【本編完結】「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。

ハル*

文字の大きさ
上 下
36 / 44

抱えられるもの、抱えられないこと 7

しおりを挟む



~アレックス視点~


シファルと手をつないで、ジークの部屋に来た二人。

(お兄ちゃんは、そんなこと滅多にしていないのに!)

と内心、嫉妬して、シファルを睨みつける。

二人からの話は、陽向が禁書庫に行きたいという話で。

「これまでの聖女について書かれている本が、もしかしたらあるんじゃないかって」

この陽向の言葉を憶えておけばよかったと後悔するのは、数日先のこと。

建国史以外に普通の書庫にはないはずだと思い出し、小さくうなってからおぼろげな記憶を引っ張り出す。

「ああ、まあ。そうだな。確か、代々の聖女が浄化してきた方法についても書かれていた文献が確か」

といいながらジークへと視線を向ければ、ジークは驚いた表情で陽向を見つめている。

「……あるよ、確かに。でも貸し出しは出来ない。あの場所は……持ち出し禁止の本がある場所だから」

いつもよりも低めのトーンで、そう返す。

鑑定でもしたのか? ずっと陽向から視線が動かない。

「俺が一緒に行こう。同伴者ありだと、閲覧は可能だ。ましてや陽向が読むのなら、立場的に問題がないだろう」

ジークの肩を指先でトントンとして、鍵をよこせと示す俺。

「後で返しに来てね、ひな」

机の引き出しの裏側が二枚底になっていて、角度によってはそんなとこをいじっている風には見えないはずだ。

「閲覧のみで、メモを取るのも禁止になっているから」

と陽向に言っているようなその台詞の後に、「?」と違和感がある言葉をつけたジーク。

「…………気をつけてね」

なにを、だ? なにに、だ?

視線だけは俺に一瞬だけ向けて、顔は陽向に向けたままで。

「シファルは部屋に戻って、アレクはひなと一緒に部屋を出て? 俺もこの後は忙しいから」

俺たち3人にヒラヒラと手を振って、さっさと出ていけと追い出したジーク。

いや、確かにジークの部屋だけどな?

シファルと廊下の途中で分かれ、陽向と禁書庫の場所へと向かう。

行くのにも、ある手順通りに進まなければとたどり着けないシステムだ。

無駄な行き方にみえて、実はちゃんとその道をなぞっている。

俺が腰につけている懐中時計のリューズに仕掛けられた魔石が、行くとこ行くとこを記憶しているんだ。

これは王族でなければ持てないモノだ。

そんな話まで陽向に明かすわけにはいかないので、どうやって行けているかは秘密だ。

城の中をグルグル回って、たどり着いたいつもの書庫。

「……へ」

禁書庫ではない書庫に、陽向が驚きを隠せなくなっている。

半べそをかき、眉尻を下げ、今にも泣きだしそうになった。

「大丈夫だ。この後、ちゃんとたどり着くから」

そう言いながら、陽向の背中に腕を回して部屋へと誘った。

本棚に向かい、決められた手順で本を取り出しては戻していく。

戻した時に、かすかにカチャリという音がしたら正解だ。

15冊の本を出し入れし、最後に陽向が最初に読んでいた建国史を手に取ってすこしだけ奥へと差し込む。

ガチャンと響く音の後に、本棚全体が光を帯びる。

いつ見てもキレイな光景だ。

建国史の前。最後の本の背表紙に、俺の指先をあてて魔力を込める。

静かに本棚が横にズレて、本棚一つ分の空間が現れた。

本は、これまでの国王に関係がある物を登録し、代替わりされた時には一冊追加するという仕組みだ。

ただ書庫に来ただけで、この仕組みは作動しない。

本棚の裏の方へと、陽向をエスコートする。

――――ドアを開き、禁書庫へ。

陽向が息を飲んだ気配がした。

本のすべてに、本と本棚をつなぐ鎖が光っている。淡いグリーンの魔法の鎖だ。

湿気ないようにと、風魔法を仕込んであると聞いたことがある。

「聖女について、だったよな」

入り口から入れずに立ち止まっている陽向に声をかけ、「あ、うん」と戸惑ったような返事に頭をポンポンしてやる。

兄としての特権ぽくていい。

「そっちに座っているといい。今持ってくる」

記憶の中の本の位置をなんとか思い出しながら、二冊ほど持っていく。

陽向が読んでいる間は、俺も久々に滅多に読めない本を流し読む。

どれくらいの時間が経過したのか、読書自体が苦手だからか飽きてきてしまう。

兄として、要・改善なところかもしれない。

陽向はよく読書をしている。カルナークから借りた本も、かなりの冊数読んだと聞いている。

パタンと本を閉じる音がして、これで終わりだなと思った時。

「もう一冊、いい?」

そう言って、俺の返事を待つでもなくある本棚へと向かった。

陽向はこの場所もここにある本も初めてのものばかりのはずなのに、と首をかしげる。

なんて思ったのに、陽向は読書家だから興味がわく本があったに違いないと、安易なことへと思考をスライドさせてしまった。

「読みたい本があったら、読んでいい。俺はあっちでウトウトしてくる」

「……うん。ありがとう」

この部屋は外から見えないようになっているけれど、禁書庫側からは普通に窓がある至って普通の部屋の造りになっているんだ。

窓際のあがりに腰かけて、窓枠に体を預けてすこしの仮眠をとる。

「この本があの夢の中に出てきた……」

陽向が手にした本は、俺たちが開けば表紙だけの白紙の本。印刷を忘れたのかと思えるような一冊だ。

『遠き場所からいざなわれし聖女の心を、いざ紐解かん』

俺たちには聞き取れない言語で、呪文を唱えれば。

文字が浮かび上がり、陽向のオデコに吸い込まれるように消えていった。

頭を使い疲れた脳を、眠って癒していた俺。何があったのかなんて、知ることもなく。

本を閉じ、俺を揺り起こした陽向が「終わったよ」とかけてきた声の本当の意味も知らないで。

「そうか。読みたい本は読めたのか?」

とかなんとか兄のそれっぽい感じで声をかけると、短く「うん」と返すだけの陽向。

「それじゃあ、鍵を返しに行こうか」

手を差し出してエスコートをしようとした俺に、陽向はゆるく首を振った。

「鍵の返却、お願いしてもいいかな? アレックス」

可愛い笑顔でそんなことお願いされちゃ、任せろとばかりに胸を叩くばかりだ。

ジークが陽向に「返しに来てね」と告げたことなど、すっかり頭から抜けていた。

「どこか行くのか?」

行き先をたずねれば、カルナークのところに用があるという。

「訓練について話したいことがあってね」

訓練も佳境に入っていると耳にしている。打ち合わせは大事だ。

「それじゃあ、夕食にまた」

小さく手を振る仕草が、小動物のようで愛らしい。

「またな」

真似をして振り返す俺の姿を、クスクス笑って見送る陽向。

次を約束する言葉が、何度も胸にあたたかなモノを灯らせる。

浄化のタイミングは、まだ伝えられていない。

ナーヴが隔離される段階になる前に、どうにか浄化が出来ればと思う反面。

(それが終わったら、陽向はこれまでの聖女たちのようになるのか?)

思い返す。

過去の聖女たちは、選ばれた5人の誰かと添い遂げてきたということを。

力を使ったことで早くに亡くなった者もいたが、王城に留まったのがほとんどだ。

浄化が終われば、今度はまた100年後に向けて命をつないでいく。それが俺たちの務めでもある。

聖女に選ばれるのが誰なのかは、その時々の選抜方法で誰かが優位に立つ。

陽向がウエディングドレスを着て、誰かと誓いのキスをする。

(誰かが。陽向と。……誰か、が。誰だ?)

「……ダメだ。俺は許さん」

妄想して、お兄ちゃんポジションを抜けられない俺は、誰もを許せる気がしなく。

「陽向の結婚相手は、俺が選ぶ」

なんて、馬鹿げたことを呟きながらジークの元へと急いだ。

陽向の身に起きはじめたことなんて、何一つ知らずに。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

処理中です...