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今代の聖女の能力は 2
しおりを挟む一睡もできず、夜が消えていく空を横目にペンを取りつづけた。
六つの封筒。国王と、召喚にかかわったみんなへ。
それぞれに思うこと、今までのこと、浮かぶままペンを走らせた。
それと、一枚のメモ。
ナーヴへのお願いと、六つの封筒を彼に託す。
彼はこの願いを断らないでいてくれるはずだ。
瘴気という存在に、形は違えども振り回されたあたしたちだからこそ、同じ思いがあるから。
ドアの下の隙間から、いつものように差し込んで祈るように手を合わせる。
そして、彼には見えていないとしても、体を前に折って感謝の思いを込めた。
一言も発さず、何の思いも伝えないけれど。
踵を返し、着替えに戻る。
一歩踏みだした瞬間、ドアから「コンコンッ」と低く小さな音がして足を止めた。
起こしてしまったのかなと不安に思いつつ、その後を待つ。
ドアを挟んで、かすかに聞こえるいつもの不機嫌そうな声で。
「みてるから」
とだけ、ナーヴが言ったのがわかった。
返事はしない。
代わりに一回だけ、小さくノックをする。
きっとそれで伝わるだろう。
(最後に背中を押してくれてありがとう)
顔を上げ、部屋へと急ぐ。
与えられていたドレスの中で、一番きれいで、“それ”に染まると映えそうなものを決めていた。
頭の先がジクジクと痛みはじめ、その瞬間を知らせる。
ナーヴに準備してもらっていた魔方陣にあたしの名前を書き、呪文を唱える。
『テレポート』
魔方陣には浮遊の魔法も付与してもらってある。
『行き先を明確に指定してくれれば、出来なくもない』
ある日のメモに書かれていた、あたしからのお願いへの返事だ。
出来なくもないっていいながら、なんやかんやでやってくれちゃった。
カルナークは魔力の量もコントロールも多いと言っていたけれど、ナーヴは魔法のアレンジといわゆるコスパな魔法の使い方が巧いと思う。
部屋に引きこもっていた中で、いろいろ試したんだろうな。
それをひけらかすこともしないで、一番かかわりたくなかっただろうあたしに力を貸してくれた。
「空、キレイ」
いいながら遠くにある森の方へと目を向ければ、見覚えのある色合いのモヤであふれている。
あんなものは、存在ってはいけない。
普通になにも警戒せずに呼吸が出来るのが当たり前。
「息がしにくいって、嫌だもんね」
両手を胸の前で開いたまま合わせ、手のひらに熱を感じたタイミングで合わせた手を左右に開く。
手の小指側同士をくっつけた状態で、まっすぐ腕を伸ばして森の方へと向けた。
手のひらに魔方陣が二つ浮かんで、一つが手をすり抜けて手の甲側へ。
手の上下を挟むように、ナーヴの魔方陣が展開された。
その魔力に、個人練で得たあたしの魔力を吸い込ませる。
パチンと乾いた音の後に、その魔方陣が上下にドーム状にふくらんだ。
(……問題は、ここから)
なるべく早くこっちに移さなきゃいけない。
初動直後に瘴気の反応がにぶい可能性は考えていた。
時間がかかることを覚悟で、こんな朝から始めたんだ。
(今日で終わらせるんだ。こんなこと、もう二度とないように)
胸の中にある息をすべて吐き出すほどに、長く息を吐いてから。
『集え。不浄のものよ。その姿かたちを、我に預けよ』
あの本に唱えた言葉と同じ言語で、その呪文を呟いた。
魔力操作の訓練をしはじめて二週間くらいのころだったろうか。
それまでの聖女たちが行なってきたのだろう浄化までの日々が、夢に出てきた。
聞かされていた人数よりも一人少なかったのは、この国を滅ぼしてしまった聖女がいたからだ。
その時の光景もチラッとだけ夢で見た。
夢の中で浄化の際に使われていた言語は、元いた世界の英語。
スマホの中に入れていた翻訳アプリを使って、英文を作る。
英語は苦手だったけれど、あたしにしてはがんばった方じゃないのかな。
森だけじゃなく郊外にある村の方にまで瘴気のモヤが見えている。
その霞のようなものが、大きく空に弧を描きながらあたしへと近づいてくる。
魔方陣へと吸い込まれていく瘴気。
ドクンドクンと強く響いていく心臓。動揺してもキツクくても、呼吸を落ち着けなければ終われない。
「陽向ぁーーー!!!!」
遠くから声が聞こえはじめる。
ああ、やっと気づいてもらえた。この声は、カルナーク。
ちらりと横目でみて、また視線を瘴気の方へと戻す。
気づいて気づかなかったふり。既読スルーみたいで、胸が痛いや。
「ひな! ひーなぁああああっ!」
この声は、ジークだね。
声に魔力でも混ぜた? すぐ近くまで響いて聞こえたよ。
「陽向! 陽向ッ!」
アレックスだ。……声、張りがあっていい声だよね。
「ひな……?」
かすかに風に乗って聞こえた声は、シファルだよね。
視線を下げてシファルを見下ろす。
コミュ障仲間なシファルとの会話は、結構好きだったんだよ。あたし。
自然とあがる口角。
(本当は笑ってなんかいちゃダメなのにね)
視線を戻して、瘴気が集まりきるのをひたすら待つ。
体の奥に表現しがたい重さが溜まっていくのが感じられた。
頭痛がひどくなるけれど、発動までにはまだ時間が必要だ。
この作業は、何段階もを経て完成する。よく見ないとわからないような段階だけど、こっちの負担は結構なもの。長期戦にもほどがある。
つま先から足首まで冷えた感覚が纏わりはじめる。
膝まで来た時点で、次の呪文を唱える。
『不浄を拘束せよ。柵の契約、展開』
唱えたと同時に。
カチャリ。
両足首に、罪人を拘束するようなチェーンで二つがつながった枷が現れる。
(これから理をぶち壊すんだもの。この世界の人たちからすれば、憎むべき存在になれるよね?)
足首に触れる、中から感じる冷たさとは違うその冷たさに。
(ああ。なにかを護るって、こんなに胸が痛いんだね)
ガマンしていたはずの涙を、一粒こぼしていた。
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