「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*

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久遠 8 ♯ルート:Sf

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彼の腕の中に飛びこんで、彼が幻じゃないって実感する。

「くすぐったいよ、ひな」

その声だって、抱きついたぬくもりだって。

「はぁ……本当にシファルだ」

他の誰でもない彼自身なんだって確かめられるものでしかない。

バルコニーでコーラを飲みながら星を眺めて、今日は来ないのかもしれないと思いつつも期待したくて。

ウトウトしつつ、ドアの方に体を向けた状態でベッドに腰かけていたあたし。

抱きつきはしたものの、半分眠っていたようなものだから目がトロンとしているみたいだ。

「起こしちゃった?」

そう呟く彼に、嘘だってバレると知ってて首を振る。ふ…と小さく笑った彼が、胸元に抱きついたままのあたしを見下ろす。

その視線と寝ぼけ眼のあたしの視線が交わって、その瞬間色気が増したシファルの笑みがあたしの心臓を鷲掴んだ。

「…ふぐっ」

変な声が出た。その声を聞いたシファルは、「ぷ」とだけ声をあげ、堪えるように笑う。

「笑うなら、笑ってもいいよ」

シファルが悪いんだ、シファルが。向こうの時間でたった三日らしいけど、そのわずかな時間の間に彼はどこか大人になってしまっていた。

たった三日。こっちで三年。こっちの方が大人になってるって意識されたいほどなのに、こっちの方が大人びたシファルを意識せざるを得ない気がする。

(あぁ、もう。……なんか、悔しい)

「十分笑ったから、もういいや」

お互いにごめんねのやりとりをして、部屋の中へと手をつなぎながら入っていく。

シファルが部屋のドアを閉めると、そのノブの音がやけに部屋に響いた。

カチャン…と金属の音がして、部屋へと一歩踏み出すあたしたち。

……と、つながれていた手が軽く引かれて、自然と体が右へと45度回転してシファルの方へと体が向いた。

その刹那、シファルに抱きしめられていた。

胸元に顔を埋めるように、スリ…ッと顔を動かせばひたいのあたりにシファルのあごが触れた。

締めすぎず、ゆるすぎず。シファルの心音が聴こえるその場所で、しばらくシファルがここに戻ってきたことを噛みしめていた。

きっと時間にして数分だろう。

頭上からシファルの声がした。

「ごめんね。今日はまだ何も話せないんだ。全員と話がすんでいないのと、根回ししなきゃいけないことが終わってないからさ」

それでも会いに来てくれた。それだけが、あたしにとって事実で現実だ。

「今日の終わりにシファルに会えた。それだけで、十分だよ」

それ以上はあたしも口を噤む。

本当は、柊也兄ちゃんが仕掛けただろういろんなことや、シファルがいた場所のことなんかもわかってるよって言いたいけど。

言えるタイミングだったら、シファルの方から言ってくれるはずだから。

さっき彼が言ったことは嘘じゃないんだろう、きっと。

「待ってるから。あたしへの話の優先順位が最後なのにも、理由があるんだってわかってる」

シファルが言う、根回し以外のこともあるって感じているから……何も言わない。聞かない。

「ほんと……ごめん。いろんな意味で、今はそれしか言えなくて…ごめん」

いいよという代わりに、彼の胸板に顔をこすりつける。

その話が出来ない代わりに、お礼を言う。

「コーラと入浴剤、ありがとう。懐かしかった、すごく」

たったそれだけ。

「……うん」

シファルもあたしの気持ちを察してくれているのか、それ以上の言葉を呟かない。

眠るまでそばにいてって言いたい。一緒に手をつないで眠りたいって甘えたいけど。

――――でも、ダメ。それは、わがままだ。

離れがたくなるし、眠くなるまで話したくなるし、そうしたらやっぱり話が聞きたくなる。

シファルがやらなきゃいけないことが、あとどれくらい残っているのかわからないのに、そんな自分勝手なことは言えない。

「じゃ…じゃ、じゃあ……さ。おやすみ、って言って……また明日って…しよう?」

まるで子どものような会話だ。言いたいことを飲み込んでいるだけ。それは遠くないうちに言えるはずなのに、それを言わずにいられる自信がなくって、早くまたねって言わなきゃ口からこぼれてしまいそうで…こわい。

「…ん」

そんなあたしを知ってか知らずか、気づかないふりをしてか。シファルは抱きしめていた腕を解き、あたしの両肩に手を置いて腕一本分の距離を空けるようにしてから、微笑みと共に告げた。

「そうだね。ひな……また明日ね」

って。

じわっと涙がにじんで、その顔を見せたくなくて顔をナナメ下へと向ける。

「ん。……明日」

明日、あたしに話が出来るのか、今日みたいに顔を見に来るだけなのかわからないけど、会いに来てくれるってことだ。

彼があたしの腕を引き、ベッドへと連れて行く。おやすみ…と本当に線を引かれているようで、すこし寂しくて、切ない。

「待ってる」

本当は言いたくない言葉。違う言葉が言いたいのに。

「……何時って言えないけど、来るから」

その言葉を信じて待つしか出来ないんだ、今のあたしには。

コクンとうなずくと、顔をそむけた反対側の耳の下あたりにやわらかくてあたたかい感触があった。

小さくチュ…ッと聞こえて、反射的にそこを手でおさえながらシファルの方へと顔を向ける。

自分が真っ赤になっているのがわかる。恥ずかしい。照れくさい。恋人同士じゃなきゃ味わえないだろうその空気に、身をゆだねたくなってしまうのに。

「シファルの……バカ」

自制するしかないんだよね? 今は。

三年待ったのに、こんな仕打ちをするの? と言わんばかりに、恨めしげに睨むと。

「…ふふ。ごめんね」

なんて、ちっとも悪びれていない謝罪が聞こえた。

「じゃあ」

そう言って、彼の顔が近づき、頬へと唇が触れる。

一瞬の出来事に、「…あ」と思わず声が出た。離れたら、夢なんじゃないかって思ってしまいそうなほどすぐにぬくもりが消えたから。

「さっきあげたサシェと一緒に寝てね」

あたしの心の声が聞こえたようなタイミングでのその言葉に、ドアへと向かう彼へ一歩踏み出しかける。

待ってと言いたいのを、笑顔でごまかす。

「…また、明日」

また明日を繰り返し、彼がドアを開けて部屋を出るのを眺めながら見送る。

ドアまで行ってしまえば、きっともっとずっと寂しくなるってわかってたから。

シファルがくれたサシェを手にして、くん…と匂いを嗅ぐ。

彼が戻ってくる前。

何度となく夢の中で彼に会って、他愛ない話をして、触れて。――消えて。

夢じゃなきゃいいのにって、何度も思った。

夢みたいに消えないでって、何度も願った。

サシェを両手で包み込みながら、ベッドに腰かける。

胸にそれを抱きながら、現実になるようにと強く願う。言葉に乗せれば、言霊となって叶うかもしれないと思いながら。

「また明日…が、消えませんように」

そうして、そのままサシェと一緒に布団に潜り込む。

彼があたしを喜ばせたのも現実で、泣かせるような事実を告げたのも嘘じゃなく。どっちもに意味はあって、決して軽いものじゃなく。

「待ってる。……待ってるよ、シファル」

ほっといても涙は勝手にあふれてこぼれていくけど、これまでとはすこしだけ違ってうれし涙もこぼれているって知ってるんだ。

「ま…た、あし…たぁ」

力尽きたように眠りにおちて、部屋は静かになる。

夢の中におちていくあたしとは対照的に、出て行ったはずのドアの向こうでシファルはそのドアにもたれ掛かったままうつむいて。



~シファル視点~



『シューヤ』

『ありがとう、シファル。感謝するよ、心の底から』

『……別に感謝なんかいいよ』

『そう? それじゃ、シファルの部屋で男同士…一緒に夜を明かそうか』

『声に出ていたら、なんだか紛らわしいセリフを言わないで』

『声に出してないんだし、他の誰にも聞かれないんだからいいと思うけどねぇ』

『あのねぇ』

『ごめん、ごめん。からかいすぎちゃった。シファルががんばって堪えてるのがさ、可愛いなって』

『あのなぁ』

ポケットに入っていたシューヤの思念体と脳内で会話をし、ドアから離れて歩き出す。

『シューヤ』

『ん? 何?』

『その思念体の状態でい続けるのと、互いに休む時間には戻ってまたこっちに…っていうのとなら、楽なのは?』

彼がいつまでこの状態なのかと思ったのもあって、念のためと聞いておく。

『つなぎっぱなしの方かな。どうせこの状態になったのなら、シファルのそばでフォローするよ。ついでに、ひなの声が聞けたらラッキーってくらいでさ』

(本当は会いたいくせに)

頭にそうよぎったものが、彼に聞こえることを一瞬忘れて考えた俺。

『意地悪だね、シファル』

その声に、ハッとして口から出たわけじゃないのに、思わず口を手のひらでふさぐ。

『……ごめん』

さっきはひなに謝り、今度はシューヤに謝り。

この状況を早く何とかしなきゃなと改めて思い、うつむかせていた顔を上げて歩き出す。

『シファル』

『……なに?』

『シファルがみんなに淹れていた薬草茶。部屋に戻ってから俺の分も淹れてくれない? 飲めないけど、魔力回復の媒体に出来そうだから』

『薬草茶が?』

『ん。こっちになじみ深いものの方が、使いやすそう。なんだかみんなにずいぶんと馴染んだ飲み物なんだなって感じたからさ』

『シューヤにかかったら、なんでも使えそうだな。その辺に落ちているゴミでもなんでも』

『そこまで万能じゃないよ、俺だって』

『俺たちからしたら、十分すぎるほどに万能だよ』

『褒めてくれてる?』

『もちろん』

『そりゃ、どーも』

脳内で話をして、久々に部屋へのドアを開ける。

「……っっはぁーーーーっっ……。やぁ…っと帰ってこれたって感じがする」

国王が言っていたように、俺の部屋にあった薬草に関する文献や資料などの場所が若干変わっていたり、見覚えがない記録が増えていたりはするけど。

「俺の部屋の匂いだ」

いろんな薬草の匂いで満たされた、ひながいうところの俺の匂いがする部屋だ。

『今、準備するから、ちょっと待ってて。…って、ポケットからそろそろ出る?』

とか声をかけると『そうするよ』と言ったと同時にポケットが光る。

その光を手にして、ソファーの一人掛け側へと乗せる。まるで、座ってもらうかのように。

『お気づかいありがとう、シファル』

『大した気づかってないよ』

自分にとってはいたって普通にやっていることでも、感謝されるとどこかくすぐったい感じだ。

練習を兼ねて、さっきのやり方で薬草茶を淹れてみる。

『魔力の練り方が甘いね、シファル』

師匠のような雰囲気で、たった数時間で指導したことを出来てないとか言い出すシューヤ。

『これからだから、もうちょっと長い目で見てくれよ』

『ま、いいけど』

とか、脳内で会話をし、シューヤの前に薬草茶が入ったカップを置いたその時だ。

「ごめんねぇ」

背後で声がして、思いきり振り返る。

振り返った先には、開けっぱなしのドアをノックしましたというようなポーズをしたジーク。

「……うん。やっぱり、誰かいるね。俺よりも魔力諸々の数値高すぎて、全部読み切れない相手が」

って、胡散臭げな笑みを浮かべたジークが立っていた。

「シファル。疲れているところ悪いが、挨拶をさせてくれないか」

その背後からは、アレクも顔を出し、この狭い空間に王族が集まる格好になった。

『シファル。人数分のお茶の用意をして』

『俺はメイドか』

脳内でシューヤに命じられ、二人分の薬草茶を俺は追加で淹れて「こっちに座って」と二人が座る場所を示す。

意図せずして、シューヤがひなの世界でいうところの上座とかいう場所にいることになっていて。

(偶然にしては、出来すぎだろ)

なんて思いながら、座るに座れず従者のようにシューヤのナナメ後ろに立っていた。



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