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閑話 三年間という時間の中で ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
ひながいた世界にあったもので、仕組みとして使えるものをこの世界で使える仕様にして活用する。
魔法もひながいた世界の文明も取り込み、どっちもをバランスよく使っていけばこの世界はもっと生きやすくなる。
シューヤとあのわずかな時間の中で話し合い、いろいろ仕込まれ、そして……託されて俺は戻ってきた。
シューヤから、特定の貴族や王族だけが利益を得られるような仕組みにするようなら、ある言葉を唱えてすべてを無に帰してくれとも言われてきている。
それに関しては、ジークとアレクの二人には説明済み。そして、二人はそれに笑顔でうなずいたので、俺はそれを返事ととった。
多分、明日にでも国王の方にそれについての説明が二人から行くんだろう。
補足説明が必要ならば、俺がその場にいることも可能だと付け加えている。
説明をする前に書面にするとアレクが言っていたから、二日くらいはかかるかもしれないな。
きっとあの二人のことだから、俺から聞いた話で共有できることは話し合うんだろうし、アレクの能力についてはジークに説明が必要だ。今後アレクに頼むことを、ジークに説明なしで行わせるわけにはいかないことが多い。
ナーヴが途中で自室へと戻っていき、カルとたくさんの話をした。
話さなきゃいけないことばかりじゃなく、なんだかんだで俺のことを大事な兄だと思ってくれていた弟の心を埋めてやりたいと思っていたのもあった。
話の途中でウトウトしだしたカルに頼まれて、遠い昔のようにベッドでカルが眠りにつくまでそばにいて話を続けた。
どこか嬉しそうに笑んだまま眠りについたカルに、寒くないようにと布団を肩まで掛けてやって部屋を出たのがついさっき。
「……さすがに、もう寝たかな」
目の前の廊下をまっすぐ行って程なくすれば、ひなの部屋へとたどり着く。
「あの入浴剤を渡したら、誰と一緒にいたかがわかるかもしれないと言ってたな」
俺の髪を見ただけでなく、別にヒントを与えるようなもの。
シューヤは俺の髪の切り方でひなが彼の存在を知るかもしれないと言っていたが、そんなに変わった切り方をしてあるのか? この髪型って、そこまで特徴的なのか?
外はとっくに暮れていて、窓がまるで鏡のように俺の姿を映し出している。
元々そこまで髪型に頓着があったわけでもない俺の髪を、ジークの髪形を短くした感じ程度に切られたと俺は思っていて。
ようするに、若干小ぎれいでイケメンだとか言われる空気を醸し出したってくらいらしい。
「こっちの世界では、あっちで彼が使っていたようなハサミはなかったな」
クシのような形状のハサミがあって、髪の長さを調整した後に変わったハサミでザクザク切りまくっていた。
彼に任せていたとはいえ、髪の長さの中間ほどの位置からそのハサミを入れられて、かなり短く切られると一瞬焦ったほど。
触り心地もいい。ものすごく軽い感じだ。ただ、見えないけど襟足の方になにか違和感だけがある。何なのかだけがわからない。
合わせ鏡ってものをされて、後ろの方まで見せてもらったのに違和感が何なのかがハッキリしないままこっちへの帰還となった。
見えない。でも、こうして襟足に手で触れようとすると何かが指先に触れはする。
何かを仕掛けられているのかを教えられないままで、俺はここにいる。
俺に言う必要がないものなのか、それが彼にとっての媒体か何かにするものなのか。
「……はぁ。かんたんにアッチと連絡をつけられたら楽だろうに。時間軸も違う上に、彼だけはこっちの状況を知る手段を持っているっていうのがな」
彼がもてあますほどの能力をフルで使い、ずっと見守ってきたひな。ひなが考えていたことも先読みした上で、その準備に必要なものをコッチの世界と向こうの世界とで使えるものを揃えて。
「ふぅ………。部屋に戻るべきなのはわかっているのに、ひなのそばにいたい気持ちが抑えられない。……ひなあての手紙は、全員との話が終わってから渡すべきだとわかっているから、ただ単に部屋に行くってだけになるし」
ひなが元の場所へと戻ってしまうかもしれないとしても、それでもここに戻ってきてすぐは一瞬でひなを独占したいという気持ちだけでいっぱいになった。ベッドに寝ていたひなを真上から見下ろした瞬間、ひなを好きだと想う気持ちだけで胸が張り裂けそうになった。痛くて、苦しくて、切なくて……甘い痛み。不快じゃなく、愛おしい痛みだ。
ひながこっちにいてもいなくても、ひなを自分以外の誰かに渡したくない。だから口から当たり前のように出てきた、ひなは俺のでしょ? という言葉だって嘘じゃない。
ひながもしも元の場所にと望んだその時、他の誰にもまだ明かしてはないけど、俺にもある選択肢が生まれる。
シューヤと俺だけの秘密で、それを明かすのはひなが帰還した後でしか明かせない。そうじゃなきゃ、アレが使えない。そう……約束を交わしたからだ。
「会いたい……。でも会ったら、きっと……」
ひなが抱えている疑問や不安をその場で明かしてあげたくなりそうだ。揺らがないでいられるだろうか。
「なんだかんだでひなには甘いもんな、俺」
自分のことながら、呆れそうになる。
「ひなのためなら、死んだっていいって思えるくらい……」
なんて何の気なしに口にしてみて、ハッとする。
俺は浄化の時に親友と愛しい彼女の前で死にかけ、そして目の前から消えたんだ。
「…バカかよ、俺」
同じことを繰り返すわけにはいかない。俺を見つけた時のナーヴの態度を思い出せば、どんな気持ちを味わわせたのかをすぐにわかる話だろう?
「あんな顔、二度とさせたくないって…自分に言い聞かせろよ。俺」
はぁ…とため息をつき、窓にもたれ掛かる。
ぼんやりと窓の外を眺め、この後の時間をどうしようかと思案していた俺の視界に、意外なものが入ってきた。
「あぁ。……戻ってきていたのか。以前の姿とあまり変わらないのだな。……ケガの方は?」
真っ黒に日焼けをして、若干の無精ひげを生やし、ずいぶんと健康そうで以前よりも若く見える国王。
「え……、あの……国王? ですか? それとも影武者の?」
疑って当然だ。こっちで三年経過していると聞いていても、こんな方向に国王の見目が変わっているだなんて誰が予想できる?
「本人だ。……あぁ、以前とは姿かたちが違いすぎるからな。…はっはっは。疑わせて申し訳ないな。この姿は、聖女・ひなからの罰だ。おかげですっかり日焼けをして、邪魔だとヒゲも剃れば王妃から評判がよくてな。来月には、ジークとアレクに妹か弟が産まれることになっている」
「は? え? ん……、え? 王妃様が……えぇ?」
情報を処理できない。なんなんだ、そのよくわからない状況。
「混乱させたか。…すまない。そうそう。薬草の管理をやっていてな。そのついでに、資料の管理と記録も行なっていた。…まぁ、極力変更点がないように記したが、修正箇所があれば今後はまた任せよう。そちらについても、明日にでも確認を頼もう。そうだな……午前中に水やりと、収穫時期の物は収穫と乾燥用にと分けて…」
「は?」
混乱させてすまないって言われたばかりだが、これ以上の情報はもう…。
「無理だ……」
「ん? どうかしたか? ……まぁ、よい。とにかく、だ。午後からの確認を頼みたい。明日の予定は?」
の声に、こちらの状況を混乱する頭を何とか回して順序だてて説明していく。
「そういうことで、明日はナーヴとの話などのために、丸一日かかるかと。本来であれば、国王からの用を優先すべきと心得ておりますが、少々事情がありましてこちらの方が最優先でして」
といったところで、本来ならば許されないことを頼んでいるってことくらいわかっている。だからきっと、それでも国王からの話の方を優先しろということになるんだろうな。
「あい、わかった。では、明後日の午後に」
なんて思っていた俺の予想はいい意味で裏切られ、国王は踵を返して、手を軽く上げて「それではな」と去っていく。日焼けしたいい笑顔を浮かべながら。
「あ……」
置いていかれたのは、俺。
小さくなっていく国王を追うことも出来ず、伸ばしかけた手を宙に置き去りにしたまま戸惑うばかり。
その手を頭にあて、ガリッと頭を掻く。
「俺がいなかった三年で何が起きたんだ」
みんなが俺に聞きたいことがあったのと同じように、俺だってここに起きた変化について聞きたいことがまだある。
「んーーーーーー……っっ」
みけんにシワを寄せ、うなり声をあげ。
「もう……なんだっていいや」
諦める。判断材料がないんだから、考えたって予想を立てたって無理だ。これ以上は。
「素直にひなの部屋に行くか」
国王とは反対の方へと踵を返し、ひなの部屋へと向かう。
万が一眠っていたら、近くのソファーででも眠ろう。今日はひなのそばで過ごしたい。本当にひなが今いる場所へと戻ってきたことを、明日、目が覚めた時にも実感したいから。
城内は静かで、空気も澄んでいて、ナーヴが普通に過ごせていたことが本当によかったと思える。
ひたひたと廊下を歩く音だけが、やけに響いて聞こえる。
廊下の角を曲がって、程なくしてひなの部屋に……。
「あ? あれ……」
部屋のドアの前に、遠巻きに見ればただの光の塊。
近づいてみれば、二足歩行のウサギのように見える。
「これは……?」
しゃがんで指先で触れようとすると、指先から思念が脳に直接伝わってくる。
『悪いね? シファル。どうしても…ガマンできなくって……来ちゃった。隠密スキル使うからさ、こっそりポケットにでも入れてくれない? ひなの顔が見たいんだ』
シューヤの声だ。
『来ちゃった…って、来れるだけの力があるなら、来たらいいんじゃ?』
彼なら何でもできそうだなと思って、頭の中でそう話しかけると『いいや』と返ってくる。
『そこまでやると、こっちのバランスが崩れるからね。それに、思念体を送るだけで結構な消耗なんだよね。シファルを送ったばかりだから、余計に』
そういえばそうだったなと、今更のように思い出す。いろいろ力がありすぎるけれど、無理な時は無理ってことか?
『わかった。ポケットに入れていくのはいいけど、その後は? ひなの部屋にいたいのか、俺のそばにいた方が都合がいいのか、教えてもらえるか?』
出来ればひなの部屋は避けたいなと思いつつも、彼の要望を訪ねてみれば小さく笑う声がする。
『さすがに女の子の部屋にずっといるわけにはいかないでしょ? シファルもそれは妬いちゃうよね?』
ひなと俺に気を使うような言葉に、自分の胸の内を見透かされたような気がして恥ずかしくなった。
『じゃあ、ずっとポケットの中で』
『……うん。悪いけど、お願いね。ポケットに入ったと思ったら、スキル使うから。何か言いたいことがあれば、脳に話しかけさせて』
『了解』
返事をしてすぐに光のウサギを手に取って、ロングジャケットのポケットに収める。
すると眩しい光が徐々に消えていき、ポケットの上から触れてもその形すらわからなくなった。
とはいえ、そこに彼の思念体が具現化したものがあるのは間違いなく。
(座る時、気をつけなきゃな)
考えながら、ゆっくりと立ち上がる。
こぶしを握り軽く三回ノックすると、わずかな間の後に明らかに駆けてくる音がしてから。
「シファル!」
ドアを開けたと同時に、ひなが俺の胸へと飛びこんできた。
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