【本編完結】「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。

ハル*

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今代の聖女の能力は 3

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汗がじんわりと浮かんでくる。

けれど拭うことなんか出来ない。この手を離すことは、浄化をやめることだから。

体内に溜まりはじめた瘴気の重たさは腰まで行き、肌の色を変えていく。

腰まで行ったタイミングでその色は二つに分かれていった。

一つはそのまま上まで上がっていき、もう一つは白いレースのドレスへ。

ちらりとドレスを見れば、グラデーションのように徐々に染まっていく。

ただ、遠くから見ると黒一色にしか見えないと思うんだ。

そばで見ていたら、淡い黒から徐々に変化していっているから。

黒のグラデーションも、思っていたよりキレイだ。

どれくらいの時間が経ったのだろう。

冷えていく感覚がおへその方まで上がってきた。

わき腹を通って、腕の方へとその感覚は巡りだす。

じわじわと侵食されていくのがわかる。カルナークとやった、あの感覚を探る訓練を思い出す。

カルナークの魔力は心地よくて、訓練だって忘れそうになったな。何回も。

時々体の中からくすぐってくるから、いつかやり返したかったのに。

(結局やられっぱなしで終わっちゃった)

楽しかった時間を思い出して、この後の段階に備える。

両手の指先まで満たされたのを確かめた時点で、もう一度あの呪文を唱えた。

『不浄を拘束せよ。しがらみの契約、展開』

音を立てて両手首に枷と、両手首をつなぐかなり長めの鎖がぶら下がった。

見た目は重たいけれど、体感的にさほど重くない。どっちかといえば温度の方が問題で、瘴気が体を満たしていくごとに冷えていく。

中から外から瘴気の影響で冷やされていく。

でも熱でも出しているかのような、発熱初期みたいなあたたかさも混じっていて。

(キッツいよぉ……)

太陽に近い場所で、ずっと宙に浮いてその時を待ちながら瘴気を吸収していくんだ。

今までの聖女にはいろんな称号がついていたようだけれど、こんなあたしにはどんな称号が与えられるかな。

今の姿だけだと、吸収の聖女、吸着の聖女……、なんかヤダ。

空気清浄機と似た作業だから、清浄の聖女? 噛みそう。

もうちょっとカッコイイのがいいけど、語彙力なさ過ぎて浮かばないや。

あの5人なら、それっぽいのをつけてくれるかな。誰のセンスが一番だろう。

(なーんて、くだらないことでも考えていないと意識が飛んじゃう)

気を失うことも出来ない。

朝食前に始めた浄化は、太陽が上にのぼりきってもまだ終われない。

どれだけ溜めこんでいたんだよ、瘴気を。

今…自分の体の状態をすべて把握しきれないけれど、なんとなくわかることがある。

あたしの髪は、半分くらいまで黒に染まっているはず。何故ならば、耳に触れる髪がチリチリと音を立てながら細かい棘のように刺激してくるから。

目には、聖女の色のコンタクトを入れてある。

髪色だけ聖女っぽくなくなりつつあるけど、どうにかなるでしょ。

胸まで上がってきた瘴気の冷たさに、いよいよだとナーヴを捜した。

視線を彷徨わせていると、よくみればわかりやすい場所に彼はいて。

ここから見える一番高い木の上、枝に腰かけてこっちを見ている。

(すっごい特等席で見ててくれたんだ、ナーヴ)

彼の指先が宙で動き始めたのが見える。

耳をくすぐるように、彼の声が聞こえた。

「準備完了。そろそろか?」

用事だけを示してくる彼の声に、頬をゆるめそうになる。

相手と連絡が取れる通信の魔法だという。

こうやって話をするのも、もうすぐ終わりになる。

「うん」

簡潔に、余計な会話はしないように。

「転送するから、上手いことやってくれ。……転送」

話しながら、彼が魔法を同時展開して一枚の紙を送ってきた。

『オープン』

手を使わず、呪文で紙を開く。いつもの光の魔方陣に、赤い文字が書かれている。

『顕現。――退魔の剣』

目の前に現れた剣に、ナーヴの光魔法が絡むように螺旋を描きつつ付与されている。

意識を剣に向けて、次の呪文を唱えた。

『不浄を滅し、次代へのつながりを断て。理を破壊せし者の思いを紡げ』

淡いピンクの魔力が、剣に吸い込まれていく。

何時間ほど経ったのかな。もうそろそろ夕暮れ時だ。

あたしを見上げる人の群れに、国王様を見つけて叫ぶ。

「――――王よ」

なるべく偉そうに、声を張って。

国王様の横にいる、多分魔術師だよね? 風魔法を使おうとしているのが、光の色でわかる。

「聖女、陽向。我に何用か」

落ち着きのある声に、心の中でごめんなさいと謝る。

「最後に文句が言いたくて、王に」

「文句、か。なんだ。申してみるがいい」

この会話はきっと他の人たちにも聞こえているのだろう。電話のスピーカー機能みたいに。

「この国の瘴気を、どうしてここで産まれても暮らしてもいなかった誰かに任せるんですか」

「それは、言われても仕方のないことだ。その言葉を、甘んじて受け入れよう」

「受け入れたって、変わらなきゃ結局また同じことがめぐりめぐるんでしょ? いい大人が人生で何も学ばなかっただなんて、言い訳にもなりませんが? 魔法も暮らしも、きっとすこしずついい方へと変化していったのでしょ? 学びがゼロのまま、時だけが過ぎたなんて思えない。あきらめた頃に現れた召喚にすがるのは勝手だけど、人が成長していった先で考える足を止めるのは違ったんじゃないですか? それとも対価を捧げるのが自分の体じゃないから、どうでもいい?」

「そんなつもりはなかった! ……なかったのだ」

「言い訳みたいな言葉はいりません。あなたは王です。この場所を、民を、命を守る義務がある。責任がある。一番上の人間が、一番安全な場所にいるだけで満足してどうするんですか!」

「…………そうだ。まごうことなき、王だ。だから……こそ、責任をもって聖女・陽向……お前を召喚することを選んだのだ」

「だーかーら、そればっかりが責任を果たすということにはなっていないでしょう? と言っているんです」

「わかってはいる」

「わかってるだけ、じゃないですか」

口調をワザとキツめにしていく。

こういう会話も、特にコミュ障気味だったあたしには相当の負荷がかかるんだよね。

頭のてっぺんが、太陽にあぶられているように熱く痛みだす。

「自分のことは自分でどうにかしなさいって、言われたことありません? それとも、王になる方々は、まわりが全部尻拭いしてくれるのが前提ですか?」

「そんなことはない。発言、行動……と、無責任にしてきたことはない」

低く重い声音で呟かれるそれは、国王様の本音だと感じられるモノで。

「でも、やっちゃったじゃないですか。こうやって、今回も」

「……ハッキリ言ってくれ」

あいまいに伝えたのに意味を察して、あたしの言葉を受け入れた決意を感じる。

(国王様。あとはよろしくお願いしますね)

心の中だけで、伝えない言葉を呟いた。


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