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祈りに近いモノ、その名は 1 #ルート:S

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~ジークムント視点~


口角から二人の唾液があふれるくらい、キスをして。

ふ……と離れた二人の間が透明な糸でつながってて、すぐに切れてしまった。

顔を赤くしてくったりしたひなは、離れたばかりなのに俺にもたれかかるようにして倒れこんできた。

「ひ…っ、ひな?」

はぁはぁと浅く速い呼吸を繰り返し、完全に脱力状態で動けなくなっていた。

肩を抱き、そっとその体を起こす。

腕の中でも目を閉じたままで、呼吸だけやたら早いままクタッとしてしまう。

「大丈夫……じゃ、なさそう…だね」

想いのままに、距離がなくなるようにと重ねた唇。

ひなが応えてくれたことが嬉しくて、想いが伝わりますようにと祈りをこめてどんどん……どんどん……。

(また、やりすぎた……。どうしてセーブ出来なかったんだ、俺らしくない)

自分がしたキスのせいで、ひながこんな状態になったことを悔いる。でも、ちょっとだけ。

嬉しくないわけがないんだ、好きだと自覚した相手とのキスなんだからさ。

「ごめん…ひな」

そう囁いて、さっきのことを忘れないでとおまじないみたいに頬にキスをして。

「ん……」

薄く開いた目が、ボーっとしながらも俺を見つめていて。

「大丈夫?」

ひなの体について俺は質問したはずなのに、おかしいんだ。

「だ…じょ、ぶだ、よ。わかって…るよ、あたし」

後半が何についてのことなのか、俺との会話が嚙み合っていない気がした。

「……ひな?」

薄く微笑み、目尻から涙をこぼして。

「だ…じょ、ぶ」

それしか言わなくなってしまった。

呼吸が整ってから、改めて確かめようと思っていたタイミングで。

「陽向ぁっ!」

と、勢いよくドアが開き、アレクが腕に何やらいっぱい抱えて戻ってきた。

ソファーで俺の腕の中でぐったりしたひなを見て、大股でこっちに来たかと思えば。

「ん…? 陽向? どうした? 具合でも悪くなったのか?」

向かいのソファーに、抱えてきたものを全部置いて。

「どーれどれ、俺が部屋まで運んでやろうな? 荷物は後で運ぶことにしよう!」

なんて、俺たちどっちかに何も聞かずに決めて、さっさとひなを抱きあげて出ていってしまった。

まるで、つむじ風みたいに、あっという間の出来事。

アレクはあとで部屋に運ぶって言っていたけど、俺が運んじゃダメってわけじゃないだろう。

「……え、なぁにコレ。アレクってば、こんなのひなが喜ぶと思って手に入れたの?」

なんて思うものまで置いてある。

「ひな、俺たちのちょっと下くらいの年齢でしょ? いくつ扱いなわけ?」

可愛くラッピングされているけど、コレ、女物の下着だよね。どういうこと?

あと、謎の積み木とかぬいぐるみとか。

贈り物の年齢幅がよくわからない状態だ。思いつくまま買うなって話だ。

特にこの下着なんてアレクが選んだのかと思うと、どういうつもり? と思うしね?

下着を贈る時は、自分が一緒の時に着けてほしいっていうのと、脱がせるのも自分であってほしいという願いがあるとか聞いたような。

(たしか、父親がそんなことを言っていた気がする)

思い出して、頭を抱えた。親の顔がハッキリ浮かんでは、すこし気分が悪くなる。知ってる顔で想像するのはよくない。

下着を手のひらにのせたまま、小さくため息をつく。

「どうせアレクのことだから、なにも考えなしなんだろうけどさ」

誰に対しても裏表なく接せるアレク。俺とは違うものが多い、俺の弟。

俺はいろんなことを考えすぎて、身動きが取れなくなることも多い。アレクは慎重でいいんじゃないかと言うけれど、決断力がないようで俺は嫌だ。

(王位継承権は俺の方が一位だとしても、アレクの方が王にふさわしいはずだ)

この浄化が終わり、いろんなことが片付いたなら。

(次は、即位のための見合いが待っている)

これまでの聖女は、浄化を支えてきた5人の誰かと添い遂げたことがある。

今回だってもしかしたら、誰かがひなと結ばれるかもしれない。

「……でも」

今回の召喚は、本当に召喚したかった聖女じゃなかった可能性があると耳にしている。

実際、ひなのステータスに聖女だと書かれていても、今回の浄化に関係する聖女なのかが見えてこない。

もしもの話、だ。

(ひなが俺と“未来”を)

そう想像しかけて、そのワードで思考が停止した。

「未来の項目……。ひなが死んでしまう可能性は、いまだ変わらずの…ままだ」

変えられていない『未来』のステータスの部分。

どうすれば未来を先延ばしに出来る? 何をしたら、ひなが生きていられる?

これまでの聖女が必ず生き残ったとは言えない結果だってあった。今回のひなと同じように。

背中を冷たい感覚が走っていく。

触れた唇。絡めあった唾液の味。一つになっちゃったんじゃないかと思えるほどに、重ね続けたキス。

体がつながっていなくても、あんなに心が満たされるなんて知らなかった。

――――あのぬくもりが、消えてしまうのか? 二度とあの笑顔を見られなくなるのか? もしかして。

触れたその先に、今まで感じたことがなかった現実感が俺を襲う。

漠然と怖くなってくる。

王族として、そんな感情も感傷も持ち合わせちゃいけないはずなのに。

聖女に浄化をしてもらう。

ただ、それだけの話だって理解わかってたはずなのに。

恐怖感を知った以上、俺がどの立場で悩んでいるのかを知ってしまった。

ひなのことを想う、ただの男として…じゃないか。そんなんじゃ、ひなを護ることも支えることも出来ないのに。

アレクに話そうか、何度も口を開きかけては笑ってごまかしてきた。

きっと、もうダメだ。俺一人で抱えるには、重たすぎる。

教会の連中にでも話せば、「聖女の命一つくらいいいではないですか?」とか言ってきそうだ。

聖女という名誉を皇室だけのものだけにしたくなく、教会の名誉にもしたかったんだから。

だから、カルとの訓練ばかりやろうとするひなを非難したんだろうし。

ひなが生き残れる形での浄化を進められたなら…と思うのに、その方法が見つけられないままだ。

俺一人で何が出来る?

ひなを想うことばかりで、俺自身は無力だ。

「王位なんてもの持っていたって、重たいだけだ」

唇を噛んで、誰もいないアレクの部屋でうつむく。

どれくらいの時間が経ったのかわからない。

なかなか戻ってこないアレクを追うように、アレクからの贈り物を抱えて部屋を出る。

ひなの部屋へと向かう途中、奥まった場所に在るナーヴの部屋の方でチカッと何かが光った気がした。

見慣れない光に、歩いていた足を止めて窓越しに遠く眺める。

光の線が流れていき、やがてそれが円を描くようにつながっていくのがハッキリ見えて。

「まさか……光属性、か?」

目を見張り、その光景を見守る。

離れていてもハッキリとわかったんだ。

「もしかしてナーヴは……」

言いかけて、誰も聞いてないはずなのにその続きを飲み込む。

続きを言えば、現実になってしまいそうで。

(ひなが頼るのは、俺がいいのに……)

ガキみたいな甘ったれたことを思い、その場を離れる。

その光が目に入らないように、窓と反対へと顔をそむけたまま。

俺の手は大きいのに、小さくて。

救いたいものを救えないのかもしれない。

大事にしたい、そばにいてほしい唯一すらも、きっと俺は護れないんだ。

自虐するようなその思いを抱えながら、ひなの部屋へ急ぐ。

顔を見たいような、見たくないような。

(愛したいような、愛されたいような……愛されない、ような)

ひなの部屋の前にたどり着いたのに、俺は部屋に入れず廊下に山ほどの贈り物を置いてその場を去る。

部屋の中でアレクとひなが何を話していたのかを、何一つ気にもしないままで。

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