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ここはどこ、俺は誰?
閑話 いろんな意味で変わらない人 後編
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ナナと二人、水兎さんの返事を待つ。
『ほーら、やっぱ聞かれたろ?』
でも先に聞こえてきたのは、ホーンラビットのカムイさんが水兎さんを冷やかすような声。
『まあ、うん。…そうだね、カムイ。……イチさん的には、どうなんですか? その辺』
そして、俺へと振られる話。
俺に話を振ってきたのは、ナナが聞いてきた時点でナナの意思はなんとなくわかったのかもしれない。心配してるって段階で、そういうことだからな。
それと、ナナの上官として…も、あるのかな?
「うー…ん」
とすこしだけ考える素振りを見せてから、「俺個人の方と仕事の立場上と、どっちの意見が聞きたいです?」と返す。
すると迷うことなかったのか、即答してきた。
『イチさんの個人的な意見というか感情というか、そっちの方で。仕事の方は、ぶっちゃけ、そっちは聞かなくても多分こっちかな? って予想出来てるから』
聞こえた声は、一緒にいた時に何度か耳にした…どこか不安げな声じゃなくまっすぐな声。
この一か月で何が起き…どう過ごしていたのかをさっき聞いたばかりだけど、あの話だけじゃ図れない心の変化がたしかにあったんだなと感じた。
こんな短期間でここまで人は変わるのか、と。
水兎さんの変化を感じつつ、俺は言葉を慎重に選ぼうとして…やめた。
言葉を選ぶのなら、それは仕事の立場上の時だろう。今、俺が求められているのは、俺個人の率直な意見だ。
「水兎さん…いや、アペルさんがツラくない方で。雨がどうとかってのは、俺の中じゃ別問題になってる。正直、毎年のことでもあるし、実際…例年大変な被害も出て復興するのにも時間や費用がかかるけど、それを守るためにアペルさんだけがツラくなる可能性があるのなら、やらなくてもいいよって言いたい」
ちゃんと返事をもらっていないけど心の中で呼んでも、表立って水兎さんの名前は口にしない方がいいのかもしれない。とか、漠然と思った。
「…イチさん」
横からナナが、苦笑いを浮かべて俺の肩を叩く。
「正直すぎでしょ」
なんて言いながら。
ナナがそう言うと、向こうから二人分のふき出して笑う声が聞こえてきた。
『そんなに例年、ひどいんだ』
一通り笑って落ち着いたのか、普通に質問をしてきた水兎さん。
「ひどいっちゃー、ひどいっすよ。今回は、俺らナンバーズもヘルプかかってますもんね」
ナナがポロッと所属先の名称をもらす。
『あー、そんなに? イチさんたちの部署って、特殊な部署じゃなかった? 猫の手も借りたいとかいうやつかな、それ』
ナナのうっかりを言及するような言葉は一切なく、むしろ知ってたみたいな返しに苦笑い。
『なー、なー、アペル。その猫の手ってなんだよ。また例のことわざとかいうやつか?』
と、カムイさんが水兎さんに聞くと、ナナも気になってたみたいで「俺、猫じゃないの、知ってるはずなのになぁー…って不思議に思った!」と別な方向から食いついた。
『ナナさんは狼で、イチさんは豹でしたっけ』
クスクス笑いつつ、水兎さんが確認してくる。
「そーだよ、猫ではないよ。猫では」
ナナがうなずきながら、言い返す。
『………ふ。ごめんねぇ、一緒にしちゃって』
って、どこか楽しげに返してきてから、説明をしてくれた。
「え。そこまで忙しいんですか、元いた場所って。ペットの手を借りなきゃいけないとか、ありえないっすよ」
ナナが正直な感想を伝えても、『よくある話だったからねぇ』としか言わない。
いやいやいやいや、ナイナイナイナイ。それは、ナイ。
水兎さんがここに来るまでしていた生活を想像すると、対応は最悪だったけど、ひとまずコッチに避難出来てよかったんじゃ? なんて思ってしまう。
水兎さんが、その状態をどう思ってたか知らないけど。
いつか働きすぎて身動きも出来なくなるとかが、普通にあったとか…ありえん。
なんて声をかけたらいいか、ぶっちゃけてもいいのか。らしくなく、ためらう。
もうそんなことに頭を悩ますことはダメですよ? なんて、どの立場で言う? とか思うし、水兎さんをそういうのから守りますから! でもないし。それもまた、んなことを口に出来る立場じゃない。
ナナみたいに、ぽんぽん言葉が出せない。
何かを言いかけては口を閉じる俺の背を、ナナが軽く手のひらで叩いた。
たった1回だけ、ポン…と。
そうされた瞬間、俺の口から出たのは自分も驚く一言。
「アペルさん、今は楽しく過ごせてるの?」
んなこと聞くつもりなんて、まったくなかったのに。
ナナも「え?!」って真横から言うくらいビックリしてて。
それを言った本人の俺は、絶句してた。
聞いてどうする? って質問でしかないから。
「今日のイチさん、なんかポンコツで、ごめんね!」
ナナがフォローなのかトドメなのかわからないことを言い出したら、水兎さん側から聞こえたのは短い返し。
『――――楽しくて、幸せだよ?』
まるで今、目の前に水兎さんがいて、ふわりと笑ってるんじゃないかと思えるようなやわらかな落ち着いた声で。
たったそれだけの返しに、胸がギュッとなった。
なんで俺、水兎さんのそばにいないんだろう。
このセリフを直接、耳に出来る距離にいられなかったんだ?
どうして。
……どうして。
水兎さんの過去について全てを知ってるわけじゃないけど、さっきの話を聞き、バカどもがやらかしたせいで追われる立場になったと感じさせ。そんな状況なのに、幸せだと言えるまでになったなんて。
たった一日しか一緒にいなかったけど、それだけの関係でしかなくても、もっと近くにいたかった。
一緒に……もっと笑ってるとこを見られる立場にいたかった。
………………いや。
そばにいたい。
胸元をシャツごと手のひらで握りこみ、口びるを噛む。
ナンバーズにいなきゃ出会えなかったのに、このポジションが足枷に感じるくらい邪魔くさい。
「よかった」
って…ナナが思ったままに返した言葉に焦れるくらい、今の気持ちを吐き出せない自分が嫌だ。
鬱々とした感情を抱えつつ、やっと吐き出したのがコレだもんな。
「俺、今の部署辞めて、そっち行く」
まるでガキみたいな言い回しで。
『え? イチさん? ど……え? どうしたの?』
水兎さんが戸惑ってるのに、まだ続けて「場所教えてもらえないよね?」とか繰り返す始末だ。
そんな俺の態度に水兎さんは変わらず戸惑ったような反応なのに、なぜかカムイさんとナナは共通して笑ってるとかいう。
「なぜ、笑う。カムイさんも、ナナも」
ふてくされた俺に、2人の笑い声だけが響いていた。
その空気を変えたのは、カムイさん。
『はー………ひっさびさに、腹抱えて笑ったわ。腹筋いてぇ』
その言葉に、冷静にツッこむナナ。
「ホーンラビットに腹筋て、存在するんすか?」
って。
ナナのツッコミを噛み砕き、脳内でイメージを再生してみて…。
「ぶふーーーっっ!!!」
思いきりふき出した俺。
『おい、イチって言ったか。失礼なイメージしたんだろ? お前。俺にだって、腹筋の1つや2つくらい』
『ちょ…カムイ。腹筋は、1つ2つって数えないだろ?』
『は? ………じゃ、よぉく見とけ。アペル。………人化。……ほーら! 腹筋割れてんだろ?』
『カムイ! カムイ! 人型になってまで、腹筋を見せるとかありえないんだけど。ホーンラビットの時の腹筋だってんでしょ』
『うるせぇな。ホーンラビットだろうが人型だろうが、俺の腹筋は俺のもんだろ』
『…ムキになりすぎだよ、カムイ』
とか、俺らを置いてけぼりにするような会話が続いた。
会話の内容にツッこませてくれる隙もないくらいの勢いで。
「イチさん、イチさん。なんかまた、理解不能なワードが出ませんでした?」
「お……おう。なんか、人型になったとかどうとか」
「ホーンラビットって、人型になれるんすか」
ナナにそう聞かれて、自分の知識を総動員してみたものの、らしい知識が見当たらない。
「規格外な人のそばに、似た者が……ってやつか。ダメだ。この2人。俺らの常識が通用しない」
笑いがこみあげながら、呆れてしまう。
「イチさん。さっきの……アレ、本気すか?」
声を殺して笑う俺に、ナナが小声で話しかけてきた。
さっきのって、アレか。
「……半分くらいな?」
いくらか冷静になってきた俺だが、今の部署を辞めて、水兎さんの近くに…と思わなくもない。
何かと無自覚でやらかす水兎さんのそばにいて、一緒に笑っていたいなと想像してしまったから尚更。
『ったく。会話がいつまでも進まねえ! 話、戻すからな!』
痺れを切らしたカムイさんが、強制的に話を振ってきた。
『で、お前らとしては、アペルがそっちの状況をどうにか出来るてってんなら、コイツがよしと思えばやってよし。嫌々やるようなら、別にやんなくてもいいぞってことでいいのか』
改めてそう聞かれ、ナナに耳打ちすれば何も言わずに微笑むだけ。コレはナナの同意だ。
「そうですね。アペルさんが…アペルさんだけが大変だとか辛い思いをしないのなら、本人にかかる負担が一番少なくって本人が一番納得する答えでいいです。…俺たちは、その答えでアペルさんへの態度を変えるつもりもないし。自分らに得がなきゃ嫌だって連中と一緒じゃないんで、そこは安心して答えを出してほしいです」
『…だってよ、アペル』
カムイさんが話をまとめだすと、水兎さんが結構長くためらったか長考したような間の後に『そっか』とだけ呟いた。
『じゃあよ、早速だけど話…詰めちまうか。そっち、そんなに日数ないんだろ? それが来るまで』
カムイさんがどんどん話を進めていく。
「そうっすねぇ。三日後あたりだって言われてますねぇ。時間帯まではハッキリしてませんけど、午後のどこかかって程度までは耳に入ってます」
ナナが俺をチラッと見てから、今日までの情報を伝える。この状況で、こっちが持っている情報を渡さないのは愚策でしかないからな。
『…どーなんだよ、アペル。時間的にいけそうなのか?』
カムイさんが水兎さんに確認を取ってくれている。…いい人? いいうさぎ? なんて言えばいいんだ。とにかくいいカムイさんだ。口は悪そうだけど。
確認を取っている会話を聞きながら、俺とナナは水兎さんの返事を待つ。
時間、なさすぎるかな? 何をどうやろうとしてくれるのか何も見えないけれど、それでも俺たち含めてこの街を救おうとしてくれている。そこに感謝と敬意を払いつつ、もしも時間的に厳しいって口にしても大丈夫ですよって返そう。
あんな風にこの街から去らざるを得ない状態にさせたのに、こんな風に手を差し伸べようとしてくれてるだけで御の字だろ。
結果がどうなろうとも、感謝しかないはずだ。
ナナと目を合わせると、二人して自然と口角が上がっていた。
もう、覚悟は出来た。たとえ、水兎さんからどんな言葉が出たって、それを俺たちはただ…受け入れるだけだ。
心の中で水兎さんへ叫ぶ。ドーンと来い! です。水兎さん! …と。
『へ? それはすぐにでも構築できるけど』
すると返ってきたのは、それがどうかしたの? みたいなトーンの返しで。
『は? じゃ、お前…さっきから難しい顔してんの……なんなんだよ』
そうそう。それ、それ。カムイさんが俺たちの気持ちを代弁してくれている。水兎さんがどんな顔をしていたのかまでは知らなかったけどさ。
『えー…っと、どの範囲までフォローしようかなっていうのと、まったく新しい魔法になるからさ…。それが大問題で』
ん? どの範囲? どういう意味だ?
『新しい魔法だとか、お前にとって何の問題もねえんだろ? 何が引っかかってんだよ、言ってみろ』
どうにもハッキリしない水兎さんに、カムイさんが悩みの種は何だと問いかけた。
俺とナナは、気づけば手をこぶしにして水兎さんの言葉を持っている。
覚悟はしたはずなのに、あの無自覚にいろいろやらかしてしまえるほどの力を持っている水兎さんが、何かためらっているってことはよほどのことだろう?
「水…、アペルさん! 俺達でも力になれることなら、言ってください!」
堪えきれず、か。ナナが口を開く。
「そうですよ。どうせなら、一緒に考えさせてくださいよ」
俺もそれに続くと、『…え? いいんですか?』とためらいがちながらも、どこか嬉しそうな声がした。
「もちろんいいに決まってるじゃないですか」
「そうそう」
そろって返事をすれば、そばにいるカムイさんからも『俺にも話してみろ』ともう一人味方が増えた。
ややしばらく沈黙が続いた後に、やっぱり遠慮がちに水兎さんが呟く。
『じゃ…じゃあ……相談してもいい? みんなに』
と。
水兎さんからお願いをされたのが、俺もナナも嬉しくなって笑いあう。
そして、『あのね、一つめは、さっき言ってた範囲のことで』と切り出してきたので、俺とナナでうちだけでも十分だと伝えた。
正直な話をすれば、隣の街の方にも嵐の影響はあるんだけど、さすがにそこまでフォローしてとか図々しいし、俺たちの管轄はこの街だけの話だ。
『本当にそこだけ? 天候が絡むなら、もっと広範囲でやった方がいいのかなって思ったんだよね。だってさ、狙いすましたようにピンポイントに雨が降るわけじゃないでしょ? 風向きだってあるし、量に差はあれども同時期に雨の影響が出る街はあるんじゃない?』
けど、水兎さんはそれでいいの? と逆に聞き返してきた。俺たちが、実は…なんて言えるはずもないのに。水兎さんの体への負担を考えたら、可能なとこまでフォローしてくださいとか冗談でも口に出せるはずが…。
なんて返せばいいのか言葉を選んでいた俺たち。
そのタイミングで、カムイさんが水兎さんにぶっちゃけた。
『んなこと言うけどよ、アペル。お前…範囲広きゃあ、消費する魔力だって膨大って量になんだろ? お前が可能な範囲でいいんじゃねえの? さっきの話じゃねえけど、お前の体に負担がかからない程度でよ。…じゃなきゃ、アッチの二人に心配かけるんじゃねえの?』
なんて、こっちが聞きにくく思って言葉に出来ずにいたことばかりだ。
俺たちの心の声でも聞こえてんのかな? って疑いたくなるくらい。
念話みたいなもので向こうと話してはいるが、俺とナナは小声で話している。それが聞こえているのかどうかまでは知らないけど。それでも、まさか? と思いたくなるタイミングでの問いかけだった。
カムイさんからの問いかけに、水兎さんが返したのはまるで”このオカズ、どれくらい食べられる?” って聞かれたことへの返しみたいな軽いもの。
『へ? この世界まるっと、イケるけど』
って。
『はぁあああ???』
「…へ」
「ん? なんて? 今、なんて?」
三者三様の反応。
『あと、二つめの悩みなんだけどね? 新しい魔法を創造するのはいいんだけど、何て名前にしようかなってさ。俺…ネーミングセンス皆無だから、とんでもないのつけがちだし』
トドメにもってきた悩み相談が、よりによって魔法の名づけのこと?
「それ…だけ?」
「まさかでしょ?」
驚きすぎて言葉が上手く出てこなくなった俺たちに、カムイさんの呟きが聞こえてきた。
『……お前って、そういうやつだったな。そういやぁ』
って、呆れた感じの。
それを聞いて、ナナと見合って、苦笑して。
「たしかに」
「うん、うん」
カムイさんの呟きに、激しく同意して。
『俺にとっては結構重要な悩みなんだってば、わかってないなぁ。…じゃあ、いいよ! カムイはとっくに知ってるけど、俺が名づけた魔法を一つ…そのブレスレットを介して送るから! えー…っと、そこは自宅かなんかだったっけ? 二人とも』
急展開。水兎さんが、なにやら怒ってる? これ。よくわかんない状態なんだけど。
「え。俺たち、寮にいますけど」
ナナがそう返すと、即座に『そこ、広さはあるの?』と返ってくる。
これくらいの広さがあるかとかいろいろ質疑応答が繰り返された後に、『じゃあ、そっちにさー、俺たちが普段ベッド代わりにしているものを送りつけるから。…いい?』と言われて、「いつでもどうぞー」とナナが返した。
キンッと高めの金属音が鳴ったと同時に、ブレスレットが淡く光り出す。かすかにだけど、温かく感じた。
『人がダメになるクッションぽいの』
水兎さんの声で、なにかの紹介か? それ…っていう言葉が聞こえた。
ったら、今度は何かが弾けたような音がしたと思えば、自分らの背後にいきなり気配を感じて振り返る。
「……は」
「え……、なんすか、コレ」
ベッドにしちゃ高さが微妙にありすぎて、クッションというにはデカすぎる。ぶにょッとしたモノだ。
『今、唱えたまんまです。…そこに横になってみてください』
唱えた? 何を? 呪文か何か言ってたか?
ナナと首をかしげながら、訳の分からないものに寝転がってみる。水兎さんを信じるしかない。たとえ、見た目がなにかおかしなものなんだとしても。
ナナがためしに寝転がる。
「…どうなんだ? ナナ」
「……」
「ナナ? どうした? まばたきだけ増えてるけど…。おーい…どうした?」
「……ぃい」
「は? なんだ? え? 水兎さん? コレって一体なにが」
動揺しすぎてか、また水兎さん呼びに戻ってる俺の袖をナナが軽く引く。
「イチさん…コレ、ヤバイっす。…俺よけるんで、寝てみてくださいよ」
ナナが顔を赤くさせながらその場所から降りて、俺に寝ろと言う。
「ちょ…待てって、おい! ナーナ!」
とか後輩を呼んだのは、そこまで。
「………ふわ…ぁ」
適度に沈みこむ体、それを優しく抱きとめたように包みこむ謎の物体。いや…クッションだっけ? コレ。
「すごくないです? コレ。ヤバイでしょ? イチさん。……イチさん? あのー…本気で寝る気になんないでほしいんすけど。目ぇ、開けてくださいって! だいたい…まだ、話の途中だし」
俺がナナにツッこまれるって状態は、なかなかない。
「…悪ぃ」
バツが悪そうにそこから降りてから、水兎さんに改めて声をかけた。
「なんかすごいモノきたんですけど。…ブレスレット経由で魔法送ってくるとか…普通無理なんですよ、マジで」
ナナが先に興奮気味に話しかける。
「ほんと、それなんですよ。相変わらずで、無茶苦茶なことやってきますね。……それで、魔法の名づけでしたっけ」
カムイさんに戻される前に、本題に戻す俺。
『お? 俺より先に、話を戻せたな? …上出来だ』
すると何故か、まるで上司のように褒めてくるカムイさん。やたらいい声なんで、一瞬焦った。
『うるさいよ、カムイ』
水兎さんは水兎さんで、マイペースだし。
その会話のやりとりを聞きつつ、やむを得ないかと結論づける。
「あの…名づけなんですけどね」
俺がそう言うと『あ、はい! 一緒に考えてくれます?』と水兎さんが弾んだ声で返してきた。
そこにナナがこう返した。
「俺たち、一緒に考えることは出来ると思いますけどね? でも、最終決定は魔法を使う本人にしましょう」
つまりはそういうことで。
『え? 一緒には考えてくれるんだよね?』
すこし戸惑いが混じった声がしたのに対して、俺たちの世界で魔法を使うことについて重要とされているあることを告げた。
「魔法は、使用者のイメージが一番大事で。イメージと気持ちがちゃんと乗った方が、思った通りの威力で発動されるんです。…だから、アペルさんがその魔法と発動した時の状態を紐づけられる名前に決めた方がきっといいです。その方が使用魔力の量も、些少とはいえ…負担が少なくすむかもしれない、んで」
こんな魔法を使いたい、こんな威力で…と、イメージするしないでかなり変わるのが魔法だ。
水兎さんが採掘をした時の話を聞いてて、明確なイメージがあったんじゃないかと思えた。
「だから、最後の最後は…一番しっくりくるのを選んでください」
一緒に悩むけど、それだけは譲れない。その気持ちを、伝えた俺たち。
『……そ、っか。ん。…わかった。じゃ、じゃあ…魔法の説明をするからさ。…一緒に考えてくれる?』
ショックは受けていなさそうな声に、俺とナナは即答した。
「もちろん」
「当然ですよ」
って。
『ほーら、やっぱ聞かれたろ?』
でも先に聞こえてきたのは、ホーンラビットのカムイさんが水兎さんを冷やかすような声。
『まあ、うん。…そうだね、カムイ。……イチさん的には、どうなんですか? その辺』
そして、俺へと振られる話。
俺に話を振ってきたのは、ナナが聞いてきた時点でナナの意思はなんとなくわかったのかもしれない。心配してるって段階で、そういうことだからな。
それと、ナナの上官として…も、あるのかな?
「うー…ん」
とすこしだけ考える素振りを見せてから、「俺個人の方と仕事の立場上と、どっちの意見が聞きたいです?」と返す。
すると迷うことなかったのか、即答してきた。
『イチさんの個人的な意見というか感情というか、そっちの方で。仕事の方は、ぶっちゃけ、そっちは聞かなくても多分こっちかな? って予想出来てるから』
聞こえた声は、一緒にいた時に何度か耳にした…どこか不安げな声じゃなくまっすぐな声。
この一か月で何が起き…どう過ごしていたのかをさっき聞いたばかりだけど、あの話だけじゃ図れない心の変化がたしかにあったんだなと感じた。
こんな短期間でここまで人は変わるのか、と。
水兎さんの変化を感じつつ、俺は言葉を慎重に選ぼうとして…やめた。
言葉を選ぶのなら、それは仕事の立場上の時だろう。今、俺が求められているのは、俺個人の率直な意見だ。
「水兎さん…いや、アペルさんがツラくない方で。雨がどうとかってのは、俺の中じゃ別問題になってる。正直、毎年のことでもあるし、実際…例年大変な被害も出て復興するのにも時間や費用がかかるけど、それを守るためにアペルさんだけがツラくなる可能性があるのなら、やらなくてもいいよって言いたい」
ちゃんと返事をもらっていないけど心の中で呼んでも、表立って水兎さんの名前は口にしない方がいいのかもしれない。とか、漠然と思った。
「…イチさん」
横からナナが、苦笑いを浮かべて俺の肩を叩く。
「正直すぎでしょ」
なんて言いながら。
ナナがそう言うと、向こうから二人分のふき出して笑う声が聞こえてきた。
『そんなに例年、ひどいんだ』
一通り笑って落ち着いたのか、普通に質問をしてきた水兎さん。
「ひどいっちゃー、ひどいっすよ。今回は、俺らナンバーズもヘルプかかってますもんね」
ナナがポロッと所属先の名称をもらす。
『あー、そんなに? イチさんたちの部署って、特殊な部署じゃなかった? 猫の手も借りたいとかいうやつかな、それ』
ナナのうっかりを言及するような言葉は一切なく、むしろ知ってたみたいな返しに苦笑い。
『なー、なー、アペル。その猫の手ってなんだよ。また例のことわざとかいうやつか?』
と、カムイさんが水兎さんに聞くと、ナナも気になってたみたいで「俺、猫じゃないの、知ってるはずなのになぁー…って不思議に思った!」と別な方向から食いついた。
『ナナさんは狼で、イチさんは豹でしたっけ』
クスクス笑いつつ、水兎さんが確認してくる。
「そーだよ、猫ではないよ。猫では」
ナナがうなずきながら、言い返す。
『………ふ。ごめんねぇ、一緒にしちゃって』
って、どこか楽しげに返してきてから、説明をしてくれた。
「え。そこまで忙しいんですか、元いた場所って。ペットの手を借りなきゃいけないとか、ありえないっすよ」
ナナが正直な感想を伝えても、『よくある話だったからねぇ』としか言わない。
いやいやいやいや、ナイナイナイナイ。それは、ナイ。
水兎さんがここに来るまでしていた生活を想像すると、対応は最悪だったけど、ひとまずコッチに避難出来てよかったんじゃ? なんて思ってしまう。
水兎さんが、その状態をどう思ってたか知らないけど。
いつか働きすぎて身動きも出来なくなるとかが、普通にあったとか…ありえん。
なんて声をかけたらいいか、ぶっちゃけてもいいのか。らしくなく、ためらう。
もうそんなことに頭を悩ますことはダメですよ? なんて、どの立場で言う? とか思うし、水兎さんをそういうのから守りますから! でもないし。それもまた、んなことを口に出来る立場じゃない。
ナナみたいに、ぽんぽん言葉が出せない。
何かを言いかけては口を閉じる俺の背を、ナナが軽く手のひらで叩いた。
たった1回だけ、ポン…と。
そうされた瞬間、俺の口から出たのは自分も驚く一言。
「アペルさん、今は楽しく過ごせてるの?」
んなこと聞くつもりなんて、まったくなかったのに。
ナナも「え?!」って真横から言うくらいビックリしてて。
それを言った本人の俺は、絶句してた。
聞いてどうする? って質問でしかないから。
「今日のイチさん、なんかポンコツで、ごめんね!」
ナナがフォローなのかトドメなのかわからないことを言い出したら、水兎さん側から聞こえたのは短い返し。
『――――楽しくて、幸せだよ?』
まるで今、目の前に水兎さんがいて、ふわりと笑ってるんじゃないかと思えるようなやわらかな落ち着いた声で。
たったそれだけの返しに、胸がギュッとなった。
なんで俺、水兎さんのそばにいないんだろう。
このセリフを直接、耳に出来る距離にいられなかったんだ?
どうして。
……どうして。
水兎さんの過去について全てを知ってるわけじゃないけど、さっきの話を聞き、バカどもがやらかしたせいで追われる立場になったと感じさせ。そんな状況なのに、幸せだと言えるまでになったなんて。
たった一日しか一緒にいなかったけど、それだけの関係でしかなくても、もっと近くにいたかった。
一緒に……もっと笑ってるとこを見られる立場にいたかった。
………………いや。
そばにいたい。
胸元をシャツごと手のひらで握りこみ、口びるを噛む。
ナンバーズにいなきゃ出会えなかったのに、このポジションが足枷に感じるくらい邪魔くさい。
「よかった」
って…ナナが思ったままに返した言葉に焦れるくらい、今の気持ちを吐き出せない自分が嫌だ。
鬱々とした感情を抱えつつ、やっと吐き出したのがコレだもんな。
「俺、今の部署辞めて、そっち行く」
まるでガキみたいな言い回しで。
『え? イチさん? ど……え? どうしたの?』
水兎さんが戸惑ってるのに、まだ続けて「場所教えてもらえないよね?」とか繰り返す始末だ。
そんな俺の態度に水兎さんは変わらず戸惑ったような反応なのに、なぜかカムイさんとナナは共通して笑ってるとかいう。
「なぜ、笑う。カムイさんも、ナナも」
ふてくされた俺に、2人の笑い声だけが響いていた。
その空気を変えたのは、カムイさん。
『はー………ひっさびさに、腹抱えて笑ったわ。腹筋いてぇ』
その言葉に、冷静にツッこむナナ。
「ホーンラビットに腹筋て、存在するんすか?」
って。
ナナのツッコミを噛み砕き、脳内でイメージを再生してみて…。
「ぶふーーーっっ!!!」
思いきりふき出した俺。
『おい、イチって言ったか。失礼なイメージしたんだろ? お前。俺にだって、腹筋の1つや2つくらい』
『ちょ…カムイ。腹筋は、1つ2つって数えないだろ?』
『は? ………じゃ、よぉく見とけ。アペル。………人化。……ほーら! 腹筋割れてんだろ?』
『カムイ! カムイ! 人型になってまで、腹筋を見せるとかありえないんだけど。ホーンラビットの時の腹筋だってんでしょ』
『うるせぇな。ホーンラビットだろうが人型だろうが、俺の腹筋は俺のもんだろ』
『…ムキになりすぎだよ、カムイ』
とか、俺らを置いてけぼりにするような会話が続いた。
会話の内容にツッこませてくれる隙もないくらいの勢いで。
「イチさん、イチさん。なんかまた、理解不能なワードが出ませんでした?」
「お……おう。なんか、人型になったとかどうとか」
「ホーンラビットって、人型になれるんすか」
ナナにそう聞かれて、自分の知識を総動員してみたものの、らしい知識が見当たらない。
「規格外な人のそばに、似た者が……ってやつか。ダメだ。この2人。俺らの常識が通用しない」
笑いがこみあげながら、呆れてしまう。
「イチさん。さっきの……アレ、本気すか?」
声を殺して笑う俺に、ナナが小声で話しかけてきた。
さっきのって、アレか。
「……半分くらいな?」
いくらか冷静になってきた俺だが、今の部署を辞めて、水兎さんの近くに…と思わなくもない。
何かと無自覚でやらかす水兎さんのそばにいて、一緒に笑っていたいなと想像してしまったから尚更。
『ったく。会話がいつまでも進まねえ! 話、戻すからな!』
痺れを切らしたカムイさんが、強制的に話を振ってきた。
『で、お前らとしては、アペルがそっちの状況をどうにか出来るてってんなら、コイツがよしと思えばやってよし。嫌々やるようなら、別にやんなくてもいいぞってことでいいのか』
改めてそう聞かれ、ナナに耳打ちすれば何も言わずに微笑むだけ。コレはナナの同意だ。
「そうですね。アペルさんが…アペルさんだけが大変だとか辛い思いをしないのなら、本人にかかる負担が一番少なくって本人が一番納得する答えでいいです。…俺たちは、その答えでアペルさんへの態度を変えるつもりもないし。自分らに得がなきゃ嫌だって連中と一緒じゃないんで、そこは安心して答えを出してほしいです」
『…だってよ、アペル』
カムイさんが話をまとめだすと、水兎さんが結構長くためらったか長考したような間の後に『そっか』とだけ呟いた。
『じゃあよ、早速だけど話…詰めちまうか。そっち、そんなに日数ないんだろ? それが来るまで』
カムイさんがどんどん話を進めていく。
「そうっすねぇ。三日後あたりだって言われてますねぇ。時間帯まではハッキリしてませんけど、午後のどこかかって程度までは耳に入ってます」
ナナが俺をチラッと見てから、今日までの情報を伝える。この状況で、こっちが持っている情報を渡さないのは愚策でしかないからな。
『…どーなんだよ、アペル。時間的にいけそうなのか?』
カムイさんが水兎さんに確認を取ってくれている。…いい人? いいうさぎ? なんて言えばいいんだ。とにかくいいカムイさんだ。口は悪そうだけど。
確認を取っている会話を聞きながら、俺とナナは水兎さんの返事を待つ。
時間、なさすぎるかな? 何をどうやろうとしてくれるのか何も見えないけれど、それでも俺たち含めてこの街を救おうとしてくれている。そこに感謝と敬意を払いつつ、もしも時間的に厳しいって口にしても大丈夫ですよって返そう。
あんな風にこの街から去らざるを得ない状態にさせたのに、こんな風に手を差し伸べようとしてくれてるだけで御の字だろ。
結果がどうなろうとも、感謝しかないはずだ。
ナナと目を合わせると、二人して自然と口角が上がっていた。
もう、覚悟は出来た。たとえ、水兎さんからどんな言葉が出たって、それを俺たちはただ…受け入れるだけだ。
心の中で水兎さんへ叫ぶ。ドーンと来い! です。水兎さん! …と。
『へ? それはすぐにでも構築できるけど』
すると返ってきたのは、それがどうかしたの? みたいなトーンの返しで。
『は? じゃ、お前…さっきから難しい顔してんの……なんなんだよ』
そうそう。それ、それ。カムイさんが俺たちの気持ちを代弁してくれている。水兎さんがどんな顔をしていたのかまでは知らなかったけどさ。
『えー…っと、どの範囲までフォローしようかなっていうのと、まったく新しい魔法になるからさ…。それが大問題で』
ん? どの範囲? どういう意味だ?
『新しい魔法だとか、お前にとって何の問題もねえんだろ? 何が引っかかってんだよ、言ってみろ』
どうにもハッキリしない水兎さんに、カムイさんが悩みの種は何だと問いかけた。
俺とナナは、気づけば手をこぶしにして水兎さんの言葉を持っている。
覚悟はしたはずなのに、あの無自覚にいろいろやらかしてしまえるほどの力を持っている水兎さんが、何かためらっているってことはよほどのことだろう?
「水…、アペルさん! 俺達でも力になれることなら、言ってください!」
堪えきれず、か。ナナが口を開く。
「そうですよ。どうせなら、一緒に考えさせてくださいよ」
俺もそれに続くと、『…え? いいんですか?』とためらいがちながらも、どこか嬉しそうな声がした。
「もちろんいいに決まってるじゃないですか」
「そうそう」
そろって返事をすれば、そばにいるカムイさんからも『俺にも話してみろ』ともう一人味方が増えた。
ややしばらく沈黙が続いた後に、やっぱり遠慮がちに水兎さんが呟く。
『じゃ…じゃあ……相談してもいい? みんなに』
と。
水兎さんからお願いをされたのが、俺もナナも嬉しくなって笑いあう。
そして、『あのね、一つめは、さっき言ってた範囲のことで』と切り出してきたので、俺とナナでうちだけでも十分だと伝えた。
正直な話をすれば、隣の街の方にも嵐の影響はあるんだけど、さすがにそこまでフォローしてとか図々しいし、俺たちの管轄はこの街だけの話だ。
『本当にそこだけ? 天候が絡むなら、もっと広範囲でやった方がいいのかなって思ったんだよね。だってさ、狙いすましたようにピンポイントに雨が降るわけじゃないでしょ? 風向きだってあるし、量に差はあれども同時期に雨の影響が出る街はあるんじゃない?』
けど、水兎さんはそれでいいの? と逆に聞き返してきた。俺たちが、実は…なんて言えるはずもないのに。水兎さんの体への負担を考えたら、可能なとこまでフォローしてくださいとか冗談でも口に出せるはずが…。
なんて返せばいいのか言葉を選んでいた俺たち。
そのタイミングで、カムイさんが水兎さんにぶっちゃけた。
『んなこと言うけどよ、アペル。お前…範囲広きゃあ、消費する魔力だって膨大って量になんだろ? お前が可能な範囲でいいんじゃねえの? さっきの話じゃねえけど、お前の体に負担がかからない程度でよ。…じゃなきゃ、アッチの二人に心配かけるんじゃねえの?』
なんて、こっちが聞きにくく思って言葉に出来ずにいたことばかりだ。
俺たちの心の声でも聞こえてんのかな? って疑いたくなるくらい。
念話みたいなもので向こうと話してはいるが、俺とナナは小声で話している。それが聞こえているのかどうかまでは知らないけど。それでも、まさか? と思いたくなるタイミングでの問いかけだった。
カムイさんからの問いかけに、水兎さんが返したのはまるで”このオカズ、どれくらい食べられる?” って聞かれたことへの返しみたいな軽いもの。
『へ? この世界まるっと、イケるけど』
って。
『はぁあああ???』
「…へ」
「ん? なんて? 今、なんて?」
三者三様の反応。
『あと、二つめの悩みなんだけどね? 新しい魔法を創造するのはいいんだけど、何て名前にしようかなってさ。俺…ネーミングセンス皆無だから、とんでもないのつけがちだし』
トドメにもってきた悩み相談が、よりによって魔法の名づけのこと?
「それ…だけ?」
「まさかでしょ?」
驚きすぎて言葉が上手く出てこなくなった俺たちに、カムイさんの呟きが聞こえてきた。
『……お前って、そういうやつだったな。そういやぁ』
って、呆れた感じの。
それを聞いて、ナナと見合って、苦笑して。
「たしかに」
「うん、うん」
カムイさんの呟きに、激しく同意して。
『俺にとっては結構重要な悩みなんだってば、わかってないなぁ。…じゃあ、いいよ! カムイはとっくに知ってるけど、俺が名づけた魔法を一つ…そのブレスレットを介して送るから! えー…っと、そこは自宅かなんかだったっけ? 二人とも』
急展開。水兎さんが、なにやら怒ってる? これ。よくわかんない状態なんだけど。
「え。俺たち、寮にいますけど」
ナナがそう返すと、即座に『そこ、広さはあるの?』と返ってくる。
これくらいの広さがあるかとかいろいろ質疑応答が繰り返された後に、『じゃあ、そっちにさー、俺たちが普段ベッド代わりにしているものを送りつけるから。…いい?』と言われて、「いつでもどうぞー」とナナが返した。
キンッと高めの金属音が鳴ったと同時に、ブレスレットが淡く光り出す。かすかにだけど、温かく感じた。
『人がダメになるクッションぽいの』
水兎さんの声で、なにかの紹介か? それ…っていう言葉が聞こえた。
ったら、今度は何かが弾けたような音がしたと思えば、自分らの背後にいきなり気配を感じて振り返る。
「……は」
「え……、なんすか、コレ」
ベッドにしちゃ高さが微妙にありすぎて、クッションというにはデカすぎる。ぶにょッとしたモノだ。
『今、唱えたまんまです。…そこに横になってみてください』
唱えた? 何を? 呪文か何か言ってたか?
ナナと首をかしげながら、訳の分からないものに寝転がってみる。水兎さんを信じるしかない。たとえ、見た目がなにかおかしなものなんだとしても。
ナナがためしに寝転がる。
「…どうなんだ? ナナ」
「……」
「ナナ? どうした? まばたきだけ増えてるけど…。おーい…どうした?」
「……ぃい」
「は? なんだ? え? 水兎さん? コレって一体なにが」
動揺しすぎてか、また水兎さん呼びに戻ってる俺の袖をナナが軽く引く。
「イチさん…コレ、ヤバイっす。…俺よけるんで、寝てみてくださいよ」
ナナが顔を赤くさせながらその場所から降りて、俺に寝ろと言う。
「ちょ…待てって、おい! ナーナ!」
とか後輩を呼んだのは、そこまで。
「………ふわ…ぁ」
適度に沈みこむ体、それを優しく抱きとめたように包みこむ謎の物体。いや…クッションだっけ? コレ。
「すごくないです? コレ。ヤバイでしょ? イチさん。……イチさん? あのー…本気で寝る気になんないでほしいんすけど。目ぇ、開けてくださいって! だいたい…まだ、話の途中だし」
俺がナナにツッこまれるって状態は、なかなかない。
「…悪ぃ」
バツが悪そうにそこから降りてから、水兎さんに改めて声をかけた。
「なんかすごいモノきたんですけど。…ブレスレット経由で魔法送ってくるとか…普通無理なんですよ、マジで」
ナナが先に興奮気味に話しかける。
「ほんと、それなんですよ。相変わらずで、無茶苦茶なことやってきますね。……それで、魔法の名づけでしたっけ」
カムイさんに戻される前に、本題に戻す俺。
『お? 俺より先に、話を戻せたな? …上出来だ』
すると何故か、まるで上司のように褒めてくるカムイさん。やたらいい声なんで、一瞬焦った。
『うるさいよ、カムイ』
水兎さんは水兎さんで、マイペースだし。
その会話のやりとりを聞きつつ、やむを得ないかと結論づける。
「あの…名づけなんですけどね」
俺がそう言うと『あ、はい! 一緒に考えてくれます?』と水兎さんが弾んだ声で返してきた。
そこにナナがこう返した。
「俺たち、一緒に考えることは出来ると思いますけどね? でも、最終決定は魔法を使う本人にしましょう」
つまりはそういうことで。
『え? 一緒には考えてくれるんだよね?』
すこし戸惑いが混じった声がしたのに対して、俺たちの世界で魔法を使うことについて重要とされているあることを告げた。
「魔法は、使用者のイメージが一番大事で。イメージと気持ちがちゃんと乗った方が、思った通りの威力で発動されるんです。…だから、アペルさんがその魔法と発動した時の状態を紐づけられる名前に決めた方がきっといいです。その方が使用魔力の量も、些少とはいえ…負担が少なくすむかもしれない、んで」
こんな魔法を使いたい、こんな威力で…と、イメージするしないでかなり変わるのが魔法だ。
水兎さんが採掘をした時の話を聞いてて、明確なイメージがあったんじゃないかと思えた。
「だから、最後の最後は…一番しっくりくるのを選んでください」
一緒に悩むけど、それだけは譲れない。その気持ちを、伝えた俺たち。
『……そ、っか。ん。…わかった。じゃ、じゃあ…魔法の説明をするからさ。…一緒に考えてくれる?』
ショックは受けていなさそうな声に、俺とナナは即答した。
「もちろん」
「当然ですよ」
って。
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