上 下
33 / 44

抱えられるもの、抱えられないこと 4

しおりを挟む





ナーヴくんが宙に文字を書く。あの日のように。

それをくるりと円を描くように引っ張ると、見慣れた形になっていく。

――――魔方陣だ。

ナーヴくんの魔法は、光属性。浄化にと言われている、聖属性とは少し違うらしい。

カルナークとは違う魔力の扱い方に、最初は戸惑ったっけ。

宙に浮かぶ魔方陣の中心に左手の人差し指をあて、右手で指をパチンと鳴らす。

静かな部屋に響く、よく通る音だ。

指を鳴らした瞬間に、魔方陣が部屋中に霧散していく。

キラキラした光は、程なくして消えてしまう。

「……これで、カルナークの魔法を妨害できてるはずだから」

ふんと鼻を鳴らして、さっきまで泣きじゃくっていた人と同一人物と思えないほどに偉そうだ。

「すごいね。そんなこと出来るの?」

互いの体の状態のことがあるから、少し距離を置いて話をする。

あたしが聞いたそれに対して彼が答えたのは「必要だったから」とだけ。

必要だったから、か。

「ナーヴくんっぽいね」

クスクス笑ってしまうあたしに、耳を赤くしたナーヴくんが「チッ」と舌打ちしたのが聞こえた。

「お前、さ」

頭をかきつつ、あたしを呼ぶ。

ん? という感じで首をかしげると「許可する」と謎の言葉が続く。

「へ」

主語は何? 主語は。カッコ書きでもあるの? その中身は何だろう?

言葉の続きを待つけれど、なかなかカッコ書きの中身が聞こえてこない。

焦れて「なんの?」とだけ聞き返す。

そっぽを向かれ、立ったままの二人がそこにいて。

あまりにも長いので、魔石をあてるとお湯が沸くティーポットでお茶を淹れて。

「よかったら飲んでね」

と、長期戦覚悟で紅茶を差し出した。

あたしもベッドの方で、紅茶に口をつける。

(本当に長いなぁ。そのうち誰か部屋に来ちゃうかもしれないのに)

暇な時間を持て余して、窓から外を眺めてみたり。

「そろそろ朝ごはんかな?」

なんて話しかけたタイミングで、声がかぶった。

「ナーヴって呼べばいい」

今までよりも距離が縮まる、魔法の言葉だ。

「うっ……うん!」

やった、嬉しい。

「じゃあさっ、あたしのことも陽向とかひなとか好きに呼んでくれてもい……」

いいんだよ、と言いかけた言葉を遮って「言わない」とハッキリとした口調で告げられる。

「……え」

距離が縮まったって喜んだ次の瞬間に、近づくなと言われたみたい。

正直凹む。

ツンデレですか、これが。

はあ…とため息をつけば、顔をしかめながら呟く。

「情が移るみたいなのは、ヤなんだよ」

って。

じゃあなんで、あたしには呼んでいいって言ったのよ。

言われたばかりの言葉を噛みしめて、飲み込んで、また噛みしめて。

顔をそむけたまま立っているナーヴくん改めナーヴに、思ったことをそのまま伝える。

「ナーヴって、優しいのか優しくないのかわかんないよ。…今、すごく酷いこと言ったの、わかってて言ったでしょ?」

ナーヴの肩が揺れて、視線だけあたしへと向けてくる。

バツが悪そうな彼に、「嫌いなら嫌いって言えばいいのに」と胸の中の重たさを吐き出す。

今後のことがあるから、相手に情を移したくない気持ちは理解できなくはないよ。

でも、あたしには“俺に情を移してくれ”って言っているように聞こえちゃったんだよ。

それは、ツラさを測るものがあったなら、あたしの方がツラさを持て余すようになるのだろう。

わかってるんだよ? その瞬間ときを迎えたら、心残りにもつは少ない方が身軽なんだってことを。

心地いいとさえ思える場所に、わずかでも残りたいと思ってしまえば。

「わかってるから。その日までに、ちゃんと捨てるから」

消える勇気が一瞬でこの手を離れてしまうと、知ってる。

「ちゃんと叶える。みんなの願い。異世界から来たあたしじゃないと、たくさんの人が悲しくなるって……知ってる、よ」

泣くな。

泣くな、あたし。

元いた世界で出せなかった勇気を、今こそ出すんだ。

(あの日、柊也兄ちゃんに髪を切ってとお願いした時のように)

声が震えても、笑え。

「ナーヴにお願いしたいことあったんだ、そういえば」

目標が果たせたら、その時に頼もうと思っていたことを思い出す。

電子メモパッドを取り出して、下手くそなりにイラストを描く。

剣を描き、そのまわりにキラキラした模様を描いて。剣に向けた矢印と、文字を書き込む。

ナーヴのそばにあるテーブルに置き、「わかるかな?」と指さす。

数歩先のテーブルに近づき、それを見て「ぷっ」と笑うのが聞こえた。

ジークに笑われたのを思い出しちゃうけど、あれは二度とやってないからノーカウント扱いで。

「それくらいの剣に、ナーヴの光魔法を纏わせるというか螺旋状に絡めるように包むことって出来るもの?」

そう聞けば「出来なくはない」と難しい顔をして言う。

「出来るんだよね?」

険しい顔つきなので、言ってることと逆なのかと確かめてみる。

「出来なくはない。でも、これをどうするつもりなんだよ」

と、あごに手をあてながら、難しい顔のままだ。

「もしも付与するとして、最速で何分必要か教えておいてほしい」

「は?」

「それと、剣を短剣に縮めて携帯する方法はない?」

「あぁ?」

「それと、もうひとつ。ナーヴだから頼みたいことがあるの」

「待て待て。お前、何をどうするつもりでそんな話をしてきてる?」

「あのね」

「話を聞けって」

「聞かない」

「聞けよ」

「嫌だよ」

メモパッドの話の段階じゃ、穏やかに話し始めていたはずのあたし。

急に早口で、ナーヴにおかまいなしで話を進めようとしているんだもの。

なんなんだよって思うよね、きっと。

「聞けない。さっき、ナーヴがあたしにしたことへの仕返し…だもん」

手をヒラヒラ振って、クローゼットへと向かう。

淡いグリーンのワンピースを手にして、ナーヴに声をかけた。

「着替え、見ていくの?」

なんて。

「……っっ!!!」

振り返らなくても真っ赤になっているのがわかる。息を飲んだのが、かすかに聞こえたから。

バタンと音を立てて閉められたドア。

きっとこれがあたしとナーヴの距離だ。

ドア一枚隔てただけで、たまらなく遠く感じるほどの距離。

「ごめんね…………ナーヴ」

届かない謝罪を呟き、ワンピースに袖を通す。

「朝食食べてこなきゃ」

唇を噛み、顔を上げる。

きっとね、あたしもナーヴも残酷なんだよ。そういうことが出来ちゃう人だったんだね。

「は……あ」

息苦しい。ツライ。喉の奥がぎゅっと絞まる感覚に、もっと唇を噛む。

泣くな。

奥歯を食いしばっても、泣きそうな顔を見せるな。

それが、この世界でこの国で出逢った人たちに出来る贈り物の一つなんだから。

返せるものも贈れるものも、数少ないあたしからの唯一になるはず。

廊下で偶然会ったジークに、「おはよ」っていつものように笑いかける。

笑えているよね? と、自分に問いかけながら。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...