黒木くんと白崎くん

ハル*

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~白崎side~


入学してからの最初の大きなイベントらしい、学校祭。

3日間の日程で、最終日が学校を解放して保護者などの一般入場もありな状態になるとか。

中学の時とは違って、最終日のラストには数発だけど花火が上がるらしい。

どこぞの花火大会ほどじゃないとはいえ、ファイナルという感じがしそうな想像だけをする。

学校祭の係決めの話し合いの間に、近くの席の女の子が楽しげに話していた。

花火の時に告白する子が多いとかなんとか。

でもそれで成功したとかしなかったとかは、今のところ半々とかいうから気分が盛り上がった勢いで告白した話だけが流れているってところかな。

(もしかして、先輩もそんな風に告白されたことあるんだろうか)

過去に数人の彼女がいたと聞いているけど、相手から告白されての付き合いになってばかりだったはず。

女の子って、そういうイベント時の告白ってしがちなのかな。

ここぞって感じで勇気を出せるものなのかな。

(僕もそのタイミングで告白出来たらいいのにな。…もしも、元カノたちの誰かがそのタイミングで告白していたら、ただの二番煎じ。だったら、そこは避けたいな。…でも、告白してどうなりたいとか…あるようなないような)

先輩のことを思い出して、ぼんやりと窓の外を眺めていた僕。

「では、1年3組の出し物は、演劇で申請をします。申請が通れば、細かい配役などの話し合いを改めて」

「「「「「わぁあーーーーー…パチパチパチ…」」」」」

ぼんやりしている間に、出し物が決まっていたらしい。演劇か。…大道具担当になって、手を怪我したら…先輩が診てくれたらいいのに。

(あ。でも、あれか。先輩は最後の学校祭だし、参加する側だからそこまで頻繁に保健室にいないかも。…今度聞いておこう)

なんて、また先輩に怒られそうな計画を思い浮かべてから、また窓の外を見やった。

(最後、なんだよな。…二年生だったらよかったのに、先輩。たった一年しか一緒に学校生活を味わえない)

わかりきったことを思い出して、小さくため息をつく。

ホームルームが終わり、先の時間に掃除がすんでいたので後はみんな部活や委員活動でいなくなるだけ。

…の、はず…だったんだけどな。

「――で、それってどういう意味」

昔に散々聞かされた言葉を、五人ほどに囲まれながらまた聞かされている僕。

クラスメイトの男子二名女子三名の名前も記憶していない人たちに、僕は声をかけられた。

図書室の方へ行き、学校祭の最中の図書委員の動きについて話を聞きに行く予定だったのに。

「こっち、今から委員会だから、どうでもいいことに時間割きたくないんだけど」

イラつきを隠しもしないで、目を細めて流し見る。

「さっきの話し合いであがっていたものなんだけど…聞いてた? どんな演目をやるか、っていうので候補に挙がっている物」

ちっとも記憶にないので「記憶にない」と素っ気なく返す。

「えー、高校に入って最初の学校祭だよ? 楽しみじゃないの? もうちょっとこう…盛り上がれない?」

とか言われたって、そこまで誰かと仲良くなりたいとか思っていないし、そもそもでこの高校に入ったのも先輩目当てだしな。

「…いや? 別にそこまで盛り上がる気はない…けど?」

大学とかに行く行かないは別にして、過度に友人を作ろうと意気込む気はなく、イベントもそれなりにとしか思ってなかったんだよね。

先輩と連絡が取れなかった時期に、それなりには友達はいたけど…ただ、それだけの話だった。

それ以上でも以下でもなく、ね。

「でもでもっ、せっかく同じクラスになったんだから、一緒に盛り上がりたいよ」

やたら胸ばかり強調してくる女子が、甘えた声でキャンキャン騒ぐ。

「…そっちで盛り上がってるだけでも十分そうだけど」

と突き放した言葉を吐くと、いかにもチャラそうな男子がいきなり俺と肩を組む。

「なあ! さっきの中でいえば、どの演目が気になった? あ! 見てなかったか、さっきの。…えーっと、なんだっけ」

「白雪姫、シンデレラ、名探偵のアニメのパロディ。先の二つは、男女逆転パターンって言ってたな」

子どもが喜びそうなラインナップ、か。高校の学校祭で挙げる演目なのか? それ。面白いの?

「…そう」

短く返して、鞄を持って立ち上がると腕をつかまれた。

「……なに? 他に何か言いたいことでもあるの? さっきからこっちの様子をちらちら見てるのもいるし…」

機嫌の悪さをあからさまにして、つかまれた手を弾く。

「ご、ごめんね! 白崎くん。…あの、演劇で演目が決まったら…是非とも白崎くんに演じてほしいって役があがっててね」

五人の中で一人だけ、場違いな空気を纏っていた女子が口を開いた。

「は? 役? 劇が演目に決まっても、裏方に回るつもりでいたんだけど」

突き放すようにそう返せば、「そう言わずに聞いてよ!」と二人目の男子が声をあげた。

「嫌だよ、めんどくさいし、嫌な予感しかしないから。…じゃ」

返事を待たず、僕は教室を出ていく。

「主役なのに! 白崎っ」

「待ってってば!」

聞きたくなかった言葉が聞こえた気がするけど、忘れることにしよう。

そもそも、今の話の前に聞いたことと複合的に考えたら、本気で嫌な予感しかしない。

三つあがっていた演目のうち二つが、配役が男女逆転とか言ってる時点で怪しい。

そこにきて、主役だという叫び声。

「そんなもん、白雪姫かシンデレラのどっちかが僕ってことになっちゃう。…だったら、名探偵のアニメのパロディでいいよ。…もう、ほんっと…目立ちたくないし、好きで女顔じゃないんだから…それを生かす方向での話に僕を引っ張り出さないでほしいんだけど」

図書室へと向かいながらブツブツと文句でも吐かなきゃ、絶対に委員会で不機嫌な気分が顔に出そう。

「あぁ…嫌だ。本気で嫌だ。教室で地味な存在になっていたと思ってたのに…なんで名前があがるんだ」

階段を下りて、図書室へと急ぐ。階段を下りきって右へ曲がれば、すぐに図書室だ。

「…あ」

各階に二分化された廊下があって、各クラスの教室パートと他の教室と。

図書室前の廊下を歩く向こう、三年生の教室側の廊下がある。

(嬉しい偶然だ!)

廊下で先輩がいつもの人たちと、何かわからないけどすごく盛り上がって話しているのが見えた。

その中には女子生徒もいて、先輩の肩に手を置いていて、先輩はそれを特に気にもしていないのかほったらかしだ。

「そういうのが、相手に都合がいい誤解を生むのにな」

もしも僕がそうされたら、きっと口には出さないだろうけど、一人で勝手に盛り上がって距離が近づいたとか喜んでたはず。

黙ってジーッと反対側の廊下から窓ガラス越しに眺めつづけていた僕は、ものすごく疎外感を感じてしまう。

先輩と、後輩。当たり前だけど、同級生じゃない。クラスメイトでもない。

(一緒に騒げない場所にいるんだよな、僕は)

窓ガラスに手を開いた状態で、指先だけあてて。

「…咲良……先輩」

今すぐ触れたい人の名を呼ぶ。

本当は呼びたいその名前を、聞こえない場所でしか呼ぶ勇気がないその呼び方で。

「先輩は…なに、やるんだろ。学校祭」

三年生は最後の年ということで、出し物は別枠扱いで結構時間も眺めで演目も比較的ゆるめらしい。

言えば、何でもアリだったりするよう。

「去年の話とか聞いてみたいな」

ポツリと呟き、うつむく。

ガラス越しにうつむいた先に見えたのは、中庭にある白とピンクの芝桜とかいう花が咲き乱れている場所。

「ここはまだ咲いてるんだな、この花」

通学路に似た花が咲いていた時期がある。でも、ここ最近じゃ終わりが近いのかしなびた感じでその花の葉だけが目立っていた気がする。

委員会の時間はもうすぐだし、すぐそばに図書室があるのに…足が向かない。

「…はぁ」

ため息をつき、仕方なさげに顔を上げた僕。

「しーろーさーきー」

僕の左横から、聞きなれた声がした。反射的に真横を向いた僕に驚いて、目を見開いたのは。

「せ、先輩!」

黒木先輩。

「さっきから見てたけど、どうかしたのか? なにかあったのか?」

いつものように僕を心配してか、声をかけてくれる。

「下向いていたのに、よく僕だって気づきましたね」

嬉しい気持ちを隠さず、笑顔でそう尋ねれば同じように笑って「そりゃな」と言う先輩。

さっきまでの気持ちが軽くなっていく。

「それが…学校祭の出し物のことで困ったことを言われてて」

本当は先輩のことでうつむいてました…なんて言えるはずもないし、言うつもりもない僕。

ほんの少しの嘘みたいで、罪悪感がじわりと胸の奥に滲んでくる。

「まだ確定じゃないんですけど…」

やれやれなんて感じの手つきで、さっきのクラスメイトの話をしてみる。

「あー……、確かにお前が嫌そうなことだな。それ。……で、どうするつもりなんだ?」

僕がこの顔が嫌なのを知ってることもあってか、すぐに理解してくれた。

「そういうのに協力しないのって、ダメなんでしょうかね。多数決で決めますって言われたら、断り切れないものでしょう? 空気的に。まぁ、そこまでの人数が僕に演ってくれって言うこともないと思いたいんですけど。…万が一もありますよね」

とかため息まじりに話せば、先輩は苦笑いをした。

「なんとなくだけどよ、演目さえ決まっちまえば…お前に役があたりそうだな。ぶっちゃけメンドクサイだろうけど、こないだ言ったみたいによ。新しい交友関係が拡がるチャンスにもなるから、やれそうだったら…演ってみるのもありかもしれねぇぞ。…学校のイベントなんて、バカバカしいことやって楽しんだ方が勝ちみたいなとこあるし」

先輩も過去に似たことでもあったのかな、もしかして。

「僕の気持ちを知ってても…そういう結果も受け入れてみろって…言うんですね。…そこまでして友人が欲しいわけじゃないんですけどね、僕」

「誤解してほしくないんだけどよ。…お前が心底嫌だったら断ってもいいって俺は思ってる。そこは忘れないでくれ。…でも、よ。今までバカやってきたことなんか、あんまなかっただろ? 白崎は。年に何回もないイベントだからこそ、たまに…解放してやってもいいんじゃないか?」

そう話す先輩に、僕は首をかしげる。

「でもね、先輩。……そこまでして自分を解放して、僕になにか得がありますか? 正直に言えば、めんどくささしかなくて。裏方で十分だって思ってただけに、張り切りたい人たちだけでどうぞ? って思うんです」

心底不思議でならないその気持ちを、比較的素直に吐露してみた。そんな僕に、先輩はポンと手を頭に置いて。

「…そ、っか。白崎が無理だなと思うなら、無理は…しなくても……いいんじゃないか。……一緒に出店を回れる友達でも出来たらなとか思っただけだ。出し物キッカケで、よ。…って、やっぱ俺、親みたいなことばっか考えちまうんだな。……白崎が寂しくならなきゃいいなとか…思っちまう」

そこまで僕は先輩に心配されてるのか。…こないだも、交友関係を拡げてほしそうに言っていたもんな。

「先輩の方に顔出しできる程度の忙しさを狙うつもりです」

あの日の話を思い出しつつ、そう笑って返せば先輩も一緒に笑う。

「だーかーらー、そこまでして暇を作るな」

「あはは。先輩の顔を見に行きますよ、ちゃーーんと」

「……バカだな、お前は」

頭に乗せたままの手で、大きく頭を揺らすように撫でてくれる。

「はは。バカでいいですよー」

なんて返してから、委員会へと向かう僕。

「じゃ、委員会あるのでこれで。…あ。あとでメールしてもいいですか?」

さっき頭に浮かんだことを、後でメールで聞けたらと思ったんだ。

「ん。返信遅れるかもだが、返事はする。…じゃ、後でな」

「はい。…また」

そうして別れた僕は、翌日のホームルームで担任も含めて配役のことで主役をやることになってしまう。

先輩との楽しいメールのやりとりの翌日に、まさかそこまでの推薦者が出るとは思わず気分よく登校したというのに。

「――それでは、1年3組は白雪姫をやります。男女逆転なので、白雪姫はさっきの通りで白崎くんにお願いしますね。…白崎くん、何か一言ありますか?」

明るい声で名指しをされた僕はゆっくりと立ち上がり、ため息まじりに呟いた。

「……ガンバリマス」

とだけ。


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