それが恋だっていうなら…××××

ハル*

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定義づくようでつかないもの= 2

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~小林side~


水無瀬さんに話せる範囲内の事情を打ち明け、すこしだけ胸の奥の荷物を置く。

話したからって問題がなくなるわけじゃないとわかっていても、わずかでもいいから軽くしたかった。

そんな俺の気持ちはひどく身勝手だなと思うのに、まるで水無瀬さんが両手を広げて「どうぞ」と言ってるような気がして。

(恋。……恋。恋と恋愛は、何が違う? 恋ってどうだと恋なんだ?)

冷静に考えたら、状況的に水無瀬さんと俺の関係は両想い一択。

でも不安定でどこかあやふやで、昔読んだ本にあった誰かが垂らした一本の糸みたいだ。つかんで登っていいのか、登った後に不安はないのか。その糸は本物か。…とか。後ろから誰かが登ってきて糸が切れやしないか…なんてのも。

小説や最近読むようになったマンガでも、いろんなカップリングの恋の始まりから終わりや成就までを目にしてきた。だから、恋という形を何一つ知らないというつもりはない。

ただ、さっき水無瀬さんにもらしたけれど、経験が足りていないからふわっとした感じでしか理解できていないことが多いと思う。けど結局は本の中にある誰かの恋愛も本当に絵空事にしかなっていなくて、自分に置き換えが難しい。

それが、恋愛経験値不足がゆえ……の『どうだと恋なの?』 ってことにつながる。

自分で自覚しているそのレベル1みたいな状態の中での、両想い…なんだよね? これって。

三歳差とか気にもならない、むしろ経験値も上で年齢も上ならば、俺が知らない世界をたくさん見聞きして体験だってしてきたんだよね。目の前のこの人は。

『ご教授ください。アッチエッチのことも、コッチのことも』

そう素直に口にしてしまった方が、事がすんなり進むような気がしなくもない。水無瀬さんが相手なら、成立しそう。

一葉のことを思い出して呟いたごめんの言葉でハッキリした、水無瀬さんへと一葉への気持ちの差。好きか嫌いかの違い。どっちがどっちの違いはあっても、体をつなげたことに違いはないのに…この人の近くに在りたい。

(…あ。そういう気持ちも恋なのかな)

さっき水無瀬さんにも、今…自分が抱いた感情を言葉にされていた。会社で会うだけじゃなく、個人的に会いたいと。

年齢イコール経験値じゃないのが歯がゆい。数学のようにこの公式を使って解きましょう。答えは一つです。…みたいな道筋がないのももどかしい。思考の仕方もわからない。

こうなってしまった時に、結局は自分が一番自分の感情を複雑にしているんだとも聞いたような聞かなかったような。母親が言っていたのかもしれないし。

(答えがあるようでなくて、見えているようで見えにくくて。それをどうすれば楽になれるのかを知りたくても、知る方法を知らなかったり)

悶々と考えながら視線を上げると、目の前の水無瀬さんが俺の顔を不安げに見つめていた。

「小林くん…さ」

名指しで話を切り出しておきながら、その後は眉尻を下げて困った顔つきになった。

「…なんですか? 水無瀬さん」

首をかしげて問いかければ、もの言いたげに見つめてくるだけ。

「水無瀬さん? ……どうし」

たんですか? と続けるはずだったのに、気づけばソファーの上で抱きしめられていた。

急なあたたかさと腕の中の窮屈さを感じたけれど、不快感はやっぱり感じられない。

脳裏にそう思い浮かべてから、ハッとする。

(もしかしてこれって、今後もなにかにつけ一葉と比べてしまうかもしれないのか?)

その気がなくても、比較はしてしまうのかもしれない。良くも悪くも。

一葉がたとえ元カレというものでなくたって、俺自身の中にある棘のように引っかかっているんだろう。

でも、いつまでもその状態でいれば、今後、水無瀬さんと付き合えたとしたって失礼なだけだ。

付き合ったことがないだけに、こういう時の接し方がイマイチわかりにくいや。小説やマンガみたいにサクッと解決! とか言えたらいいのに…と、これまであまり意識してこなかったはずの水無瀬さんの過去の人たちに思いを馳せる。

水無瀬さんの腕の中でもぞりと動けば、逃げることを許してくれない。

あたたかなぬくもりを与えてくれているこの人は、今までどんな恋愛をしてきたのだろう。

(どんな風にどっちから始まって、どんな風に体を重ねて、それから……)

まだ付き合ってもいないのに、独りよがりな妄想をして自爆しかかっている俺。

もぞりと腕の中で身じろいで、水無瀬さんが抱きしめてくれているぬくもりの中にもっと潜りたくなった。

「……っっ!!」

水無瀬さんが息を飲んだ気配があって、それをわかった上で俺は鎖骨のあたりにこめかみ付近をグリグリしてぴったりとくっついた。

腕の中でぼんやりと思い出す。

飲み会でこうして水無瀬さんの家に来たから、こういう流れになりはした。…けど、実際はどうなんだ? 俺。

(水無瀬さんのこと、いつから好きだった?)

BLに特化したものではあるけど、いわゆる恋愛系の小説やコミックスをガッツリ読んできている俺。……故に、恋のスタート地点が気になってきた。

すこしだけ冷静になってきたんだろう、こんなことを考える余裕があるってことは。

一葉のことがあって以降、しばらく読めなかったBL小説やなんやかんや。誰かの恋愛自体を俯瞰の目で見ることが出来なくなって。

と同時に、誰かを好きになるとこんな風に相手の気持ちおかまいなしになることもあって、相手を傷つけてでも自分の気持ちを知ってほしくなったりもして。一葉の気持ちを受け入れられないくせに、どこかで非情にも同情している自分もいて。

その後のことなんか考えていなかったのか? と思えるような、ある種愚行とも悪手とも思えるような選択肢を取って、俺と体をつなげて。あれで一葉は、満たされたのか? 本当に? と自分に傷をつけた相手なのに、どこか他人事のように思う俺もいて。

『もしも、俺が恋をするなら』

そんなお題を掲げては、ぼんやり何度も考えた。

出来れば、と頭につけてばかりの答えしか出てこなくて、自分で自分に笑えた。

強要したくない。

最初に浮かんだのが多分これだった。

一葉にされたことがいまだに尾を引いて、今でも実家で物が食べられないんだから。母親が作ってくれた、昔っからの好物であっても。

誰かを傷つけるような恋はしたくないし、押しつけたくない。

「小林くん…」

優しい声色が、俺を呼ぶ。ホッとする声。

抱きしめられて、頭を撫でられて。その心地よさに、素直に甘えてしまう。今はこのまま、腕の中にいたい。

不意に上の方でリップ音がして、思わず熱が集まりつつある顔を上げて水無瀬さんを見つめた。

「…ごめん。どうしてもキス…したくなって、せめて頭でも…って」

やわらかく笑う水無瀬さんは、抱きしめられる前に見た時と同じように眉尻を下げて謝る。

「別に謝らなくても…俺は」

そう呟くと、「じゃあ、勝手にしてもいいの?」と笑うので、それに笑顔で返す。

さっき脳裏に浮かべていた質問への答えは、まだ見つけられていない。

(いつから、何をキッカケに好きに? どうして水無瀬さんだった? 同じ同性なのに、一葉じゃなく水無瀬さんがいいと思えた理由は?)

自問自答の問いを、自分でどんどん深堀りしていく。

自分を一番理解できるのは自分だとしても、一番理解できないのも自分のような気もする。

――矛盾、だ。

闘病生活が終わり、未来を考えていいことになって、そうしてそれまで考えることを諦めていたいろんなことを一気に考えるようになって。

未来がないかもしれないと思って諦めていた勉強だって、時間はかかったけど先に進めた。それは実績として残せているし、焦らなきゃやれば出来たという自信にもつながっていた。

未来をこうして歩いてほしいと親に決められるような家じゃなかったのも大きいだろうし、再婚したことで金銭的に余裕も出来て選択肢も増えたのだって大きかった。

受験が終わってみたら、その次はどこかで意識して拡げてこなかった交友関係を拡げようとして、上手くいかなくて。すこしずつつながりが増えていった後には、新しい弟とのあれやこれやが待ってて。

大学を卒業するまでにも時間がかかったけど、無力じゃない自分を証明できたみたいで嬉しかった。そうして就職した先で、この人に出逢って。

「じゃあ、勝手にしちゃうからね?」

そう言いながら、自己申告してからキスしてくるのと同義なのに、あえて口にしてくれる水無瀬さん。

水無瀬さんが顔を傾けて、唇の先にツンと一瞬触れてから離れて。俺の顔を見て、本当にしていいの? と表情で聞いてくるのが可愛いなと思った。

(…え。可愛い…?)

水無瀬さんへそう感じた瞬間、胸の奥からもぞもぞするものがあふれてきて、その言葉がすべり出た。

「悠有…って、呼んで? 呼ばれたい。お願い…呼んで?」

自分の口から甘えるような声が出ていることも驚きなのに、さっきから水無瀬さんが気を使って名字で呼んでくれているんだろうというのを感じられて、嬉しいのと嫌な気持ちが混在して複雑になっていた。

一葉にあの呼び方で呼ばれるのは、もう…嫌だ。

でも誰でも呼べる呼び方の小林くんじゃなく、水無瀬さんだけの呼び方で彼のモノにしてほしいと思ってしまったんだ。

俺のお願いに、水無瀬さんの目が大きく見開かれてキスしかけた格好のままで固まっている。

顔を傾けたままややしばらく見つめあってから、水無瀬さんがポツリと呟く。

「呼ばれるたびに傷つかない? 大丈夫?」

って。

その言葉に、やっぱり気を使ってくれていたんだと確信する。

「水無瀬さんには呼ばれたいな…と。というか、逆に呼ぶたびにアイツを思い出させて嫌な気持ちにさせたりしちゃいます…か?」

念のためで確かめたくて聞き返せば、チラッと視線だけ斜め上に上げてから「それよりもね」と切り出す。

「俺が悠有って呼ぶたびに上書きが出来て、気づいたら跡形もなく出来たらいいのに…とは思ってる」

互いに何に対しての話か、主語は何一つみあたらない会話だけど。

「じゃ……じゃ、あ。上書き…」

カッコ書きの中身を知ってても、気にする必要がそのうちなくなる予感の方が大きくって。

「…ん。いいよ、上書きしよう。……悠有」

啄むように小さなリップ音を立てつつ、何度も触れるだけのキスをして。顔を離して、見つめあって、笑って。

どちらからともなく薄く開けた互いの唇を、まるで食むようにどんどんキスを深めていく。

「ふ…ぁ……ンっ……」

酸素が足りなくなって、か。キスに酔って、か。朦朧とする頭で考えられるのは、一葉のことなんかじゃなくて。

「好き……大好き…悠有」

贈られ続ける愛の囁きへ、経験不足の自分が返せるのがキスだけなのが悔しいということだけ。

自然とソファーの上で押し倒す格好になり、あの夜と似た場所で相手に同じ場所を触れられているのに。

(……気持ち…イイっ)

そのことに気づけないくらい、水無瀬さんに溺れていく。

誘われるようにキスをしながらそのまま互いの服を脱がしあって、わずかな時間ですら離れることもなく触れあって。

記憶の上書きをまたひとつ無意識でしていたことに気づけたのは、結構あとの話。

水無瀬さんが与えてくれる快楽に、差し出された手に迷うこともなく手を重ね、何度目かわからない欲を吐き出すだけ。

飲み会の翌日。雨。休日。両想い。

そんなものが並んでいた上に、恋の相手の肌に触れられる場所にいれば…触れたくなるんだろう。

飲み会の前まで何も知らなかった俺。

(やっぱりこれが恋…でいいのかな)

両思いだとわかってていても尚、何かに対しての焦りや不安定さが胸の中に残る。

気持ちよさにどうにかなりそうになりながらも、頭の端っこでどうしても答えを出したくて。

「呼んで…俺、を」

酸素不足になりつつも、組み敷いた相手に願えば乱れた呼吸のまま笑顔で「…悠有」と呼んでくれる。

定義なんてつかないのかもしれないな、恋も恋愛も。

たった一言。

聞きなれた自分の名前を呼んでくれただけなのに、相手が違うとこんな風になるのか。

欲を吐き出したばかりの彼の中にある自身が、グンッとまた反応を示し。

「…ぷ」

素直な俺自身に、水無瀬さんが思わずふき出してしまい。

「…ふはっ」

それにつられて俺もふき出して、互いに見つめあってから、どちらからともなく体を近づけて。

「好きだよ、悠有」

「大好きです…水無瀬さん」

囁きあう。

「って、瑞って呼んでほしいんだけど? ゆーうー」

とか、子どもみたいに拗ねるおまけ付きで呼ばれた自分の名前が、やっと自分の元に戻ったような気がした。




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