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A._______ 3
しおりを挟む~白崎side~
『過去問』
僕の中ではある意味都市伝説に違い代物だったりする。
中学の時には、受験対策で各学校の問題が置かれていた。…けど、僕が知っている範囲内の人たちは、自分の部活の先輩とか委員会の先輩とかが後輩にそれを託していたりした。
僕は先輩の一言で前髪を切ってから、多少なりとも人と関わるようにしたけれど、それでもそういうやりとりが出来るような相手は見つけられなかった。
先輩からもらい受けられなくても、横のつながりでクラスメイト間でのやりとりも見かけていたけど、僕にその機会はなかったんだ。
学校が保管していた過去問を使って受験をと思った時期もあったけど、なんだか面白くなく思えて子どものように意地を張って参考書と教師からのアドバイスがメインでの受験だった。
それでもなんとか合格出来て、こうして先輩と一緒に高校に通えているんだけど、高校に入って一年目でまさか手に入るだなんて思っていなかった。
紙の束をペラ…ペラ…とめくって、問題を流し見る。
「この辺が、今回のテストの時期のやつ。こっちの付箋がついているやつはそれ以降のが順番にある」
そう言われて、付箋がついた他の時期のテストも確かめてみる。
それぞれの先輩方の名前が書かれていて、その文字にはなんだか個性があって見ているだけでも面白い。
「赤井先輩の文字、キレイですね。学校の先生みたいに読みやすいです」
「あー…確か赤井って書道やってたよな」
「うん、一応段持ちだよ。最近は行ってないけど、文字の形には気をつけているね」
「黒木先輩は、右上がり……ふふ。この癖は抜けないままですね。中学校の時の保健室だより。先輩が書いたら担当者の名前を見なくても、先輩が書いたんだってわかりましたもん」
「そんなに癖あるか? 俺」
「ありますよ? ほんと…変わらないです」
そう言いながら、先輩の文字を指先でなぞる。
「お前の文字は、癖があまりないよな? 赤井ほどじゃないけど、キレイな方だろ」
「そうですか? あまり意識したことないんですけど、保健室の利用者届けのまとめを書いていた時に、他の人に字が汚いってツッコんでいたのを見てから、せめて先輩が読める範囲の文字をって思っていた記憶はあります」
「……俺、んなこと言ってたのか」
「まぁ、確かに注意受けていた人の文字、かなり独特な文字だったので…読めませんでしたから」
とあの頃のことを思い出して返せば、傍らにいた紫藤先輩が肩を揺らして笑っていた。
不意にインターフォンが鳴って、先輩が立ち上がる。
ややあってから、足音がどんどん近づいてきて「へぇーい」と言いながら誰かが入ってきた。
「…あ」
宣伝の時に先輩の居場所を教えてくれた先輩だ。
「人口密度…高っっ」
そう言われて、そういえばそうだなとまわりを見回す。
「佐々木、遅刻ぅー」
「うるせぇな。出がけに荷物が来たんだよ。よくある話だろ」
「まーな」
佐々木先輩っていうんだ。…へぇ。
遅れてやってきた先輩と、バンドのメンバーの三人、黒木先輩、僕。
結構な人口密度なのは、間違いないな。
「あ。俺の分も、はい…あげる」
さっき過去問を置かれたテーブルの上に、更に過去問が追加される。
「他にあげる人とかいないんですか? 僕だけでこんなにいただいてもいいんでしょうか」
すこし乱れていた過去問のプリントをザッとまとめ、両手で持って胸に抱える。
「僕…お恥ずかしいんですが、過去問って初めていただきました。……嬉しいです」
ギュッと胸に押しあてて、ほぅ…と息を吐く。
「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」
気持ちのままに顔がゆるんで笑顔になる。
「がんばってテスト勉強しますね」
「おう」
「ま、適度にね」
「俺、過去問もらっても活かしたことないから、がんばって」
「お前…そういうこと話してて、恥ずかしくねぇの」
「ねぇな」
「マジかよ」
「マジだ」
「そのうち二年の時のとかも、黒木の方に渡しておくよ。荷物になるだろうから、すこしずつね」
「え…あ、ありがとうございます。…お礼、どうしたらいいんだろう」
嬉しいけど、こういったことに慣れていない僕はどうしたらいいのかわからない。
素直にその戸惑いを口にすれば、紫藤先輩が手をヒラヒラ振って笑いながらこう言った。
「礼なんていいからさー。みーんな、順番に受け取っていくモノだから、後輩ちゃんがあげたいなって思う後輩が出来たら、次の子に託してあげて。それだけでいいよー」
と言われてから、未来を想像する。
(僕にそんな後輩が出来るんだろうか。……クラスの打ち上げにだって出ないような僕なのに、普通に話せる後輩…かぁ)
今のまま委員会を変わらずにいれば、多少の顔見知りも出来るかもしれないし、同じ当番だったりしたら話す機会もあるだろう。僕がその後輩と話す機会から逃げ出さなきゃ…の話だけど。
「プレゼントってプレゼントじゃないけどな」
黒木先輩が、どこかバツが悪そうにそういうけれど、僕は首を左右に振って呟く。
「僕にとっては、嬉しいプレゼントですよ? 黒木先輩のおかげで、他の先輩方ともお話させていただけてますし」
「俺たちも黒木がいたから、後輩くんとお近づきになれたしね」
「ああ。なんかいろいろ面白いしな、な?」
え? 面白いってなんだろう? 僕、何かおかしなことでもして見せたっけ。
キョロキョロして自分のまわりを確かめてから、どうしようとすぐそばにいた黒木先輩の袖を引く。
「僕の服、おかしくないですか? 髪型、大丈夫ですか? あまりその辺、詳しくないからおかしな格好してなきゃいいなと思ってきたんですけど」
特別変わったことやおかしな会話をした記憶がなきゃ、僕の見た目の何かが面白いのかもしれない。
「私服、そんなに持ってなくて。…変ですか? 髪もちょっとしかいじってきてませんし」
過去問を左腕に抱えて、右手でグイグイ先輩を引っ張る。
「先輩? 僕、大丈夫ですか?」
必死になって先輩に問いかけているのに、先輩はポカンとした顔で僕を見ているだけだ。一言も返してくれない。
「……あの?」
他の先輩方を見ると、なぜかみんながみんな顔を背けてうつむき、肩を震わせている。
「僕……あの……っ」
つかんでいた先輩の袖を離して、僕もうつむく。
右手をこぶしにして、膝の上でギュッと固く握った。
うつむいたままの僕の頭に、重さが触れる。
その重さに盗み見るように視線だけを上げてみれば、黒木先輩が僕の頭に手のひらを置いていた。
「なーにおかしなこと言ってんだよ。どこもおかしくないのに、一人勝手にアワアワしてるからビックリした。お前はどこもおかしくないし、変でもない。緑が言ったことは、気にする必要ないから」
緑先輩…だっけ。ベースやってた人だったかな。
僕がその先輩に視線を向けると、手をキッチリ指を揃えたまま上下に軽く動かしてごめんなと言ってるように見えた。
「……ほんとに? ほんとに、変じゃないですか?」
服の組み合わせも何もかも、普段あまり興味を持たないからよくわからないんだ。
「可愛いから安心しろ」
不安に思いながらもう一度聞き返せば、予測していなかった言葉がぶつけられて僕は固まる。
さっきとは違う意味合いで。
「可愛…」
先輩と視線が合う。…の途端、顔が一気に熱くなってボーッとした。
「…あー、可愛いってのも言われたくない言葉だったか? 白崎」
僕が好んでいない言葉を話していたのを思い出したんだろうか。急に聞き返されて、聞き返された内容に動揺もし。
「可愛いは、大丈夫です! 先輩からなら、どんな言葉だって!」
と勢いよく元気に返してしまった。
「え」
「は」
「うー…わ」
「え。本人わかってない?」
「いや、今から来るぞ」
「あーららら。可哀想に」
「…ふ」
「からかうな、お前ら」
「だってさー、さくちゃん」
「って…おーい! 後輩くーん」
「白雪ちゃん? おーい、お姫様ぁ?」
「……あれ? もしかして、かたまってない?」
「あー……徐々に赤くなってきた」
「面白っ」
「あのなー」
自分が何を口走ったのか、一瞬…飛んだ。頭の中から消えた。
真っ白になった直後、まばたき数回してから自分の声が遅れて脳内に響いた気がした。
『先輩からなら、どんな言葉だって』
しかも黒木先輩以外にも人がいるのに、その言葉の意味がどんな風に取られるなんてわかりやすいにもほどがあるじゃないか。
「…あ。首まで赤くなった」
指摘される声に、黒木先輩に救いを求めるがごとく顔ごと向く。ギギギ…と錆びたパーツを動かしているロボットのように。
「そ…そっか。わかった」
けれど、返ってきたのはちっとも救ってくれるような言葉なんかじゃなくて、謎の同意。
(違う。そうじゃない。欲しいのは違う言葉です、先輩)
真っ赤になったままで首を左右にぶんぶん振る僕に、遅れて来た先輩が肩に手を置き囁いた。
「どんまーい」
って。
その後は勉強会に混じった格好になったはずなのに、僕の記憶はどこかおぼろげで。
先輩が仲良くしている人たちは、不思議なことにそれぞれ得意な教科がちゃんとバラけていて。
「図ったようなバラけ方してるから、テスト前は互いに弱点攻略っていって集まるんだ」
なんて話を聞きながら、すこし羨ましく思っていた。
クラスの打ち上げに顔を出しもしなかったくせに、仲良くなる努力もしていないのに、いいなと思ってしまった。
意識がハッキリしているのは、勉強会を終えて先輩方と街へと出た途中から。
クラスの打ち上げの正確な場所を聞かれたけど、カラオケボックスってだけしか知らない。
僕はそれしか情報を渡していないのに、先輩方は集まって何やら相談をしてからカラオケに行くぞと言い出した。
「僕…先輩に言ったはずなんですけど。カラオケって行ったことないって」
そういいつつも、先輩となら行ってみたいと思ったし、僕が唄わないでもいいなら先輩方が楽しんでいる姿を見たいなとも思ってた。多分、先輩方は唄うだろうから、ミニライブに参加みたいな感じでいいなって。
(でもそんな都合いいことなんか起きるはずないよなって話だよね)
付いてこいって言われるがままに、僕は先輩方の後ろからひょこひょこ歩いていく。
トートバッグに入っているたっぷりの過去問を、僕がいいと思うなら友達とシェアしてもいいと言われた。
そんな話が出来る相手がいれば…だな。
(せいぜい、小鳥遊? 他にその手の話が出来る人が思い浮かばないや)
先輩方の後ろについていき、たどり着いたのは五階建ての建物全部にカラオケやゲームセンター、ボーリングなんかが入っているビルだった。
「……なんかすごいですね」
ビルを見上げて、ほう…と息を吐く僕に「これから遊びを教えてやる」と佐々木先輩が肩を組んできた。
僕の身長は結構大きい方だと思ってるんだけど、それよりも大きいってどれくらいなんだろ。
組まれた肩を気にもせずに、佐々木先輩の頭の先を横目に見た。
「ん? 身長? もしかして」
なんだろう。心の中でも読む力がある? この先輩。さっきも僕の心を読んだみたいに「どんまーい」とか言ってきたよね。
コクコクとうなずけば「193あるよ。後輩くんは…咲良よりデカいのはわかんだけどな…」と視線を上下させる。
「いくつだと思いますか?」
肩を組んだまま歩きつつ、身長クイズだ。
僕たちの会話を耳にしたのか、他の先輩たちも参戦してきた。
「佐々木よりは低いから、180……5? 185!」
「いや、180ちょうど」
「180……3!」
三人が名乗りを上げた後に、黒木先輩が「俺よりデカいやつは召されろ」と文句を言う。
僕は苦笑いをして「召されるのは嫌ですよ」と返した。
僕のその言葉の後に、「181」と先輩が呟く。
最後に佐々木先輩が小さくうなってから「186」と人差し指を立てながら告げる。
「で? 正解は?」
すこし先を歩いていた黒木先輩が問いかけてきたのに対して、僕は答えた。
「残念ですが、正解者はナシです。182が正解です」
「赤井と黒木の間だったな」
「そうですねぇ」
「なにか運動やってたの?」
なんて聞かれたけど、あははと笑ってから「遺伝ですね、母親側の」と答えた。
みんなでエレベーターに乗り込み、4階へと上がって行く。
「4階と5階がボーリング場な? ここ。で、3階と2階がカラオケで、1階がゲーセン」
「確かに1階にありましたね、ゲーセン。行ったことないですけど」
とか僕が笑って言うと、全員が振り返った。
「はぁ? マジで?」
それは黒木先輩も本気で驚いていたみたいで、目を丸くしていた。
「そんなに珍しいことですか? 行く機会がなければ、行くこともないでしょう? 僕はそういう機会がなかっただけですよ」
あははと笑いながらそう伝えると、緑って名前の先輩が僕の手を取って強く握った。
「よし! 今日は遊びを教えてやろう」
初めてのボーリング。靴を借りるとか、球を選ぶとか、超初心者の僕がいるからと他の人たちのところにある溝みたいなものがない場所を選んでくれた。
球の持ち方、投げ方、それとボーリング場でのマナーなんかも。
なんでも佐々木先輩のおじいさんが昔ものすごく通っていたとかで、みっちり仕込まれたんだという話だった。
「……白崎。面白いか? 初めてのボーリングは」
「全然ピンが倒れませんが、なんだか楽しいです」
初めて尽くしの今日は、僕にとって新しい世界をたくさん知った日だ。
昨日、先輩とキスをして、どんな顔でどんな目で先輩を見ればいいのか悩んでいたのに、今はただ…楽しい。
「後輩ちゃーん。ほら! さくちゃんとくっつきな? 写真撮ってやるから」
「はいっ」
普段の僕なら即答なんかしなかっただろうし、先輩と二人きりだったならぎこちなかったかもしれない今日。
「もっと顔、寄せろ。白崎」
「あ、はい」
楽しいという文字だけが頭の中にいっぱいで、自然と笑顔になっていた。
「あとで、さくちゃん経由で送っておくからー」
「はいっ。ありがとうございます。嬉しいです、すっごく」
自然に、感情を伝えていた。
不思議なくらい、素直に――。
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