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カレノコト 1

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~小林side~


よく寝れた。

すごくスッキリして、気分がよくて、今日は仕事を休むことになってるのにもったいないなって思えるくらいの太陽なのに。

「いいか? 悠有。これが昼飯。ちゃんと食べること。気分転換で出かけたいかもしれないけど、今日はまだ出かけないでいてほしいな。昨日の今日だしね」

そういいながら簡単に作ったとかいう弁当っぽいものを渡してきて、笑顔とともに出勤してしまった彼。

そんな状態だから、瑞の心情を思えば出かけることは出来ない。したくない。

けど、体調は悪くはないから、やれることくらいしておこう。

瑞が干しておいてといいながらスイッチを入れていった洗濯機。

ノイズみたいにかすかな音が、遠くで聞こえる。終わったらすっかり聞きなれたメロディで知らせてくれるだろう。

「掃除と洗い物くらいかな、出来そうなの」

先に洗い物に手をつける。

お湯につけて置いたおかげで、グラタン皿にしつこくこびりついていた焦げは取りやすくなっている。

「んー…♪ふふんふー…」

鼻歌を口ずさみながら、ついでにとシンクも磨いてく。

「……ガス台も、ついでにやっちゃうか」

何気に凝り性の瑞は、家で使う洗剤もいろいろ買っていることが多い。あと、その手の動画もよく見ているようで。

「えーっと、なんだっけ…。たしか教えてもらった動画のリンクか何かがあったはずなんだけど」

重曹がどうとかってのがあったはずだなと、スマホを取りにソファーの方へ向かう。

「ん、と」

スマホを操作して、そのリンク先を開いて動画を見ながらキッチンへと歩き出した。

「♪~」

キッチンの中に入りかけたタイミングで、あのメロディが聴こえた。

「あ。先に干しちゃわなきゃ、シワになる」

自分の家よりも瑞の家にいる時間の方が増えて、そこでの暮らしがどれくらい身についているのかを知る。

物の場所、どこに干すか、瑞推奨の干し方などなど。

俺自身が一人暮らしをして、そこまでまだルーティーンも自分の部屋なりの決めごともなかった。そこまで気にする性格でもないっていうのがデカいんだろうけど、拘りがあるようでない俺。

「そう考えると、瑞のところで瑞のこだわりに従って暮らしているのって不思議だな」

洗濯機から洗濯物を取り出し、パンパンパンッッと何回もバスタオルを鳴らしながらシワを伸ばす。

というか、シワとかっていうよりもタオルの場合、こうすることでふわって感じになるとかなんとか。

それからポロシャツも同じように音を鳴らしながら軽く振ってから、ハンガー跡が残らないとかいうハンガーに掛ける。

下着と靴下類は洗濯ばさみがいっぱいぶら下がっているアレにつけて…っと。

一人だったら週に二回くらいで洗濯してたかもしれないけど、こうして二人でいたらそんな訳にもいかない。

「ずっと一緒に暮らしたいって思うけど、それは……さすがに負担になるよな。今だってきっと負担はかかってる。今日だって休むことに出来たのも、瑞が店長との間に入ってくれているからで」

瑞がいないと、全部声に出てしまう。

「それでも対応してくれてるのは、上司でもあるから……だし。指導役でもあったから…だし」

思っちゃいけないと、自分の中にあるもう一つの答えをあえて言葉にせずにいる。

言葉にすれば、現実感が出そうで…怖い。

洗濯物を干した後は、さっきの作業に戻ろう。

シンクの下の扉を開けて、頭を突っ込むように覗きこむ。

「え。重曹って掃除用だけじゃないんだ……へぇー…」

いや。掃除用って書いてある方を使えばいいんだろ? ね? 

「きょ、今日はガス台をキレイに拭いておくだけにしとこっか…なぁ」

語尾のあたりには矢印が弧を描いて下へと曲線を描くみたいに、力なく「なぁ」って言葉になった。

すぐにテンション下がるんだから、俺。実は結構めんどくさがりだからな。瑞にはバレたくないけど。

ガス台用のお掃除シートで軽く拭きあげ、シートをゴミ箱にポン。

掃除機をかけ、あちこち拭いたり、ちょっと配置が崩れてる場所は整えたり。

「ま……まあ、俺にしてはやった方……うん」

瑞が嬉々として掃除や片付けをしている時と比べてみるけど、何かが違う気がするけどどこなのかはわからない。

「なーんか、キラッキラするんだよな。瑞がやった後って」

よくわからないそれを思い出そうとするけれど、どこがどう違うのかが思い当たらない。

「瑞に今度聞いてみるか…」

そう言いながら、電気ケトルに水を入れてお湯を沸かす。

俺一人の時に使いがちな、スティックタイプのラテとかのカンタンなやつ。

すっかり俺の物と化したマグカップに、今日は抹茶のラテでも淹れよう。

そう思ったはずなのに、マグカップの中には違う飲み物が入っている。

「なんでココア…。たしか今朝の早めの朝ごはんの時にも、ココアが入っていたような」

今朝のことを思い出す。

朝早くに瑞に話をすることが出来て、安心したのかまた眠りについて結構深く眠れた。

時間だけでいえば、そこまで長い睡眠じゃなかった。のに、思いのほかスッキリしていた。

起きてから瑞と朝食について話をしてた、多分。

それで、俺はドリアっぽくしてもらったんだ。チーズは多めで。

(けど、ところどころ曖昧になる記憶がある。その曖昧な部分があるって認識が、自分に起きていることが現実なんだって知らせてるってことで。そこばっかりハッキリするだけで、肝心な部分は曖昧さが増していく一方じゃないか)

明瞭と不明瞭の割合が、日を追うごとに逆転していきそうになるのを感じる。

それがたまらなく怖い。

不明瞭さに気づけているうちは、きっとまだ”俺”でいる証拠だ。

瑞の様子からいけば、俺の中の俺は瑞を困らせるようなことや発言はしていなさそうだ。

(でも…知らない誰かに瑞との時間を取られているようで嫌だ。それに、二人の秘密も勝手に明かされてるみたいなのも)

目の前にあるココアに口をつけて、はあ…とため息をこぼす。

(ココアは、俺じゃない俺…か?)

スクッと立ち上がり、もう一度お湯を沸かしなおす。

シンクにココアを飲みかけのままで流し、蛇口から出したお湯でマグカップをかんたんにすすぐ。

パチンとお湯が沸いた音がして、ザッと拭いたマグカップに抹茶ラテの粉末を入れてからお湯で溶かす。

スプーンで混ぜながら、自分の中にあるどす黒い感情に顔を歪めた。

混ぜた後にスプーンをそのままシンクに放り、歩きながらマグカップに口をつけた。

「……ふう。”お前”にはくれてやんないよ」

俺じゃない俺が最終的に俺をどうするのかなんて、俺自身に100パーわかるわけがない。

瑞からもハッキリ聞いた様子は見受けられない。

たとえ俺の心を守ってくれてるんだとしても、それを右から左に受け入れられるほど柔軟性が高いわけじゃないからな。俺。

俺の心がもたない時に、俺自身を守るために生まれたんだとすれば?

なら、どこまで俺の生活に入り込むのが、結果的に俺を守れるのかってわかってるってことだよな。

でも…おかしいなと思う時もある。

どう考えても、そういう危うい状況じゃなかったよな? って時にも、記憶が混濁するような日があった。

ほんのりお茶の香りがする中で抹茶ラテをすすり飲めば、わずかな苦みとミルクの甘さがいい感じに混ざり合ってる。

少し癒されながら、テーブルにマグカップを置いてソファーに寝転がった。

ひじ掛けに頭を乗せて、考えてもどうしようもないことを考えてしまう。

どうにかして、“そいつ”と話が出来たらいいのに。とかなんとか。

昔はそこまでの長時間とか頻繁に記憶が飛ぶとかなかったのに、一葉のことがあって以降、地味に増えていたもんな。

自分であって自分じゃない誰かが、一葉から与えられるいろんな痛みから俺を守ろうとしてくれた。再発みたいに出てくる回数が増えたのは、それもキッカケの一つだろうと思ってはいるけど、そもそもでじゃあ”そいつ”が抱える痛みからは誰が守ってくれる? それとも、自力で消化出来るだけのメンタルの強さでも持ってるのか?

結局は俺であって俺じゃなく。と同時に、俺じゃなくて俺でもある。

心も体も同じ一つの物でしかないんなら、元々俺自身がそれに耐えられるだけのものを持ってたってことにもならないか?

そのあたりも同じようなことを何度も考えてしまうな。

右手を目のあたりに乗っけて、そのまま目を閉じる。手の甲のゴツゴツとした感じが、当たり前だけど俺は男なんだなとわかる。

瑞を見ていると、彼こそ本当に男性なんだなと思えてしまう。

頼りがいのある男性。甘えさえ上手。知識も経験も叶うわけないけれど、瑞のような男になりたい。そんな思いが最近は特に強くなってきた。

俺が男らしくあれるのは、たった一つだけ。

瑞を抱く時。小説とかだと、組み敷くとかもいうか。

ベッドの上になると、最初の時に決めさせてくれたように瑞が抱かれる方になる。

唯一、男でいさせてもらえる部分。

最中にはスイッチが入ってしまうのか、瑞がもう無理とかおかしくなるとか涙を浮かべながら、色気駄々もれの表情で訴えてくる時もあるけど、おかまいなしに攻めたててしまう。

もっともっと…と、奥の方でつながりたい欲求に素直になって。

「……あれ? 俺ってヤってる時が一番素直?」

ふと思った。サディスティックとまでは行かなくても、半泣きになって喘いでいる瑞の顔を見るだけで熱が一気に高まっていくら抱いても足りないっていいながら、ずっとガチガチに固いままのそれで瑞の意識が飛ぶまで穿ち続けてる。

たまに上に乗らせて、下から突き上げると夢見心地みたいな顔をして体をふらつかせている瑞がたまらなく愛おしくなって、もっとどろどろに溶かしたくて腰を浮かそうとした瑞の腰をつかんで逃がさなかったっけ。

人間の欲はいろいろあるけど、性欲は本当の顔が出るんだなと、今更ながら思った。…たった今。

「………だから、一葉も本性が出た…のかな」

一葉が俺を攻めていた時の顔は、いまだに消えてくれない。

すごく嬉しそうに、ウットリしながら俺の体を揺さぶっていた。

思い出したくもないのに、思い出してしまう。

あの声、あの肌、手の感触、声、言われたこと、中に入ってきた圧迫感と気持ち悪さ、吐き出された後に中から出てきた白濁したアレの気持ち悪い感覚、舐められた舌先の感触、縛りつけられたリボンの感覚。

アレもコレも、どれか一つでもかんたんにあの瞬間に引き戻してくれる。

そんなスイッチ、いらないのに。パチンとあっけないほどに、一瞬で。

「ど……して?」

じわりと涙が出る。

瑞との行為をそういう使い方をするつもりはなかったけど、瑞と肌を重ねていくことで一葉との違いを自分に思い知らせたくもなった。

瑞との触れ合いは、それっくらい心も体も満たされて気持ちがいいから。

あんな行為は、愛なんかどこにもないから忘れちまえよって言い聞かせたくって。

ジクジク…と、パジャマ代わりのスウェットを持ち上げて、そっと触れた指先で反応できるくらいに固くなっていた。

「なん…っで」

こんな時にこんな風になるなんておかしい。

どうだと、体がそういうことを欲しがっているのかがわからなくなる。

興奮する要素なんかどこにもなかっただろ?

「っっ…ふーっ」

体を起こして、うなだれる。

その間もずっと一か所だけには熱が集まって、痛いくらいになっていくんだ。

どういう性癖なんだよ、どういう趣味なんだよ、何がキッカケでこうなってるんだよ、それがわからなきゃ無自覚のままでそのへんでおっ勃てる変態になってしまう。

それになにより、自分のことがわからないのに、わからないことをこれ以上増やしたくない。

「お…落ち着け……俺」

だから安易にヌくとかはしたくなくて、他に意識を向けたらと考えた。

瑞は目の前にいない。自分を助けられるのは、俺だけ。

「…………あ」

時間は少し早いのをわかってて、一か所を熱くしたままで俺は立ち上がる。

「瑞から渡された弁当…」

それを手にして、ソファーの方へと戻る。

ゆっくり食べれば、それなりの時間になるはずだ。

「もう…これに縋るしかない」

ご丁寧にそれっぽくっていいでしょ? と大きめのハンカチに包まれた弁当箱を取り出す。

大きめの弁当箱の半分ほどにご飯。その上に炒り玉子とほうれん草かな? 炒めたのがのっている。二色ご飯だ。

「思ったよりも凝った弁当だな」

俺の好きなポリポリウインナーが炒めてあって、コロッケかな? 多分こないだ買ってた冷食だな。俺が美味いっていったやつ。

「また買っといてくれたんだ…瑞」

使いきったところで記憶は止まってた俺。

「気の利く可愛い彼氏だ」

弁当の中身だけで、瑞の俺への愛情が見えそうだ。

「…え? こんなのいつ…」

そしてもう一つのオカズに、ちょっとビックリした。

ジャーマンポテト、か? それっぽいな。

昨日はシチューだった。でも他に何か作ってたっけ? いつ作った? 俺が今朝寝こけていた時?

入っている具材的に、俺だけに作ったジャーマンポテトだ。

ちょっとの玉ねぎは、レンジで火を通したやつだ。炒めたやつじゃない。それにホクホクしたじゃがいも。あとは、スライスハムとちょっとだけツナが入ってる。

瑞はいつだって手際よく準備をして、魔法でも使ったかのようにあっという間に料理してしまう。

一人分だって、時間も手間もかかったはず。

いつもなら昼はコンビニで買った物ですませたってよかったのに、こんな風にちゃんと食べなよって置いていってくれる。

「…ずっ」

涙があふれてくる。

こんなにも愛されているっていう事実に。

不思議なことにまだ熱は収まらず。

「いただきます…」

手をあわせて、瑞に感謝してから箸をつける。

ズキズキする熱を持て余しながら食べる、瑞・作の弁当は美味くって。

「あーぁ…。胃袋をつかまれるって、ホントだな」

瑞につかまっちゃったなぁとか思いながら弁当を食べてるけど、ちっとも嫌じゃなくて。

むしろ、もっとずっとつかまってたいななんて思いもして。

(俺じゃない俺も、瑞の食事は嫌いじゃないんじゃないのかな)

重なる部分の一つだったらいいのになんて考えながら、ブラックペッパーがかかったスパイシーなジャーマンポテトに箸をつけた。

ホクホクしたまろやかな中に、ピリッとした刺激があって。

「…美味ぁー」

この時間を過ごしているのが自分なのか違うのかの曖昧な感覚の中で、瑞からの愛情を噛みしめながら弁当の中身を減らしていった。

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