【本編完結】「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。

ハル*

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抱えられるもの、抱えられないこと 5

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~ジークムント視点~


いつものようにいつもの朝のつもりで、天気がいいななんて思いながら廊下を歩いてた。

それだけのはずが、向こうから来る気配に反射的に「鑑定」と唱えていた。

廊下の角を曲がってきたのは、いつも笑顔のあの子。

「ひ……」

な、と続けられなくなった。

ゴクンと生唾を飲む。

鑑定の呪文ははじき返されていないけど、代わりにいろんな問題が起きていた。

残り三か月と書かれていた『未来』の項目の、残り日数が予想よりも早まっている。

ぐしゃぐしゃに塗り潰されて見られない場所が、一か所だったのに。

(なんでこんなに増えてんだよ)

使える魔法属性と魔法名の項目も、ほとんど見れなくなっている。

魔力の量だってちゃんと数値化されていたのに、こっちに至っては文字が薄くなっていて視認化されなくなっている。

そして、真っ赤な文字で神経衰弱(Max)と警告を示すレベルが目に入る。

目の前にいるひなは笑ってる。いつも見る、ふにゃりとした笑顔で。

「お腹空いたな」

「あ、そうだな」

「ジークは玉子料理って好き?」

唐突に聞かれる食事の好み。

「ん、好きな方じゃないかな」

ぎこちなくならないようにしているのに、顔の筋肉がうまく動いている気がしない。

並んで歩き、顔を見られないように角度を調整する。

ポーカーフェイスの俺が、こんなに動揺を隠せない。状態もそうだけど、ひなのことだから余計に。

「あたしがいた場所でね、玉子焼きっていう料理があるんだ。今度作ったら、食べてくれる?」

思ってもいない言葉が聞こえたような気がするんだけど。

「今、何て言ったの?」

ぎこちなく笑いかけると、ものすごくいい笑顔で「作ったの食べてね」なんて言うんだ。

「え、あー…みんなに作るんでしょ? きっとみんな喜ぶよ。うん……。俺も楽しみぃ…」

語尾が力なく声のトーンが落ちていく。

隣を歩いていたひなの足音が止まって、振り返れば俺を見上げる不思議な視線と重なった。

「ひな……?」

鑑定してみようか、様子がおかしいし。

「――見ないで、もぉ」

ひなにしては低く、抑えた声で呟かれたそれは。

「鑑定の、こと?」

確かめずにはいられないことで。

「見なくていいから。なにも見ないで! 気づかないでいて!」

唇が震えて泣き出しそうなのに、笑おうとするんだ。

ひなの気持ちを優先してあげなきゃいけないことをわかっているのに、それは悪手だと何かが警告している。

鑑定のそれじゃない。俺の心が、引き留める。

そうだ。ひなが見せてくれた辞書にあったじゃないか。

“後ろ髪を引かれる”だ。

きっと後悔すると予感している。だから俺は、らしくないことをしよう。

(あーあ、これじゃ逆になったじゃん。やっぱ)

ひなを抱きしめて、髪を撫でて。

(落ちちゃったのは、やっぱ俺だ)

恋に落ちてしまった。「俺に落ちてね」って言っておいて。

数多の貴族のご令嬢を見もしない俺が。人のことなんか、気にかけてきたことないくせに。

抱きしめたひなの頭が、俺のあごの下にある。

髪が伸びてきちゃったと困った顔をしていた、その髪色は黒。

金髪じゃなくっても可愛いし、愛おしい。

心が動く方へと、その黒髪に口づけようとした刹那。

わずかに感じた反発のような感覚。黒髪の、その場所だけに。

ひなにバレないようにと、その小さなエリアだけの鑑定をする。

『闇属性(特級)』

ゴクッと生唾を飲み込む。

混乱してきた。そんなわけないのに、ここだけに闇属性が? ひなが持っている属性と反発する属性だろう?

「ジーク……苦しいよ」

気づかないうちに抱きしめる腕に力がこもっていたよう。

「ごめんねぇ」

と、いつもの俺っぽく返して腕の力を抜けば、胸元で顔を上げてまっすぐに見上げてくるひなの視線とぶつかる。

「ね。食べてくれる……でしょ? 玉子焼き」

声が弱々しい。

見えなくなったステータスのように、腕の中のひなが今にも消えてしまいそうだ。

(ひなより先に、俺が泣きそう)

めったに泣くことなんかないから、泣くのを堪える方法がわからない。

「甘いのとしょっぱいの、どっちが好き?」

泣きそうな俺を見ないふりして、ひなは話を続けていく。

「特別甘くしてくれる?」

いつものように甘く囁くようにして、また腕の中におさめて。

「楽しみにしてる」

って、明るく返してさ。

ひなの体温を肌で感じて、指先で服の裾をつまんで。

“ここにいる”と、体感せずにはいられなかった。

『未来』の項目に書かれていた、ひなに残された日数は5日から10日間。

何かがあれば5日でひなはどうにかなってしまう。

体も心も消えてしまうのか、体だけなのか、何一つ情報がない。

消えないでと願う想いと、浄化を懇願する気持ちは、どうして同じ場所に在るのだろうな。

悪手を選びたくないのに、ひなを優先してやりたくなる。ブレる心を抑えられない。

聖女の代わりは存在しないなんて、相当昔に誰かが決めつけたんじゃないのか?

どうしてそれ以外の方法を考えずに来たんだ、ここまで。

人も魔法も国も進化し、発展していく。

本来であれば、ひなに対して自分たちの立場を名乗るべきところを、名乗れば浄化が達成されないという理由で口を噤んできた。

過去に名乗ったことによって、王族と結婚できると願った聖女が訓練もせず、なにもかもをなかったことにした。

「浄化なんかしなくても幸せになれる」と聖女本人だけの願望が優先された。

国は滅びかけ、そこから一から国を興しなおしたのが確か5代目の国王だったはず。

それ以降は詳しい立場を明かすことなく、互いに謙虚に支え合い浄化を願う関係であろうとしてきた。

立場関係なく付き合える利点があるとからと、別にいいかという意見もあったので、大した考えずに。

聖女側も、言葉づかいだとかを気づかわなくていいと概ね好評だったと記録に残っている。

立場は、責任だ。

俺たちはそれぞれに王位継承権がある者や、宰相候補予定だった者や、魔法師団長候補だったりする。

瘴気が発見された年から5年以内に聖女召喚にかかわる人選を行い、それをサポートしていく準備をする。

召喚された聖女によって、浄化の方法は様々。

魔力の暴走があった場合に備え、それをサポート可能な人間を一人入れること。

今回でいえば、カルナークがその担当になっている。

やらかしから始まったとはいえ、結果的に収まるべき場所に収まったと言っていい。

ナーヴは瘴気耐性がないせいで、ほぼ役目らしいものが与えられることがなくなってしまった。

他の候補をという話もあったが、ここまで来て教育を一からというのも無理がある。

役に立てないからとこぼして、部屋に引きこもっている方が多いナーヴ。

ひなは魔力を感知できるようになったみたいで、さっきの鑑定にもそれが書かれていた。

(本当に浄化はすぐそこなんだな)

「いつ作ってくれるの?」

話の続きをして、腕を解き、肩を抱きながら並んでまた歩き出す。

こんな風に未来も一緒に歩いて行けたらいいのにとか思いつつ。

「じゃあ、明日!」

明るい声に視線を真横に向けると、ひなの表情が見たことがないものになっていて。

(絵画で見たことがある、空から降りてくる天使みたいに穏やかな顔だ)

すこし大人びて見えたひなから、目をそらした。



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