黒木くんと白崎くん

ハル*

文字の大きさ
上 下
6 / 47

甘い失敗 2

しおりを挟む


~黒木side~


「…なに。今日も渡せなかったの? さくちゃん」

「だーかーら、さくちゃんって呼ぶなってんだろ」

「いいじゃん、別に。減るもんじゃなし」

「いや、減る。だからやめろ」

いつものように、いつもの場所で、いつもの会話。

「この後、放課後ってものがあるだろ? いっくらでも渡せるじゃん。なんで渡さないまんまで、一日おきに新しく焼いてきてんの?」

「俺ら、食欲旺盛な高校生だけどさ。頻繁にはデザートいらないんだよなー」

「なー?」

「そうそう」

クレームにも近い話をされつつ囲まれている俺の手には、一昨日もリュックから出てきたブツがある。

「もう渡しちまえって。別に朝一で渡せなかったらダメって決まりじゃないだろ?」

「違うけど違わない」

ツッコまれても仕方がない話に対して、曖昧なことしか言えない俺。

朝一で渡したかったのは、単純に俺の気持ちの問題。

そのタイミングで渡しておけば、アイツのことだから昼休みか放課後の委員の方で顔を出してくるんじゃないかと。

「自分の寝坊にー、相手が遅刻してきたりー、人目があり過ぎたりー、あとは…逆になんかもらったんだっけ?」

友達にひとつずつ指を折られながら、ここんとこの俺を振り返られてしまう。

「あーもー…るっせぇ」

――それは、一昨日の話。

その前の時に自分が遅刻したのが原因だったこともあり、結構早めに登校していた俺。

運が向いていたらしく、その日はアイツも早く登校してきていて、声をかけると日直なんだと明かされた。

好機と思ってリュックの中からブツを取り出そうとした俺に、いきなり目を閉じてくださいとお願いしてきたアイツ。

「は?」とポカンと口を開けて呆けた俺がなかなか目を閉じずにいたせいで、気づけばアイツの手が俺の視界をふさいでいた。

「手、出してください」

と繰り返し続けられて、渋々手を出せばその上に紙素材のなにかが置かれた気配。

そっと外された手。目を開けば、手のひらに鎮座するチェック柄の紙袋がある。

「先輩みたいに美味しく出来たかわかんないんですけど、よかったら食べてください」

その言葉で食べ物なんだと理解して、袋を開けてみる。

覗きこめば、透明なカップに入ったチョコ色の……。

「ん? これ。もしかして、中学ん時に一回作ったやつに…似てる?」

小さな保冷剤まで入れてきて、スプーンも付属されている。

「はい。先輩が作ってくれたのを思い出しながら、似たレシピを探して、何回か作ってみて。一番キレイだったのを持ってきました! 少しだけ甘めにしました。…先輩って、コーヒーも甘めのが好きだったなって思ったから」

これは、チョコプリンだ。

たしか昔コイツに作ってやった時、あまり食欲はないけど甘いものは食べたいとか聞いて、翌日に持っていったんだっけ。

翌日には普通に元気だったけど、持っていった時にめちゃくちゃ喜んで一気に二つも食ってたな。

「僕……先輩が初めてなんです。なにかを作ってあげたくなったのも、喜ぶ顔が見たいって思ったのも。先輩も、俺に作ってくれた時って…こんな気持ちだったんですか?」

頬を染めて、作っていた時のことを思い出しているような顔だ。

なんか嬉しそうに見える。伝染するように、俺の顔もゆるんでしまう。思わず口を隠すように、こぶしをあてる。

(…可愛いとこあんじゃん)

「…あ! いけない、もう行かなきゃ。そ、それじゃ…また」

そう言ったかと思えば、バタバタと廊下を走っていなくなった。

「あ…っ」

俺からも渡したいものがあるって言えなかった。何回目かわからない、アイツとの思い出のお菓子の一つ。

いくつかある思い出のお菓子は、全部俺がアイツに作って食わせたモノばかりだ。

失敗したわけでもないのに、何回も作り続けているお菓子はカップケーキ。

成長期ゆえの早く腹が減るって話を聞いて、プレーンじゃないカップケーキを作ろうと思い立ったはず。

バナナ入りやサツマイモ入りのカップケーキ。腹持ちがいいという利点があるカップケーキだ。

「また今日もアイツらに食わせるか」

追いかけて渡せばいいのに、そこまで出来ない。

受け取ったチョコプリンの紙袋を手に、教室へと向かう。

アイツ。可愛いとこあんな、ホント。俺とのことを思い出しながら作ってくれたんだな。

思い出すだけで顔がゆるむなんて、変な感じだ。

これまでだっていつものように当たり前のことだと思いながら、アイツにかかわってきただけなのに。

些細なことも、中学の時にしてきたことと変わらないと思って、呼吸をするようにやってるだけなのに。

たったこれだけのことで、昼休みが楽しみになってくる。階段を上がっていく足も、どこか浮かれた感じになる。

俺が昔同じようにした時、アイツもこんな風に喜んでくれてた気がするんだ。

目の前で椅子に腰かけて食いながら、足を大きくプラつかせつつ小さな子供みたいな仕草で喜びを伝えてくれたはず。

教室につき、教室の後方にある個人ロッカーに紙袋を入れて、閉めたロッカーのドアを手のひらでポンと叩く。

忘れずに食べようと、念を押すように。

昼休みにカップケーキはいつものランチ仲間に渡して、俺だけはもらったチョコプリンをゆっくりパクついていた。

「どーしたのさ、それ。一人だけズルくない?」

食うのを邪魔するように、何本もの手がチョコプリンに伸びてくる。

「ダメだって言ってんだろ」

触れそうになった誰かの指先を、スプーンでパシッと叩き落す。

「ってぇな。それと、ケチ」

「ケチ言うな」

「一口くらいいいじゃん。なんか美味そうなんだもん、それ」

取られるくらいならと、味わいたい気持ちを押し殺して掻っ込んで口に収める。

「ん…むぐ……やらねぇ」

ふわりとチョコの匂いが鼻から抜ける。

「あー…食ったらなくなっちまう」

空になった透明なプリンカップを見下ろし、小さくため息をつく。

「っても、もう一個あるじゃん。そっちくらい、俺たちに一口ずつくれたっていいのに」

それもそうなんだけどと思うのに、どうしても譲りたくない気持ちが強い。

「その辺でやめときなよ、みんな」

ブーブー文句を言うのをたしなめるように、今日も黙々とパンを食べるやつがポツリ。

「俺だって手ぇ出したいの我慢してるのにさぁー」

なんていいながら焼きそばパンの最後の一口を、結構大きめに口に放った。

「俺がもらったもんだし、思い出のプリンだっつーから……俺が食わなきゃ意味ないってーか」

まるでそれは言い訳のようだと思うのに、口が止まらない。

「他にやるにはもったいないってーか、ほら…感想言わなきゃだから俺が食うべきだし」

これを渡してきた時の、アイツの顔が頭ん中から離れない。

「はいはい。どーぞ、好きに食ったらいいんじゃないの?」

一口を諦めたかのような声に、それぞれが昼飯の跡を片づけはじめた。

紙袋から二つ目を取り出すと、袋の底に折りたたまれたメモを見つける。

『夜、電話してもいいですか?』

再会後からメールの交換をして、時々電話もして。自身のやらかしのせいで空いてしまった時間を埋めるように、いくつものやりとりを重ねてきた。

なのに、「メールじゃなく、アナログで攻めてきたね」とか背後からメモを覗いてきたやつに言われるような行動。

「たまにいいね、アナログな感じも。…俺たちも授業中にメモでも回す?」

どこか楽しげにそう告げる友達に、俺はあいまいに笑って返すだけだ。

「真面目に受けろって、授業」

開いたメモをまた畳みなおして、制服のポケットにしまっておく。

二つ目のチョコプリンも俺好みの味の濃さだ。

最近保健室なり図書館なりで、二人きりになることが減ってきている。

偶然か、そうじゃないのか。

明日こそ作り直したカップケーキを渡そう。状況がどうだって、渡すだけならいいはず。

そこまでこだわらずに、さっさと渡してしまったらよかったのにね。

――渡したかったはずなのに、渡さなかった理由。踏みださなかった一歩。

「明日は渡す。だからデザートつきは、今日でおしまい」

そう呟いた俺に「…そ?」とわずかな間の後に返事をしたのは誰だろう。

「今日は掃除当番終わったら、まっすぐ帰る」

「ん、了解」

自分のせいで取りこぼした時間を、お詫びじゃないけど、なるべく早く埋めたくて。

今日は保健室の当番じゃないことくらい、きっとアイツも知っているはず。

どうしてか毎回、俺が当番の時だけ大小の差はあれども、ケガをしてやってくるアイツだから。

保健室の訪問者控えを見れば一目瞭然だってことを、あえて気づかぬふりをしていたんだろう。俺は。

アイツが作ってくれる二人の時間を、俺だって嬉しくないわけなんかなかった。

寂しくさせたせいで、こんな風に距離を詰めようと努力してくれているのはアイツの方。

(ほんと、可愛い後輩だ。連絡を取らなかった俺を許してくれている上に、思い出を辿るようにお菓子を作って持ってくるとか)

明日は俺が思い出を辿りながらカップケーキを渡して、アイツの反応を確かめよう。

滅多に言わないけど、アイツと一緒の昼休みを迎えたっていいんだ。

(俺の目の前で食う顔を見たいしな)

そう考えるだけで、自然とテンションが上がる。

チョコプリンを食い終えて、紙袋に空き容器をしまう。

アイツに聞こえるはずもないのに、いつものようにいつもの如く…で手を合わせる。

「んまかった。ごちそうさま…っと」

午後一の授業は、歴史総合か。絶対眠いやつだな。

明日カップケーキを渡す時には、チョコプリンの感想を伝えるか。

「いや、待てよ? アナログにはアナログか?」

仕返しのように、メモで感想を書いてやってもいいかもしれない。

眠たくなりそうな授業の最中に、眠気覚ましといわんばかりに明日のことを考えることにしよう。

どんな顔で受け取ってくれるかをボンヤリ想像しながら、俺はロッカーから教科書を取り出した。

しおりを挟む

処理中です...