黒木くんと白崎くん

ハル*

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最初の一歩 4

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~黒木side~


三回目の学校祭が始まった。

今日は二日目。クラスの出し物の方は推理迷路にして、当番制だ。だから、三年生にありがちな個別の出し物に時間が取れる。

いつもの昼飯仲間で、最後だしねとバンドをやるとか言い出したのがいて。

俺は楽器なんかできないし、唄うのも人並み。だから応援する側だなと思っていたら、まさかのキーボードで参加。

結構早い段階で誘われていたから、委員会がない時には小出しに教えてもらったり。

明日の一般公開日にいろんな演目を一気にやるのはいいんだけど、問題は肝心のものが決まっていないことで。

「なぁ。…本当に当日会場で決めるつもりか? バンド名」

俺がそう言えば、まわりはどこか楽しそうににやにやと笑うだけ。

学校祭のパンフレットには、(仮)と書いたままで通ってしまい、俺が知らないところでその下に但し書きがあったりした。

※正式なバンド名は、当日会場にて

そんな話は一切聞いていなかった俺は、若干ゆるすぎる活動にそれでいいのかと何度も話を吹っかけてきた。

候補は二つあって、一つ目がColors(カラーズ)、二つ目がColorful(カラフル)

どうしてかっていうと、メンバーの全員の名前に色が入っているからとかいう単純な話。

俺・黒木、ドラムが赤井、ギター兼ボーカルが紫藤しどう、最後にベースで下の名前がそのまま緑。

他に青山なんてのもいたけど、一緒に何かやるほど仲がよかったわけじゃなかったし、本人は別の出し物に参加予定って話でお誘いはナシ。

クラスの当番を終わらせて練習を一時間ほどして、明日の一般公開に向けて保健委員会でやる催しの身体測定と血圧測定の順番決めくじ引きに参加しに行く俺。

保健室でくじを引き、飲み物を購買でまとめ買いしてからレジ袋をぶら下げて音楽室へと戻っていく。

購買から音楽室へ行くのに、渡り廊下を通ることになる。

さっきまで弾いていた曲を鼻歌で口ずさみながら、体育館そばを経由していけば人だかりが出来ていた。

「なぁ! さっきの公開練習見たか? 1年3組の」

通り過ぎ様聞こえた会話に、聞き覚えがあるクラスを思い出して速めていた足をすこしだけスローにする。

「面白かったし、なにより白雪姫がキレイ! 男でもあれだけキレイなら、付き合ってもいいって思うね」

「あはは。マジかよ。あんなにキレイな顔つきの彼氏だったら、俺…引き立て役になりそうで嫌かも」

「そうか? 気にしなきゃいいんじゃね? 自慢できるって方が勝るなー。俺は」

「ってよりよ! キスシーン! あれな!」

「おう! キスシーン!!」

体育館そばの自販機の前で話に花が咲いている彼らは、どんどん声が大きくなっていく。

「あれ……ギリギリのところでシルエットになってたけど、キス…してたんじゃね?」

「いや…まぁ……男女でのキスシーンだからある意味いいとしてもよ。…やるか? 高校の学校祭の出し物で」

「盛り上げ要素で、してるかもしれねぇじゃん」

「…でもよ」

会話の途中で、心臓がドクンッと強く鳴った。

(キス…シーン?)

白崎があの格好で、あのメイクで…キスシーン?

男女逆転とかいうから、王子は女子なんだろう。たしかに白雪姫は話の流れで、毒リンゴを食べた姫に王子がキスをして目覚めることになるはずだ。

白崎からの話だと、白雪姫という名前だけを使ったほぼオリジナルの劇という話だから、どこまで忠実に再現されているのかわからない。

(でも、キスシーンがあるなんて話は…聞いていない)

そう頭に思い浮かべてから、ハッとする俺。

(そもそもで、俺に全部話す必要はないか。俺が彼氏とかってことでもないんだし。劇でキスするんです、とかなんとか)

「キス、か」

階段を上って、それから右に曲がって…不意に口にしてみる。その言葉を。

自分は元カノらと軽いキス程度はしたことがある。その先に進んだことはないし、進む前に別れている。

(だいたい俺にはまだ…多分、早い気がする)

初心というわけじゃないけど、そこまでがっついてつながりたいと思ったことがなかったんだ。

もしかしたらその辺も、思っていたのと違っていたと言われた内容に含まれていたんじゃないかと思えてきた。

白崎は劇中でキスをするのかもしれない。もしかしたらの話で。

「経験済みなのか? …アイツ」

彼女がいたという話は聞いたことがない。

(アイツが今、誰を好きかは知っている…ようなもんだけど)

二日間一緒に過ごした中で知った、俺への気持ち。偶然聞いた告白。知らないふりをしているけど、アイツの態度からいけば、確かに好かれているんだなと思える態度ばかりだ。

「キス……か」

白崎が誰かとキスをする想像をしかけて、歩いていた足を止めた。

制服の胸のあたりを、ぎゅっと握るようにして息を詰める。

「…なんなんだよ、コレ」

胸の奥ふかい場所に、例えにくい引き攣るようなジクっとした痛みを感じて、顔を歪めた。

どれくらい廊下に佇んでいたのか、気づけば音楽室からみんなが出てきて俺の目の前にいた。

「お、っそい。飲み物待ってたんだけどぉ」

「あ…。悪ぃ…、ちょっと…」

いつもなら適当な言い訳が出来るのに、どうしてか今日は口が上手く動かなくて言い淀む。

「屋台の食べ物交換してくるの忘れてたから、ちょっと行ってくる。先に中に戻ってて」

「ん。じゃ、待ってる」

飲み物だけ持って、音楽室へと戻る。静かすぎる部屋で、指一本だけで曲を奏でる。

だいぶ両手で弾けるようになったけど、二曲が限界だ。白崎に送ってあるのは一曲だけ。もしかしたら二曲目が弾けるようになるか不安だったけど、それでも聴いてほしいと思った方を送っておいた。

ポン…ポロン…とたどたどしい音が、音楽室に響いていく。

流行りの曲の速めの曲とバラードっぽいのとで、二曲だ。スローの方が誤魔化しがきかないことが多くて、苦手。それでも練習していったら、自分の物に出来た気がした。

白崎に聴かせたいと思った曲を弾けるようになって、すこしホッとした日のことを憶えている。先輩としてカッコつけたい気持ちもあっただけに、余計に…。

両手にすこしずつ変えて、苦手なバラードを弾いていく。

弾きながら頭の中に浮かんでいるのは、さっきからずっと白崎のことばかり。

どうしてこんな気持ちになっているのか、自分の感情なのに理解できないってどういうことなんだ。

ただの学校祭の演目の中でする、それだけのキス。何の意味も持っていないはず。

キーボードを弾きながら、歌詞の中にキスの描写があったのを思い出した途端、自然と口から歌詞がこぼれていく。

一番はこれから始まる恋を想って、いつかキスをと願う内容だ。

恥ずかしがり屋の君はきっと照れるから、最初はほっぺたでもいいよ…みたいな。

二番の方になると、その歌詞に相手の子が好きな恋愛小説の話が出てきて。手のひらへのキスの意味を考えて? とか、キスの意味を相手に答え合わせさせる内容。

歌詞を読んだ時に、その意味が分からなくって調べたっけな。

白崎は本をたくさん読むし、図書委員でもあるから、その手の話のネタは知っていそうだ。

「…でも、アイツがするのは…話の流れ上だと唇一択ってことか」

指の動きも歌う口の動きも、同時に止まってしまう。

なんでこんなに気になる? 気にしてどうする? 

(――俺は、アイツの…なんなんだ)

立場はただの先輩と後輩だろ? それ以上じゃないって自覚があるよな? …なら?

ポロ…ンともう一節だけ奏でて、さっき買ってきたジュースを手にして窓の方へと近づいた。

外では生徒向けの販売をしている一部の屋台に、人が集まりはじめていた。

明日になれば一般開放で、前売り券を買ってある保護者とかが並んでもっと賑やかになるんだろうな。

「花火を見るのも、最後だな」

学校祭の最終日。夜八時前には終わる数発の打ち上げ花火。ベタな話で好きな人と花火を一緒に見ると…って類のものがある。

タイミング悪くか、学校祭の時には彼女がいた試しがない。だから、そのベタな話が有効なのかを俺は知らない。

「たっだいまー」

「おー」

「飲み物どれ?」

「あっちに置いてある」

そう言って、窓の外をぼんやり眺める俺。

「どーしたのさ、さくちゃん」

ペットボトルのキャップを捻りながら、紫藤が話しかけてきた。

「さくちゃん呼び、やめろって言ってんだろ」

「いいじゃん、別に。後輩ちゃんに聞かれてるわけじゃないんだし」

「なんでそこにアイツが出てくる」

と俺が不機嫌そうに言えば、ニヤニヤしながらこう答えてきた。

「どの後輩って言ってないのに、一人だけ思い浮かべたの? さくちゃん」

その言葉の意味が一瞬わからなくて、首をかしげる。見つめ合う俺と紫藤。

「ね。誰が浮かんだの?」

首をかしげたまま、どこか楽しげな紫藤を見つめ続けていると、その言葉の意味がやっと分かって。

「ほんっとー…にっ! 顔に出過ぎ」

俺は脳裏に浮かんだ誰か=〇〇に、どうしていいのかわからなくなって顔を赤くした。

なんで赤くなっているのかもわからない。

(こんなに自分のことがわからなくなったのは、初めてだ)

「ね。さくちゃん、聞いていい?」

困惑している俺を横目に、紫藤がいつものからかうような顔を引っ込めて静かに聞いてきた。

「さくちゃんに何があったのか。そして、何を悩んでいるのか、俺は知らない。…けど、今…さくちゃんが感じていることから目をそらさない方がいいと思うよ」

主語のない、たとえ話。

「お前……」

主語がないはずなのに、何について言われているのかを理解してしまえる。

目をそらさない方がいいよと言われたはずなのに、なにかを見透かされた気になり思わず目をそらす。

「自分を一番理解できるのって、自分だからね」

そう言われても、うなずくことも首を振ることも出来ずにいた。

すぐそばでゴクゴクと一気にジュースを飲む音がして、俺も何かをごまかすようにペットボトルに口をつける。

音楽室にふわりと焼きそばのソースの匂いがして、あの時アイツと作ったのはたこ焼きだったはずなのになと思いながら、楽しかったあの夜を思い出していた。

明日は学校祭最終日。バンドも白崎のクラスの劇も発表がある。

「見に行くって…約束したもんな」

行きたいような行きたくないような思いを抱えながら、さっき言われたことを思い出す。

曖昧なこの関係が変わってしまう気がして、俺は怖いのかもしれないと感じた。

ただの先輩と後輩のままか、違うのか。アイツが俺を想ってくれているように、俺もアイツに後輩以上のナニカを感じているのか。

その答えが出そうで、正直怖い。

「さ。練習再開しようか。あと一時間くらいは練習してていいって言われてるからさ」

「おー」

練習再開の声に、ペットボトルを持ってキーボードの方へと歩いていく。

「最後の学校祭。みんなで楽しめるいい演奏にしようね」

マイク越しに聞こえた言葉に、全員うなずいて各々楽器に触れる。

「じゃ、カウントよろしく」

ギターを構えて、マイクをちょっとだけ口に近づけた紫藤のその声に、赤井がスティックをカンカンカンと鳴らす。

スローテンポのバラードがゆっくりと流れていき、紫藤が軽く息を吸い込み最初のフレーズを口ずさんだ。

何度も聴いたはずのバラードは、どこか切なく聴こえた。


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