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好きだよ 5

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~小林side~


涙で濡れた紙をぐしゃぐしゃに丸めて捨てて、また描き直して。

何枚目か数えるのをやめた頃、涙がやっとこぼれなくなる。冷静になれたわけじゃないけど、自分に呆れたと言った方が早いかも。

これだけカンタンに揺らいでしまうから、そこを一葉に利用されてきたのを身をもって知っているはずなのにさ。

「あー…あ」

やんなる。

俺ってカッコ悪い。情けない。しまらない。何の魅力もない。ダメダメじゃん。

マイナスの俺しか浮かばない。

何か一ついいとこをあげるなら、瑞が気絶するくらいイかせることが出来るようになったこと?

(え? でもそれって、俺だけがいいことって思っていたりして。瑞からすれば…いいこと? 困ったこと? どっちって言われるかな)

最初は瑞に教わりながらだったのに、数えきれないほど肌を重ねていけば瑞が悦ぶ場所を身をもって知ってさ。

反応を見て、イイ声を聞いて。最中に何度も「好き」とか「もっと」とか素直に言葉にしてくれる瑞に、嬉しい感情をそのまま体で応えるようにぶつけて。

瑞の反応を見てきて、俺じゃなきゃここまで出来ないよな? って思う時もあって。

(でも、体だけしか喜ばせてない? その行為だけしか、アピールポイントない?)

特に顔がいいってわけでもなきゃ、瑞みたいに気が利いたりやれることがたくさんあるわけでもない。

身長は人並み。体が弱かったせいで、体力はない。アノ行為の時だけは、体力お化けだって言われたことあるけど。

現状、俺の心身どっちもの影響で、店にかけている迷惑や負担は少なからずともある。

「こんな俺を雇うくらいなら、他に新しい人を雇った方がいいんじゃないのか。…健康で愛想がよくって」

ボソボソと言葉にしていくと、一度引っ込んだはずの涙がまた滲んできて、目の前の紙に描かれたイラストが歪んで見えた。

「……また、描き直しじゃん」

涙がこぼれた場所は、大小さまざまな大きさで濡れて、紙がそこだけぼこぼこして、ぐしゃぐしゃで。

「…ズッ」

鼻をすすり、ため息をつく。

こんなことばかりやってたら、仕事をしているだなんて言えない。店長や瑞や他のスタッフさんに甘えているだけの、給料泥棒だろ。

「やっぱ来ない方がよかったのかな。いっそのこと、もう…辞めた方がいいんじゃないの? 俺。そこまでして縋っても、俺が得してるだけだろ」

新しい紙に描きかけて、ふ…と手が止まる。

この場所でこんな風に時間を潰しているだけなら、帰った方がいいだろう?

「何の役にも立ててないんだから。表に出てなきゃ、頭数にもなれないんだし。…なんで出勤してるのに、レジに入らないのかって思われてるはずだ」

俺だったら、まったく疑問に感じないわけがない。どうしたんだろうって思う。

気にしつつも、話題にあげていいのか悩む。

たとえば。スタッフの誰かの場合。

上司たちだけで話がついていて、自分たちに影響がないなら情報は下りてこないかもしれない。それでも結局、どこか人が足りない気持ちで仕事をすることになるんじゃないか。

IFの話を想像してみる。

俺が他のスタッフだったなら、と。誰か調子が悪い人がいたならば、と。なにか問題が起きて困っているような人がいたならば、と。

(俺の心が狭いのかな。そんなことを考えちゃうってことは……。それとも、ここが初めての就職先の俺が知らないだけで、何か別の常識があるとか?)

いろんな経験値が足りていないのも、自負がある。情けないけど。

よくある言葉でお互いさまって言葉があったとしても、一方的に一時的に片方にだけ負担がかかりすぎていたら、それはお互いさまって言えないんじゃない?

「今の俺って、それじゃないの?」

ペンを握る手が、完全に止まってしまった。

さっきは何も考えずに描きだせていたのに、一度気になってしまったらその思考が止められなくなってしまった。

「自爆っていうんだろ? これもまた」

盛大なため息をつき、ペンを置く。

「帰った方がいい気がしてきた」

と、口に出した俺。

違う方向に集中しすぎてたらしく、瑞が入ってきたことに気づきもせず。

「…やめとけば?」

背後から聞こえた声に、体がビクンと大きく揺れた。急に聞こえてきた声に、心臓もバクバク言っている。

「み…なせさん」

誰かがいたらと思って、慌てて瑞と言いかけたのを水無瀬さんと修正する。

ドアが閉まった音と、金属音がその後に続く。カチャンと。

「…え。か、ぎ?」

なんで? と思うのに、そっちを振り向けない。なんだか振り向きにくい。

(どこから独り言が聞かれていた?)

まったく気づけていなかっただけに、たとえ相手が自分の彼氏とはいえ確認しにくい。

金属音がした後、振り向けないでいる俺の正面に彼が近づいてくる気配はなく、どこかへと足音が向かっていくのだけが聞こえていた。

スタスタスタ…と数歩歩いた音の後に、紙の音が続く。ガサガサガサッと。

その音は俺の背後から聞こえてて、明らかにゴミ箱の中を確かめているような音だ。

短いため息が聞こえ、いつになっても彼の方を向かない俺を急かすように肩にトントンと二度だけ手が置かれた。

「…悠有。こっち見て」

(声のトーンは、怒ってる? ってほどでもないのかな。いや…すこし不機嫌?)

この数か月で見てきた彼のいろんな反応を思い浮かべ、どれが該当するかを答え合わせしようとしているのに。

「悠有? ちょっと話、聞かせてほしい」

瑞はそれを待ってくれそうもなく。

「……えっと」

言い淀む俺の肩をガシッとつかみ、彼は強制的に体を自分へと向けさせた。

「あ……」

いつの間にか俺が捨ててた紙が目の前に広げられていて。

「顔、あげて?」

そして人差し指一本だけで、俺の顔を自分へと向けさせてしまう。

クイッと持ち上げられたあご。瑞から視線を外すことも許されず、否応なしに俺の状態を確かめられてしまった。

「泣いてたの?」

告げられたその声に怒りの感情は感じられず、泣いていたのかを確かめてきた瑞の方が泣きだしそうにも思えて。

「す、こし」

言葉を選ぶ余裕もなく、それだけを返した。

「体調? メンタル? どっちも? ツラいのは」

あごを持ち上げた指先と他の指も一緒になって横へとスライドし、俺の左頬を包むようにあてられる。

「帰りたくなるような状態なの? 熱は? 触った感じじゃ熱はなさそうだけど」

手をあてたまま、親指だけを左右に動かして頬を撫でる彼。

こんな風に心配かけてていいのかな、俺。この場所にいていいのかな、俺。

(あ…)

あんなに出勤前はいい状態だったはずなのに、一瞬だけ頭に浮かんだくだらない悩みが俺の涙腺をゆるめてしまう。

「……悠有」

さっき、頬を撫でたばかりのその親指が、目尻から伝った涙を拭う。

そして、「ごめんね」と何故か謝ってきた。

「このまま悠有だけを早退させたら、おとーとくんに俺か悠有の部屋がバレるかもしれないからね。…あの義父ちちおやに連絡つけてからじゃなきゃ、帰らせられない」

それは瑞が謝ることなんかじゃないのに。

自分の頬にある瑞の手に、自分の左手を重ねて返す。「俺こそごめん」と。

こんなにも、こんなにも……こんなにも。

優しく頭も気も回る彼が謝るような事態に引き込んだのは俺で。

「なんで悠有が謝るのさ」

「――俺で、ごめん」

俺は目の前の彼に不似合いなのは、わかりきった話なのに。

「え? それってどういう意味?」

戸惑う視線の彼に、心の中で主語を呟いて。

(一葉じゃなくて。俺が…瑞を離したくないばかりに、瑞に執着したくて、離したくなくって、俺だけに引きつけるような事態にばっかりして)

「ごめん、瑞」

鍵がかけられたことを思い出して、彼の名を告げた。

「やっぱり無理だよ、ダメなんだよ。俺が願うことは叶わないことになってるんだよ」

「何を言って」

「辞めたくないって思っていたけど、それは俺のワガママでしかない。巻き込む人数が多すぎる。…誰もが俺の事情を受け入れてくれるわけじゃないし、すべてを明かせてもいないのに協力だけを願うのは…違う」

今朝はたまたま何も起きなかっただけで、夕方のあの時間が来ればどうなるかわからないじゃないか。

明日の朝にも、何も起きない保障はない。

気にしなきゃ大丈夫と言い切れないし、気にしないと約束は出来ない。

「店長と…パートリーダーに話して、さ。…一か月だけなんとかいさせてもらって、辞める。…辞めた方がいい。その方が丸くおさまる。誰も……傷つけずにす…」

傷つけずにすむ。

そう言いかけた俺の言葉は、続けられなかった。

瑞が手のひらで俺の口を塞いでしまったからだ。

「んんっ」

瑞の手を掴み、口から離そうとすると視線を感じた。

下だけフレームがある瑞のメガネ。すこし下がってしまって、メガネが意味をなしていない格好で覗きこむように睨まれていた。

「諦め慣れ過ぎてない? 悠有」

そう言ってから、俺の口からそっと手を離す彼。

「俺が聞きたい言葉は、そんな言葉じゃないよ」

そして、俺がさっきまで何度も描き直したものを目の前に広げたものを並べていく。

「表に出るだけが仕事じゃないし、場合によっては他店に届けに行ってもらわなきゃいけない時だってある。返本だって、表に出る仕事じゃない。接客や補充だけが仕事じゃない。そもそもで、悠有はまだまだぺーぺーだろ? ……悠有が何をするとか決める権限ないんだよね。…悪いんだけど」

その言葉は、すこし棘があるというか厳しい口調が含まれている。

「研修期間を経て、正社員になれはしたけれど。ただ…それだけだよ。まだまだ他のみんなと比べても、できることは少ないだろうし、経験も少ない。そこはわかってるよね」

ピシッと言い切られ、「あ…ぅ」と上手く返事にならない言葉しかこぼせない俺。

「今日は誰に何をやってもらうか、その割り振りは俺や店長たち…上の人間の仕事。基本的に全員がやる仕事は別としてね。あと、辞める辞めないの相談自体は受けることは可能だけど、この時点で辞められるって断言なんて出来ないんだよ。悠有が。ねえ…どの立場でモノ言ってんの?」

瑞らしくない言葉が羅列していく。表情だって、研修期間の時にも見たことがなかった顔だ。

初めてのことに今までになく心臓がギュッと痛む。ものすごく叱られているんだと痛感した。

「申し訳…ありません」

思わず口調を改めて、そう告げる俺。

「俺と店長とパートリーダーと。昨日、それなりの時間をかけて話をしたんだよ? ……別に俺が無理矢理押し切ったわけじゃなく、あの二人なりに納得した上でひとまずすこしの期間やってみましょうかってなった。他のスタッフに全く影響が出ないかっていったら、出ないわけじゃないけど。”それでも”って、二人がうなずいたものを今度はひっくり返せって? 撤回しますって? ……それこそ、失礼ってんじゃないの? 相談したのだって、それなりの覚悟を持ってしたんだし。その覚悟が嘘でしたって言うようなもんだよ? 自分の評価をこんな形で下げてもいいの? ――――そういうのも慣れすぎちゃって、鈍くなった?」

と、瑞の視線が変わる。

俺よりも悲しげな瞳に見えて、俺はその視線から目をそらせなくなった。貼りつけられたように、動けない。

罪悪感が胸にあふれて、目をそらしたくてたまらないのに。

誰への罪悪感なのかわからないその感情を、どうしていいのかもわからない。

(ああ…わからないことだらけだ。俺)

不意にバイブ音が聞こえ、瑞が腰に手をあてた。

ふう…と息を吐き、「ちょっとごめん」と言ってから彼は電話に出る。

相手は店長だったようで、どうやらこの部屋に鍵がかかっているのに気づき、何があったのかを聞くために電話をかけてきていた。

「…ええ。ああ…はい。いますよ、彼のところに。……小林くん、今日は完全に裏方でいいんですよね? 病み上がりだし。……ええ、はい。もうすぐ表に戻りますよ。ちょっと小林くんと今後について急ぎで話を詰めなきゃいけないことがあったので、人数的にも大丈夫そうだったこともあって鍵をかけさせてもらいました。……はい。…ああ、それはこれから行きますよ。ああ、…それ、小林くんも連れて行ってもいいですかね。彼、免許自体は持っているんで、場所を教えて今後そっちの仕事も頼める時には頼んでも……。ああ、そうですね。昼休憩の頃合いに今日は二人来ますよね? …そのタイミングで行ってきますよ。…店長はこの後はもう、退勤までいますもんね? 店に。……ははっ。わかりましたって。今、戻りますよ」

とか言いつつ、ニコニコと営業スマイルを浮かべながら会話をし、ブツッと通話を終わらせた。

「…ってことだからさ、この後は早めの昼休憩に入っててくれない? 俺も時間見て店長から受け取った弁当食べちゃうからね。…その後、POPは一旦中止して、他店に向かうから同乗して。…ああ、免許持ってね。運転、出来るでしょ?」

淡々と仕事の話を続けていく瑞の言葉を、拒否できる気配はない。

「最近乗っていないから、不安じゃないとは言い切れないけれど。それでもいいのなら」

「…別にいいよ、隣でアレコレ口出しするから…。道を憶えるのには、運転した方がいいし」

「あ、うん。はい」

どう返事をすればいいのかも、迷走しはじめた。

「……はあ。これ、こっちのクリアホルダーに入れて、自分のロッカーに保管しておいて。で、他の物は全部あの入れ物にまとめておいて。片付けが終わり次第、弁当食べちゃって。…しっかり食べておいてね。少しの間、ここには戻ってこられないから。…じゃ」

素っ気なく会話を終わらせ、瑞は鍵を開けて出ていった。

あの様子だと、思ったよりも怒ってるのかもしれない。

というか、嫌な予感がした。

「もしかして、結構前の段階から独り言…聞かれてたんじゃ」

血の気が引くように、頭の先から冷えていくみたいで。

「どうしよう…」

そんなこと、今更だよって言われそうだ。

どうすることもできない。フォローのしようもない。

じわっと涙がまたにじんで、視界がぼやけてしまう。

「……クソッ」

何に対してのそれなのか、自分自身でもわからないけど、それでも何かが悔しくて下唇を噛む。

子どもみたいにグスグスしながら、瑞に指示されたことを進めていく。

涙の痕がかすかに残っている、一回グシャグシャにした紙も一緒にクリアホルダーにしまう。

ロッカールームは、二つ隣の部屋だ。

色とりどりのペンをまとめてケースに収め、他のものと一緒に入れ物にしまった。

腕でグイッと涙を拭ってから、部屋を出る。手にはクリアホルダーを持って。

そっとドアを開けて廊下に出て、人の気配を探ってからね。さすがにこの顔のまま、誰かに会うのはマズいよ。

(こんな顔をしていたら、どっちにしろ表に出て、レジとか補充作業なんか無理だったじゃん)

なんて思いつつ、また自分に呆れる。

日々、呆れと諦めの感情ばっかりじゃないの? 俺って。

(あんな風に俺のために叱ってくれたり、愛情表現をしてくれる相手がいるのに…俺はいつになれば自分を肯定できるようになるのかな)

変わらない。変えられないままの自分を振り返って、またため息をついた。

ロッカールームのドアを念のためにノックすると、中から返事が聞こえて、うつむきがちに中へと入っていく俺。

「おつかれさまです」

「お、おつかれさまです」

「…ども」

「う、うん」

さっき瑞が言っていた、昼から出勤の二人かな。思ったよりも早く来ているんだな。

相手の顔を見ることが出来ずに、わずかに視線をそらして挨拶をかわし。

「早めの休憩ですか? 小林くん」

「あ、うん」

これから外に行くって話だったけど、俺の口から言っていいのか迷うな。

苦笑いを浮かべ、いくつかの言葉を飲み込んでからロッカーを開く。

クリアホルダーをロッカーの中にある棚にのせて、今朝受け取った弁当箱を取り出して…っと。

(というか、人前であの弁当を開けてもいいのか?)

ためらいはしたけれど、瑞が食べておいてと言ったんだからいいんだよね? ね?

(開けるぞ? 人前で弁当、出しちゃうぞ?)

まだすこし鼻をグスグスと鳴らしながら、イスを持ってきてテーブルの上に弁当箱を置いた。

「お。弁当持参ですか? 俺、さっきラーメン食ってきたんですよ」

「いいですね、ラーメン」

なんとなくで会話を合わせつつ、ふたを開けた。

「…………なんだ、コレ」

ケチャップが若干流れてて、イラストなんだろうものが崩れていた。

細長いもの? 三つ…か? なんだ、コレ。

「え? コレ、小林くんの弁当なんでしょ? なんだコレって、自作じゃなく? お母さんとか、他の誰かに作ってもらったモノですか? もしかして」

正直、返事に困る。

「あー…ははははは」

あいまいに笑ってごまかしてから、もう一度だけ四角い薄焼き玉子って割には若干厚めの玉子に描かれているものを見下ろす。

「何描いてあったんでしょうね」

「うん。…思ったよりも崩れてるね」

何かのイラストだったモノを想像していたら、いつの間にかグスグスしていた鼻もわずかににじんでいた涙も止まっていた。

「……バナナ」

俺の弁当箱をのぞきこんでいた彼の横から、普段あまり会話をしたことがないもう一人の子がボソッと呟く。

「バナナ?」

「…バナナだと思う」

「そう?」

「この辺が…こう、バナナ」

このわずかな時間の間に、俺たち何回バナナって言ってんだろ。

「バナナかなー」

「そう言われたら、バナナっぽく見えてきた」

「まあ、バナナ…かもね」

「でも何でバナナ」

「さあ…」

「黄色だから?」

「それだけの理由?」

「実は単純だったりして」

「黄色で、バナナ」

最初にバナナと言い出した彼が、そう呟いて、その後も「黄色で…バナナ?」と繰り返しながら、すこしずつ肩を震わせてきて。

「…ん? あれ? もしかして、ツボ?」

「ふ…っ、くくくっ」

「そうみたいだね」

「バナナ?」

「…バナナ。…ふはっ」

堪えていたのが、決壊するのはあっという間で。

「バナナ! 絶対、バナナだよ。これ」

「かもね。…ぶふふ」

「って、バナナ入りのオムライスじゃないよね?」

もう一人の彼が、そんなことをボソッと何気なく呟くと。

「ちょ…っ、これ以上笑わせないで」

一瞬で想像したらしい彼が、目尻に涙を浮かべながら笑っていて。

「ぶっちゃけ、すっごくくだらないことで笑ってなくない? 俺ら」

「まあ…そうだね。俺の弁当で、こんなに笑えるとは」

「誰が作ったんですか、コレ。すっごいくだらなくて、いい!」

「わかる」

なんだか二人がやたら盛り上がってるんだけど、作った人は明かせないや。

「……内緒」

人差し指を立てて、小首をかしげる俺。

「って言い方するってことは、彼女さんとか?」

「それも言わない」

他愛なくて、くだらなくて。

俺だけでこの弁当を開けていたら、ここまで笑えたかな。

まるで人前で開けるのが分かっていたような気さえするけれど、結果オーライか。

「バナナかどうかは、後で答え合わせしてもらっておくよ」

そう言いながら、スプーンを手に取った。

「ってことは、やっぱ自作じゃないですね? いーなー、弁当作ってくれる相手がいるって」

「…ははっ」

さっきまであんな風に、あそこまで落ち込んでいたのに。

「…いただきます」

手をあわせて、薄焼き玉子を割くようにスプーンを動かして、かすかにツナの匂いがするケチャップご飯を口へと運ぶ。

「はむ……ん、うま」

思わず顔がゆるむ。

「うっわー。小林くんって、そういう人だったんだ」

「え? なにが?」

咀嚼しながら、謎のクレームに首をかしげれば。

「ひとり身にダメージある顔で、食べないでくださいよ」

「?」

さらにクレームを追加されて、眉間にシワを寄せながらオムライスを食べることになった。

「じゃ、ごゆっくり。俺ら、行きますね」

「あ、いってらっしゃい?」

「じゃ」

「うん」

足音が遠のき、また一人になる。

「バナナ…なのかな、やっぱり」

もうすっかり原型もないそのイラストを思い出しながら、スプーンでまた一口すくってオムライスを食べる。

きっとまた一葉のことで落ち込みはするんだとしても、単純だよね? と言われそうではあるけど、今だけは…楽しく食べさせてもらおう。

瑞の謎ケチャップアートのおかげで、すこしだけ浮上しながらオムライスを減らしていった。



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