて、お風呂に浮かべるってことで、洗浄魔法も付与する。プラスで、バランスを取りつづけるような設定にもしなきゃね。これで、トレイの上に何かのせててもひっくり返る心配はなくなった。

「…あ。忘れてた」

アレコレ準備をしていく中で、抜けがあったのを思い出して一階へ。

玄関のドアに、ある仕掛けを施す。

イチさんとナナさんとカムイさんと俺。この4人だけは、ドアノブを触っただけで開錠可能。出入りした後にオートロック機能付き…とかいう仕掛けだ。

『イチさん、ナナさん』

もうそろそろ声をかけてもいいかな? と思い、通信を試みた。

『はい』

『あ、どうかしましたー?』

それぞれから返事があって、今日これから時間があるかを聞く。

『あとは引継ぎだけして、他の奴らに任せても大丈夫っす』

『俺もです。…何かありました? 他に追加で頼み事でもあれば、話を伺いますよ?』

イチさんの口調が硬いままなのが気になるけど、そのうちいつものようになるかな? なったら…いいな。

『頼み事はないよ。その、さ。あの……そっちでやることが終わったら……来ない? 家に。本当はもっと後にって思ってたけど、なんか…ダメで。俺のワガママだってわかってるけど、カムイさんと俺と…一緒に風呂入ってさ。飯食って…普段通りのことばっかなんだけど、来てくんない? 疲れさせちゃったって知ってるのに呼びつけるの、ダメだって…わかってんだけどさ』

説明をしながら、どんどん気持ちがうつむいてきてしまう。

どっちかっていうと、人のお願いを聞く側だったからなぁ。今日は慣れないことばかりだ。

『え? マジすか? 風呂! シャワーばっかだから、めちゃめちゃ嬉しいっす』

という弾んだナナさんの声と、

『ちょ…待ってください、アペルさん。今…なんて? 全員で風呂、ですか? 聞き間違いじゃなきゃ、家にって言いましたよね? …何やったんですか? 家に。あの家には、そんな設備ないはずなんですけど』

俺が話した内容について、冷静にツッコんでくるイチさんの声がした。

『あ…は、はは。その、改造っていうか増築っていうか。平屋を二階建てにして、屋上に風呂つけて、見えないようにしました。とりあえず、風呂入りながらみんなで軽く飲みたいなー…っと』

どうせこっちに来てしまえば、どんな風にいじったのかはバレてしまうわけで。ならば、正直に話しておいた方がいい。

『はは……は、は。めちゃくちゃやりますね、ホント。…でも、いいですね。それ』

そして、すこしだけ普段の口調が混じったイチさんの声が続き、『早く行きましょう!』のナナさんの声がそれを追う。

どうやら二人は別の場所にいるみたいで、合流次第こっちへ向かうと言った。

『……待てないから、これで来てね。あと、二人だけはドアノブに触れただけで入れるように設定してあるよ。…勝手に入ってきて?』

ブレスレット経由で転移陣を送りつけて、通信を切った。

「風呂で飲むのか、アペル」

通信をしながら二階に戻ると、階段を上がってすぐの場所でカムイさんが腕組みをして仁王立ちっぽい姿で待っていた。

「飲み過ぎないようにするし、湯温もすこし温めにするよ? 俺がいたとこで、実際そうやって飲んでいたことがあるんだよね。…他の人が、だけど」

テレビでやってたのを見たことがある程度だけど、いつか大人になったらって思ってた小さな憧れ。

風呂で飲んだら特別美味いとか、訳わかんない理由とかないんだけど、ただ…なんかやってみたかった。…だけ。

「雪見酒とか月見酒とか出来たら、風情があっていいよな。…今日はまだ雨模様だから、月は見えないし、季節が違うから雪も見えないもんな」

いつだったろう。すごく昔に、両親と市内にある温泉に行って、家族風呂を予約してそこの露天風呂ではしゃいで、父親にお湯をかけまくってた俺。そうしたら、母親が言ったんだ。

『お月様が悪い子は誰だ? って見てるわよ?』

って、空を指さして。

その時の月は三日月で。まるで笑った口に見えて、すぐに父親にお湯をかけるのをやめて謝ったんだ。

『お月様はね、いいことも悪いことも見てるんだって。…水兎は、どっちを多く見られるようになるのかな?』

母親がからかうように言ってきたそれに、『いいことの方!』って言いながら、自分がびちゃびちゃにしたっていうのに、さもいいことをしているみたいに父親の顔をタオルで拭って胸を張ってたのを思い出した。

カムイさんと一緒に転移陣で屋上まで行き、お湯を張って温度を確かめて…。空を仰いでも、まだ日も暮れていなくて眺めるような景色ってほどでもなく。

「………っっ」

なんだろう。無性に寂しくなってきて、胸がしめつけられるようだ。

寂しいのと、自分が今していることに感じざるを得ない矛盾から目をそらさずにはいられないってのと。

「…なんだなんだ、どーしたぁ? アペル」

でも、その感情だけなのか…正直なところわかんないっていうのが正解でもあって。

カムイさんにどうした? って声をかけられても、自分のことなのに自分の感情を整理出来なくて。

しかも、どの感情を一番聞いてほしいのか…わかんない。

「わか、んな…ぃ」

かろうじてそれだけ返した俺の頭に、カムイさんの大きな手がポンとのっていて。

「そっか」

だけ言って、ただゆっくり撫でている。

寂しいとか、胸がしめつけられて…とか言っても、涙が浮かんできているわけでもなく。

俺自身にも、カムイさんの言葉同様で、どーした? って聞きたいほどだ。

それと、どうしたい? とも。

互いに何も言わず、撫でて撫でられて…をややしばらくやっていたら、ふ…と頭が軽くなる。

「そろそろ入るか、アペル」

カムイさんが、下を指さす。

脱いでこようぜってことかな。この屋上に脱衣所作ってもよかったんだけど、風呂と洗い場を広くしたかったしね。

転移陣があるだけ、まだマシだってことにしてもらおう。

コクンとうなずき、カムイさんと二階へと一旦下りる。

転移陣からここまでの間が濡れても、すぐに乾燥するようにしなきゃと思い出して、すぐさま魔方陣をセットした。

頭が上手く働いてないんだな…と、今になって気づく。さっきから無駄な動きばっかり。上に下にと、移動しかしてない。

服を脱ぎかけたまま、頭を抱えてしゃがみこんだ。

「アペル? ……どーした?」

どうしちゃったんだ、俺。どうなっちゃったんだ? 俺。

(今の自分の感情がつかめない。自分のことなのに、わかんない)

…と、もしかしたらの可能性に気づき、カムイさんに問いかける。

「ね、カムイ」

「ん?」

「…俺、何色?」

その答えで何かわかるかもしれないと、淡い期待を抱いて聞いたんだけど。

「…………広場のとこから、こっちに戻ってきてから今の今まで…ずっと黒だ」

もっと混乱することになった。

俺の感情や体調にリンクしてるんじゃないのかと思っていたのに、違うの? 何がどうなったら、普段赤だの黄色だのになってるのに、ずっと黒になってるの? 俺の何に反応してんだよ。

「そ…………っか」

自分で自分がわからない。

笑いたいわけじゃないのに、何かをごまかすように笑む。

もたもたと服を脱ぎ、準備しておいた温泉にありがちなカゴに自分の服を入れて…っと。

「タオル、おっきいのと小さめのだけ、持っていくんだよ? 大きいのはなんなら腰に巻いてってもいいし」

とか説明をしている間に、さっさとバスタオルを腰に巻き、カムイさんが転移陣の前まで行ってしまう。

「置いてかないでってば」

早足で転移陣の方へ向かう途中で、一階から足音が聞こえた。

階段の方から顔を出して、足音の主たちへと声をかける。

「二階あがって奥に脱衣所作ったから、脱いだらタオルだけ持って転移陣に乗ってねー。俺たち、先に行くよー」

脱いじゃってることもあって、そのまま準備が整うまでそばに張りついているのもアレだし。

「わかったっすー」

ナナさんの返事が聞こえて、転移陣に乗ってカムイさんと一緒に屋上へ。

転移するギリギリで、階段を上がってきたイチさんと一瞬目が合った。

本当に一瞬だったけど、あ…って顔の後、まばたきをしたらその顔は微笑んでた。

「タオル、ここに置くんだよ?」

湿度の影響がないようにしたタオルを置いていくエリア。そこにバスタオルを引っかけておく場所を作って、風魔法で適度に風を対流させる。

髪を洗って、体を洗って、顔を洗って…っと。目の前の鏡を覗きこむけれど、やっぱり俺にはアッシュグレーのウルフカットの俺にしか見えない。

「ね、カムイ」

「んー? なんだよ」

「背中流そうか?」

なんとなくやりたくなって声をかけると、黙って背中を向けてくれる。

「じゃ、洗うね?」

俺よりも15cmくらいだっけ、デカいの。…にしても、鍛えられた大きな背中だな。

「よく見たら、耳はうさぎのもあるのに、尻尾は無くなるんだね?」

背中を流しながら、まじまじと観察する俺。

「尻尾のあたり、絶対に触るなよ?」

「あ、うん。嫌なら、触らない。教えておいてくれてありがとね」

「…ん。…あぁ、肩甲骨のあたりが痒い。洗いついでに掻いてくれよ」

「はいはい。…っと、ここ?」

「いや、もうちょっと右ってか外側っていうか」

「ここ?」

「もうちょい…下……そこだ! そこが痒くてなー」

「乾燥してるのかな? 必要だったら、後で何か塗ろうよ。背中に。ホーンラビットに戻ったら塗れないし」

「あー…うん、まあ…考えとく」

「考えとくって」

「いいからいいから。…背中なんか洗ってもらったことなかったからよ、新鮮だったぜ。ありがとな、アペル」

「そうなんだ。言ってくれたらいつでも洗うからね、カムイ」

「おう」

とかやりとりをしているうちに、賑やかな声が聞こえてきた。

「入りまーす!」

転移陣で上がってきた、イチさんとナナさんだ。

「おつかれさまです」

「おう、来たか! まあ、入れよ」

「ってー、カムイさんちじゃないでしょー? 家主感が、すごいすね」

とかナナさんがカムイさんにツッコミを入れている傍らでは、イチさんが口をポカンを開けて呆けていた。

「これは…また……」

と言ったっきり、腰にタオル、手にもタオル…の格好のままで立ち尽くしていた。

その間、ナナさんは様子を見てタオル置き場へと向かってタオルを掛けて、さっさとシャワーを浴びだした。

「さっさと洗って、俺もそっちに早く入りたい!」

わしゃわしゃと毛なのか髪の毛なのかわからない毛を、とにかくものすごい勢いで洗っていく。

水に濡れると、少し長めの毛がペターンとしてきて可愛くなった。

「じゃ、俺とカムイさんは先に湯船に浸かってるね? …イチさん? もうそろそろ現実に戻っておいでよ」

カムイさんが先に湯船に浸かり、俺はイチさんの方に手を置いて話しかけてからにした。

「じゃ、お先に」

俺がそう言うと、イチさんは現実に戻ってきたのか、すこし気恥ずかしそうに体を洗いはじめた。

豹のイチさんは毛が短めだから、洗いやすそうだし、乾くのも早そう。

「さーて…と、それじゃやりますか」

「お! 言ってたやつだな?」

「うん。…最初は、温泉といえば…日本酒! とっくりとお猪口が温泉には合う…はず」

用意しておいたトレイに、キンキンに冷えた冷酒を用意する。

「カムイ、お猪口持ってよ」

「お! 注いでくれるのか。……っとっと。じゃ、アペルにも俺が注いでやる。…っと、ほら」

互いにお猪口に注ぎあって、小さく乾杯をする。視線を感じて、二人へお猪口を軽く持ち上げてからお先にと告げて一口で飲み干した。

キンキンに冷えた日本酒はすこし辛口で、のど越しがよくて、その冷たさが口から喉…喉から胃の方へと伝っていくのがわかる。

その道を通っていくと同時に、すこしだけ頭も冷えていく気がした。

「これ、冷ややっこってやつね。カムイは、スプーンのがいいでしょ?」

「あー、豆腐ったっけ。箸で摘まめるようになんのは、いつだろな」

「カムイだったら、きっとすぐだよ。器用だもん」

「そっか? …お、この木みたいなの、いい匂いすんな」

「あぁ、鰹節かな? それ、乾燥した魚の身を削ったものだよ」

「木じゃなくてか」

「うん」

「これが気にいったなら、後でこれが使われてる料理出すよ?」

「お。他にもあんなら、食ってみてえ」

「ふふ。了解。…なににしよっかな、鰹節…鰹節……出汁のイメージが強いからなー」

とか言いながら、俺は箸で冷ややっこを摘まんで口へと運んだ。

やがて2人も浴槽の方へとやってきて、4人でそろってお湯に浸かることとなった。

「ふわぁー…。気ん持ちいーっすね、この温度。俺、熱いの苦手なんで助かるっす。すーぐのぼせっちゃって」

「やっぱり、その毛のせいなの?」

「ほぼ、これっすね」

そう言って、ペタンとなっている毛を指先で摘まんで笑うナナさん。

「ナナさんはお酒? ジュース? 何がいい?」

「前に飲んだ甘い酒ので、別のが飲んでみたいっす。キツくないやつ」

たしかカクテルだったよね。

前回は…シンガポールスリングかテキーラサンライズで悩んだはず。

「…じゃあ、これはどうかな?」

ポン…と出したのは、ファジーネーブル。

ピーチリキュールとオレンジジュースだけで作るカクテルだ。見た目、オレンジジュースすぎるけど。

「これもカクテルってやつなんすか」

「うん。飲んだら、ジュースとはちょっと違うなって感じるよ?」

「………わ。面白っ。見た目こんなんなのに、他の果物の匂いがする」

桃ってここにはあるのかな? リンゴがアペルって名前になってるくらいだから、すこしだけ違う形であったりして。

「気に入ってもらえた?」

そう言いながら首をかしげると、激しくうなずくナナさんの姿。

「めちゃくちゃ!」

って、本当に嬉しそうに。

「…よかったぁ。…あ、イチさんは、どんなのが飲みたい? っていうか、飲みたい気分…じゃなかったりする?」

気になって念のためで聞いてみれば、イチさんは笑顔で「シュワッとしたそこそこの度数のがいいです」と思ったよりも具体的なリクエストをくれた。

スパークリングワインあたりはどうかな? と思って、出してみる。

半分ほどまで一気に飲み、パアッと笑顔が増したのを見て、俺はホッとした。

半身浴をしながら、ぼんやりと何もない景色を眺める俺。

適当に準備した食べ物も、いろいろ魔法を使いつつお湯がかからないようにとか、衛生的に問題がないようにとかしながら、3人に楽しんでもらう。

「ガッツリした食事は、風呂上がりにでもちゃんと出すからね」

俺がそう言うと、予想通りで一番喜んだのはナナさんだった。

すっかりくつろいだ感じがある3人の様子を伺いつつ、俺は話を振るタイミングを探していた。

単純に風呂に入りたかったし、みんなも労いたかったのもある。

でも、多分…今になってこっちの方が一番の目的だったと思えた。

風呂や食事の時は、比較的リラックスして話が出来るし、こんな風にすこし近しい関係になれたのなら…もっと腹を割って話せるかな? という若干の期待があるからかも…しれない。

ふいに俺の頭に、さっきのようにカムイさんの手がのった。

「どーした?」

って。

視線を感じて、頭に手が乗ったままでそっちへと顔を向ければ、イチさんとナナさんもなぜか微笑みながら俺を見ていた。

「なんかあんだろ? 話がよ」

頭にあった手がするっと動き、ほらよ…! って感じで俺の背を手のひらでそっと支えてくれている。

この話をするのは、正直結構ためらう。

先に話してあった、大賢者っぽくふるまうけど、笑わないでねって話の本題がコッチだから余計に。

「あの、さ」

言いかけて、うつむいて。

「……アペルさん。とりあえず、もう一杯、飲みましょ」

イチさんが俺のお猪口に日本酒を注いでくれる。

お猪口の中の日本酒は揺らいでいて、それをまるで自分の心みたいだなんて思いながら俺は一気に飲み干す。

「ふぅ…っ」

鼻と口から、日本酒独特の香りが抜けていく。

俺がゴクッと唾を飲み、「…俺っ」と切り出した。

「俺さ。俺……は、これから…も、みんなと一緒にいたくて。その…」

なんて言いたい? なんて言えば、わかってもらえる? どう言えば? って、頭の中がグルグルしてくるけど、みんなは俺が言い淀んでも黙って次の言葉を待ってくれている。

こんな風に俺に合わせてくれる相手ならば、言い淀む必要はきっと…ないはずだと信じたい。

「俺、ここに住むけど、旅にも出たい。…から、その……みんなの未来これからを、俺にすこしだけ…分けてくんない?」

俺がそう話すと、隣からカムイさんが問いかけてきた。

「具体的な案があるのか」

厳しめな口調に聞こえるけれど、表情は柔らかく笑んだままだ。その微笑みに勇気をもらって、俺はうなずく。

「まず、三日以内にって頼んである謁見の場で、イチさん…ナナさん…を今所属しているナンバーズのままかそこから抜けるかにして、俺の下についてもらうことにします。…大賢者の権限で」

「…そこに使うのか、大賢者さまの権利を」

カムイさんのその言葉に、俺は小さくうなずいた。

イチさんとナナさんは、同時に互いを見合ってから俺の方へと顔を向けた。

俺も、ちゃんと話を聞こうとしてくれている2人に向き合い、逃げずに話をしようとがんばってみる。

「そうなった時に支払われる給料を、召喚するキッカケにもなっている俺用の予算から出してもらいます。給料と、それと…一緒に旅する時にかかっている経費もそこから。……それで、旅先からここまでの転移も出来るように構築していって、いざって時にはここに帰ってくる…みたいな。そのためのこの家の維持費も、予算から出す。…ったら、国が求めていることに応えられた上に、俺を縛りつけることも少なくなる。――俺ね? 俺…もっといろんなものを見てまわりたい。いろんなことを知りたい。いろんな場所や人や獣人に出会いたい。そのためには……ここに詳しくて、強くて、俺が…そばに置きたい相手の方が…よくって」

最後の方は、またどんどん小声になってきちゃって、ちゃんと聞こえたのか微妙なくらい。

「前にいた場所にいた時、俺が見ていた世界はきっとすごく狭かった。気持ちの余裕もなかったし、両親を亡くして、職場でも独りで向き合わなきゃいけないことばっかりで、まわりを見ることも知ることも出来ずにいたから。……でも、それって…もったいなかったなって思えてさ」

すこしのぼせてきたかなと思いながら、浴槽から先にあがって何もない景色を眺める俺。

時間は少しだけ進んで、夕暮れ間近だ。

遠くには雨雲の隙間から月らしいものが、空に淡く儚い色で浮かんで見える。

「ワガママだなって思ってるんだけどさ。お願い…聞いてくんない、かな? 3人とも」

呟きながら、振り返る。

「ね。……みんな、俺のモノになって?」

俺がそう告げると、3人は黙ったままで俺を浴槽から見上げていた。


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