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都合とか事情とか 3
しおりを挟む~水無瀬side~
(一葉って…誰?)
一緒にイく気だったっていうのに、最後の最後にやられた。
ゴムを外したままで吐き出すなんて久々だななんて、俺にしては珍しく浮かれていたってのにさ。
ビックリしすぎて、イくタイミングを逃したままで先にイかれた。そして、気を失うとか…どういう?
「ちょっと…小林くん! ね。こ・ば・や・し・く・ん!」
最中の呼び方はどこへ行ったやらで、名字で彼を強めに呼びながら体を揺さぶってみる。
「…すー……」
普通に寝てるだけだな。
舌打ちをひとつ。そして、とうに萎んで俺の中から抜け出ようとしている彼を引き抜く。
ゴムがぐちゃぐちゃになったまま、彼自身の先端にぶら下がるようにくっついていて。
「はぁーーーーーっっ……、なんで後片付けまで俺が」
そう愚痴りながらも、彼をこのままには出来ず。ゴムを外し、ティッシュで拭いた後にお湯でホカホカのタオルで体中を拭いてやってから、乾いたタオルで拭いてやって…。
「はい、おーわりっ…っと」
そう言ってから、バスルームの方へ行き、乾燥機から彼の下着を取り出した。
最低限、下着だけは穿かせておいてやるか。あとは知ったこっちゃない。
パンツを穿かせて、布団を掛けて、寝室のドアを閉めた。
リビングで今度はテーブルに灰皿を置き、誰に遠慮するでもなくタバコを吸う。
「…っっ、はーーーーーっっ。疲れた…久々に本気出し過ぎた。腰いてぇ」
タバコの煙に視線を向けて、いつものようにタバコから立ちのぼる煙の色を眺める。
「かずは。…女? 普通でいけば、女の名前だよな。……うーん。でも、あの感じだと彼女っぽいのはいたことなさげ。…でも、ネコの経験はあるっぽい。…ってか、誰だよ。かずはって」
気になる。
彼が誰かを気にしながら体を重ねているのはわかっていた。それと、他に何かを気にしていたことも。
誰かと、何か。
「ヤッてんだからさ、最中は気持ちよさだけ追えばいいのに。…何かを思い出すキッカケでもあったっていうのか?」
愚痴が止まらない。
途中まで気持ちよさも楽しさも、今まで寝た他の誰よりも良かったと思えていたのに。
「終わり良ければ総て良しの真逆だろ」
灰皿でタバコを圧し消して、すぐさま次のタバコに火をつけた。
タバコを咥えながら、キッチンへと向かう。コーヒーを淹れるためだ。
静かな部屋で、コーヒー豆を挽く音だけが響く。ゴリゴリガリガリとにぎやかな音の後に、コーヒーミルの引き出しを引けばいい香りが鼻をくすぐる。
ペーパーをセットして、挽いたばかりのコーヒーを入れて。
「…あ。お湯、沸かしてなかった」
どこかぼんやりしていたんだと、ここで気づく。
お湯が沸くまでの時間を持て余して、寝室の方へと歩を向けた。
「…1ミリも動いていない気がする。……生きてるよね?」
元・病人の彼。かなり長いこと病気と闘っていたとは聞いている。
一旦テーブルへ向かい、タバコを消してから。
「小林くん? 大丈夫?」
さっきみたいに揺するなんてしないで、今度は肩をトントンと軽く叩くだけに留める。
寝息が聞こえている。胸も上下しているから、間違いなく息をしている。
「大丈夫? 小林くん」
何度か声をかけても、よほど深く眠っているのか無反応。
「大丈夫ならいいんだけどね」
返事があるはずもないのに、まるで彼への返事のように吐き捨ててリビングへと戻る。
すこし離れたキッチンでお湯が沸いていて、コーヒーの準備を再開した。
「はー…いい香り」
今度は少し大きめのマグカップで、たっぷり注いで飲むコーヒー。
ふとどこかでバイブ音が聴こえる。
多分スマホなんだと思うけど、俺のじゃないな。俺のはリビングで充電中で、視界に見えている。
「小林くんって、服はびちゃびちゃになったはずだけど、スマホってどうしてたっけ」
あたりを見回してみて、ソファーの陰の見えにくい場所に小林くんのバッグが落ちているのが見えた。
「なんでこんなとこに…」
とか言いながら、バッグのファスナーを開く。
中ではスマホの画面が明るく光り続けて、着信を知らせていた。
『小林一葉』
「かずは……って読めるか? これ」
そう呟きながら、迷うことなく通話をタップした。
「もしもし」
こちらは、小林くんのスマホですが…とか言葉を続けようとしたところに、食い気味に相手が大きな声でこう言った。
「悠有にい! どうして勝手に引っ越して、俺の前からいなくなったの! 俺から逃げられると思ってるの? ねえ!」
悠有…にい。すくなくとも、彼より年下か。弟、親せき。でも、表示されていた名字は同じ小林。
「もしも…」
「悠有にいってば! 俺から逃げたら、どうなるかわかってる? もう一回、あの夜を繰り返してもいいんだよ? 俺は。…そうなればいつまで経っても、童貞のままになるけどね。まぁ、そのまま? 俺の彼氏になってくれてもいいんだけどね」
俺に続きを言わせるつもりがないのか、コイツ。
「聞こえてるんだよね? それとも、返せる言葉がない?」
返させるつもりがないくせに、コイツ。
「悠有にい…っ。俺がどんなに悠有にいのことが好きかってこと、もっとわかりやすく教えなきゃダメなの? ねえ。職場も新居も俺にだけ教えないなんて、家族ですらないの? こんなに…大事に想ってるのにさ」
小林くんが聞いていると思ってるのはわかるがな、会話ってもんは双方で言葉をやり取りするものだろう?
「はあ…」
わざとらしくため息を相手に聞こえるレベルで吐くと、「は?」とわかりやすく腹を立てた声がした。
「なんなの? 悠有にい!」
さっきまでの少し明るめに淡々と話してきた状態じゃなく、ハッキリと怒りを表に出してきたところで。
「悠有にいじゃないですが?」
とだけ、返す。
「…え」
驚いた様子がスマホ越しでもわかる。
「小林くんのご家族ですか?」
そう問えば、やや間があった後に「義理の弟です」と説明をされる。
「お名前を伺っても?」
スマホの表示で見たのに、確認のために問いかければどうやらあの彼の口から出た名前と同一人物のようだ。
「一葉さん、ですね。……義理の弟さん…。うん」
あえて復唱をし、「こちらは同じ職場の水無瀬と申します」と返すと、息を飲んだのがわかった。
「本日は職場の飲み会でして、小林くんは飲まなかったのですが僕の家で二次会をと誘って、そのまま彼が眠ってしまったので泊めるつもりです。……ぐっすり眠っているのですが、起こしましょうか?」
「え…いや」
「なんだかお急ぎの様子でしたし。…あ。彼にさっきの伝言もしなきゃいけませんねぇ。そうなると」
「それは」
「先ほどお話されていたことの確認をしてもよろしいでしょうかね」
「あの」
「えーと…確か」
さっきやられたことをやり返すように、相手に話をさせない。話を聞かない。
「逃げられると思っているのか、と、あの夜を繰り返…」
そこまで言いかけた時、彼が「もういいです!」と言って、ブッツリと通話を終わらせてしまった。
「なんだよ。…つまんないな」
彼のバッグをソファーに放り、スマホをストック分の充電器を出して挿してやる。
よくわからないけど、小林くんは義理の弟に愛されているよう。それも思いのほかって感じで。
でも、彼は逃げている。彼は弟くんのことを…?
「好きというわけではない? のか? でもそれなら、さっきの言葉の意味がわからないままだな」
あの弟くんへ、ごめんと告げていた。
俺と寝たことで、浮気をしたから謝罪? けど、弟くんからは逃げている?
ごめんの意味は、どういう意味なんだろうな。
後頭部をガシガシ掻いて、盛大にため息をついた。
タバコを出しかけて、やめて。飲みかけのコーヒーを一口だけ飲んで。
「……はぁ。考えるのめんどくさ」
ブツブツ言いつつ、彼の横へと潜り込む。
仰向けに眠ったまま、微動だにしない小林くん。
彼の頬を指先で突きながら、彼へと質問を呟く。
「悠有にいって呼ばれてんだね、小林くん。……俺のこと、瑞って呼んでくれたの、ちょっとしかなかったの…思ったより不満なんだけど」
すやすやと眠りつづける彼の口は動くことがない。故に、答えも聞けず。
久々に気持ちよかった。相性は悪くないと思った。逃がしたくないって思った。
(でもこのままでいけば、さっきの弟くんから逃げようとして…職場も変えるかもしれないよな)
その前に、彼がこうして寝た相手に対して、逃げ腰になりそうな気もしている。同じ職場だしな。
真面目な性格の彼。同じ職場では極力寝る相手を作らないようにしていたのに、タガが外れてしまった。
「あー…、どうにかなんないかなぁ」
なんて、自分らしくない言葉を吐き、彼に身を寄せるようにして目を閉じた。
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