それが恋だっていうなら…××××

ハル*

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定義づくようでつかないもの= 4

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~小林side~


カフェの中に、水無瀬さんに続いて入る。

ふわりと香って迎えてくれる、コーヒーの匂い。くん…と小さく息を吸えば、好きな匂いで満たされていく。

外観と同じで内装も可愛い系という感じだから、どう考えても水無瀬さんが自力で見つけたとか思えなくって。

黒くて長めのカフェエプロンを着けた、年齢は僕と変わらなさそうな男性が席まで案内してくれる。

窓際で、本棚に近めの席。

「今日のオススメは何?」

二人のやりとりを、メニューを盾にしてコソッと盗み見る。

「今日はこちらのピラフセットですかね。ケーキは、今日はこちらの三種類から」

「ふぅん。……小林くんは、何が食べたい?」

「え、あ…じゃあ、オススメのを」

「…そ。じゃあ、俺はこっちの和風スパとこのケーキのセット。で、豆は…おまかせするよ。神田くんの見立て、外れないしね」

「こちらのお客様は、ケーキはいかがなさいますか?」

「あ、つけてください。…えと、これ…で」

「コーヒーのお好みはございますか?」

「特にないので、俺もおまかせしていいですか」

「あ。取り皿余分にもらえる?」

何故かそう言った水無瀬さんに、ふわりと微笑んでから。

「…かしこまりました」

そういって、小さく腰を折ってカウンターへと戻っていく神田くんというスタッフさん。

「カッコいいですね、カフェエプロンの似合う人」

こないだ読んだBLは、カフェ店員とお客さんの話だったのを思い出す。

実写版って感じがして、思わず思い出し笑いが出てしまう。

一人でくすくすと笑っている俺を見て、「楽しそうだね」と水無瀬さんが口角を上げる。

「この間読んだ本に、カフェ店員が出ていて」

と正直に話せば、頬杖をつきながら俺を見てニコニコしている水無瀬さん。

「本いっぱいあるでしょ? ココ」

話を切り出されて、改めて席に座ったままあたりを見渡す。

「確かに多いですね。マンガに小説に、一部には専門誌もあるんですね」

「注文したものが来るまで、何か読まない?」

「いいですね」

おもむろに立ち上がって、それぞれに本を探していく。

本だけじゃなく、本についている帯もそのまま置かれていて、帯を読んでいるだけでも面白い。

文庫本を手にして、表紙、目次、最初の10行、あとがき…の順でめくっていく。

話題にあがっていた本だけど、なぜか買うのを忘れてしまって結構経っている。

「ここで見つけられたのも何かの縁かな」

薄めのグレーが基調の表紙の文庫本を手にして、俺は席に戻る。

水無瀬さんはまだ戻っていなくて、視線で彼を探せばなぜかあの店員さんと話している。

(なんか、距離近くないかな。常連さんなんだろうけど、ちょっと近くない?)

頭がくっつきそうなほどの距離で、何かを囁きあって時々同時に肩を揺らして笑ってて。

(……面白くない)

文庫本を手に持ったまま、二人の背後から声をかけた。

「本、決まりました? 水無瀬さん」

その声に振り向いた水無瀬さんの目尻に、涙が浮かんでいる。

「はー…っ、面白かった。また今度、ゆっくり話そ。連絡するよ、近々」

「…はい。待ってますね」

泣くほど笑っていたのか、水無瀬さん。

常連かもしれないけど、連絡を取りあえるような関係ってことだよな? 今の会話の流れだと。

「ごめんね、小林くん。待たせた?」

「……いえ」

短くそれだけ返して、俺は席へと戻る。

腰かけてすぐに本を開き、ページをゆっくりとめくっていく。

かすかに聴こえる音楽。紙がすれる音。先に置かれていたコーヒーの匂い。

本来なら、ものすごくリラックスしているはずの状態なのにな。

(なんなんだ、さっきのアレ。ゆっくり話そう? 連絡する? 待ってますって言った顔、めちゃくちゃ嬉しそうだったよな。どういう関係? もしかして、過去に関係があった人? 俺は彼氏になったばかりだけど、実は同時進行の相手がいる?)

読んでいるのかいないのかわからない状態で、ページをめくっていく。

(この本に縁があるのかないのか、よくわからないな。読みたかったはずなのに、頭の中に話がちっとも入ってこない)

状況を考えて、ため息をひとつ。

スマホを取り出して、メモ機能にこの本のタイトルと作者名を打ち込む。本を撮影すればいいだけなのをわかっていても、この場でそうしたくなくて。

(後で時間を見て読めるように、電子か紙媒体か、どっちかで買おう)

どれくらいの時間が経ったのか、気づけば注文したものがテーブルに並べられ始めていて。

「コーヒーのお代わりも一杯までは無料で出来ますので、よかったらどうぞ」

と、説明っぽく俺にだけ話してから、神田くんという店員がカウンターへと戻っていった。

「さ、食べよう。…っと、その前にさ。ちょっとずつ、互いのをシェアしない? 俺の和風スパの味、気にならない?」

「気にはなりますけど」

「俺はそっちのピラフが気になってる。というか、共有したいなっ…てね」

なんだろう。モヤッとするんだけど、このやりとり。

「手をつける前だったらいいかなって思ったんだけど…いい?」

なんだかさー、慣れてないか? 最初から取り皿を頼むのもだし、それをわかってた顔して持ってくる店員もさ。

「…………どうぞ」

俺は無言で自分のピラフを取り皿に盛りつけ、最後に目立って大きかったエビをてっぺんに鎮座させたものを手渡す。

「イヤだったらいいんだけど」

無言で盛りつけはじめたのが気になったのか、水無瀬さんが遠慮がちに皿を受け取る。

「イヤじゃないです。…そっちのスパ、すこしだけください」

そして、空の皿を水無瀬さんに手渡して、盛ってくれと促した。

「あー…うん。……なんか、ごめんね?」

何に対してのごめんねだ、それ。

「勘違いしないでください」

テーブルに備えつけられたしおりを本の間に挟み、食事を始める。

それに遅れて、水無瀬さんがフォークとスプーンを手にして、麺をフォークに巻きはじめた。

カチャカチャ…と金属同士が触れる音がする。その間に、わずかに麺を短くすする音。

「あの…さ、小林くん」

どこか遠慮がちに呼ばれて、「なんですか」と冷たく返す俺。

「エビ、一番大きいのくれたんじゃない?」

この状態で出してくる話題が、エビ? なんでエビを選んだ?

「優しいね」

「エビごときで、優しいとか言われたの、初めてです」

あー…んと大きく口を開けて、スプーンに山盛りにしたピラフを食べる。

話題のエビは、プリップリですごく甘くて美味しい。

「美味しいですよ、エビ」

「あ、うん」

なんだろう。……本気でイライラしてきた。

(出かける前の感じでいけば、部屋まで行って着替えを持って明日まで一緒にいて。出勤までの時間を過ごすんだよな?)

一緒にいて、平気か? 俺。精神衛生上、問題なくないか?

一葉の時とは違う意味で、メンタルが削られる。

(恋愛経験がないってことは、過去の相手がいないに等しいもんな。俺。いても、一葉だけだったし)

目の前で「たしかにエビ美味しいね」なんて遠慮がちに呟く彼を見て、嫌になるほど思い知らされる。

過去にどれだけの相手がいて、どんな経験をしてきたのかもわからなくって、今現在の彼が本当にフリーなのかどうか不確かだってことを。

職場の書店でも、お客さんからの評判がいいし、従業員の中でも飲んだ時の酒癖の話は出ても、他に過度な悪い話は聞いたことがない。時々お客さんに、水無瀬さんについて聞かれたことがあったくらいだしな。

経験値だけで言えば、レベル1とレベルもステータスもカンストが付きあおうとしてるって感じじゃないのか?

「……はぁあ」

その状況を想像しただけで、自分が水無瀬さんに不似合いな気がしてきた。

パクパク食べていたスプーンを置き、コーヒーに口をつける。

「なに……、どうかした? 何か考え込んでない? さっきから不穏な気配しかないんだけど」

不穏な気配とかいうけど、それってどういう意味合いでだろう。

この場で説明したくないなと思いつつ、コーヒーを飲み干して手を挙げる。

「すいません。コーヒー、同じのをお代わりお願いします」

そう告げると、カウンターの向こうですこし年配の人がコーヒーの準備を始めた。

ロクに返事をしない俺を何度も横目で見ながら、水無瀬さんは和風スパを食べきった。

「それ、えのきが美味かったですね」

空になった和風スパの皿を指さして、そう呟く。

「…うん」

何の話も振らないのはおかしいよなと思って話しかけてみたけど、今度は水無瀬さんの方が反応が鈍い。

「俺も料理がもっと出来る人だったらよかった」

残り三口ほどのピラフを食みながら、ボソッと呟いただけだったのに。

「俺が作ってあげるよ。ここに通ってるのも、味の研究もあるんだよね」

急に顔を明るくして、作ってあげるとか言い出す。

「いや…そうじゃなくって、自分でも自炊できるようにならなきゃって話で」

ご飯を炊いて、何かをぶっかけたりするばっかりじゃ、母親が一人暮らしをやめさせてしまうかもしれないし。

「教えてあげるよ、知ってるメニューしか出来ないけど。…あ、何だったらこの後に本を買ってさ。二人で作ってみるとかは…どう?」

なんだろう。今度はグイグイ来られすぎてないか? この人のさじ加減が、いまいちよくわからない。

「…そのうち」

なんてYESともNOとも言わずに、言葉を濁す。

「そのうち、ね」

濁した言葉を念押しのように繰り返す水無瀬さんを横目に、俺はまた自分の器の小ささを自覚したため息をもらす。

空になった皿を下げ、入れ替わるようにケーキとさっき注文したコーヒーがテーブルに置かれる。

注文したのは、シンプルなベイクドチーズケーキ。

水無瀬さんのは、ティラミスだ。

恋人になっての、初めてのデートっぽいもののはずなんだけど、普通はもうちょっと浮かれた感じになるもんだよな。

(どうしてこんな空気になっちゃったんだ)

どうしてもなにも、自分が原因だって思えるのに、水無瀬さんも悪いって思いたくて仕方がない。

このまま彼の部屋でもう一泊して、また仕事をして、そのうちまた彼と一緒の時間が過ごせたらラッキーって感じになるんだろう?

彼氏らしいって、どうすればいい? どんなことを考えながら付きあえば、目の前のこの人が…。

と、そこまで考えて、ジト…ッと彼を見つめる。

「なんか視線が熱い気がするけど、気のせいじゃなきゃ嬉しいな」

コーヒーを飲みながらそう呟く彼の姿が、どこか余裕を感じられて俺は焦れる。

(何をどうすれば、この人が離れないでいてくれる? こんな俺から、離れないでいてくれる?)

一気に膨れ上がった彼への想いに、自分が圧し潰されそうになっていることを自覚する。

と同時にヒヤッとする感覚が、体によみがえる。

(……一葉)

弟から執着にも似た感情を向けられていた自分を思い出し、一葉と同じ人間にはなりたくないのに、そうなってしまいそうな焦燥感に苛まれていた。

(そうならずにいたいけど、何をしなきゃ、何を言わなきゃ…そのラインを超えないでいられるんだ?)

頼り過ぎず、甘えすぎず。でも、愛されたい。愛したい。好意を自分に向けたいし、相手に向けたい。

目の前にいる、まるでラストダンジョン前の勇者のような彼を、コーヒーの湯気越しに盗み見るだけで今は精いっぱいな自分を知る。

やることなすこと自信がなくて、器の小さいことしか考え至れない自分を。





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