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好きだよ 6

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~小林side~



ロッカールームで残り数口のオムライスを食べていた俺に、背後から「おつかれさま」と声がかかって振り返る。

「…あ」

瑞が店長と一緒に入ってきた。

「おつかれさまです」

小さく頭を下げて、すぐに弁当の方へ向き直る。

目の前にレジ袋に入った弁当が置かれ、瑞と店長が何やら話しながらロッカーの方へと向かう。

弁当代なんだろうな。瑞が「手間賃込みで」と微笑みながら、千円を渡していた。

「じゃあ、俺のこれをあげようかな」

と、店長のロッカーから出しただろう個包装の食べ物を渡されている瑞の姿が視界に入る。

「これ、市内にない店のですよね。札幌か小樽かどこか…。雑誌に取り上げられたことありますよ、たしか。…どうしたんですか?」

「ああ、そうなの? このお菓子。さっき見舞いに行ったらね、いただき物だけど食事制限かかってるから食べられないってもらってきたんだよ。消費するの助けてよ」

「そういうことなら、ありがたく」

と瑞がそう言いながら受け取ると、「小林くんにもね」とそれを小さく掲げてから、店長は俺の分を瑞に渡した。

「それじゃ、これが俺の車の鍵ね。気をつけて行ってきてよ? まあ、保険には入ってるから万が一があってもアレだけどさ」

「はいはい。…頑張ろうね? 小林くん」

瑞は鍵を受け取りつつ、俺へと話を振る。

「がんばります」

どうやらこの後の話になっているみたいで、俺も話の中に自然と含まれていて。どの程度運転ができるか、かなり不安ではあるけど一応がんばりますと言っておく。

店長が軽く手をあげてから、ロッカールームを出ていく。

(二人きりになっちゃった!)

てっきりもう少し遅く食べに来ると思っていただけに、心の準備が出来ていない。おかしな緊張感に、思わずうつむいてしまう。

「さーて…と、何弁当買ってきてくれたのかなー。店長、飯のセンスないからなー」

買ってきてもらっておいて、結構なことを言う瑞。思わずスプーンを持つ手が止まった。パッと顔を上げる。

「ん? ああ、ワザとだよ。っていうか、本人の前じゃ言わないし、普段だって口にしないよ?」

俺が疑問を感じたことを察したようなタイミングで、瑞が説明してくる。

「…こっち見てくれた、悠有」

そうして、ホッとした顔つきで俺を見て微笑んだ。さっき、俺にこれからの話をした時とは表情が違う。

ホッとしたのはこっちの方なんだけどなと内心思いつつ、視線を弁当へと戻す。

「あ、どうだった? オムライス」

その言葉に、さっきまでの彼らとのやりとりを思い出した。

「…バナナ。……ふはっ」

何度もバナナと連呼して、たったそれだけのワードでずいぶんと盛り上がったっけ。

「楽しんでもらえたみたいで、何よりだ。…お、サバの竜田揚げ? 当たりだな、店長にしては珍しく」

透明の蓋を外し、サバの上にホイルカップに入った大根おろしをのせて。

「じゃ、いただきまーす。……ん…ん? めんつゆか? これ。下味……むぐ…ん、悪くないな」

何を使っているかを考えながらか、でっかいひとり言を呟きつつ食べ進めていく瑞。

その間に俺は最後の一口をスプーンにのせて、口へと運ぶ。

「あ、これね。店長からもらったお菓子。ラングドシャかなー、多分」

「ラング…どしゃ?」

初めて聞く名前だ。

「ああ、クッキーの名称っていうか種類っていうか。フランスので伝統的なお菓子だよ。口当たりが軽いやつ。北海道であるでしょ、代表的なの。白いなんちゃらってのがさ」

例を出されると、わかりやすい。

「ああいう口当たりのが、ラングドシャ?」

「それだけとは言わないんだろうけどね。あれは間にチョコ挟んでるけど、これは挟んでないパターンのやつね。雑誌では評判になってたよ」

ほんと、いろんなもの読んでるんだよな。瑞は。

「じゃ、お先に」

そう言ってから、包装を破く。

お菓子が露わになった瞬間、ふわっと甘い匂いが鼻をくすぐった。

サクッ…サクッ…と軽い音をたてて、かんたんに噛んだとこで折れるそれ。すぐにもう一口…と指先で口の中へと押し込めば、あっという間に甘い時間は終わってしまう。

「美味しかったみたいだね」

向かいからクスッと笑う声がして、うつむいたまま視線だけ上げた。

瑞を見ると、添え物のポテトサラダを箸で摘まんで、口に入れるところで。

「なるべく早く食べるから、そのまま待っててもらってもいい?」

そういう瑞が食べている弁当は、気づけば半分以下まで食べ進められていた。

「のどに詰まっちゃうよ? そんなに急いで食べたら」

コソッとそう囁けば、ただ微笑むだけ。

「弁当箱、片してくるね」

「…ん」

「その…ごちそうさま。美味しかった」

「……ん」

目の前に作ってくれ、楽しませてくれた人がいるとなれば、お礼を言ってもいいよな? って思って付け加えただけだったのに。

(瑞の耳、赤い)

たったそれだけのことに、こんなにも素直な反応を見せてくれた。可愛い反応だ。

きっとそれをも直接言ってしまえば、もっと赤くなって瑞を困らせてしまいそうで。

(家に帰ってから、何かのタイミングで弄ってみよう)

ネタが一つ出来たなと思っただけで、顔がゆるんだ。

「免許以外に持っていくモノあれば、教えてほしいんですけどー」

ロッカーの前で上半身だけ振り返って、瑞に話しかける。

「免許とスマホと財布? それと、いつも使ってるメモ帳とペンくらいかな。店長に頼まれたものは、俺の方でもう準備してあるから」

「あ、了解です。エプロンそのままで?」

「うん、そのまま行こう。名札もつけてっていいや。ついでに紹介するよ、今後のこともあるし」

「…了解」

他店舗のスタッフと、特別交流があるわけじゃないからな。

「俺がお世話になった人がいる店だから、紹介ついでに顔売っておこう」

「顔を売るって…アイドルじゃあるまいし」

「はははっ。まあ、顔を憶えてもらうって程度だけどね。そのうち、悠有の仕事になるから、顔合わせとでも思ってて」

改めて言葉にされると、ちょっと緊張するな。

「わかりやすく緊張してるね? そのうち一人で行ってもらうんだから、回数こなせば慣れるよ。それに緊張するような相手じゃないから、安心していいよ」

瑞にここまで言わせる人なのか。

「…う、ん」

持ち物を確かめて、さっきまで座っていた場所へと戻る。

「もうちょっとで食べ終わるよ。お菓子食べて、一息ついたら行くからね」

「ん、うん」

「…ふふ。そんな顔するの、久々じゃない? 試用期間の頃が懐かしいな」

肘をつきつつ、俺を見ているようで見ていない瑞。あの頃の俺を見ているのかな。

「そこまで緊張してないってば」

「…そう? ……っと、ごちそうさまでしたー。で、これを開けて……ふふ、サックサクだね。美味うまっ」

瑞の顔もわかりやすくほころぶほどに、美味しくて手軽なラングドシャ。

「瑞がそんな顔見せてくれるくらいのもの、俺にも作れたらいいのにな。料理、あんま上手くないけど」

いつも美味しいご飯を作ってくれる彼に、俺からも何かを贈れたらって思ってたのが自然と言葉になってこぼれた。

瑞を見れば、ポカンとした顔をしてからみるみるうちに真っ赤になって、プイッと顔をそむけて左手のこぶしで口元を隠してしまう。

「バ…バカじゃないの? 急に」

でも出てきた言葉が、らしくなく子どもっぽくて思わずプハッとふきだしてしまった。

「なに。なんで笑われてんの? 俺」

口元を隠していた手を外し、口角のあたりについてたラングドシャの欠片をパパッと払う瑞。

「なんていうかさ…いろんな経験値ものすごく俺よりもあるはずなのに、時々可愛いんだよね」

頬杖をつき、目を細めて瑞が慌ててる顔を眺めながら呟く。

「ほんと、不思議なくらい…急に経験値っていうかレベルが1とかになった? って思うくらいに、照れる時あるよね。……可愛い、すっごく」

こんな瑞を目の前にして、何も言葉にしないなんて出来なかった。可愛さを愛おしいと思ってしまって、その想いがぶわっとあふれてしまった。

「ちょ…っ、待って待って! 黙って、もう。これ以上、俺が堪えられない」

堪えられないと聞いて、首をかしげて聞き返す。

「堪えられなくなったら…どうなっちゃうの?」

と。

これ以上、赤くなることはないかと思っていたのに。

(まだ赤くなれるんだ…)

ポーカーフェイスなんかどこにもなくなったように、真っ赤になったままで眉間にシワを寄せて。

「これから外に出なきゃなのに! 一旦、みんなの前を通過してから出るのに! 顔…戻すの時間かかっちゃうだろ? それに…まだここ職場なのに」

赤みが引かないってことを言ってるんだよね? でも最後のは?

「職場じゃなかったら?」

あえて言葉にすると、口をハクハクと動かして何かを言いかけては口をキュッと結び。

「……っっ!!!!! ここで言えるわけないだろ! 悠有って、時々いじめっこになるよな? 俺にだけ」

そんなイジメるようなこと言ったっけ? と、また首をかしげる俺に。

「か、帰ったら……しっかりシてもらうからね! わかった?」

ものすごく遠回しな、職場じゃなかった場合の答えを教えてくれた。

「あー…うん。わかった。…ふふ。俺の彼氏、かーわいーよね」

「それを本人に言うなって言ってんの! いつになっても出かけられないだろ」

「ごめんごめん」

謝ってるようで、心がちっともこもっていない謝罪をし。

「出かける前に、トイレ行ってくる。その間に顔色戻るといいね」

他人事のように呟いてから、ロッカールームを出た。

トイレは店にあるものを、お客さんと一緒に使うスタイルだ。だから、一回表に出なきゃいけない。

「小林くん。もうすぐ出るみたいかい?」

不意に店長に声をかけられて、「ええ」とだけ返してからトイレへと向かう。

用を足し、フロアーに戻ればまた店長がいた。あ…っ、と思い出して声をかける。

「そういえば、さっきのお菓子…初めて食べましたけど美味しかったです。ごちそうさまでした」

他の人の分があるのかわからない以上、大っぴらには話せない。コソッとお礼を言うと、嬉しそうに店長が笑った。

「病院に行くとね、何かしらのいただきものを引き取ってくることがあるんだよね。本人がさ、元々食いしん坊キャラだったせいか、日持ちする食べ物を持ってくる人が地味に多いんだよ。食べられる物を聞いて持ってきてくれたらまだいいんだろうけどさ。…一番食べたい本人がガッカリしててね。可哀想だなと思いながらも、目の毒だから持って帰るんだ。…また美味しそうな物あったら、助けてね?」

「それはよくわかりますね。俺も…食事制限しょっちゅうだったんで。ガキの頃なんて、我慢なんかしたくもないのにしなきゃダメだって母親が泣くんですよ。そしたら…食えないでしょ? 内緒でも。…見舞いに行く時の食べ物は、サプライズなしで聞いてくれた方が嬉しいですね」

「小林くんは療養期間長かったんだっけね。共感してくれて、ありがとね。…じゃ、気をつけて行っておいで」

「はい。ロッカールームに戻って、持ち物確認したら行ってきます」

「じゃね」

「はい」

手をヒラッと小さく振ってから、ロッカールームに戻る。

ノックを三回して、瑞の返事が聞こえてから入る。

「あ、戻ってきた。…なに? 腹でも壊してた?」

クツクツと笑いながら、さっきの仕返しのようなことを呟く瑞。

「んーん。店長にさっきのお菓子のお礼をしてたら、時間かかっただけ」

だから、ちっとも意に介してませんと言わんばかりに、ニッコリ微笑んで言い返す。

「なーんだー。面白くないなー」

「あのねー…。本当に腹壊してた方がよかった? 外回りどころじゃなくなると思うけど」

とか言い返せば、瑞がニヤッと口角だけを上げて笑んで。

「いっそのこと壊しちゃえば、早くあがらせられるでしょ? そしたら…ね?」

なんて、意味ありげに俺を見ていた。

その言葉の意味をすぐには理解できず、まばたき数回分の後に理解して。

「バ…バッカじゃないの! もう」

今度は俺の方が赤くなって、手で顔を扇いだ程度で熱が引くわけなんかないのに。

「そっちの方がいじめっこだよね」

そう言いながら手で顔をパタパタと扇いで、瑞から顔をそむけていた。

「さ、て、と。…じゃあ、行こっか」

瑞と俺の違うところは、ここから先で。

「え、ちょ…っ」

俺の顔の熱が引くのを、瑞はあえて待ってくれない。

「ほら、早く」

わかりやすく急かしてきて、俺を駐車場へと誘導する。

店内のスタッフに行ってきますと声をかけ、店を出る。

視線を左右に彷徨わせると、それらしい車は見当たらなくて。アイツのことを気にするあたりには、顔の熱は引いていた。

「今、いないみたいだね。…この隙に出かけちゃおう」

互いに主語はないけれど、一葉のことを指しているのがわかる。

「さーて、ものすごく違和感しかないけど、運転よろしくね。えーっと、ナビに打ち込むからちょっとだけ待ってて」

店長の車に乗り慣れているのか、さっさとナビを操作してこれから行く店舗の住所を打ち込んでいく彼。

(ほんと、なんでもやり慣れてるよね。器用というか、頭もいいというか。どうして彼が俺の彼氏になってくれてるのか…誰かに申し訳なく思ってしまいそうになるよ)

二人のシートの間のナビに顔を近づけている瑞の頭が、小さく何度も揺れる。

(ああ…っ、撫でたくなる。そんな場合じゃないって知ってるのに)

くぅっ! と堪えるように、外へと視線を流す。瑞の頭を見ていたら、手を止められる自信なんかないや。

「オッケ。準備できたよ。まあ、俺と無事に帰宅してからイチャつきたかったら、適度な安全運転でね」

「…適度」

「うん。…ほら、なんてーの? ゆっくりすぎて、まわりの流れに乗らなさすぎて逆に危ないとかあるじゃない? その辺とかも気をつけつつ…だね? あとは、北海道のドライバー…結構後出しウインカーとか停止線オーバーしすぎとか普通にあるから、注意してね。俺、こないだなんかさ。右にウインカー出されてんのに、左に曲がろうとするやつがいて」

「危ないじゃん、それ」

「だよねー。あと、ウインカー戻し忘れたり? いつまでもウインカー出したまんまで走ってて、おいおいどこで曲がるのアンタ! ってのもいる。もらい事故だけは嫌だからね。気をつけて行こう」

ペーパードライバーみたいなもんだから、そうやって声かけてくれるのはありがたい。

「俺もまわり見とくけど、自分でもよく見てね? まあ、隣で採点表みたいなのでも持って、点数つけてあげてもいいけど。…つけてみる?」

クックックッとどこか楽しげに笑いつつ、手にしていないボードとペンを持っているようなジェスチャーをする瑞。

「やだよ。あれもこれも減点って言われていそうだもん」

そう話しながら、諸々の確認をしてから動き出す。

(ああ…めっちゃ緊張する)

ただ、走りだしてしまえば体が勝手に動くわけで。

瑞の車とは違って、よくわからない音楽が鳴っている。

「この曲、なに? 店長の好み?」

「多分CD入れっぱなしなんだろうね。しかも壊れてるのか、出てこないんだって。乗ってエンジンかけたら、聴く気もないのに流れるの。半強制的に。修理したらいいでしょって何回も言ってるんだけど、直さないんだよね。めんどくさいって」

どこか懐かしい感じのする、洋楽。

「すごく昔の曲ばっかりだよ。この車乗ったら100パー聴かされるからさ、嫌でも憶えそうでしょ?」

「それはわかるかも」

車線変更に、右へとウインカーを入れて…っと。うん。なんとかなってる。

不意に流れてきた曲は、俺も知ってる曲だ。

「俺の母親が好きな曲のはず、これ」

「へえ。年齢近いのかな、悠有のお母さんと」

「なのかなー。昔、流行ってたらしいからね。同年代じゃなくても、耳にはしていたかもね」

昼、二時過ぎ。まだあの時間には、程遠い。

「たまにはいいね、悠有の運転ってのも。今度さ、交代で運転してどこか遠くに行こうよ」

「そうだね。どっちも免許持ってたら、それはアリだ」

そんな会話をしつつ、ふとよぎったこと。

(なんか普通のカップルみたいだ)

欲しくてたまらなかった、普通の人と同じ生活。よくあることばかりでいいって思ってたっけな。

彼氏が作った弁当を食べて、一応仕事ではあるけど彼氏とドライブをして、他愛ないことを話して。

(不安要素が今日…やって来たけど、それでもこのささやかな幸せを味わっても…許されるかな)

「あ、もうすぐだね」

そう言って瑞がまっすぐに伸びる道の先を、スッと指さした。

「別の緊張感が…」

思わず弱音を吐くと、瑞があははと笑う。

「笑わないでよ」

口を尖らせて言い返せば「だって」と言葉を続ける。

「俺が一緒なんだから、怖くないでしょ?」

さも当然と言わんばかりに呟かれた言葉に、今までのことが頭をよぎった。

(そういえば、今までも何回も何回も…瑞に背中を支えてもらい、時には押してもらって……前に進んできたんだよな)

今日だけのことじゃない。その存在は、大きなものになっていることを実感する。

「瑞」

「んー?」

「…頼りにしてる」

改めて言葉にすると、気恥ずかしい。

「顔真っ赤。…可愛いよ? 悠有」

「うるさい」

「顔の熱が引くまで待とうか?」

「別にいいってば」

「…ふははっ」

「笑うなってば、もう」

肩の力が、ゆっくりと抜けていく。

「駐車場は、あの辺に停めてね」

「了解」

左へとウインカーを入れ、駐車場へと入っていく。示された場所へと移動して、停車…っと。

「…っっ、はーっ…緊張した!」

「うん。おつかれさま、悠有。…じゃあ、後ろに積んであるもの持って行こうか」

持ち物を確かめてから、運転席を離れ後部座席の荷物を持って…っと。

瑞が一歩先を行く。その斜め後ろから、瑞の仕事を見て盗めるようにとその背中を見送る。

「おはようございまーす。おつかれさまでーす。あ…どーも。おはよ、元気そうだねー。とりあえずコレ、中身確かめてもらってもいい?」

出会うスタッフ出会うスタッフに声をかけていき、持っていたものを預けてから、俺をこっちにおいでと誘う。

「話してた人に会わせるからね」

店内の奥の方へと勝手知ったるなんとやらって感じで、瑞がどんどん歩いていく。

「おはよーございまーす」

本棚の陰から、相手がそこにいるとわかっているかのように顔をヒョコッと出す瑞。大丈夫なの? そんなことしてと思うほどに、いたって普通に。

「遅ぇよ」

低く響く声に、ビクンと肩を震わせる。

「まあまあ、そう言わないでくださいって。道を憶えてもらうのに、彼に運転させてきたんで」

「あー…そうだったのか。そりゃ悪かったな。…って、誰だっけ」

瑞の陰に隠れていた俺へと、視線が向く。

「す、すみません。その…小林と……申します」

ペコリと頭を下げると、どこかで聞いたような笑い声が聞こえる。

「クックックッ。ああ…小林くん、ね? どーも。水無瀬の教育係だった、元上司の梅本です」

瑞と梅本さんという彼が並ぶと、どこか雰囲気が似てるなと感じられて。

何の気なしに、初対面の相手にポロッと漏れた言葉がこれだった。

「仲、いいんですね。すこし似てるような」

兄弟とも先輩後輩とも幼なじみとも言えそうなシンクロ感に、思わずもらした俺だったのに。

「似てる? 俺と、お前が? 仲がいい? …クックックッ、面白いこと言うねえ」

なんだか面白かったようで、しばらく彼は笑ってて。

瑞はというと、俺と彼のやりとりをなぜか一歩引いたところに立って見ていた。



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