【本編完結】「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。

ハル*

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抱えられるもの、抱えられないこと 4

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ナーヴくんが宙に文字を書く。あの日のように。

それをくるりと円を描くように引っ張ると、見慣れた形になっていく。

――――魔方陣だ。

ナーヴくんの魔法は、光属性。浄化にと言われている、聖属性とは少し違うらしい。

カルナークとは違う魔力の扱い方に、最初は戸惑ったっけ。

宙に浮かぶ魔方陣の中心に左手の人差し指をあて、右手で指をパチンと鳴らす。

静かな部屋に響く、よく通る音だ。

指を鳴らした瞬間に、魔方陣が部屋中に霧散していく。

キラキラした光は、程なくして消えてしまう。

「……これで、カルナークの魔法を妨害できてるはずだから」

ふんと鼻を鳴らして、さっきまで泣きじゃくっていた人と同一人物と思えないほどに偉そうだ。

「すごいね。そんなこと出来るの?」

互いの体の状態のことがあるから、少し距離を置いて話をする。

あたしが聞いたそれに対して彼が答えたのは「必要だったから」とだけ。

必要だったから、か。

「ナーヴくんっぽいね」

クスクス笑ってしまうあたしに、耳を赤くしたナーヴくんが「チッ」と舌打ちしたのが聞こえた。

「お前、さ」

頭をかきつつ、あたしを呼ぶ。

ん? という感じで首をかしげると「許可する」と謎の言葉が続く。

「へ」

主語は何? 主語は。カッコ書きでもあるの? その中身は何だろう?

言葉の続きを待つけれど、なかなかカッコ書きの中身が聞こえてこない。

焦れて「なんの?」とだけ聞き返す。

そっぽを向かれ、立ったままの二人がそこにいて。

あまりにも長いので、魔石をあてるとお湯が沸くティーポットでお茶を淹れて。

「よかったら飲んでね」

と、長期戦覚悟で紅茶を差し出した。

あたしもベッドの方で、紅茶に口をつける。

(本当に長いなぁ。そのうち誰か部屋に来ちゃうかもしれないのに)

暇な時間を持て余して、窓から外を眺めてみたり。

「そろそろ朝ごはんかな?」

なんて話しかけたタイミングで、声がかぶった。

「ナーヴって呼べばいい」

今までよりも距離が縮まる、魔法の言葉だ。

「うっ……うん!」

やった、嬉しい。

「じゃあさっ、あたしのことも陽向とかひなとか好きに呼んでくれてもい……」

いいんだよ、と言いかけた言葉を遮って「言わない」とハッキリとした口調で告げられる。

「……え」

距離が縮まったって喜んだ次の瞬間に、近づくなと言われたみたい。

正直凹む。

ツンデレですか、これが。

はあ…とため息をつけば、顔をしかめながら呟く。

「情が移るみたいなのは、ヤなんだよ」

って。

じゃあなんで、あたしには呼んでいいって言ったのよ。

言われたばかりの言葉を噛みしめて、飲み込んで、また噛みしめて。

顔をそむけたまま立っているナーヴくん改めナーヴに、思ったことをそのまま伝える。

「ナーヴって、優しいのか優しくないのかわかんないよ。…今、すごく酷いこと言ったの、わかってて言ったでしょ?」

ナーヴの肩が揺れて、視線だけあたしへと向けてくる。

バツが悪そうな彼に、「嫌いなら嫌いって言えばいいのに」と胸の中の重たさを吐き出す。

今後のことがあるから、相手に情を移したくない気持ちは理解できなくはないよ。

でも、あたしには“俺に情を移してくれ”って言っているように聞こえちゃったんだよ。

それは、ツラさを測るものがあったなら、あたしの方がツラさを持て余すようになるのだろう。

わかってるんだよ? その瞬間ときを迎えたら、心残りにもつは少ない方が身軽なんだってことを。

心地いいとさえ思える場所に、わずかでも残りたいと思ってしまえば。

「わかってるから。その日までに、ちゃんと捨てるから」

消える勇気が一瞬でこの手を離れてしまうと、知ってる。

「ちゃんと叶える。みんなの願い。異世界から来たあたしじゃないと、たくさんの人が悲しくなるって……知ってる、よ」

泣くな。

泣くな、あたし。

元いた世界で出せなかった勇気を、今こそ出すんだ。

(あの日、柊也兄ちゃんに髪を切ってとお願いした時のように)

声が震えても、笑え。

「ナーヴにお願いしたいことあったんだ、そういえば」

目標が果たせたら、その時に頼もうと思っていたことを思い出す。

電子メモパッドを取り出して、下手くそなりにイラストを描く。

剣を描き、そのまわりにキラキラした模様を描いて。剣に向けた矢印と、文字を書き込む。

ナーヴのそばにあるテーブルに置き、「わかるかな?」と指さす。

数歩先のテーブルに近づき、それを見て「ぷっ」と笑うのが聞こえた。

ジークに笑われたのを思い出しちゃうけど、あれは二度とやってないからノーカウント扱いで。

「それくらいの剣に、ナーヴの光魔法を纏わせるというか螺旋状に絡めるように包むことって出来るもの?」

そう聞けば「出来なくはない」と難しい顔をして言う。

「出来るんだよね?」

険しい顔つきなので、言ってることと逆なのかと確かめてみる。

「出来なくはない。でも、これをどうするつもりなんだよ」

と、あごに手をあてながら、難しい顔のままだ。

「もしも付与するとして、最速で何分必要か教えておいてほしい」

「は?」

「それと、剣を短剣に縮めて携帯する方法はない?」

「あぁ?」

「それと、もうひとつ。ナーヴだから頼みたいことがあるの」

「待て待て。お前、何をどうするつもりでそんな話をしてきてる?」

「あのね」

「話を聞けって」

「聞かない」

「聞けよ」

「嫌だよ」

メモパッドの話の段階じゃ、穏やかに話し始めていたはずのあたし。

急に早口で、ナーヴにおかまいなしで話を進めようとしているんだもの。

なんなんだよって思うよね、きっと。

「聞けない。さっき、ナーヴがあたしにしたことへの仕返し…だもん」

手をヒラヒラ振って、クローゼットへと向かう。

淡いグリーンのワンピースを手にして、ナーヴに声をかけた。

「着替え、見ていくの?」

なんて。

「……っっ!!!」

振り返らなくても真っ赤になっているのがわかる。息を飲んだのが、かすかに聞こえたから。

バタンと音を立てて閉められたドア。

きっとこれがあたしとナーヴの距離だ。

ドア一枚隔てただけで、たまらなく遠く感じるほどの距離。

「ごめんね…………ナーヴ」

届かない謝罪を呟き、ワンピースに袖を通す。

「朝食食べてこなきゃ」

唇を噛み、顔を上げる。

きっとね、あたしもナーヴも残酷なんだよ。そういうことが出来ちゃう人だったんだね。

「は……あ」

息苦しい。ツライ。喉の奥がぎゅっと絞まる感覚に、もっと唇を噛む。

泣くな。

奥歯を食いしばっても、泣きそうな顔を見せるな。

それが、この世界でこの国で出逢った人たちに出来る贈り物の一つなんだから。

返せるものも贈れるものも、数少ないあたしからの唯一になるはず。

廊下で偶然会ったジークに、「おはよ」っていつものように笑いかける。

笑えているよね? と、自分に問いかけながら。



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