「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※ジークムントルート

ハル*

文字の大きさ
上 下
34 / 60

抱えられるもの、抱えられないこと 5 #ルート:S

しおりを挟む



~ジークムント視点~


最近のナーヴの体調についての報告を受けて、アレクと今後について相談をしていた時だった。

控えめにノックされた、アレクの部屋。

「誰だ?」

相手の返事を待つ前に、ドアを開ける方が早いんだよな。アレクって。

(……あ)

「あ…っ」

心の声が出たかと思った、一瞬。

会いたくて会えないと思っていたあの子の姿が、ドアの向こうにあった。

俺たちのあの時間を知らないアレクは「どうした?」なんてしまらない顔で、ひなを部屋へと誘う。

「入ってもいいの? なにか相談してたとか…じゃ、なくて? 二人のことだから、きっと……忙しいんだよ、ね?」

遠慮がちに呟くその声は、最後の方にはすごく小さな声でかろうじて聞こえたってくらいで。

「いや? 別にあとでもいい話だから、大丈夫だ。…な? ジーク」

とかいって、ニコニコしながら、手をヒラヒラ振って部屋を出ろと暗に示してくる。

二人きりになりたいだけだろうが。

「後でもいいけど、俺もここにいていいだろ? 別に」

と、笑顔で圧をかける。

それに対して、反応してきたのはひなの方で。

「え…」

と戸惑った声が耳に入った瞬間、合ったはずの視線をそらされた。

その声を拾ったのがアレクで。

「お? 俺と二人きりがいいのか? もしかして」

わかりやすいほど浮かれた表情で、ひなの腕を取る。

「こっちに腰かけて、ちょっとだけ待っててくれ。陽向が好きそうなモノを手に入れたんだ」

ソファーにひなを誘って、言うと同時に部屋を出ていってしまった。

ひながアレクの動きと言葉に反応する隙も見つけられないうちに。

意図せず二人きりになってしまう。

(いや。二人きりになるのが嫌ってわけじゃないけどさ、今じゃないというか……今はまだちょっと…なあ)

アレクのデスク近く、窓にもたれかかっていた俺。

ひなは俺をチラッと見るのに、視線が合うと今にも泣きだしそうな顔をしてうつむいてしまう。

(怖がらせちゃったよな、きっと)

自分がひなに何をしたかなんて、自分が一番わかっている。

だからきっと、今日はこの判断で合っているはずだ。

「アレクが戻ってきたら、俺消えるからさ。ここに一人ぼっちだと不安だろうし、それまではここにいさせて? ――一緒にいたくないかもしれないけどさ」

笑って言えたはず。

そう思ってたんだ、俺は。

(傷つけたのは俺で。でも、ここにこのままほっとくことも出来ない立場で。だったら、それが最適解……だよな?)

なのに、さ。

「ど……してぇ?」

って、ひなが泣くんだ。

「傷つけたの……あたし、なのに……ジー、クのが……泣きそ、なの?」

押し殺すような声で、両手を開いて顔を覆うようにしながら、その指の隙間から涙をこぼしてさ。

「ごめんな…さっ…ぃ」

ツラそうに、重そうに、その言葉を吐いたんだ。

「ごめ…な」

小さな体をもっと小さくしたように、ソファーに腰かけたまま前かがみになって泣き続けるんだ。

(俺が泣かせた)

「ひな…」

こういう時、どうやって声をかければいいんだっけ。

「…ひ、な?」

今まで、こんな時、どうやってた? 俺。

(俺が泣かせた)

「ごめ……っっ」

繰り返される謝罪の言葉の意味と理由を知らないまま、俺は。

(抱きしめてキスしてごまかしてきたんじゃなかったっけ?)

頭に浮かんだそれを、頭をブンブン振ってどこかに飛ばそうとする。

ひなにそんなことしていいはずがない。

ひなは、“そんな女の子じゃない”んだから。

その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、持て余すこの感情はどうにも出来ないんだと知ってしまった。

『好きだ』

と、他に余計な言葉で飾ることなく、伝えたくなってしまった。

あの小さな板みたいなものの中の男に嫉妬したのも、嫉妬心や方向性のおかしな対抗心からでも重ねた唇の感触が消えないのも。

(目の前で自分のせいで泣いているってわかっていても、それでも抱きしめたくなるのは、愛おしいという感情で胸を満たしてくれたのは)

「ひな」

窓際から、ゆっくりとひなのそばへと近づいていく。

ふざけるでもなく、心を込めて。

「ジー……ク」

ひなのななめ前の位置に片膝を立て、涙に濡れているひなの右手を取って、俺の手に重ねる。

俺がしている格好は、まるで昔読まされた絵本の王子みたいだ。

こいねがう。

俺の気持ちがまっすぐに伝わりますように、と。

泣きながら、なかなか俺と視線を合わせてくれないひなに話しかける。

「こっちみて?」

ううんと首を振っても、許されるまで何度だって。

「俺を見て?」

肩先がビクンと動いたけど、拒まないでと願いながら。

「ひな、俺から目をそらさないで?」

あの時みたいな圧なんかかけないで、ただただ願うようにひなを見上げる。

本当に心から好きなやつなんて出来ないって、恋に落ちてるカルのことをどこかでバカにしていたけど、俺も愚かになっていい。

希う。

切ないほどに、恋をしている愚かな俺だけど。

重なったままのひなの手の甲に、願うように額をのせて。

「お願い。俺から逃げないで……」

想いは指先に伝わり、ひなと重なった手に自然と力が入ってしまう。

逃げないで、と。

どれくらいの時間そうしていたんだろう、俺は。

長く感じられたその時間は、俺の手を握り返してくれたひなの手のあたたかさで終わる。

自分の声が届いたんだと嬉しい気持ちのままに、勢いつけて上げた顔。

「ジーク……が」

ひなが俺に何かを伝えようとしたっていうのにさ。

(日頃やってることが自然と出るって…わかってたじゃん)

近すぎた距離をさらに一気になくして、下から掬うようにキスをした。

「……ん」

キスをしたんだと気づいたのは、ひなから初めて聞こえた艶のある声のせいで。

(やっちゃった!)

しまったと思った時には、人は後悔してもしきれないもので。

「……ひな?」

顔を離して見上げると、ひなはさっきよりももっとツラそうな顔をして笑ってる。

他に言えることがあるはずなのに、よりにもよって俺は違う選択肢を指さしていた。

「好きだよ、ひな」

今じゃなかったのに。

こんなことをやらかした後じゃないはずなのに。

一回告げてしまったものはどうすることも出来ないのを知ってるのに、俺は。

「……なーん、てね」

ごまかすのが上手いはずだったのに、ひなの前でだけダメなのかもしれない。

脳内でこの場をどうにかしなきゃとアレコレ考えるのに、最適解が出てこないんだ。

「そ…だよ、ね」

ひながさっきと同じように笑って俺を見ているのに。

「ジーク、慣れてるもん……ね?」

傷ついた表情かおをしているのは、ひななんだってわかってるくせにさ。

ひなにつられるように一緒に笑ってみせて、胸元のシャツをギュッと握って痛みを堪える。

誰かに愛されたい、誰かを愛したい。

それだけのことがこんなに難しくて重たいなんて、苦しくて息が出来なくなるなんて。

(今までの恋愛は、なにも教えてくれていなかったってことじゃん)

恋をして、つないだ手のようには距離をカンタンに詰められない難しさを知った。

「慣れてなんか……ないよ」

わかってるのに。

もう、知ったのに。

物理的に距離を詰めたくて。

「慣れてなんかないから、お願い……キス、させて?」

これ以上遠くなる距離を恐れて、俺はひなの返事を待たずに唇を重ねた。

――距離をなくすように。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

処理中です...