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祈りに近いモノ、その名は 4 #ルート:S
しおりを挟む今日は雨が降っている。
窓にコツンコツンと大粒の雨がぶつかって、窓を大きく濡らしていく。
歪む窓から見える景色は、まるで夢の中の光景みたいだ。
窓に手のひらをあてて、空を仰ぐ。
あの夢から一週間経過した。その後も日替わりメニューといえるくらい、多彩なラインナップの聖女絡みの夢を見続けている。
最初にみた、胸の奥が痛くなるほどの夢と同じ夢は見ていない。
7代前の聖女の方法しかないのかと思ったけれど、その時々でいろんな方向からの浄化方法があったよう。
それでも最終的には、ジークから聞いた通りで光属性の魔法が必須という。
城内にいる召喚と浄化にかかわる人で、光属性を持ち合わせているのがナーヴくん。
瘴気の影響を一番受けそうな人に、瘴気に一番かかわれだなんて言えるわけがない。
しかも、シファルからなんの説明もなくナーヴくんには近づくなと釘を刺されてしまった。
夢を見続け、その中からヒントをと思っても、今のところ浄化の方向性は見い出せないまま。
決めるのになにかが足りていないんじゃないかと、教会からの話を今までになく聞いたり、書庫の本を読み漁ったり。
今の自分に出来ることを全部やろうとしていただけなんだけど…。
一番端っこにある書庫には行ったことなかったかもと、誰にも言わずに書庫へと向かったんだ。
今までの書庫よりは蔵書数は少なめかもしれないけれど、今までの書庫で見たことがないラインナップがある。
ちょっとだけ、テンションが上がった。
立っている大きな本棚が6つ。それと、壁にある本棚は4つ。
一番奥からと順番に本を探していく中で、珍しい色をした本が目に入った。
真っ白? アイボリー? とにかく白っぽくぼんやりした色合いの本だ。
惹かれるようにその本へと手を伸ばした瞬間、違和感。
シャランと金属音に近いものが耳に入る。あたりを見回しても、らしきモノはない。
首をかしげつつ、もう一度その本に触れかけた刹那、ちりりんと小さな鈴のような音の後に。
『禁書庫を探せ』
誰かの声が、耳に直接囁いた。
「……え」
誰の声かわからない。
しかも聞き間違いじゃなければ、あの声は日本語だった。
ここには同じような境遇の人はいないと聞いている。過去の聖女やその関係者だって、その生を終えている。
(禁書庫、か。昔読んだことがある異世界モノのマンガに、そこにある本の知識で特別な薬を作ったとかあったっけ)
ここも、異世界。というか、いわゆる王城ってやつ。
「……ありそうな気がしてきた」
ここにいるよりもいい情報が得られそうな予感のままに、書庫を出ようとした。
勢いつけて開けたドアの向こうで、廊下の床にドアに押されてころがってしまったナーヴくんがいて。
「ごめん……大丈…」
大丈夫か聞いて、手を差し出そうとしただけのあたしを見るなり。
「来るなぁーーーー!!!!」
と、露骨な態度であたしを遠ざけようとするナーヴくん。
「え。そこまで拒否らなくても…」
胸の中がチクンと痛む。ここまで拒まれたことがないだけに、思いのほか胸に来る。
「来るな! 俺が死んでしまう!」
さらに物騒なことを言い出すので、思わず感情が高ぶってしまった。
「そこまで言わなくてもいいじゃない! いくらあたしのことが嫌いだからって!」
ここに来てから指を折ればいいくらいの回数しか顔を合わせていないのに、話だってコレが何回目かってレベルなのに。
「何もしてないのに!」
事情を知らず、ナーヴくんに怒鳴るあたしへ、彼は慌てて立ち上がり距離をさらに置いてからこう告げた。
「瘴気が歩いているようなもんじゃねえかよ。お前こそ、俺のことを殺したいくらいに嫌いだってことなんじゃないのか?!」
瘴気が歩いている?
どういうこと?
「俺はただ生きてるだけだってのに、なんでこんな目に遭わなきゃ…」
そういいながら彼があたしへと手のひらを向けて、光の玉を放ってきた。
「……待っ…っ、きゃっ!」
光の玉は肩先に触れただけで、廊下の壁にぶつかる。
パシュッという音を立て、壁に小さな傷をつけて光の玉が消えた。
ナーヴくんはまるで悪魔からでも逃げるように、放心するあたしを置いて消えてしまった。
今のは攻撃魔法か何かなの?
どうしてそれを撃たれなきゃいけないの?
あたしこそ、ただ喚ばれてきただけなのに!
喚ばれたから、ここで生きているだけなのに!!!
膝をかくんと折り、床にへたり込む。
彼があたしを見て何かを恐れていたのだけは、理解できた。
でも、それが“瘴気”ってどういうことなの?
『禁書庫を探せ』
脳内でリピートされるあの声。
「禁書庫……」
あたし自身にも、何かが起きているんだろうか。どうすればいいの?
アレックスに相談すればいいのかな。でも、どこからどこまで話せばいいのか決められない。
ナーヴくんのことだって、話していいのか迷う。
この召喚と浄化にかかわっているのだから、この国の重要な人物なのかもしれない。
そこを確かめることすら許されるのか、境界線がどこなのかわかんないよ。
「禁書庫って……どこに?」
書庫の場所は聞いたことがあるけど、禁書庫については初耳だ。
日本語で聞こえただけに、この場所にない可能性もなくはない。
途方に暮れるって、こういうことなの?
廊下にへたり込んだままのあたしの腕を、背後から誰かがつかむ。
「…はい。がんばって立ってよ、ひな」
そして、グッと力を込めて互いによろけながら立ち上がらせてくれた。
「シファ…?」
名前を言いかけて、フリーズしたあたし。
「は?」
「え?」
「え、なに、新しい呼び方? それ」
とツッコまれて、中途半端に呼んでしまった名前を思い出す。
「あ、や、違…って」
なんて説明しようとしたのに、シファルは「そっちがいい」とメガネのブリッジを指先で押し上げた。
「……シファ?」
「そ。ひなだけの、呼び名」
どこか嬉しそうに、腕を突き出す。
「? 腕、どうかしたの?」
不思議に思ってシファル改めシファに聞けば、いつか誰かの時にもあった返しが来る。
「エスコートっていうの、コレ。よろけてんだから、つかまれば?」
ああ、エスコートか。
「…慣れない、そういうの」
言いつつ、遠慮がちに腕につかまる。
「俺だって慣れてないよ」
廊下をまっすぐ見る彼の耳が、ほんのり赤くなってて。
「シファ、耳が」
赤いよと言いかけたあたしへ、斜め上から睨んできてそれ以上言うなと制してくる。
「……ありがと」
「どういたしまして」
ゆっくりと並んで廊下を歩き、シファに言われていた接近禁止令を破ってしまった話をすることになる。
「あたしがいたら死ぬって言われちゃって、ショックだった」
ため息まじりにそう呟けば、「そりゃあな」とだけ返してくる。
「ってことは、ナーヴくんが言ってる意味、シファには分かっているの?」
足を止め、つかまっていた腕を引くと。
「黙ったまま浄化までなんとかって思っていたけど、やっぱり無理だよね?」
そう言ってから「夜にまた、研究室に来てくれる?」と再び歩き出したシファ。
浄化のために喚ばれてここにいるはずなのに、もうここにいないでといわれたらどうしよう。
途端に不安が押し寄せてくる。
「…うっ」
頭の先が今日も痛みを訴えてくる。日に日に悪化している気がするけど、どうにも出来てない。
「大丈夫か?」
と、かけてくれた声の意味を、この時のあたしは知らない。
その瞬間が思ったより近いことも、知らずにいた。
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