【本編完結】「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。

ハル*

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今代の聖女の能力は 1

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多分、明日。

もう限界が近い、あたしの体。

スマホを開いて、お兄ちゃんたちの写真を見るけれど。

(これを開かなきゃ、顔が思い出せなくなっちゃった)

それが現実なんだと認めるしかなく、あたしがこんな状態なのなら、もしかしたら元の世界ではとっくに忘れられているんじゃないかと思えてきた。

……か、最初からいなかったことになっているか。

真っ暗な中、光のクマを手にバスルームへと向かう。

カンタンに汗を流して、バスタブに体を沈めていく。

お湯に一緒に浸かっても消えないクマは、最近の夜のお風呂仲間。

バスルームの、高めの位置にある窓。

そこから見慣れてきた大きな月が見える。

山みたいだなって最初に思ったっけな。

(アレがもう、3か月前の話か。あっという間だ)

バスタブのへりにクマを配置して、ぼんやりした明かりの中でゆっくり温まる。

明日は、あたしの16回目の誕生日。

16になる前にどうにかなるんじゃないかって思っていたけど、無事に16になれそう。

あたしの髪はてっぺんの部分だけ黒くなってきているけれど、その後は範囲拡大しないでおさまっている。

おさまってはいるものの、実情はかなりキツイ状況で。

何色目かわからない黒を経て、今は漆黒に近い色まで深くなってしまった。

あたしの髪の黒は、ナーヴが予想しているだろう最悪なモノを吸い取っている。

だから、ナーヴは近づくと息苦しくなる。触れるのも危険だ。

元々、瘴気というものは物理的な穢れ=公害みたいなものと、人の心に巣くう邪なものが変化したモノらしい。

色が深くなった原因には、あたし自身の過度なストレスが相乗効果を与えてしまっていたのがそれにあたるよう。

ストレスは、いっぱいだよね。うん。

そもそも、だよ。

こっちの世界か国か知らないけど、そこの都合でよそからあたしを拉致ってきて。

そうして、やれませんとは言えない状況をお膳立てして、食事や生活環境の違いにストレスかからない方がおかしいでしょ?

何回思い出しても、後の祭りとはいえ自分勝手すぎるシステムだ。

「あたしの人生返せ」なーんて怒ってよかったのかな? もしかして。

(でも、あの時のあたしには、怒るとかどうとかまで頭が回らなかったもんね)

髪色とカラコンについて相談することは出来ても、「やっぱり断ります!」って言えなかった。

瘴気は溜まる一方だったし、次の召喚なんてあらゆる意味で無理な話だったっけ。

自分のことばかり考えて生きられていたら、元いた世界でもここでも息苦しくなくいられたの?

でも、そればかりの偏った自分になって、自分を誇れたの? 許せたの?

通り過ぎた日々を振り返っても、何も得られるものなんかないのに、後悔ばかり。

「……クマ。お前は可愛いね」

あたたかさをくれるものを、指先でなぞる。

ナーヴに頼んだ剣の準備も持ち歩く時のコンパクト化も、光魔法の発動時間についても問題なく。

その剣を用意してもらい、その場で光魔法を付与してもらい、更にあたしが浄化の魔法を追加付与する。

浄化用の退魔の剣は、今回でいえばナーヴの光魔法が発動してからどれくらいで使用するかが肝になっている。

鮮度が大事! みたいなものっていうのが、イマイチわからないよ。

浄化の時には、瘴気を1か所に集められるだけ集めた方がいい。

そして。

「その的は、小さければ小さいほどいい」

声に出し、耳に入れ、バスルームの鏡にぼんやり映っている自分の姿を見つめる。

「小さいほどいいんだ」

繰り返し言葉にして、両手を固く握った。

これまでの聖女たちのあれやこれやが、知識として脳内にしっかり存在している。

ちゃんと浄化した聖女たちの意識で、共通していたことが一つあった。

『迷うな。迷えば、(瘴気を)逃し、周期が早まるであろう。被害は最小限に。それが、聖女』

被害は最小限にというのは、生け贄の子どもたちも同等だとあたしは思っていて。

今回の浄化では、そこの問題もどうにかしようと思っていた。

二度と悲しい思いをする親子がいませんように。

生きるために、一緒に歩むために産めますようにと、強く願う。

明日の朝になってから、一番にナーヴくんへ手紙を置いてくるつもり。

浄化の時間を知らせるのは、彼にだけ。

その場所も彼にしか教えない。

ほっといても、きっとみんなは出てくるでしょうから、見せるべきものを見せられると思っている。

根回しをした日の翌日、ジークに作った玉子焼きはキレイに焼けて、なんでか泣きながら食べていた。

カルナークにはクッキーをいっぱい作って、シファルくんには薬草に見立てたしおりを作って。

アレックスにはジークとは別で、サンドウィッチを作って差し入れた。

もったいないから食べないとか言い出して、「保護魔法をかけてもらって飾っておこう」とか騒いでいたらジークに殴られていたっけ。

ナーヴには、リュックに入っていたソーイングセットを使って、あのクマのようなマスコットを。

まだ渡せていないんだけどね、ナーヴだけ。

ナーヴがくれた光のクマが、きっと進行をすこしだけ抑えてくれていたんだと思っているからね。

大事な思い出のカタチだよ。

バスタブを出て、いつものように裸で部屋に戻って。

下着をクローゼットから取り出し着替え、パジャマがわりを着もしないで開けっぱなしのカーテンをそのままに、遠くの月を眺める。

大きさは違うけれど、それでも月はいつも穏やかにあたしを見守ってくれていると思っているんだ。

(柊也兄ちゃん。お願い。――――勇気を分けて)

窓ガラスに手のひらをあてて、まっすぐに月を眺め続ける。

ひんやりした窓ガラスの温度が、気持ちいい。

「クマ? あたし、16になったよ」

そういって、触れられないのにクマの頭にキスをして。

「ハッピーバースディ、陽向」

窓ガラスに映り込む自分へと笑いかけた。



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