それが恋だっていうなら…××××

ハル*

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都合とか事情とか 5

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~小林side~


向き合って席に着く。

テーブルに配置された、ホットサンドとコーヒー。俺の前に、ミルクポーションがいくつか入った容器が置かれる。どこぞの店っぽい。

「うわ…」

思わず声がもれてしまったのは、ホットサンドからとろりと玉子の黄身がとろけていたからだ。

「いい感じに出来てよかったよ。たまに作るんだよね。ホットサンドメーカーあったら、結構楽だよ。急いで朝食作りたい時に。小林くんも一人暮らしだったよね」

「あ、はい。いつも炊いておいた白米に、玉子とか納豆とか。時々トーストとか」

「しばらくは似たような朝食だったな、俺も。これは具材変えたら単調にならないから、結構いろんなもの入れてみたりして、楽しみながら食事が出来る。…っていっても、俺も人に勧められてから使うようになった口なんだけどさ」

「今日のは、さっきチーズって言ってましたよね。あとは、見たまんま玉子と…ハムかな」

「うん、そう。今日の出来はかなりいい方。玉子をこの状態にしたいのに、生すぎたり熱が通り過ぎちゃったりね。…あぁ、よかった。小林くんと一緒に一番イイのが食えるんだから」

なんだか俺と一緒という部分だけが、都合よく耳に入ってきてしまう。

(単純に、同じ職場の人間にカッコ悪いところを見せずにすんだのを喜んでいるだけかもしれないだろ?)

とか、浮つきそうになる気持ちに釘を刺す。

「食べてみてよ、小林くん」

「はい。…いただきます」

こぼれそうになる黄身に気をつけつつ、思いきり齧りつく。

ホットサンド自体が初めてだけど、これ…面白いな。すこしコショウが振ってある? 時々ピリッとするけど、ちょうどいい感じだ。

「んぐ…もぐ…もぐ……んまっ…いいですね…もぐ…これ」

齧りつく、咀嚼、齧りつく、咀嚼…エンドレス。具材は家によくあるものばかりなのに、ホットサンドにしただけでこんなに美味さが増すなんて。

「食いつき、めちゃくちゃいいね。…あぁ、コーヒー飲みなよ。喉詰まるよ?」

「ふわぃ…もぐ」

ポーション2つ分入れて、スプーンで混ぜて。口をつけたコーヒーは、昨日飲んだのとは香りが違うかもしれない。

一人暮らししてから、ちゃんとした朝食を作れていなかったのは事実。母親に知られたら、やっぱり実家に帰って来なさいとか言われかねないほど。なんとも侘しい朝食って感じだ。

「確かにこれは簡単そうだし、美味いし、楽しめそう」

「…でしょ?」

俺がただホットサンドを食べているだけの姿を、水無瀬さんはニコニコしながらコーヒーを飲みつつ眺めている。

「一緒に食べましょうよ、水無瀬さん」

「ん? …うん」

彼は俺がそう声をかけると、まるで本当に食べることを忘れていたようにハッとしてから、ホットサンドに手を伸ばした。

「いいね。普段一人だと、誰かと一緒の朝食ってなかなかとれないから」

「わかります。今、それを実感してたところです」

そういってから、残り半分に手を伸ばした俺。

大きく口を開けると、水無瀬さんと視線が合う。

「また機会があったら、別の物も食べさせてみたくなるね。そんなに食いつきよくて、イイ顔で食べてくれると」

「え。ホットサンド以外にも料理って出来たりするんですか?」

問いかけつつホットサンドから玉子がこぼれそうになって、あわてて齧りついたのに間に合わず。

「あー…指についちゃった」

親指にとろっとした黄身が垂れている。”いいね”の形のようにこぶしを握って、親指の腹を舌先でなぞる。

そしてまたホットサンドへ口を大きく開き…と口を開けた格好の状態で、水無瀬さんの視線を感じて目が合った瞬間見つめあってしまう。

「ぷっ」

何が面白かったのか、笑われている俺。

「なんで笑ってるんですか」

食べようとしてやめたら、ふてくされている俺の顔を見てもニコニコしている。

「なんですか」

ホットサンドを手にしたまま、ボソッと呟くと首を左右に振って何も言わない。

(おかしな人だな、もう)

何とも言えない空気に嫌な気持ちになることがなく、ミルク多めのコーヒーをすすり飲んだ。

「で、さ。小林くん。そろそろ話をしようか」

急に話を振られて、反射的に姿勢を正す。

「っても、そんなに緊張しないでいいよ。大した話じゃないから」

大した話じゃないと言われたものの、昨夜のこと、一葉のこと、どっちもそれなりに迷惑をかけていると思うんだけどな。

それとも水無瀬さんの器が大きいから、許容してくれるってだけの話なのか?

不安な気持ちを抱えながら、気づけばマグカップを両手でつかんでいた。

「話をしようと思うけど、小林くんが先に聞きたいのは俺たち二人の昨夜のこと? それとも君の義理の弟くんについて?」

その言葉にマグカップをつかむ手に、力が入ってしまう。

「……その様子だと、後者かな? 合ってる?」

すこしためらった後に、小さくうなずく俺。そんな俺を見て、水無瀬さんはなぜかふわりと微笑む。職場でよく見るような、あの笑顔。

「あ、の…?」

どうして今、その笑顔なのか。その意味がわからないというか、すこしだけ怖さを感じる。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、水無瀬さんは俺に質問をしてきた。

「小林一葉くんは、君の義理の弟。それは合ってる?」

コクンとうなずけば、視線を逸らすことが許されないような視線に射抜かれて体がこわばる。

「これ、違っていたら違うって言ってね? 君は昨日みたいに、誰かとヤったことがある。相手は男。それは、義理の弟くんが相手。ついでに言うなら、君の方がネコ。…受けね? で、その弟くんから君は逃げているというか避けている。…合ってる?」

順を追うように質問をされ、その内容に顔がひくつく。

そんな話までしたってことか? 一葉と水無瀬さんが? 何のために? 誰のために?

「あー……。その顔ってことは、全部合ってるってことかな。もうひとつ聞くけどさ、誘ったのって弟くんだよね? 君じゃなく」

その言葉に、あの夜を思い出す。

熱のこもった目で俺を見てきて、そうして拒むことも出来ないままに一葉を受け入れた格好になった。

いつか俺の初めてをもらうからと言われたって、手放しで喜べる相手でもなくそんな関係でもなかった。なにより、義理の弟でそこまで極端に仲がよかったというわけでもなかったつもりだったから。

普通に兄弟になれたらいい。それだけだったのに、その願いを砕かれた。

あのトラウマにも近い夜を胸の奥に抱えたまま、水無瀬さんを抱いた昨夜。

一葉には抱けなかった、名前を付けていいのかわからない感情が胸の中にある。

『好きになれなくてごめん』

目の前にいたのは水無瀬さんなのに、気持ちよさに意識を持っていかれた瞬間、頭の中に浮かんだ言葉。

アイツが俺との関係をぶっ壊したんだとしても、恋愛は自由で、その想いをアイツは俺に伝えたかっただけで、伝え方やそれ以外のやり口が俺が好む方法じゃなかっただけで。

『一葉…ごめんな』

何度謝っても、きっとアイツは俺に飽きるまで俺を好きでいてくれるんだろう。あの調子なら。

依存じゃなく、執着とかいうんだよな。アイツのああいう感情の形を。

俺には経験値が足りな過ぎるのと、俺自身に恋愛をしたい気持ちがなかったことも、応えられなかった理由の一つな気がする。

グイグイ来られすぎて、腰が引けた感じでもあった。そして、されたこと。恐怖感。

(アイツのことはきっとこれからも受け入れられないと思う)

水無瀬さんの質問を受け、無言でうつむき、マグカップを強くつかむ俺。その手を外から包みこむように、水無瀬さんの両手が重なる。

そのぬくもりに、顔を上げた。

「…うん。わかった。これ以上、確認はしない。…この後は、小林くんが眠ってから起きたことを説明するから、それを聞いてくれるだけでいいよ。……あーぁ、こんなに手が冷えちゃって。あったかいものに触れているのに、こんなになるって…どれだけ緊張してたのさ」

今…俺は、どんな顔で水無瀬さんを見ているんだろう。

俺を見つめる視線は、心配をかけているとわかるもので。申し訳なくなって、俺はまたうつむいた。

うつむく俺をそのままに、水無瀬さんが淡々と…まるで業務内容を説明するトーンで一葉との会話を話してくれる。

どんな顔をしていいのかわからなくなり、顔を上げることが出来ない。

「そんな顔させたくて説明したんじゃないんだよ、俺は」

優しい声が慰めるようにそう呟くけれど、俺はどうしていいのかわからない。

「小林くんはさ、弟くんのことは弟でしかないんだよね。…でも、昨夜の感じだと男と寝るのは絶対いやというわけでもなさそうだったよね。……んー…。どうしようかな、俺…。悩んでることあるんだけど、話、聞いてくれる?」

確認のような独り言のようなそれを耳に入れつつ、水無瀬さんが悩んでいることがあるなら力になれたらと思わずにはいられない。

いや。むしろ、力になれるならなるべきだろう。これだけ心配やらなにやら、かけてるわけだし。

「俺でも…よけりゃ」

わずかに視線だけを上げて、短く返事をした。

その間、ずっと俺の手は水無瀬さんによって包まれていた。

あたたかくて、指先だけがすこしヒンヤリした手。

「……顔、上げて」

一呼吸分の間の後に、ゆっくりと顔を上げる。

おずおずと視線を合わすと、口角だけを上げて笑みを浮かべる水無瀬さんがそこにいて。

俺の左手に重なっていた彼の右手が離れて、その手が俺の左頬に触れる。

なんで頬に? と思った気持ちがそのまま体を動かし、その手のひらに頬を乗せるように首をかしげる。

無意識で彼の手のひらに、自分の頬を猫がするみたいにスリッとこすりつけていた。

一瞬、彼が目を見張ってから笑みを深める。

「ね、小林くん」

その笑みは、何かに満足したようにも見えて。

「俺ね、君に友達や同じ職場の仲間のラインを超えた付き合いを求めたいんだけど。…それって、恋人になりたいっていう言葉で合っていると思う? それとも…体から始まったのなら、セ フレって扱いになっちゃうと思う? その境目がわかんないのと、俺は恋人になりたいっていう気持ちの方が多いのに、恋人らしいことがイマイチわかんなくてね。…どう思う? ――悠有」

このタイミングで俺の名を呼んだ水無瀬さんは、俺の頬にあてていた手の親指だけを動かして頬を撫でてから。

「弟くんより、俺を選んでくれる…よね?」

目を細めて、俺を見つめていた。俺がその目から視線をそらせなくなることがわかっているように、微笑みながら。


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