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聖女は、誰が為に在る? 11
しおりを挟む「……気持ち悪い」
呟きながら目を覚ますと、着ているものも髪も汗で湿ってぐちゃぐちゃだ。
誰もいない部屋。一人きり。
そばにあるものを見れば、自分が熱でも出していたんだろうと理解できた。
まだ頭が熱いけれど、この体の気持ち悪さをどうにかしたい。
「よ……いしょ」
フラフラしながら、バスルームへと歩き出す。
着替えがなくても、いつかのようにこっちに戻ってから着替えてもいい。
どうせ入ってきたって、カルナークくらいでしょ?
あたしの下着姿に慣れてしまったはずだもの、多分。
ふわふわする足元を気にすることも出来ないくせに、汗を流そうとするあたし。
どれだけだよと思う。
(ああ、頭が回らない)
ふらついて、途中の本棚にぶつかったら本が数冊落ちてしまう。
「いっ……ったぁ」
そのうちの一冊が、足の甲を直撃する。
しゃがんで足の甲を抑えて、低い声でうなり続ける。
「ひ…っ、陽向っ!」
カルナークがいつものようにノックもなしに飛びこんできた。
(やっぱり来たか)
声でも聞こえたんでしょうね、きっと。
「お前、なにやってんだよ! あ、本! 足痛めたんだな? ちょっと待てよ? 今ベッドに運んでやるから」
こっちの言葉を待ちもせずに、どんどん話が進んでしまう。
まあ、返事をする元気はどこにもないんだけどね。あたし。
ふわりと抱きあげられ、ソファーに座らされる。
「ちょっと待ってろ。シーツを交換してから、ベッドに運んでやろう」
言ったと同時にベッドへと大股で進み、バッサバッサとシーツを大胆に剥がしては新しいシーツを敷いていく。
なんだか手馴れている気がするのは、気のせい?
「ほら、ベッドに行くぞ」
なんて抱きあげられたけれど。
「気持ち悪いの」
今のあたしの脳内を占めるものは、それしかないんだよね。
何が←……を伝えずに呟いた言葉に、カルナークが目を見張って足を止めた。
「……そんなに気持ち悪い…?」
どこか悲しげに、あたしを横目でチラチラ見ながら聞き返される。
うんうんとゆっくり二度ほどうなずくと、ベッドにあたしを運んでから。
「悪かった、ごめん」
って、わかりやすいほどに肩を落として、部屋から出ていってしまった。
多分、勘違いなんだよね。あの様子じゃ。
しょうがないなと思いつつ、囁くように伝える。
「カルナーク…じゃな、いから。汗、気持ち……わ、るぅ……」
不便なようで便利な機能持ちの、今のあたし。
送信のみしか出来ないけれど、カルナークのことだからきっと聞いているでしょう。
この生活に馴染みすぎなのが、いいことなのか悪いことなのか判断しきれない。
もう一回バスルームへ歩き出そうとしたタイミングで、メイドさんが入ってきてくれた。
よかった…。
ひとまず体を拭いて、着替えをして。それから医者に診てもらって、長風呂じゃなきゃ介助つきが条件でと入浴の許可が出た。
入浴の前にカルナークが持ってきてくれた、いつもの水分補給の水。
数回に分けて飲みながらお風呂に入り、メイドさんに髪を洗ってもらう。誰かに洗ってもらうなんて、お母さんぶりで慣れないや。
水分がとれて体が清潔になってきたら、すこしだけ体が軽くなった気分だ。
「どれくらい寝ていたんでしょう、あたし」
メイドさんに聞いてみれば、五日間も眠りっぱなしだったらしい。
そりゃ、体中の水分抜けた気にもなるよね。
元いた世界じゃないから、点滴もないみたいだったし。
スッキリして、ベッドにまた横になると。
ノックの音がして、カルナークが入ってきた。
(珍しいこともあるんだな)
さっきはノックなしだったのにと思い出して、ふふ…と笑いがこぼれる。
でも入ってきたのはカルナークだけじゃなかった。
「シファルくん?」
あまり話したことがないけれど、名前は憶えている。
カルナークじゃなく、シファルくんが手にトレイを持って入ってきた。
「食事は出来そうか?」
傍らにあるサイドテーブルにトレイを置くと、とろとろの何かが入っているのが見えた。
「俺は薬学を専門としていて。薬草を使って、薬膳粥を作ってみたんだ。カルナークに味見させたから、美味いはずだ。回復と解熱と鎮痛効果があるものが入っている」
そういいながら、イラスト付きの赤い本を開いて、どんな薬草かを見せてくれた。
「いい匂いがする」
そういった瞬間、お約束のようにお腹が地鳴りレベルで鳴った。
「……あっ」
恥ずかしい。聞かなかったことにしてほしい。
こっちはそう思っているのに、気持ちは一方通行だ。
「いい音だ」
とカルナークがいえば、「ああ」とシファルくんが無表情で同意する。
こっちが求めていることを察してほしいと思いつつメイドさんの方をみると、意味なく微笑まれる。
メイドさんにはわかっていてほしい! 同じ女同士だし。
小さな器に盛ってもらい、噛みしめながら食べていく。
薬草と言われれば、確かにそれらしい香りはするけれど、嫌な感じはどこにもない。
「美味しい……。ありがとう、二人とも」
二杯目を頼んだら、シファルくんがかすかに口角を上げたのが見えた。
あまり表情が見えない人だけど、ちゃんと笑えるんだね。
これですこしずつ距離が縮まったらいいななんて思いつつ、器を受け取る。
元の世界に帰りたいけど、きっとこのまま帰れない。
ひとりぼっちは寂しいなと思う反面、高校入学してから頑張ろうと思っていた人との関わりあいをここでと改めて思う。
ここの人たちは、過度に急かしたりしないでいてくれる。
(それは、あたしが聖女だからなんだとしても)
それでも心から嬉しく思える。
だから……あたしは……。
「カルナーク」
心に強く、思う。
「がんばるから、あたし。だから助けてね、訓練」
熱とは違う体のあたたかさに、思いのまま笑顔を向ける。
「シファルくん、ありがとう」
お粥のお礼だ。
「みんなに助けられてばっかりだ、あたし。ちゃんと役に立てるように」
両手のこぶしを握って、胸の前でかまえてから。
「がんばる!……うん。がんばる!」
その言葉は自分の背中を押すもの。
最後の一口を食べて「ごちそうさまでした!」と器を返すと。
シファルくんは眉間にしわを寄せて固まっていて、カルナークはというと。
器を受け取ってトレイに置いたかと思えば、ベッドに座ったあたしの頭を片手で抱き寄せて。
「おう。俺にまかせとけ!」
って、カルナークの心音が響いてくる位置に頭をくっつけられた。
トク…トク…と規則的に聴こえるその音は、とても心地いいものに感じられた。
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