「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*

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久遠 1 ♯ルート:Sf

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ナーヴが部屋の入り口で子どものように、プルプルと肩を震わせながら立ったまま泣き続けている。

あたしの脚の上に跨った格好のシファルは、ポソッと「入ってきていいのに」と呟いた。

三年経ったのに、二人だけが持っている空気が変わっていないようで頬がゆるむ。

「行ってきていいよ。あのままじゃ、ずっとあそこで泣いていそう」

あたしがそう言えば、「悪いけど…」と言ってからシファルがナーヴの元へと駆け寄った。

「ただいま、ナーヴ」

最初にそう声をかけてからシファルがしたのが、あたしが知っているシファルはしないはずの行動。

抱きつき、シファルよりすこし身長が低めのナーヴの頭を抱きしめた格好のままで撫でる。

その行動に驚いたのはあたしだけじゃなく、それをされたナーヴはもっと動揺しまくって反射的にシファルの手を跳ねのけてから、廊下の方へと数歩よろよろと下がった。

「え? どうしたのさ、ナーヴ。俺の顔なんか、忘れようがないだろ?」

不思議そうにナーヴに問いかけるシファルだけど、今のナーヴの気持ちがあたしにはよくわかる。

「お前、シファじゃねぇだろ! 俺が知ってるシファは、こんなことしてくるはずがない」

――そうなんだ。いなくなる前のシファルは、そこまでボディタッチを男女かかわらずにするタイプじゃなかった。

そしてなにより、ナーヴがそういったことに免疫がないのも知っているはず。ナーヴは人とは適度な距離感で関わろうとするところがあるから、親友のシファルがそれを知らないはずがない。

「まさか…シファルじゃ……ないの?」

さっき、自分の中ではそこにいる人をシファルだと認定した。シファルじゃないと言わないことや気づかいを見せたからなんだけど、まさかの彼の行動に疑いを持たないわけにはいかない。

「は? ちょ…冗談にしてよ。ひなもナーヴも。…やっと帰ってこれたと思ったら、別人って思われるって一体どうすりゃ信じてもらえる?」

そういいながら踵を返し、部屋の中にある応接セットのソファーへと歩いていくシファル。

その彼の背を追うように、部屋の半ばまで入ってきたナーヴ。まだ警戒している様子がうかがえる。

「とりあえず…証明になるかわからないけど」

頭をガシガシ掻いてからため息を盛大につき、彼が手にしたものは見慣れたもの。

それをカートからテーブルの上に移動させてから、蓋を開けて緊張した顔つきになった。

「ん……っと、上手くいくかな。えー…っと、んんんんっ…えいっ」

謎の唸り声をあげてから、えいっのタイミングでナーヴがするように指を鳴らしたシファル。

大きさ的には、バレーボールよりちょっと大きいかな? ってくらいの球状になった淡い緑色の光が現れて、その中にいくつかの薬草がポンという音とともに出現した。

「で、こう…して…」

光の球のそばで手のひらを合わせ、手のひら同士をこすり合わせるように動かすと薬草が細かく砕けていく。

「…で、こう」

今度は人差し指を立てて、その指先で小さな円を描く。その動きと連動するように、砕けた薬草たちが混ざりながらまとまっていく。

混ざり合いながら、すこしずつ光の球が薬草の量に合わせていくように小さくなっていった。

「…よし。これを…こう、して」

光の球を固形の球と同じ感じで指先でつまんでから、ティーポットにポイッと入れる。

そこまでやってから、「あ!」と声をあげるシファルは、ドアの方へと早足で歩いていったかと思えば廊下に出て大声で叫んだ。

「カル! カルーーー!」

何がどうしたもなく、いきなりカルナークの名を呼ぶ。

遠くからだとわかるのに、ものすごい勢いでどこかの部屋のドアを開けてここまで走ってきているのがわかる。

「あっ…兄っ……兄貴っっ」

ボロッボロに泣きながら登場したカルナークの気持ちがあたしですら痛いほどわかるのに、シファルはなぜかおかまいなしにこう告げる。

「悪いんだけど、お湯出して」

弟を、給湯器扱い。

(この人、本当にシファルだよね?)

ナーヴもそのやりとりに面食らったようで、珍しくオロオロしている。

「シファル、それはさすがに…」

と、あたしがいえば「カルの魔法で出した水が一番美味いからね」なんて言う。

自分の水を褒めてくれた発言でカルナークの涙腺は崩壊してしまい、泣きながらもシファルに言われるがままティーポットにお湯を入れていた。

城の様子がおかしいと気づいたんだろう。

ジークとアレクもものすごい勢いで飛んできて、シファルの姿をみて言葉を失っていた。

みんなをいろんな意味で驚かせているのに、気にもしていない風でシファルがみんなに話しかけた。

「久しぶりに飲んでみてよ。俺が淹れた薬草茶を、さ」

と。

緊張の面持ちで、いつもの席に腰かける。最初にしたお茶会っぽいアレの時から、あたしたちの席順は変わっていない。

いわゆる誕生日席にあたしがいて、テーブルの辺が長い方に二人ずつ。あたしの対面に一人だ。

あたしから見て右に、あたしに近いところにアレク、その横にカルナーク。そして、左側のあたしに近いところにジーク、その横がシファル。あたしの向かい合わせの席には、ナーヴ。

でも、シファルだけはなぜか座らないで立っている。

(……あ。この薬草茶、シファルのブレンドだ。でも前よりももっと美味しい気がする)

匂いも効能も、きっといつも通りなんだと思う。体の中から癒されていく感覚が懐かしい。

「どう? みんな。久々だけど、美味しい?」

みんなの様子を伺うように、立ったままですこしだけ体を折って顔を覗きこんでみたり。

笑顔も、その声も。何もかもがシファルのはずなのに、違う誰かみたいですこし怖い。そして、知っているシファルじゃないかもと思うと、寂しさが胸に滲みだした。

「美味いよ、いつも通り。兄貴の薬草茶は完璧だ」

カルナークが小声でポツリポツリと呟くと、シファルは本当に嬉しそうに笑う。

「あー…よかったぁ。この方法で薬草を合わせたの初めてだったから、どうかなって思ってたんだよね」

この方法といわれて、その場にいなかったカルナークとジークとアレクが困った顔をしてあたしを見てくる。救いの手かなにか扱い? この状況では。

ナーヴをチラッと見ても、今もなお放心したままでシファルに声をかけることもせずに薬草茶を飲んでいた。

「ん、と、ね?」

そう切り出して、さっき目の前で起きたことを説明していく。身振り手振りもつけて。

「…で、合ってる? シファル」

説明の最後にそう聞けば、シファルがうなずいた。

彼がここから消えていなくなる前にしたことがない手法。魔法の扱い方。そして何より変化が大きいのは、彼の態度だ。

シファルがスッと立ち上がり、窓の方へと向かう。

みんなでその後姿を目で追った。こうして見ているシファルは髪が少し短くなったかなという点以外、なにも変わってなく見えるのに。

(三年間をどこで過ごしたんだろう。それに、いなくなる前は教会から攻撃を受けていたはず。無事なのは嬉しいけど、不明な点ばかりで不安で満たされそうになる)

シファルが窓の外を眺めながら、ふわりと笑みを浮かべて呟く。

「本当に無事に浄化は終えたんだな、ナーヴとひなの力で」

本来なら一緒にその瞬間を迎えるはずだったシファル。ナーヴが以前と同じ生活に戻るのを見たいと言っていた。

「今後の召喚するしないにかかわるヤツが、俺がいなくなったせいで中断してるんだろ? …待たせちゃって悪かったね。戻れたからには、一気に片づけるつもり」

そういってから自分の手のひらを見下ろしつつ、「土産も持ってきたしね」と呟き、口角を上げた。

ずっとシファルの方に掛けられているバッグの中から、シファルが結構多めの封筒を取り出す。

「さーて、と。さっき聞いた話だと、あれから三年経ってるんだよね。でもね、俺の方ではたった三日しか経過していなかったことになってるんだ」

笑顔でそう言いつつ、封筒の表書きを確かめては順番に手渡していく。

淡い水色の封筒。ジークが受け取ったものをチラッと横目で見たけど、不思議なことに表書きが読めない。

召喚されて以降、ここで目にする文字のほとんどは読めていたはずなのに…変なの。

「ひなにも渡したいものがあるけど、みんなの方に説明がついてからじゃなきゃ渡すなって言われてるから…待ってて?」

シファルは今“渡すな”って言った。その言い回しだと、みんなが今…手にしている封筒もどこかの誰かに頼まれて渡したということなの?

「それってどういう意味?」

不安を煽られているようで怖くなって、膝の上でこぶしをギュッと握る。

シファルを不安な気持ちを抱えたまま見上げると、微笑みをたたえたままでただ見つめられる。そうして、ふ…っと笑みを深めたかと思うと、バッグの中から意外なものを取り出した。

「説明の間、これでも舐めててね」

「……え!?」

バッグから取り出してからパッケージを外し、あたしの口のそれを咥えさせるまでがあっという間。

その物を見ることはもうないだろうと思っていた。

「ふぃふぁ?」

棒についた飴を咥えながら彼を呼ぶと「それ…美味いよね」とまた微笑む。

元いた場所で好きで食べていた飴だけど、でもどうしてシファルがそれを持っているの?

ここに戻ってきてから、彼が微笑んでいることの方が多い。どうしたの? と戸惑うほどに。

あたしがシファルに飴を咥えさせられている間、みんなが開封したものを読み始めてから顔つきがどんどん変わっていった。

最初に読み終えたのは、封筒の厚さが一番薄かっただろうアレク。

読み終えた便せんを両手で持ったまま、ソファーの背もたれに背中を預けて天井を仰いで目を閉じた。

その次はカルナーク。便せんを右手の指先で挟み持ったまま、うなだれてずっとなにかひとり言を呟いている。

次はジークで、読み終えたものをまた途中まで戻って読み返し、何か思い出したかのように別のところを読んだり。ため息をついたり、残りわずかの薬草茶を飲み干したり。

最後がナーヴ。…………は、まだ読んでいる。というか、ナーヴのだけなにかのレポートか本かってくらいの量。一人だけ封筒の大きさが桁違いだった。

それを読みながら、ナーヴの指先からいつものように光の線が宙に現れてはなにかの魔方陣を描き、それを消して…唸って…を繰り返している。

ややしばらく四人の様子を見守っていたシファルが、窓にもたれかかってみんなの方へ声をかける。

「まだ読んでる途中のもいるけど、先にちょっと話させてね。――最初の一枚目は全員共通の内容だったと思うけど、俺が消えてからのことと、消えた先でいた場所のことが書かれていたと思う」

と、シファルが話し出せば、アレクがみんなへ目配せをして各々がうなずきでそれを認めていく。

「俺が行った先で出会ったのは、今の国王の9代前の時代にいたはずの王族の一員。…でも、文献からは消されているから情報としては一切何もない人物。その人が、こっちの状況を知っていて俺をそっちの世界に引っ張ってくれた。そして、教会の連中に体に仕込まれた不安要素も取り去ってくれて、俺の体力や魔力その他諸々が回復するのを待って、こっちに戻れるようにと助力をしてくれたんだ」

みんなが手紙の方をチラッと見てから、なぜかあたしの方もチラッと見る。

「手紙にはあまり詳しく書かれていないはずなんだけど、その人物は…全属性持ちの上にかなりな能力や知識、応用力などがある人で。その手紙も、その人が書いたものだ。手紙を書いていた時点で、自分のことはそこまで書かないだろうなと思っていたから、俺の判断ですこしだけ詳しく説明させてもらった。――実は、その人の力だけでここに戻ってこれた。その方法はいわゆる…」

そう言いかけてからシファルがあたしの方へと歩み寄り、あたしのイスの横へとしゃがんだ。

しゃがむと、あたしからほんのちょっとだけ目の高さが低くなったシファル。

その格好のままで、まるであたしだけに告げるようにこう言葉を続けた。

「聖女の召喚と大差ない方法、だった」

と。

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