25 / 44
聖女は、誰が為に在る? 9
しおりを挟む隣のブランコを指さして「おとなり、空いてる?」とか聞いてくる柊也兄ちゃん。
「空いてるじゃん」
おかしなことを言ってくるんだから……と、思わず笑みがこぼれる。
キイッと小さな金属音が鳴り、隣のブランコが揺れた。
「すんごいいい匂いするんだけど」
そうして指さす、お好み焼きが入ったレジ袋。
「お兄ちゃんにって思って」
と言ったのに、あたしの手から袋を奪って。
「もーらい」
おもむろに袋からお好み焼きを取り出してしまう。
「ダメだよ。お土産なんだから!」
あわてて取り返そうとしても、長い脚でブランコを器用に真横に浮かせたようにズラしてそのまま脚で踏ん張って、あたしがお好み焼きを取り返せないようにする。
「いっただっきまー……。……ん、っま。やっぱお好み焼きは家で焼くのより、屋台の鉄板で焼いたやつが美味いよな。むぐ…もぐ……。ほら、ひなも食いな」
そう言ってからブランコの位置を元の位置に戻して、大きめに箸で切り分けたお好み焼きをあーんしようとする。
「この距離じゃ無理だってば」
苦笑いしながら、ブランコから降りて柊也兄ちゃんの横へと。
「あー……ん」
「あー………んむ…むぐ……おおふぃい…」
大きすぎる一口に、上手くしゃべれない。
「美味いだろ?」
作った本人じゃないし、買ってきた本人じゃないのに……と顔が自然と笑顔になる。
「ほら、もう一口食いな。あー……ん」
「おおふぃいひょ」
さっきより大きいかもしれない。
リスのように頬をパンパンにふくらませながら食べるお好み焼き。
あたしが二口食べるのにかかった時間で、あっという間に残りを食べられた。
「お兄ちゃんへのお土産だったのに」
恨みがましそうに見下ろせば、「いーんだって」といつものようにあっけらかんと返してきた。
静かな時間が流れていく。
何もしないのに、居心地がいい。
こういう友達が出来れば、人と関わるのが苦手なあたしでもそばにいられるのかもと思う。
でも、それは互いに努力をした上でその距離感になるんじゃなくて、自然とその距離でいいってなれば尚いいのに。
そう思いつつも、相手がそうしてくれたらいいのにという他力本願な関係みたいで。
自分にも努力や人との関わりあい方から逃げない強い気持ちを持っていなきゃ、ズルしているみたい。
互いが互いに、一緒にいたい、いてほしいという存在であれば。
こないだ見たテレビでは、人は産まれて死ぬまでに100万人の人とすれ違ったり関わると言っていた。
その辺を歩いていて、偶然すれ違った人もそれに換算されるとかも。
おかあさん曰く、親友なんて死ぬまでに一人出会えたらいい方らしい。
あたしはまだそこまでの人数に出会っていないんだろうし、親友になる誰かにも出会えていないのかもしれない。
今日をキッカケにまずは友達から……の関係が始まると思っていたのが、出会いから間違っていた。
そう思うしかない。
「聞かないの? なにがあったのか、とか」
口のまわりにソースがついているのを見つけて、バッグからティッシュを取り出し一枚手渡す。
自分にも一枚取り出して、口のまわりを拭った。
「聞いてほしかった?」
静かなトーンの声。穏やかな気持ちになっていく、あたしの好きな声。
へへ…と笑って、柊也兄ちゃんに手を差し出した。
「あのね。お願いがあるって言ったら、叶えてくれる?」
そういいながら。
まっすぐにあたしを見つめたまま、あたしの手を取って立ち上がる。
高さが逆転した視線に、バッグの紐を握りこみながら呟く。
「髪、切ってくれないかな。柊也兄ちゃん」
美容室を経営している柊也兄ちゃんの家。真似から始まって、今では時々前髪を切ってもらってたあたし。
言葉にしながら、神社で聞こえたあの言葉がリピートされる。
エンドリピしたくないのに、あの高い女の子らしい声でずっと言われているんだ。
「髪、切って。短くしてよ」
涙が目尻からこぼれていく。
髪を切ろうとした理由を聞いてほしい気持ちが半分、知られたくない気持ちが半分。
あの子が言ったことに従うつもりはないけれど、髪と一緒にこの胸の奥の重たさがなくなれと思ってしまった。
そんなわけないことも、現実は一切変わっていないことも理解っているけれど。
「いいよ。今日は店が休みだから、店内が暑いままかもだけどいい?」
それ以上その話題には触れず、手をぎゅっとつなぎなおして二人で公園を出る。
歩きながら、なんてことない普通の話をして、笑って、一緒に「くっだらないなぁ」とか言ったりして。
予告されていたように店内は暑く、クーラーが効くころには髪を切り終わってしまった。
肩先までのボブ。あちこち髪を梳き、重たくならないようにとアレンジをしてくれた。
「これでまだ資格がないなんておかしいよ」
そういうくらいに、普通に美容院で切ったのと同じ状態だ。
ケープを外し、一緒に髪の毛をほうきで掃いて。
クーラーの音だけがする空間で、柊也兄ちゃんが聞いてきた。
「楽になった?」
って。
髪のことだよね? と思っても、頭の端っこの方でさっきまで泣いていた自分を思い出してから。
「……すこし」
短く、そう返す。今はこれが精いっぱい。
「よかったぁ」
時間を見れば結構な時間になっていて。
「送るよ」と今度は差し出された手に、手を重ねるのはあたしの方。
「……ありがと」
上手く笑えているかわからないけど、感謝の気持ちを込めて笑う。
何も言わずに、短くなった髪を撫でながら笑い返してくれる。
外には星が見えていて、遠くには月が浮かんでいて。
遠くににぎやかさがあるのをわかっていても、戻ろうとは思わなかった。
(もういいや)
いつかまたやり直そう。
それまでに自分をもっと知って、人との関わりあい方も迷ったら素直にお兄ちゃんに相談してみて。
と、そこまで考えてから横を歩く人を見上げる。
柊也兄ちゃんの向こうに浮かんでいる、細い月。
(月みたいだな、柊也兄ちゃんって)
控えめにいつもそこにいて、静かに見守っていてくれる。
ぼんやりとそんなことを考えながら、また手をつないで歩いていく。
家の前にはお兄ちゃんが仁王立ちしていて、つながったままの手に手刀が飛んできて。
「いってぇな」
「るっせぇ」
気づけばあたしはお兄ちゃんの腕の中に。
「また明日な」
といいながら、虫でも追い払うように手を振って柊也兄ちゃんを追い払う。
「ひな、またね」
そんなお兄ちゃんにおかまいなしで、いつものように手をヒラヒラ振って帰っていく背中に。
「またねっ」
すこしだけ軽くなった思いに感謝しつつ、小さく手を振った。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる