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久遠 6 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
(これは予想してなかった展開だな)
さっきカルに話したように、ナーヴには明日丸一日時間をもらうつもりでいた。というか、今日これからの時間じゃ話が終わる気がしない。
シューヤからの手紙のことだけじゃなく、俺が目の前で消えてしまった時のこととその後の話を、ひな同様で一番近くで見ていたナーヴから話を聞きたいと思っていたから余計に時間が欲しいと思った。
「俺、いない方がいいか」
ナーヴが腕を組みふんぞり返るようにし、なんだかわざと偉そうな格好で声をかけてきた。
「ナーヴとの話は明日になるのを前提に、ナーヴがいいんなら俺の方は別に」
…と言いかけてから、「いや、ダメだな」とゆるく握ったこぶしを口元にあてて唸る。
「カル」
弟の名を呼べば、まるで子犬が尻尾を振っている姿が見えそうな顔つきで、椅子から立たずに見上げてくる。
「お前の意思を優先する。…お前はどうしたい? 俺と二人きりがいいか、ナーヴにも一緒にいてほしいか」
そうだ。カルとの話を先にしようと思ってて、たまたまナーヴがいたから明日についての打診が出来たようなもの。
“それだけ”の話なんだ。
つまり、メインはカル。だから、ナーヴがいいんならとかいうのがおかしい。当たり前のことなのに、危うく親友を優先するとこだった。
(これまで、そういうことを何かにつけてしてきた気がしていた。きっとカルが言わなかっただけで、何度も寂しい思いをさせたかもしれない。カルとの仲がぎこちなかった時期には、カルの方からそういったことが言い出しにくい空気ばかりだったろうしな)
今更ながらの反省。
カルの顔を見ると、戸惑ったように俺を見上げてからナーヴへと視線を向けて、助けを求めていた。
「俺を見たって、俺の顔にお前が欲しい答えなんか書いてねぇよ」
素っ気なく返されて、カルはまた俺を見上げる。
「俺やナーヴに気を使うとか以前の話で、カルがどうしたいかでナーヴには部屋に戻っててもらってもいい。…ただ、ナーヴがこうしてここにいてもいいと言い出すのには、理由がある……んだろ? な? ナーヴ」
「あー…まぁな」
ナーヴはふんぞり返ったまま、憮然とした顔をしている。
カルは困ったように俺を見てから、チラッとナーヴを見てから短く息を吐き出し。
「一部っていうか、さ。魔法のことに関しての話だけは、ナーヴが一緒にいてくれた方がいい…んだけど。っていうのでもいいの? 二人とも」
カルがそう呟けば、ナーヴがさっきと変わらない態度でふんぞり返ったままうなずいた。
「俺もそれでいい。ナーヴもそれでよさそうだしな。…その後に、二人だけで話そうか」
そう返してから、どこに座ろうかと視線を彷徨わせていると、カルと向かいあわせていたナーヴが自分の横をすこし空けるようにしてズレた。
「俺は後でここを出ていくんだから、こっちに座った方がよさそうだろ?」
とか言いながら。
「じゃあ…ここで」
ソファーに腰かけると、思ったよりも疲れているのか欠伸が出る。
「…っと、悪い」
これから話をするっていうのに、欠伸なんかしてる場合じゃないってわかってるのにな。
「疲れてんだろ? 俺たちの前でもそんな調子じゃ、余計に疲れるぞ? あ。カル。シファになんか飲み物出せよ」
「わかってるよ。…うるさいなぁ、ナーヴは」
俺がいない三年間で、ずいぶんとくだけた感じで話すようになったんだな。
部屋の中ほどにある、キッチン。これは俺がいなくなる前からあったはず。ひなにいろいろ作るのに、城内の厨房にいちいち行くのが不便だとか言って、あっという間に作った気がする。
ひながいた場所には魔法という概念はなくて、こういったものを作るのにもそこそこ時間がかかると聞いた。
「ほんと、魔法って便利だよな」
思わず漏れた言葉をナーヴがしっかり聞いていたなんて思わず、自分がそれを漏らしたことにも気づかず。
「これは、自信ある! きっと体にいいし、兄貴の体が求めてるはず」
そう言いながらカルが持ってきたのは、水差しの中にたくさんの果物をスライスしたものが入っている。
「…水?」
結局は、水…なのか? これ。
「ナーヴ、お願い」
その水差しをナーヴの前に持っていくと、ナーヴがその水差しの上で手をかざした。
「ん…? この組み合わせだったら、二時間の方か?」
「うん。二時間の方で」
謎の会話に、何をするんだろうと首をかしげる。
一瞬手のひらが光ったかと思えば、ナーヴはすぐに手を引っ込める。
「……はい」
水差しから注がれたその自らは、いろんな果物の香りがかすかにする。
「どういう水なんだ? これ」
一口飲んでみると、口当たりがいい水って感じだ。
「香りづけだけってわけじゃなさそうだな、これ」
飲んでみると次の一口が欲しくなる。とか思った時点で、自分が思ったよりも水分を欲していたんだなと気づく。
グビグビと一気に飲むと、嬉しそうにカルがグラスにお代わりを注ぐ。
「これね、陽向と一緒に考えたんだ。陽向がいたとこで作られていた水なんだって。むくみとか毒素とか…そういうのを出したり、肌にもいいとか聞いたことがある。何て名前の水だったか、前にも聞いたはずなんだけど忘れちゃうんだよな」
「デトックスウォーター。ドライフルーツでやると、違う名前だったはず」
カルが忘れていたその水の名を、ナーヴが知ってて当たり前だって顔で告げる。
「あー…そんな感じの名前。俺にはどうしてか発音がしにくくてさ。ドライフルーツのストックあれば、もっと早く準備できたんだけどね。まあ、ナーヴがこの場にいたから魔法で時間進めてもらえるって思ったからさ。あえてドライじゃないやつで」
「発音がしにくいからって忘れるもんか? それに俺のことを便利な道具みたいな言い方するな。たしかに新しく使えるようになった魔法だから、使う頻度は多い方がいいにしても、使い方が気に食わん」
「えー、ナーヴだから頼めるのに? ナーヴじゃないと、出来ないのに? 名前はさ、俺が忘れてもナーヴがこうやって憶えててくれるならいいじゃない。…ね?」
「いろんな意味でよくない」
「細かい男は嫌われるよ?」
「…知るか」
そんな二人の会話を耳にして、その会話の中にあった言葉が引っかかった。
「毒素?」
「「ん?」」
「毒なんて、口にしてないぞ? 俺」
毒という言葉に強く反応をした俺を、二人が凝視している。
「え…。俺、なんか変なことでも言ったか?」
そんな目で見られている理由がわからなくて文句のようにそう言えば、二人が示し合わせたかのように見合ってからプハッとふき出す。
「違う違う、毒っていう毒じゃないんだ。兄貴の体に想像しているような毒はないと思うよ」
俺の反応がよほど面白かったのか、まだ笑いながら説明をするカル。
どうやら食べ物を作る時に使っているいわゆる農薬や、動物が食べていたものが体内に残留していてその肉にわずかに含まれている人間の体にはあまりよくないもの、普段飲んでいる薬に含まれているわずかなもの。
毒という毒ではないが、微量なものを摂取していくことで体内にそれが溜まっていき、命に直結しないまでも溜め続けていけば体に悪い影響を与えてしまうかもしれないもの。
それが毒素という物なんだという。
その毒素は、水分を取ることで排出が可能とかで、それを促しやすくするのがその果物を入れた水だって話がひなから出たとかなんとか。
「肌にもいいとか、老化防止にもいいとか。毒素が溜まると、風邪をひきやすくなるとかー、頭痛がひどくなるとかー。イライラするとか、疲れやすくなるとか、寝つきが悪くなったりもするんだって。陽向は特に寝つきのとこと肌のことで、この水の作り方を思い出して。最初に俺に相談してくれたってわけ! 水って言ったら、カルだよね? …ってかっわいい顔でお願いしに来てくれた時のこと、忘れられないや」
そう言いながら、俺が目の前にいるっていうのにニヤニヤしながら話を続けた。
「でね。その水のことが貴族の方に話が行って、それから城下の方にもどんどん話が拡がっていって。ドライフルーツを作る家が増えたんだよね。そっちの方が水を作る時間自体は短いからって。水と果物があればいいわけだし。水魔法は、比較的メジャーな魔法だしさ。とにかく簡単に出来る上に、飲んでて香りもいい。特に女性には、評判がいいんだ。冷え性だっけ? あれにも効果があったとか聞いたよ」
「そうだったな。…聖女の仕事がなくなったら何をやればいいの? どうしようとか言ってたけどよ、なんだかんだ言いながらも元いた場所の知識でいろいろと役に立ってる。…ってのを本人が自覚してないもんだから、いつになっても自信なさげなんだよな。…シファ。なんとかしろ、あれ」
聖女を、あれ呼ばわり。さすがというか、ナーヴらしいというか。
「ひなが自己肯定感低いのをどうにかするのは時間がかかるけど…何とかして見せるよ。ひながこの場所にいたいって願ってくれたらだけど」
二杯目の水に口をつけながらそう呟くと、二人の動きが止まる。
「ね、兄貴」
「ん? なんだ?」
カルに視線を向けると、カルだけじゃなくナーヴも俺の方に体ごと向けてきた。
「さっきのさ。陽向…帰るの、望んだら……本当に助けるの? 陽向、いなくなるの? 三年以上一緒にいて、急にいなくなるなんて…ヤダよ。俺」
カルは最初っからひなのことを気に入っていたもんな。なんせ自分の魔力を、ひなの魔力に混ぜ込んでマーキングするほどに。
「カルの気持ちはわかる。でもな、カル。自分に置き換えて考えてみたら、どう思う? 誰かの都合だけで勝手に連れてこられた場所を気に入ったとしても、永遠にその場所だけに気持ちがあるかどうか。俺たちだけの気持ちをこれまで押しつけて、こっちの都合に合わせてもらってきたんだ。…もう十分だろ? ひなは自由になっていいハズなんだ」
みんなに順に話をしながら、自分の気持ちともその回数分…何度も向き合っている気分だ。
ここにいてほしい気持ちと、帰してあげたい気持ちと。ゆらゆら揺れて、本当は誰かの背中を押せるだけの強さなんかない状態の俺なのに。
「兄貴の本音なのか? それは」
自分の気持ちのままに疑問に感じたことを聞けるカルが、すこし羨ましい。
「……それも本音って言った方がいいかな」
言いながら、水が入ったグラスを握る手に力がこもる。
「どこにもやりたくないけどね。一番の本音は、それだから。俺のそばにいつもいてほしいって」
上手く笑えてるかな、俺。
顔が強張ってる気がするけど、暗くなるのは嫌だ。
ふ…と真横からナーヴの手が俺の顔に影を作る。
「ん?」
と声をあげたのと、ナーヴの手が俺の頭に乗っかったのはほぼ同時。
「シファは、おりこうさんだな」
明らかに嫌味だとわかるのに、なぜか慰めているように撫でられている矛盾の中。
「…それが売りだろ? 俺の」
その嫌味を素直に受け入れられる自分がいる。
「そろそろその売りを路線変更するってのは、どうだ?」
クククッと意地悪気に笑うナーヴに、「今更?」と返す俺。
頭を撫でていた手は、いつしか背中を支えるように置かれている。
「やれるだろ? シファはやれば出来る子だから。…たしか」
慰めなのか励ましなのかわからないことを笑いながら吐くナーヴに、俺は心の中でそっと囁く。
(ありがとう。俺のたったひとりの親友)
肩の力を抜き、頬をゆるめてナーヴと一緒に笑う。
「ま、それはさておき。本題に入ろうか、二人とも」
俺がそう言えば、カルが三杯目の水を注ぐ。
目を合わせてうなずきあえば、二人がシューヤから受け取った手紙の一部を広げて俺に説明を求めてきた。
「二人にはこの後、この場所で今までの常識だったものを覆すことを請け負ってもらいたいだけだよ」
俺がそう告げると、二人の表情がキュッと引き締まった気がした。
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