黒木くんと白崎くん

ハル*

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消えない名残り 5

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~黒木side~


白崎が泊まっていった二日間が過ぎ、その中でシャツだけ一緒に洗濯をしてアイロンをかけてやった。

アレもコレも俺の真似をしたがる白崎が、自宅でアイロンもかける練習をしておくとか言い出して笑って。

小学校か中学校の時に、ハンカチか何かのアイロンがけを家庭科の授業でやったことがある。

その時以来のアイロンがけだと、白崎は言った。

俺もそんなに頻繁に自分でかけているわけじゃないけど、母親が忙しい時には自分でなるべくかけようと練習した結果がこれだ。

必要だと思ったら、なんだってやれるようになる。

それが母親の持論の一つで、俺もそれは賛成だった。実際、料理だって洗濯だってなんだって、すべてを母親がやるのを待っていたら、家事が回らない時は回らない。そうなると、洗濯されたシャツが着られなかったり飯があたらなかったり。

母親はそれをわざとそうしているんじゃなくて、食っていくために頑張ってくれている結果でそうなる日がたまにあるだけ。

仕事のことばっかりで俺のことを放置しようとするような親だったら、こんな風に育つことはなかったのか。

いろいろやれることが増えていくたびに、どこか張りつめながら仕事をしていた母親が笑うようになる。

火の扱いに慣れないうちは、逆に心配をかけたり二度手間にさせたりしてケンカになったことだってあった。

そんな日々を時々過ごしながら、人は一人で生きていけるはずがないんだなと痛感せざるを得なく。

俺はまだ未成年者で、保護者に守ってもらわなきゃ生きられなくて。でも、ただ守られるだけじゃなく、親を支えることだって可能な年齢に近づいているんだってことも知って。

母親の代わりにやれることが増えていくと、それまで見えていなかったものが見えるようになる。

視野が広くなったというものだと、母親が苦笑いした。あたしのせいね、と。

だから俺は言い返した。母さんのおかげだ、と。

そうしていくのが当たり前になってきた頃、知らず知らずのうちにまわりにいる誰かの世話を焼きたがることも増えていった。

それが気づけば、面倒見がいいとかいわれる一つになっていたんだと思う。

親の離婚直後は人のことまで気が回らなかった。自分と母親という狭い場所だけのことで、頭がいっぱいだったな。

周りが見えるようになったっていうことは、母親との暮らしに慣れてきたってことなのかとも思えた。

その中で出会った、白崎りんという後輩。

俺が中学を卒業した後からつい最近まで、アイツに寂しい思いをさせるようなことをした負い目はあるけれど。

「それでも…負い目だけの関係じゃなく、大事にしてやりたいって思う…一人だよな。…うん」

出会った当初とは違う関係を、口に出して認める。なにがどうとかじゃないけど、大事にしたいとは思っている。――間違いなく。

朝になり白崎と一緒に登校して、いつものランチタイムの仲間に冷やかされ。

特に変わったこともなく一日を過ごし、母親が早めに帰宅したからと今日は夕食の担当を任せて俺は部屋で寝転がっている。

ゴロンと寝返りを打って肘をついたその手に頭を乗せて、今朝まで白崎が眠っていた場所を見下ろす。

きっちり畳まれた布団と、パジャマ代わりのセットアップ。

俺より身長が高い白崎には、袖も裾もちょっとだけ短くて、かわいくねぇ身長だなと何度かイジメてやった。

俺のそんな言葉に、いちいち嬉しそうに笑う白崎を横目に複雑な気持ちを抱えたんだ。

白崎のことだけを考えてみるなんて、今までやってきたことがない。というか、考える理由がなかった。

「…っふーーーーーっ…」

盛大なため息をつき、上半身をよじった格好でうつぶせる。その格好はまるで、ストレッチでもしているような感じだ。

対・俺へと白崎が抱いている感情は、先輩への憧れというものじゃなかった。

恋愛の“それ”だ。

「でもだからって、これまでの彼女らと同じように付き合ってみて……それでもしも…同じことが起きたら?」

言葉にしてみて、想像して。

「…………嫌だな、それは」

素直に思った。元カノらと同様に、思ってたのと違っていただの別れるだの…白崎との間にその手の話を出すのが嫌だ。

…と、想像した自分に驚く。

「アイツと付き合うこと自体は嫌じゃないってことなのか? これ」

元カノらと同じラインでの話を考えていた自分に、どうして当たり前みたいに考えられたのかと不思議に感じた。

白崎は男で、俺も男で。俗にいう普通じゃない恋愛対象にあたるわけで。

恋愛対象として見ているってことか? 俺が? 白崎を? いつから? アイツに告られたから? 

そこを理由にしてしまえば、まるでアイツからの告白がなきゃ恋愛対象じゃなかったみたいじゃないか。

「んー……。俺は…アイツとどうなりたいんだ? アイツは…俺と今後どうしていきたいと思ってるんだ?」

目の前に答えを持っている相手がいないのに、悶々と沼にハマったように答えが出ない疑問をずっと脳内で繰り返す。

どうなりたいとかはなくて、ただ…過去にやらかした時みたいな距離感だけは避けたい。

アイツが泣くほど嫌がったってだけじゃなく、俺だって二度と繰り返すつもりはないんだ。

「なら、何ら変わりなく今の関係を…」

続けていれば、最低でもどっちも傷はつかない…はず。

アイツが俺との関係に今までとは違う名前をつけたいと願ってもいないのに、俺がひとりで先走って今とは違う形にとか動いたところで、それが正解なのかアイツの望む形なのかも…不確かだ。

とはいえ、だ。

現状だって俺の方に寄った格好の、ただの先輩と後輩の関係なだけ。もしも…アイツがそれ以上を望んでいても、俺の気持ちが白崎の方へ向いていないとわかっていたからこそ、望みを口にせずに今に至っている…みたいな?

他の誰かに対しての白崎を、俺はよくわかっていない。でも、俺に対しては俺の気持ちを優先しがちなところがある。無理や無茶を言わないし、線引きした場所を超えて甘えてこない。

そういう白崎のことを理解しつつ、白崎が俺に懐きすぎていると感じていたことを気づかれていたんじゃないかとも思えた。

「俺限定かもしれないけど…アイツ、察しがいいからな」

そう考えついたのに、察しがいい白崎の態度を見て、俺自身がどう動きたいのか…応えたいと思っているのかがまだ決まっていないだけに動きが鈍ってしまう。

――と、そこまで考えてから気づく。

『俺は、白崎を自分の中でどんな相手として見ているのか』

今回の悩みの解決に、一番大事だろう気持ちだ。

白崎と同じところまでの気持ちかは別として、恋愛対象か後輩ってだけで終わりなのか。

そこをスタートにしなきゃ、何一つはじまらない。先走ったって、逆に白崎を傷つけてしまう可能性だってあるんだから。

「はぁーーー……っ」

ため息しか出てこない。

「好き…嫌い…の二択でいえば、好き…の方」

なんて独り言を部屋中に吐きまくっていたら、母親のバカでかい声がする。

「ご飯できたわよーー」

って。

「今行くーーー」

とだけ返事をして、ゆっくりと体を起こす。

立ち上がって、部屋の隅の方に白崎が使っていた布団をズラして、セットアップを手にしてバスルームの方へと向かう。

洗濯かごにセットアップを放って、横目でバスルームを見た。

初日に風呂に入った後に、髪を乾かしてくれた白崎。ずっと声が弾んでいた気がする。本当に楽しそうだった。

ストック分の歯ブラシを貸して、歯磨きをさせた。アイツが使った歯ブラシが、俺の専用コップに俺の歯ブラシと一緒に並んで佇んでいる。

リビングへと向かえば、母親が生姜焼きを盛り付けた皿を手に、テーブルに置きに来たところだった。

「美味そう」

「…当然でしょ?」

一瞬嬉しそうに目を細めてから、当然だと返してきた母親。

「飯、よそうわ」

「あー、あたしは茶碗半分くらいでいいわ。お腹いっぱいになり過ぎたら、すぐに寝ちゃいそうで」

「っていいながら…の、ダイエットか? また、懲りもせず」

「懲りも…って言わないでよ。もう! ほんっと、口悪いんだから」

「口の悪さは、誰に似たんだっけ?」

俺が茶化すようにそう言えば、面白くなさそうに横目で見てから。

「あたしよ!」

と、返してきた母親。…うん。長い時間をかけて出来上がったこういう親子関係は、やっぱいいな。

「ま、よく噛んだらいいとか言ってただろ? 前に。早飯の癖あるから、気をつけたらいいんじゃね?」

「…ったく。いい子なのか悪い子なのか、わかんないじゃない。…まぁ、そうするけどね」

他愛ない会話をし、一緒に夕食を口にする。

「あ。後でまたあのミルクティー淹れてよ。今日、お疲れなの」

「砂糖はどれくらい?」

「いつも通り」

「……全然ダイエットする気ねぇじゃん、それじゃ」

「食後の紅茶は別物」

「…ふ」

食後の約束をして、食べ終わったらすぐにお湯を沸かして。

キッチンで牛乳の準備もしながら、ふ…と白崎の姿が思い出される。

(アイツ、家でも淹れてみるって言ってたな。上手く出来るかな)

電気ポットがパチンと鳴って、お湯が沸いたことを知らせる。

マグカップにお湯とティーバッグを入れて、時間が経つのを待つ。その間に牛乳を温めておくのは、忘れていない。

マグカップに被せた小皿を外して、最後に砂糖を入れて…混ぜて。

「出来たよ」

「んー、置いといて」

ミルクティー一杯入れる時間の間に、母親がソファーでうとうとしていた。

「飲むか寝るか、どっちかにしなよ」

「んー…飲む…」

テーブルにマグカップを置いておき、俺は部屋へと向かう。

家の至る所に、白崎の気配を感じてしまう。

「…ずずっ。はー…美味いな、俺が淹れただけあって」

とか言いながら、部屋のドアを開けた。

部屋のドアを開けて、そのまま入り口で佇む。

「…………二日間連続で、だったもんな」

消えない白崎の名残りに、すこしだけ物足りなさをを感じながら俺は部屋のドアを閉めた。


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