13 / 60
聖女の色持ちではないんですがね 12
しおりを挟む「やっぱり寝ちゃってたかぁ。……ふわ…ぁ」
ソファーから起き上がって、思いきり伸びをする。肩のあたりがミシッとか言った気がしたけど、聞かなかったことにしよう。
「毛布? 誰だろ。メイドさんかな」
よく見たら食器も下げられている。カルナークも来たんだろうか。
「直接ありがとうって言いたかったのにな」
毛布を簡単に畳み、ベッドへ持っていく。
「あ」
忘れていた。ベッドにぶちまけたいろんなもののこと。
「1個やったら、1個忘れちゃう。うっかりすぎるでしょ」
自分に文句を言いながら、リュックへと私物を放り込んでいく。
使えないスマホを見下ろし、小さくため息をつく。
元いた世界でのあたしはどんな扱いになってるのかな。
いなかったことになってるのかな。いなくなった時間から動かなくなってるとか?
「行方不明ってなっていたら、お兄ちゃんあたり……すっごく捜していそう」
ここでこんなことを考えていたって、現実は見えてこない。
どうしようもないとわかっているのに、まだここにきて今日で二日目だ。気持ちの切り替えなんか出来ない。
「お兄ちゃん……柊也兄ちゃん…元気かな」
俺はお前の兄貴じゃねえよって言いながらも、あたしがお兄ちゃんと呼ぶのを拒まずにいてくれた人。
心配かけたくないのにな、これ以上。
このままこの場所にいたら、顔も忘れてしまうんだろうか。声も、頭を撫でてくれたあの感触も。
「はあ……」
ため息をつけば、幸せが逃げるとか聞くけど。
「そもそもで、あたし今……幸せかどうかよくわかんない」
苦笑いしてしまう。
こんな状況で、幸せかどうかといえば不運に見舞われてはいる。不幸なのかは、今後次第って感じなのかな。
「攫われた時点で不幸確定の可能性も否めないけど」
いいながら、リュックのふたを閉じる。
カーテンを開きたいけど、重たそうだわやたら長いカーテンだわで、開けられる自信がない。
グッとカーテンを引っ張って、窓の端へと引っ張っていく。
「……あーかーなーいぃいいいい」
何かコツがあるのかしら。
うんうんいいながらカーテンと格闘していたら、背後で笑い声がした。
「え?」
振り返るとアレックスはこぶしを口にあてて、笑いをこらえているようでいて、肩がすごく震えていて。
ジークムントは、隠すこともなくアハハハハとか思いっきり笑っている。
涙を流すほど笑いながら近づいてきて、窓の端の方へと歩いていく。
そして、カーテンの端の方に手を突っ込んだかと思ったら、何かを引いた。
次の瞬間、カーテンがスルスルと開いていく。
「この紐を引くと、開いたり閉まったりするよ。紐に触れている間は動くから、少しだけ開けたい時は、途中で紐から手を離すといいよ」
という説明通りに、パッと手を離すとカーテンの動きが止まった。
「便利ぃ!」
ジークムントのところへ駆け寄って、同じように触れてみる。
「あ! 開いた! うわぁ……いい天気だね!」
昨日見た景色とは違う。昼間の景色の方が好きかもしれない。
「ふふ。元気そうで、よかった」
「昨日は眠れたのか?」
それぞれに声をかけてくれる。なんだか、くすぐったいや。
あまり眠れなかったことや、さっきまでここで寝ちゃってたのとソファーを示すと、なぜか二人にいいこいいこされた。
柊也兄ちゃんに似ているからか、ジークムントに撫でられると変な感じがする。
このままここにいたら、似ていたことすら忘れちゃうんだろうか。
(そんなの、嫌だな。寂しいよ……)
複雑な気持ちでジークムントを見ていると、不意に視線をそらされてしまう。
「そんなに熱い視線で見つめられたら、照れちゃうよ」
なんて、本音かどうかわかりにくい感じで。
こんなに顔がいいなら、熱い視線なんて浴びっぱなしだろうに。
「じゃ、見つめません」
とか返せば「やだよ」と返してくる。
謎の返しが、よくわかんない。
「それよりも、昨日の話をしようか」
アレックスがあたしに手を差し出してくれる。
その手をどうしたらいいのかわからずに、視線でアレックスの顔と手を何往復もする。
首をかしげていると「エスコートだよ」とジークムントがあたしの手をアレックスの手に重ねる。
「これがエスコート!」
ちゃんとされたことないから、思わず声が出てしまう。
そのたびにジークムントが笑うのまでが1セットなのかな? ってくらいに、あたしが何かやると教えてくれるのに笑われる。
「…もう」
怒るに怒れないけど、言葉だけは怒ったふり。
エスコートしてもらい、ソファーにまた座りなおす。
ジークムントが傍らにあるティーセットで紅茶を淹れてくれ、一息ついたところで話は始まった。
「話をするその前に」
とジークムントが切り出したと思ったら、あたしの右手をジークムントが、左手をアレックスが握りだす。
イケメン二人に手を握られるというこの状況は、一体どんな状況?
混乱しかかった時に、頭の中に声が流れる。
『聖女ちゃん、この声が聞こえていたら笑ってくれる?』
このメンツの中で、あたしを聖女ちゃんと呼ぶのはジークムントだけだ。声も彼の声に聞こえる。
へらりと笑って見せると、ぶふっとアレックスがふき出す。
「人の笑顔見て笑うとか、失礼じゃない?」
ムッとしながらそう返せば、『子どものように、無垢な笑みだったからな』とアレックスの声がした。
でもこれって、どういうこと?
首をかしげたまま二人を見つめるあたしに、脳内で二人の声がした。
『盗聴と盗撮されてるからさ、このまま話させて? ただし、なんてことない話を口に出しながらね』
ジークムントの声がそう告げてきて、あたしは目を見張った。
声がカルナークに聞こえるのは知っていたけど、映像も?
(そんなこと、カルナーク……言ってなかったよね)
頭の中で独り言をいえば。
『カルナークの仕業か。後でお仕置きだな、ジーク』
『だねぇ。……まったく、なんてスキルを隠してんだろうね』
と、不穏な会話が聞こえてくる。
(え? あたし、口に出してなかったよね)
戸惑いのままに、脳内独り言を繰り返すと。
『聖女。このスキルは、俺のスキルだ。念話が可能だ。数人での場合は、体を接触させていれば可能だ』
と、アレックスが、この状態を説明してくれた。
念話。念話……か。
(じゃあ、メモパッドいらないかな。使いどころがあれば、改めて出すことにしよう)
『メモパッドとやらは、また後でね』
『さて、普通の会話もしなければならないな』
(独り言をいちいち返事されるの、キツイってば!)
慣れない状況に、混乱してしまうあたしがいる。
「ところで」
と、アレックスが普通に聞いてきて。
「は、はい?」
(なんか会話が混ざらないように気をつけなきゃ)
妙に背筋が伸びた感じになり、緊張している自分を感じる。
「ずっと聖女と呼ぶのもお互いに嫌だろう。話しにくい。名前を聞いてもいいだろうか」
そう聞かれて、「あぁ」と思い出す。
そういえば、誰にも名乗っていなかったかも。
「陽向です。あたしの国で、太陽に向かうと書いて陽向です。ひまわりっていう花があって、太陽に向かって咲く花なんですけど、生まれた時にひまわりがたくさん咲いていたらしくて」
「ひまわり?」
こっちにはその名前の花はないようだ。
「えーと」
説明をどうしようと思っていたら、そこで思い出した。
「これ! これに描きますね」
二人から手を離し、メモパッドを思い出して、あらかじめ書いておいた文字を消してひまわりの絵を描く。
(あたし……美術、1だったか。確か)
簡単なはずのその花の絵は、どこか歪んだ謎の花になってしまい。
「それ、は……花? あーっはっはっは」
笑いのネタを提供してしまい。
ややしばらく、二人に笑われていた。
『本題に入りたいのに、陽向が邪魔してくる』
とか手をつなぎなおした瞬間に、脳内で言われながら。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど
睦月はむ
恋愛
剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。
そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。
予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。
リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。
基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。
気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。
連載中のサイトは下記4か所です
・note(メンバー限定先読み他)
・アルファポリス
・カクヨム
・小説家になろう
※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。
https://note.com/mutsukihamu
※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる