それが恋だっていうなら…××××

ハル*

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恋愛観はいろいろあっていいハズ 1

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~水無瀬side~


なんでか夜中に目がさめて、昨日別れたばかりの相手を思い出した。二つ年上の女。

普段、別れた相手のことなんか思い出すことなかったのに、今回はいつもとは違うことも言われたからか?

別れ際の捨て台詞っていうんだろうか。

聞き飽きたって言いたいほどに、付き合った相手らはみんなつながりがないはずなのに、伝言でもしてあったのか? と思えるほどに同じセリフを吐いて消えていった。

――俺は、バイなんだと思う。そんなつもりは、まるっきりなかったんだけど……。

高校2年の頃に、先輩に“乗られた”のが初体験になるはず。あんま、記憶ないけど。気持ちよかったかといえば、出したかったモノを出した排泄感の方が割合的に高かった気がする。

俺の上で勝手にそれっぽい声をあげて、腰を振って、俺は何もしていないのに「すっごくよかった」とか言われたって「なにが?」って返すだろうが?

それのどこが悪かったのか、いまだにわからずじまい。

俺に平手打ちをしていった先輩が何を言いふらしたのか、その後は俺に好意を伝えては体の関係を求めてくる相手が近寄ってきていた。

スッキリ出来たから悪くはないんだけど、どこかスッキリしきれない気持ちはあった。ほんと、わずかだけどね。

その話がやがて男連中の中にも広がりはじめ、最初は友達として付き合い始めて、そのうちそういう関係になっていく人が出てきた。

俺は、そんなつもりは一切なかったのに。

気づけば男女おかまいなしで、男とヤる時にはタチもネコもどっちも相手をしてきた。

相手がしたいと願うことを叶えてやれば、きっと多少は長続きするんだろうなと思ってもいたから。

とかいっても、相手のことが好きで付き合っていたとか体をつなげていた感覚は皆無で、自分を好きだと言ってくれる相手のそばにいたらそのうち幸せだとか恋愛感情を知ることが出来そうな気がしていたんだ。

特別…恋愛をしたいと思っているわけじゃないんだ。

ただ、ただ……ちゃんと誰かを好きになったことはあるのかと過去に聞かれた時に、付き合っていた期間を振り返っても即答できるモノがなにも浮かばなかった。

それはいわゆる、『自分じゃなくても、誰が相手でもいいってことだよね』という答えにつながってしまう訳で。

自分はずいぶんと酷い人間なんだなと思うのに、好意を伝えられればお好きにどうぞと言わんばかりに腕を広げる自分がいなくならない。

それが最適解だと、体が憶えてしまっている。そんな感覚だ。

いつものように、友達のラインを越えてくれないのが淋しいとか言われて、曖昧に笑っていたら多少あった私物をまとめて出ていった彼女。

ドアを閉める際に、本当に捨て台詞みたいな感じでこう言っていった。

「本当に好きな人が出来たら、どうするつもり? そんなあなたじゃ、信じてもらえないかもよ」

その言葉がやけに頭に残ってたのか、夢の中でもう一度別れを追体験するハメになった。

夢見の悪いまま、いつもする早朝ジョギングを少しだけ早めに始めることにする。

着替えをし、メガネがズレないようにバンドをして。

それから、軽く準備運動。スマートウォッチを腕に着けて、もう一度体を伸ばして。

「……はあっ」

四月にしては、まだ寒さの残る朝。すこしだけ夜が残っていそうな空。

体が一瞬ぶるっと震えて、この気温のどこが春なのか、誰か教えてくれと思う俺。

「さって、と。…行きますか」

何度かその場で足踏みをしてから、一歩踏み出してゆるやかなスピードで走りだす。

朝の雑味がない空気は、吸い込めば体を芯から起こしてくれる気がする。

タッタッタッタッタッタ……と走っていく先で、いつもとはすこし時間がズレた影響で違う人とすれ違う。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

とはいっても、犬の散歩とか配達人ばかりなんだけどな。会うのは。

実家暮らしの時に拾った犬と散歩をした流れで、夕方に軽く走りながら散歩をした。

それが今では趣味のようなもので、実家を出てからも朝か仕事上がりの夕方以降かに走るようになった。

今まで特に運動部に所属したことはないけれど、案外運動が好きだったんだと身をもって知ったわけだ。

何も考えず、ただひたすら走っていくと頭の中がクリアーになっていく。

そうやって何かあっても忘れてしまうから、恨まれたことはないけど嫌われたままなんだろうな。

いつもは何も考えずにすむはずなのに、今日はぼんやり考えごとをしている俺がいる。

(恋愛するって、どうやって? 恋愛できなきゃ、不適合者とか言われなきゃいけないのか? というか、そもそもで人に執着するって感覚が想像できない)

実家から特に遺伝子を残せとか孫を見せろとか言われたことがないのが救いだけど、あっちにこっちにとフラフラしてきた俺を見て、母親が残念なものを見るような顔をしていたのを思い出す。

「恋愛って、そんなに旨味があるものかね」

そう問いかけた俺に、母親はすこし幼い表情になって、珍しく頬を染めて「とってもいいものよ」と返してきた記憶がある。

そんな母親は、俺が大学生の時に病気で亡くなっている。

父親もそこまで俺に結婚だのなんだのを求めてこない。というか、妹の結婚の方に期待しているんだと思う。

実家から出て結婚相手と一緒に暮らす妹は、実家からさほど距離がない場所で新生活を送ることになる。

というか、相手は俺も知ってる幼なじみだけに、相手の実家も超近所になる。

母親が亡くなって、妊娠・出産となった時に相手の親に頼れるのは正直ありがたい。

「男連中はアテにならないから、あの子を置いて逝くのは不安だらけよ」

母親が残した言葉を受けて、その頃から妹が付きあっていた相手の母親から俺と親父が呼び出されて、今後について話をされた時は面食らった。

まるで母親から説教されているみたいだったからな。昔からの付き合いがある相手だったのも、運がよかったのかもしれない。

妹は、俺よりもまともな生き方が出来るだろう。多分。

乗ったり乗られたりなんてこととは、無関係な世界線で生きててほしいと願うばかりだ。

「…って、なーに考えてんだよ。俺」

家までもうすぐ。

そして、バカなことを考えながら走っていたら、空はすっかり朝の景色に変わりきっていた。

シャワーを浴びて、今日はチャリで職場まで行くことにする。

走っていく時もあるけど、今日はなんとなくそっちの気分だ。

書店の裏口からドアを開けて入り、ロッカールームへ。

今日は完全に店内のみの仕事だから、黒い綿パンツにポロシャツを着て店内へ…とロッカールームを出た時だった。

「水無瀬くん、水無瀬くん。ちょっとだけいいかい」

店長から声がかかり、振り返ると見たことのない男の子? がいる。

男性? 男の子? どっちで呼称すればいいのか、微妙な見た目。若そう。

思わず指先でメガネのブリッジを押し上げる。

(とかいう俺も、三十路っていう微妙な年齢なんだけどな)

脳内であわただしく一人で会話のやりとりをして、いつもの笑顔で店長に笑いかけた。

「はい。どうかしましたか?」

一歩踏み出し、店長の前へと進めば、そのダレカに頭を下げられる。

つられて俺も頭を下げたら、どうやら新しい従業員だという。

といっても、だ。今日から試用期間になるとかで、指導担当が同じ男同士でシフトがほぼ同じ時間帯の俺ということになった…とか。

「かしこまりました。それじゃ…えっと」

「小林です」

「小林くん、ね。制服については特に聞いてない?」

「聞いてましたけど、着て来てもいいのかわからなかったので、こちらで着替えようかと持ってきました」

言われてその腕の中を見れば、それらしき袋を持っている。

「それじゃ、あとはよろしくね」

「はい」

二人で店長に軽く頭を下げて、ロッカールームへと案内する。

「とりあえず、こっちに空いているロッカーがあるから……っと、この紙に名字書いてくれる? ロッカーに入れちゃうから」

小さく切った厚紙と油性ペンを手渡すと、画数の少ない文字が書かれていく。

「字、キレイだね。小林くん」

「あ、ありがとう…ございます」

「それじゃ、それをここに入れて…鍵はコレね。それとエプロン着けてもらってもいい? コレ、クリーニングしてあるから」

そういい、紺色のシンプルなエプロンを手渡す。

「今、店の流れとか書いてあるマニュアルを出すから、その間に着替えちゃってて」

と言ってから、彼に背中を向けてロッカーの上にある段ボールからマニュアル本を取り出した。

小さい脚立の上から降りようとする俺のそばに、人の気配。

振り向こうとした瞬間、体の軸がブレた。

(…あ)

ほんのちょっとの高さとはいえ、一瞬体が強張る。

すこし足をグンッと伸ばせば、どうにかなる高さだったのに。

「危な……っっ!」

エプロンをつける前の小林くんがすぐそばにいて、俺の体を支えていた。

「あー…ごめん。あと、ありがとね」

そのまま脚立から降りて、なんとなく視線を彷徨わせる。

入ったばかりの後輩に助けられるとか、すこし恥ずかしい。

「あ…っと、コレ」

そうしていたのもわずかで、すぐさま思い出してマニュアル本を彼へと差し出す。

彼は無言で本を受け取り、何も言わないまま俺を見つめている。

差ほど変わらない身長で、目線がすぐに合う。

「ん? なに?」

困って、そう問いかけたら彼も困った顔になって。

「お名前、改めて伺ってもいいですか?」

そう呟く。

こげ茶色をしたゆるふわなパーマの髪が、小さく首をかしげた彼の動きに合わせて揺れる。

彼の目が、他の人よりも角膜の部分かな? 色素が薄めの茶色なんだななんて思いながら、ふ…と笑みをもらす。

「俺の名前は、水無瀬瑞みなせみずきだよ。これからよろしくね」

そういいながら手を握手の形に差し出せば、彼が一瞬固まった後に同じように手を差し出す。

小林悠有こばやしゆうです。こちらこそ、よろしくお願いします」

ふわりと微笑んだその顔は、どこか幼く見えた。



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