【本編完結】「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。

ハル*

文字の大きさ
上 下
39 / 44

今代の聖女の能力は 2

しおりを挟む



一睡もできず、夜が消えていく空を横目にペンを取りつづけた。

六つの封筒。国王と、召喚にかかわったみんなへ。

それぞれに思うこと、今までのこと、浮かぶままペンを走らせた。

それと、一枚のメモ。

ナーヴへのお願いと、六つの封筒を彼に託す。

彼はこの願いを断らないでいてくれるはずだ。

瘴気という存在に、形は違えども振り回されたあたしたちだからこそ、同じ思いがあるから。

ドアの下の隙間から、いつものように差し込んで祈るように手を合わせる。

そして、彼には見えていないとしても、体を前に折って感謝の思いを込めた。

一言も発さず、何の思いも伝えないけれど。

踵を返し、着替えに戻る。

一歩踏みだした瞬間、ドアから「コンコンッ」と低く小さな音がして足を止めた。

起こしてしまったのかなと不安に思いつつ、その後を待つ。

ドアを挟んで、かすかに聞こえるいつもの不機嫌そうな声で。

「みてるから」

とだけ、ナーヴが言ったのがわかった。

返事はしない。

代わりに一回だけ、小さくノックをする。

きっとそれで伝わるだろう。

(最後に背中を押してくれてありがとう)

顔を上げ、部屋へと急ぐ。

与えられていたドレスの中で、一番きれいで、“それ”に染まると映えそうなものを決めていた。

頭の先がジクジクと痛みはじめ、その瞬間ときを知らせる。

ナーヴに準備してもらっていた魔方陣にあたしの名前を書き、呪文を唱える。

『テレポート』

魔方陣には浮遊の魔法も付与してもらってある。

『行き先を明確に指定してくれれば、出来なくもない』

ある日のメモに書かれていた、あたしからのお願いへの返事だ。

出来なくもないっていいながら、なんやかんやでやってくれちゃった。

カルナークは魔力の量もコントロールも多いと言っていたけれど、ナーヴは魔法のアレンジといわゆるコスパな魔法の使い方が巧いと思う。

部屋に引きこもっていた中で、いろいろ試したんだろうな。

それをひけらかすこともしないで、一番かかわりたくなかっただろうあたしに力を貸してくれた。

「空、キレイ」

いいながら遠くにある森の方へと目を向ければ、見覚えのある色合いのモヤであふれている。

あんなものは、存在ってはいけない。

普通になにも警戒せずに呼吸が出来るのが当たり前。

「息がしにくいって、嫌だもんね」

両手を胸の前で開いたまま合わせ、手のひらに熱を感じたタイミングで合わせた手を左右に開く。

手の小指側同士をくっつけた状態で、まっすぐ腕を伸ばして森の方へと向けた。

手のひらに魔方陣が二つ浮かんで、一つが手をすり抜けて手の甲側へ。

手の上下を挟むように、ナーヴの魔方陣が展開された。

その魔力に、個人練で得たあたしの魔力を吸い込ませる。

パチンと乾いた音の後に、その魔方陣が上下にドーム状にふくらんだ。

(……問題は、ここから)

なるべく早くこっちに移さなきゃいけない。

初動直後に瘴気の反応がにぶい可能性は考えていた。

時間がかかることを覚悟で、こんな朝から始めたんだ。

(今日で終わらせるんだ。こんなこと、もう二度とないように)

胸の中にある息をすべて吐き出すほどに、長く息を吐いてから。

『集え。不浄のものよ。その姿かたちを、我に預けよ』

あの本に唱えた言葉と同じ言語で、その呪文を呟いた。

魔力操作の訓練をしはじめて二週間くらいのころだったろうか。

それまでの聖女たちが行なってきたのだろう浄化までの日々が、夢に出てきた。

聞かされていた人数よりも一人少なかったのは、この国を滅ぼしてしまった聖女がいたからだ。

その時の光景もチラッとだけ夢で見た。

夢の中で浄化の際に使われていた言語は、元いた世界の英語。

スマホの中に入れていた翻訳アプリを使って、英文を作る。

英語は苦手だったけれど、あたしにしてはがんばった方じゃないのかな。

森だけじゃなく郊外にある村の方にまで瘴気のモヤが見えている。

その霞のようなものが、大きく空に弧を描きながらあたしへと近づいてくる。

魔方陣へと吸い込まれていく瘴気。

ドクンドクンと強く響いていく心臓。動揺してもキツクくても、呼吸を落ち着けなければ終われない。

「陽向ぁーーー!!!!」

遠くから声が聞こえはじめる。

ああ、やっと気づいてもらえた。この声は、カルナーク。

ちらりと横目でみて、また視線を瘴気の方へと戻す。

気づいて気づかなかったふり。既読スルーみたいで、胸が痛いや。

「ひな! ひーなぁああああっ!」

この声は、ジークだね。

声に魔力でも混ぜた? すぐ近くまで響いて聞こえたよ。

「陽向! 陽向ッ!」

アレックスだ。……声、張りがあっていい声だよね。

「ひな……?」

かすかに風に乗って聞こえた声は、シファルだよね。

視線を下げてシファルを見下ろす。

コミュ障仲間なシファルとの会話は、結構好きだったんだよ。あたし。

自然とあがる口角。

(本当は笑ってなんかいちゃダメなのにね)

視線を戻して、瘴気が集まりきるのをひたすら待つ。

体の奥に表現しがたい重さが溜まっていくのが感じられた。

頭痛がひどくなるけれど、発動までにはまだ時間が必要だ。

この作業は、何段階もを経て完成する。よく見ないとわからないような段階だけど、こっちの負担は結構なもの。長期戦にもほどがある。

つま先から足首まで冷えた感覚が纏わりはじめる。

膝まで来た時点で、次の呪文を唱える。

『不浄を拘束せよ。しがらみの契約、展開』

唱えたと同時に。

カチャリ。

両足首に、罪人を拘束するようなチェーンで二つがつながった枷が現れる。

(これからことわりをぶち壊すんだもの。この世界の人たちからすれば、憎むべき存在になれるよね?)

足首に触れる、中から感じる冷たさとは違うその冷たさに。

(ああ。なにかを護るって、こんなに胸が痛いんだね)

ガマンしていたはずの涙を、一粒こぼしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

処理中です...