それが恋だっていうなら…××××

ハル*

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愛してるって、どんな風に? 2

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~水無瀬side~


悠有が今までになく、緊張している。

このまま話を聞いてもいいのか、体調に不安を感じてしまうほどに。

「ゆっくりでいいから」

今の俺が悠有にかけられる言葉は、これ以外に浮かばなくて。

「…ん。ありがとね、いろんな意味で」

苦笑いを浮かべる悠有に、ゆるく首を振っていいんだよと伝える。

「飲み物、追加でほしくなったらいいなよ? すぐに準備するから。きっと、喉が渇くだろ?」

自分が言ってることが、まるでオカンみたいだななんて思いながら話の前に伝えてみれば、悠有がくすりと笑う。

「…ほんっとに、いい人…だよね。瑞って」

あまり言われ慣れていないことを聞かされて、ガラになく照れる。

「ぷ。珍しいね、瑞が照れる姿って」

素直にツッコまれて、「余計なこと言うなって」と照れ隠しのように顔をすこしだけそむけた。

「ほんと、いい人だよ。…俺に、もったいないっていつも…思う」

俺をいい人だよと、繰り返してくる悠有。二度目に呟いた時の悠有の声が、なんだかすこし低めの声だったのが気になって悠有の方へと顔を戻してみたけれど。

「…ん? なーに?」

と、その声色が気のせいだったと思えるほどに、いたって普通の悠有の姿がそこにはあって。

「ん…いや、なんでもないよ」

気のせいだって思うことにした俺は、それだけを返して、悠有の話を待つことにした。

「…………はあ。何から話せばいいかな。難しいや。自分の中でも整理しきれていないし、情報が足りていないこともあるだけに…今、話していいのか、まだ迷ってるくらいなんだよね」

ためらいがちに、眉尻を下げて、困った顔つきでそう切り出す悠有。

「でも、何かを話さなきゃって思うことがあったから、話そうとした…で、合ってる?」

なんとか悠有の背中を押したくて、話したいと思ったキッカケを意識させてみる。

「まあ、そう…だね。早めに情報として共有しておかなきゃって思った…が、正解、かな」

「情報…」

「うん。…情報って言った方がいいって内容かな、と」

マグカップのコーヒーを一口飲み、ふう…とどこか息苦しそうに息を吐く彼の膝に手を置き。

「ほんと、焦らないでいいから」

話せない状態になる気がして、手のひらでトン…トン…と数回膝を控えめに叩いた。

「…う、ん。……ふう。………はあ…、思ってる以上に緊張してるんだな。…“ボク”」

(ん?)

たった一言。悠有が自分のことを“ボク”と呼んだ瞬間、悠有の目つきがどこか変わって見えて。

「悠有?」

話を中断する気なんかないのに、どうしてか目の前の彼の名を呼んでしまった。

「んー? なぁに?」

呼びかけた俺へと返してきたその声のトーンは、なぜかこの場に合わなそうなのんびりしたモノで。

「大丈夫、なのか?」

妙な不安感を胸に、疑問を口にした。

「ん? うん。…多分、大丈夫、だよ?」

俺の疑問へ、なぜか若干語尾をあげて、疑問形で返してきたのがよくわからない。

(もしかしたら、俺が思っているよりもなにか深刻な事態なのか? 悠有が置かれている状況は)

心臓が急にバクつきだす。

(――――こんなの、初めてだ)

形容しがたい恐怖感、不安感、焦燥感。どれが正解かわからない感情が、じわりと胸の中に滲んでいく。

「あのね、瑞」

そんな俺の状態に気づくはずもなく、さっきまでの悠有に見えた緊張感が和らいだのか、普通の会話のように切り出してきた。

「職場、変えるか、時間帯を変えるか。どっちかを、したい」

「ん?」

どことなく舌ったらずな口調で話し出したその内容に、すこし首をかしげる。

弟のことがあったからか? でも、弟に関しては、義父がどこぞに留学させたから大丈夫という話だしな。

思い出して、その話をしても悠有は首を振るだけ。

「それじゃ、ダメ。無理。危険」

「え? どういうこと? 無理ってのは話次第では理解できると思うんだけど、危険って意味がちょっと」

いつもの悠有の感じとは何かが違うけど、じゃあ何が? と聞かれても答えられない。

緊張しすぎると、こんな感じになっちゃうのか? これまでの悠有に、ここまで緊張する事態に陥ることがなかったから、見慣れない感じがして違和感があると思うだけなのか?

「ん、と。今までと同じ時間の長さ働くなら、行く時間早めて、終わる時間も早めたい」

「えー…っと? どこかの時間を避けてるって意味で、合ってる? 避けたい時間に、用事があるの?」

細かい説明がなくて、こっちで探らなきゃいけない感じだ。普段の悠有は、もうすこしなんていうか…こう…補足説明をこっちから言わなくてもしてくれる人で。

「用事はない」

なのに、説明をコッチから求めなきゃいけない様子にしか見えない。

「ん、と、さ。…えー…っと、さ。…悠有」

「ん? なーに」

どうしていいのかわからなくて、何も考えずにごく自然に太ももに置かれていた悠有の手を握っていた。

その手はヒンヤリしていて、やっぱり緊張しているのかもと思えて。

「避けたい時間帯、どこ? 店長とか、パートリーダーにも相談しなきゃ決められないと思う。で、その時間以降は無理なんだと周知して、徹底させなきゃ…なんだよね? きっと」

確認事項として、ゆっくりと話していく。

「んー? うん」

先の、んー? の時に、斜め上を視線だけでチラッと見てから、うなずいた悠有。

「あ。ねえ、アレ飲みたい。アレ」

そして、いきなりのおねだり。

(いや。たしかにさっき、あらかじめと思って飲みたいものあったらいいなって言ったけどさ)

「ココア!」

この場所で淹れたのは、たった一回のそれ。

「コ…コア?」

「うん。ココア飲みたい。飲ませて! で、それから話の続き…しよ?」

ニコニコと、話への緊張感はどこに行った? と戸惑うほどに明るい笑顔で。

「ま、あ。いいけどさ、別に。ココアね…うん」

一緒に買い物に行った時に、久々に飲んでみようかなんておかしな盛り上がりをしつつカゴに入れ。夕食の後に飲ませてみれば、よほど熱かったのかややしばらくフウフウと息を吹きかけて冷ましていたっけな。

(猫背になって、マグカップを大事そうに抱え込みながら飲む姿が可愛かったな)

あの日の悠有を思い出しながら、電気ケトルでお湯を沸かし、同時にレンジで牛乳を温めて。

「悠有は、すこしだけ牛乳多め…っと」

目の前の悠有に頼まれたわけじゃないけれど、たった一回だったその時の二人を思い出せば、好みの濃さが口をつく。

「俺のは、ちょいお湯の方が割り増し」

コポコポ…とお湯を注いで先に粉末を溶かしてから、温めた牛乳を入れてさらに混ぜて。念のためで、悠有の方だけ味見。

「……ん。たしか、こんな感じだったな」

小さくうなずいてから、マグカップをふたつ手にして彼の元へ戻る。

「悠有」

マグカップをテーブルに置きながら、愛しい彼の名を呼んで驚く。

(顔色悪いな)

「悠有…大丈夫か? 顔色悪いけど」

これ以上、話をすべきじゃないのか? と考えながらも、早めに話を聞いた方がとも思うだけに焦れて。

「……ココア、ちょうだい」

の声に、一旦テーブルに置いたマグカップを悠有の手に持たせる。

眉間にシワを寄せつつ、あの日のように息を吹きかけてココアをすこし冷ます悠有の姿。

コクリと一口飲むと、ほう…とどこか安心したような吐息が聞こえた。

ソファーに座るでもなく、悠有の足元に膝をついてココアを飲む悠有の顔を見上げる。

過保護とか言われる時もあるけど、ぶっちゃけしょうがないんだ。

俺には悠有の体に関係する医学的な知識は、極端に少ない。悠有から聞かされる情報だけで埋まり、他に持っている知識はごく一般的な知識だけ。

それじゃきっと自分が一番不安になるってわかってても、どこまで知識を得ても足りない気がしていろんな本を読むけれど。

(本だけで得られない知識外の知識ってのが、きっと一番役に立つんだろうな。経験値が足りていないとも言えるんだとしても、たった数か月の俺にはまだ難しい話だ)

こんな風な悠有を目の前にしても、どうしてやるのが正解なのかわからない。

悠有が欲しがるものを欲しがる形で与えるしかないのに、それ以上を与えたくて焦れる。

(焦れることしか出来ないくせに、身勝手だな)

すこしずつ悠有の頬が赤らんできて、顔色が変わっていく。

寝室の方へ行き、クローゼットにあるすこし厚手の上着を手にして戻る。

「これ、膝にかけておこうか。時期的にストーブをつけるってもんでもないけど、すこし寒かったんだろ?」

上着を膝にかけてやりながら、そのうち悠有専用のひざ掛けなんかも買おうと頭の端っこに引っ掛ける。

「ありがとね…瑞」

眉尻をふにゃりと下げて、本当に嬉しそうに微笑んだその顔は。

(いつもの…悠有?)

なんて、おかしなことを考えてしまうほどに、さっきまでの悠有と見比べてしまう。

「うん。他にしてほしいことあったら、言ってよ? 悠有だけには甘いんだから、俺」

いつものやりとりみたいにそう言えば、悠有もいつもと同じように返してくる。

「これ以上甘やかして、どーすんの? 瑞がいなきゃ、生きられなくなっちゃうよ」

「そうなっていいって、俺…いっつも言ってるけど?」

「…ぷ。ほんっと、甘いんだから。俺に」

俺という呼称に戻った、悠有。

(なにかの条件があるのかな、悠有のその状態には)

時々どこか引っかかっていたそれを、嫌でも意識させられる。

コトンとマグカップをテーブルに置いて、足元にいる俺の左手を悠有の右手が握る。

「悠…」

名前を呼びかけたと同時に、悠有の声が重なった。

「これから何かが起きても、“俺”を信じて…くれないかな」

自信なさげな声で、悠有が告げた刹那。

(……え)

目の前で起きていることに、頭の中が追いつかない。

「ふふっ」

顔は同じなのに、醸し出す空気のような何かが違う。

「おいしーね、ココア」

同じ飲み物を飲んでいる感想なのに、温度が低い。

「悠有、なのか?」

自分で何を言ってるのかわからない。おかしいってわかってる。悠有が俺の手に重ねた手の上から、右手を重ねて握り返す。

「なーに言ってるの? 悠有、でしょ? ”ボク”は、いつだって悠有でいるよ?」

このわずかな時間に、”悠有”が入れ替わる。

(どうなってる? どうすればいい? 俺は今、なにを求められている?)

悠有の手を握りながら、おかしな感情が胸の中を満たしていくのを感じる。

『――――行かないで』

「瑞がさ、今、何を考えているのかわからないんだけど。とにかく、一個だけ…お願いしたいな。さっき話したこと、なるはやでどうにか出来るかの答えが欲しい。それまで…職場に行くのやめた方がいいのかも」

「休むってことか?」

悠有らしい相手に、そこを確かめる。

「ん。きっとまた、倒れるか何かしら起きちゃうから」

何かしらが起きる。それの原因に本人は気づけていると思っていいのか?

「少し待っててくれるか? 今、店長の方に電話入れてみるから。シフトの細かい調整は、店に行ってからじゃなきゃ無理だけど」

んなことを頭に浮かべていたって、この感じでいけば現段階では打ち明けてもらえなさそうだ。

(なら、求めていることをひとつずつやるのが最短…ってか)

「俺の方の、牛乳少なめでもいいなら、飲んでていいから」

立ち上がって悠有の頭にポンと手を置いて、そのまま二往復分撫でる。

なんとなく家の中で店長と話したくなくて、車の鍵を手にして悠有に声をかけた。

「じゃ、話してくるから、待ってて」

上司として、教育担当として、彼氏として。俺がやれることがあるのなら。

靴を履き、玄関を出る。

車の鍵を開け、シートに腰かけてドアを閉め。

「………はぁ」

ステアリングに突っ伏して、悠有の前では吐き出せなかったほど盛大にため息をこぼす。

突っ伏しながらも、頭の中は可能な限りクリアーに。

目を閉じて、やらなきゃいけないことを脳内で優先順位を振り分けていく。

ひとまずで、店長に話をしなきゃいけない。

「まあ、あれだよな。今日も店内で倒れたようなもんだから、体調の問題っていうことで相談があったと切り出すか」

今後のことを考えると、下手な情報を曖昧なままに付け加えるのはやめた方がよさそうだ。

「……ふぅ」

胸の中の空気を吐き切るように、思いきり息を吐き出してからスマホを手にする。

「これしか…やってやれないなんてな」

やれることの少なさにすこしの苛立ちを感じながら、店長の名前を選んでから通話ボタンをタップする。

「あ。もしもし。お疲れさまです。水無瀬です。…今、電話いいですか? 相談がありまして」

なんて切り出して、いつもの店長との電話よりも長電話をする。

(俺の予想が合っててほしいのか、間違ってたとしたらどうしたらいいのか。こういう時の情報と経験が足りないっていうんだよな)

焦れたって、今すぐこの手に入らないものばかりだ。

「ないものねだりって言ったか。こういうのって…」

自分を”ボク”と呼称した時は、以前にも何度かあった。その時の悠有は、どんな状況だったか。

「…はぁ。思い出せない。意識してなきゃ、記憶に残らないってなー」

弱気になってしまう自分を認めざるを得ない。

さっき、アイツは言った。たしかに。

いつだって、悠有でいる、と。

『悠有であって、悠有じゃない誰か』

そういう存在だと、ひとまず認識しておくしかないか。

悠有自身は、いつものようなことを思い悩んでいそうだなと、ふと思った。

体のこと、義弟のこと。自分を取り巻く環境は、俺にとってめんどくさいものになるって。重荷になるって。

いつだったか、面倒になったら言ってねなんてことも言われた記憶がある。

実際、過去につながった相手たちの存在自体がめんどくさくてうざったいなと感じたら、特に首を深く突っ込むようなことなんかしたことないな。

「ないな、間違いなく」

何度となく思い知る。小林悠有は、俺の特別だ。

だからいつだって即答する、きっと。

悠有がそんな理由で俺から離れて行こうとする時が来るならば、それっぽっちじゃ悠有を手離さないよと。

悠有が不安を感じて揺らぐたびに、呆れるくらいに繰り返し伝えていく。

ほんと、それだけしか出来ないけどな。

「タバコ一本吸ってくか」

車を出て、鍵を閉め。車にもたれ掛かってから、タバコに火をつけて。

暗闇の中で、あかく灯るタバコの色。

手元だけでかすかに浮かんで見える紫煙に、ふう…と息を吹きかければあっという間に闇へと紛れてしまう。

ゆっくりとタバコを吸い、家の中へと戻ってみれば悠有がソファーでもたれかかりながら眠っていて。

「ったく。風邪ひくっての……ん? なんだ、これ」

俺のマグカップにあったココアは、半分ほど飲んだようで、そのマグカップの下に挟みこんだみたいにメモが折りたたまれている。

「悠有の文字だ」

当たり前のことなのに、さっきの様子を思い出せばどこからどこまでが悠有なのかなと思ってしまうのは許してほしい。

「一葉の居場所を確実に? 悠有の義父が、留学させたんだろ?」

メモを読みながら、首をかしげる。

けれど、どっちの悠有か不確かだとしても、情報をよこした。そして、これを求めてるんだろ? 協力してほしいこととして。

「なんだろな。……なにか、起きるかもしれないって感じてるのか?」

悠有と義弟にしかわからないナニカがあって、それに紐づくモノがあって。でも、自力で確かめられない理由も悠有の中にあって。

「わかったよ、悠有。……きっと助けるから。悠有が願ってるはずの、ごく普通のよくある生活が過ごせるように」

寝入ったばかりだろうからと、薄めの毛布を寝室から持ってきて掛けてやる。

「あとで運んであげるね」

ふわふわの髪が揺れる頭に、ちゅ…とキスを落としてから。

「さて、と。とりあえず、明日の準備するか」

悠有の休みは取れたけど、俺も一緒にとはいかない。またかよって感じだけどな。

明日店長とパートリーダーと話す時間を作ってもらって、その間の業務を他の人たちにサポートしてもらうしかない。

「まずは…米研いでから」

腕まくりをしながら、キッチンへ。

米を計量しつつ、口をきゅっと引き結ぶ。

いつもどんな時もそばにいられなくても、悠有にそばにいるよと伝えるためと心と体のためにもしっかり食べてほしい。

俺が出来るサポートの一つで、二人が一緒にいるようになってからの大事なことの一つ。

食事面を満たすための準備を進めていく。

今日の夕食の、シチューのアレンジメニューも用意しながら、悠有が笑ってくれることを想像していた。






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