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抱えられるもの、抱えられないこと 5 #ルート:S
しおりを挟む~ジークムント視点~
最近のナーヴの体調についての報告を受けて、アレクと今後について相談をしていた時だった。
控えめにノックされた、アレクの部屋。
「誰だ?」
相手の返事を待つ前に、ドアを開ける方が早いんだよな。アレクって。
(……あ)
「あ…っ」
心の声が出たかと思った、一瞬。
会いたくて会えないと思っていたあの子の姿が、ドアの向こうにあった。
俺たちのあの時間を知らないアレクは「どうした?」なんてしまらない顔で、ひなを部屋へと誘う。
「入ってもいいの? なにか相談してたとか…じゃ、なくて? 二人のことだから、きっと……忙しいんだよ、ね?」
遠慮がちに呟くその声は、最後の方にはすごく小さな声でかろうじて聞こえたってくらいで。
「いや? 別にあとでもいい話だから、大丈夫だ。…な? ジーク」
とかいって、ニコニコしながら、手をヒラヒラ振って部屋を出ろと暗に示してくる。
二人きりになりたいだけだろうが。
「後でもいいけど、俺もここにいていいだろ? 別に」
と、笑顔で圧をかける。
それに対して、反応してきたのはひなの方で。
「え…」
と戸惑った声が耳に入った瞬間、合ったはずの視線をそらされた。
その声を拾ったのがアレクで。
「お? 俺と二人きりがいいのか? もしかして」
わかりやすいほど浮かれた表情で、ひなの腕を取る。
「こっちに腰かけて、ちょっとだけ待っててくれ。陽向が好きそうなモノを手に入れたんだ」
ソファーにひなを誘って、言うと同時に部屋を出ていってしまった。
ひながアレクの動きと言葉に反応する隙も見つけられないうちに。
意図せず二人きりになってしまう。
(いや。二人きりになるのが嫌ってわけじゃないけどさ、今じゃないというか……今はまだちょっと…なあ)
アレクのデスク近く、窓にもたれかかっていた俺。
ひなは俺をチラッと見るのに、視線が合うと今にも泣きだしそうな顔をしてうつむいてしまう。
(怖がらせちゃったよな、きっと)
自分がひなに何をしたかなんて、自分が一番わかっている。
だからきっと、今日はこの判断で合っているはずだ。
「アレクが戻ってきたら、俺消えるからさ。ここに一人ぼっちだと不安だろうし、それまではここにいさせて? ――一緒にいたくないかもしれないけどさ」
笑って言えたはず。
そう思ってたんだ、俺は。
(傷つけたのは俺で。でも、ここにこのままほっとくことも出来ない立場で。だったら、それが最適解……だよな?)
なのに、さ。
「ど……してぇ?」
って、ひなが泣くんだ。
「傷つけたの……あたし、なのに……ジー、クのが……泣きそ、なの?」
押し殺すような声で、両手を開いて顔を覆うようにしながら、その指の隙間から涙をこぼしてさ。
「ごめんな…さっ…ぃ」
ツラそうに、重そうに、その言葉を吐いたんだ。
「ごめ…な」
小さな体をもっと小さくしたように、ソファーに腰かけたまま前かがみになって泣き続けるんだ。
(俺が泣かせた)
「ひな…」
こういう時、どうやって声をかければいいんだっけ。
「…ひ、な?」
今まで、こんな時、どうやってた? 俺。
(俺が泣かせた)
「ごめ……っっ」
繰り返される謝罪の言葉の意味と理由を知らないまま、俺は。
(抱きしめてキスしてごまかしてきたんじゃなかったっけ?)
頭に浮かんだそれを、頭をブンブン振ってどこかに飛ばそうとする。
ひなにそんなことしていいはずがない。
ひなは、“そんな女の子じゃない”んだから。
その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、持て余すこの感情はどうにも出来ないんだと知ってしまった。
『好きだ』
と、他に余計な言葉で飾ることなく、伝えたくなってしまった。
あの小さな板みたいなものの中の男に嫉妬したのも、嫉妬心や方向性のおかしな対抗心からでも重ねた唇の感触が消えないのも。
(目の前で自分のせいで泣いているってわかっていても、それでも抱きしめたくなるのは、愛おしいという感情で胸を満たしてくれたのは)
「ひな」
窓際から、ゆっくりとひなのそばへと近づいていく。
ふざけるでもなく、心を込めて。
「ジー……ク」
ひなのななめ前の位置に片膝を立て、涙に濡れているひなの右手を取って、俺の手に重ねる。
俺がしている格好は、まるで昔読まされた絵本の王子みたいだ。
希う。
俺の気持ちがまっすぐに伝わりますように、と。
泣きながら、なかなか俺と視線を合わせてくれないひなに話しかける。
「こっちみて?」
ううんと首を振っても、許されるまで何度だって。
「俺を見て?」
肩先がビクンと動いたけど、拒まないでと願いながら。
「ひな、俺から目をそらさないで?」
あの時みたいな圧なんかかけないで、ただただ願うようにひなを見上げる。
本当に心から好きなやつなんて出来ないって、恋に落ちてるカルのことをどこかでバカにしていたけど、俺も愚かになっていい。
希う。
切ないほどに、恋をしている愚かな俺だけど。
重なったままのひなの手の甲に、願うように額をのせて。
「お願い。俺から逃げないで……」
想いは指先に伝わり、ひなと重なった手に自然と力が入ってしまう。
逃げないで、と。
どれくらいの時間そうしていたんだろう、俺は。
長く感じられたその時間は、俺の手を握り返してくれたひなの手のあたたかさで終わる。
自分の声が届いたんだと嬉しい気持ちのままに、勢いつけて上げた顔。
「ジーク……が」
ひなが俺に何かを伝えようとしたっていうのにさ。
(日頃やってることが自然と出るって…わかってたじゃん)
近すぎた距離をさらに一気になくして、下から掬うようにキスをした。
「……ん」
キスをしたんだと気づいたのは、ひなから初めて聞こえた艶のある声のせいで。
(やっちゃった!)
しまったと思った時には、人は後悔してもしきれないもので。
「……ひな?」
顔を離して見上げると、ひなはさっきよりももっとツラそうな顔をして笑ってる。
他に言えることがあるはずなのに、よりにもよって俺は違う選択肢を指さしていた。
「好きだよ、ひな」
今じゃなかったのに。
こんなことをやらかした後じゃないはずなのに。
一回告げてしまったものはどうすることも出来ないのを知ってるのに、俺は。
「……なーん、てね」
ごまかすのが上手いはずだったのに、ひなの前でだけダメなのかもしれない。
脳内でこの場をどうにかしなきゃとアレコレ考えるのに、最適解が出てこないんだ。
「そ…だよ、ね」
ひながさっきと同じように笑って俺を見ているのに。
「ジーク、慣れてるもん……ね?」
傷ついた表情をしているのは、ひななんだってわかってるくせにさ。
ひなにつられるように一緒に笑ってみせて、胸元のシャツをギュッと握って痛みを堪える。
誰かに愛されたい、誰かを愛したい。
それだけのことがこんなに難しくて重たいなんて、苦しくて息が出来なくなるなんて。
(今までの恋愛は、なにも教えてくれていなかったってことじゃん)
恋をして、つないだ手のようには距離をカンタンに詰められない難しさを知った。
「慣れてなんか……ないよ」
わかってるのに。
もう、知ったのに。
物理的に距離を詰めたくて。
「慣れてなんかないから、お願い……キス、させて?」
これ以上遠くなる距離を恐れて、俺はひなの返事を待たずに唇を重ねた。
――距離をなくすように。
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