「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※ジークムントルート

ハル*

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閑話 アレックスには、考えがある。

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なんといえばいいんだろうな、これ。

俺が知っているジークとカルナークの姿じゃなくなってきている、最近のよくある光景だ。

異世界から召喚されてきた、陽向という女の子。

身長は低く、ナーヴよりすこし低い程度だろうか。

ジークのからかいが過ぎると、時々俺を頼って腕にしがみついてくることがある。

(アレは、思いのほか可愛いことこの上ない。それに、小ぶりだが無意識でかやわらかいものが触れるんだ)

俺だって男だからな。そういうのに興味がないわけじゃない。男好きというのでもないし。

どこか軽薄そうにしつつも、よく回る頭でいろんな策略に長けているジーク。

貴族のギラついた令嬢方にも笑ってるけど笑ってない顔で適当に相手をして、相手との距離を縮めることはなかった。

あのジークが、こんな風になるなんて。

俺の場合。――――たまたま、だった。

タイミングがよかったんだろう。

陽向が本棚に向かっているのに、みんながごちゃごちゃ揉めて彼女を少しの間忘れたかのような時間があった。

あの時。

細身の体が、今にも消えてしまいそうに薄く見えて不安になった。

触れたら消えてしまうんじゃないかと、本気で思ったほどに。

ところが、本棚へと近づき声をかけた俺と、意外と普通に会話をしてくる。

声がいい。

どこかたどたどしくもある話し方が、俺の中では可愛く感じられた。

庇護欲とでもいうのだろうか。

「ここがどこかわからないので、知りたくて。さっき読んだ本は分厚いし重いし、読んでて疲れそうで」

そう、眉尻を下げてふにゃりと微笑まれただけで、俺の心臓がドクドクとけたたましく鳴り始めた。

抱き上げて部屋で飼いたい。

この国の最初から最後まで、俺が教えてやってもいい。

だが、この部屋にいる5人の立場や関係性が、それを容易には許さないだろう。

勝手なことは安易に出来ない。言えない。

そう思えば思うほどに、俺の顔が強張っていく。

それでなくとも身長が高く、顔もどちらかといえば強面の俺だ。

こんな俺相手なのに、この子は初めて会った相手に微笑もうと努力している。

(……くそ。緊張してきた。この俺が! ……この俺が!)

わずかな時間でいろんなことが脳内をかけまわる。

あぁ、うるさい。俺の脳内。

小さく息を飲み、彼女の頭を俺にしては控えめに力を込めて二度ほどポンポンと叩く。

大丈夫だと言っていることが伝わればいいと願って。

「だったら、こっちの方がわかりやすい。子供向けにもなっている。……文字は、読めるのか?」

ゆっくりと言葉をかける。

俺たちが幼い時から読んできた建国史の子ども版を取り出して、手渡してやる。

この本は年に二度ほど必ず改稿され、それまでの情報から更新されているものだ。

さっき彼女が手にしていたものも、同じように改稿を繰り返して国の歴史を学べる一冊となっている。

パラパラとゆっくりページをめくっていく。

左手で本を支え、右手でページをめくる。

その手を見て、小さい手だなとぼんやり思っていた。

声に出しながら本を読み進めていく彼女。

いい声だ。目を閉じて、一瞬その世界に入り込んでしまった俺。

いやいや、ダメだろう。帰ってこい、俺。

読み進めていたはずの彼女の手が、とあるページ付近からスピードが落ちていく。

じっくり、じっくりと読んでいるよう。

時々漏れ聞こえる声は、怒りや悲しみが混じっていて、今にも消えてしまいそうな儚さに。

「君は、聖女、なのだろう?」

聖女だから、浄化をするために来たのだから、だから……だから……消えることはないよな? と願うように、問いかけた。

一瞬の間。

彼女の瞳が揺れた気がして、俺の胸の奥が不安で満たされてしまう。

(ダメだ。消えるな。聖女でいて、この場所にいてくれ)

彼女に届かない思いを抱き、彼女を見つめる。

否定を示すように、彼女が首を振り、わずかにうつむく。

顔に指先を近づけたかと思うと、小さく唸るこえがして。

「だって、あたしは」

の、声の後に、「聖女の色じゃないから」と呟き、俺をまっすぐに見た。

片目だけ、真っ黒な瞳で。

鉱石のように光を含んできれいな瞳だ。

吸い込まれそうな瞳というのか、これは。

シファルの目に近いが、彼女のそれは少し違う気がする。

こんなにキレイなものを、俺は見たことがない。

もしもあったとしても、上書きされてしまっている。

今までにない感情に、振り回されそうだ。

いっそのこと本人にどうしたらいいかを決めてほしいほどに、俺は今、困惑している。

そうこうしている隙に彼女は、瞳の色をみんなの死角になる角度で元に戻し、俺を呼ぶ。

最初に名前を呼ばれた男。

すこし……いや、結構気分がいい。

相談があると頼られ、彼女が視界に入れているのは今だけは俺のみというのがいい!

優越感というものだな。

たとえカルナークに卑怯者と呼ばれても、痛くもかゆくもない。

そうだ。

俺は彼女の中で、お兄ちゃんポジション……だと想定すれば、俺を頼ることは自然に出来る。兄という存在は、それだけ優位な位置に決まっている。

お兄ちゃん→兄妹→家族→決して離れることがないつながりがある関係。

そして、なんだかんだで男と女のいざこざにでもならなければ、兄妹が常に近い関係でもおかしくはないのだ。

(くくくく……)

ジークやカルナークは異性として、陽向の瞳に映ろうとしているようだが。

(残念だな。なんだかんだで一番頼られる確率が高く、そばにいる可能性が高いのも兄なのだ)

異性として見てもらえれば嬉しいのは、俺も変わらない。

だが、しかし、だ。

兄と思っていた相手を、異性と思うこともあるのだ。

流行っていると言われている恋愛小説に、そんな設定があると小耳に挟んだ。

確かあれは、剣術訓練の時の騎士団の下っ端が家族の話をしていたやつだったな。

小説の中だけの話で終わらないことだってあるかもしれないだろう?

だから、俺は決めた。

俺は陽向のお兄ちゃんポジションを死守する。

他の誰にもこの場所は渡さない。

陽向が見せてくれた、陽向の本当の兄の次でいい。

たとえ「アレックスのばかぁっ!」とか言われたって、かすり傷程度にしか感じない。

俺は兄だから、陽向が心を寄せる男は厳しく選ぶ。

(とりあえず、この二人を足して三つに割ったくらいだとちょうどよさげなんだが)

と思うのだ。

陽向。

俺の可愛い、妹。

だから、ちょっとだけ助けてやろう。

陽向の手の甲にキスをしたジークの襟首をつかみ、「やりすぎ」と後ろに引っ張って立ち上がらせる。

「……なに? アレク。何様?」

へらりと笑いながらも、目の奥が笑っていないジーク。

思ったよりも本気なのかもしれないな。

だが、まだダメだ。なぜなら。

(まだ兄妹として、始まってもいないからな)

抜け駆けは許さない。俺は陽向の“兄”なのだから。

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