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手をのばせば、きっと… 5 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
コーラとかいう物を飲み、一晩眠り、次に声をかけられた時には白い光の中から出てもよくなっていた。
「どうせならさ、ひなが住んでいた世界っていうか…街を散策したくない?」
そう聞かれて、即答したかったところを口を噤む。
「ん? 行きたくない?」
アレコレ思案して、自分の欲を飲み込んで答えていないだけだ。
「ひながいた場所に興味ないなんて…嘘だよね? 気になるよね?」
俺の理性やいろんなものを簡単に手折ろうとする、この男。
命の恩人で、俺たちの世界の未来に関していろんな後押しをしようとしてくれる人で、ひなが大事にしていた人で、彼も…ひなを大事にしていた人で。
「気に…なるが、だがしかし…こういった場合、異世界からの人間が世界に干渉しようとすること自体…あまりよくないのでは?」
念のためで確認をすれば、あははと一笑される。
「その辺は大丈夫だよ。だって……この世界って今、俺以外は同じ時間を繰り返しているだけだから」
笑いながら彼が告げた、この場所の真実はフリーズするには十分すぎる内容で。
「同じ時間を繰り返して…? どうして……」
顔をこわばらせて質問をすれば、首をかしげてこっちを見つめ、淡々と説明をする。
「どうして? うーん…、よくある転移とか転生の場合、飛んでいった対象者が最初からいない扱いになったり、時間が経過して対象者が神隠しにあった扱いになったり。いろんなパターンがあるんだけど、ひなの場合は…ひなの心が反映されててね。ひなはいなくなったことになっていないし、ひながいなくなったって誰かが心配になる展開になっていない。その代わりというのもおかしいんだけどね、ひなが髪の色とカラコンを買いに行ったところを軸として、同じ一日が繰り返されている。だから、ひなは明日の入学式ってイベントに向けて髪の色を変えに行ってて、ひなの兄貴が家で帰りを待っている。ひなが転移した時間が終わりの時間軸として扱われていて、その時間が過ぎたらひなが出かけた直後の時間に戻る。…だから、あと5時間くらいしたらまた来るよ。ひなの兄貴が」
ひなの心が反映された世界に変換された、みたいな感じか?
「ひなにはそんな力が」
そう言いかけた俺に、シューヤが首をゆるく振る。
「ないよ。なかった、が正解かな。ただね。…ただ、アッチに行ってからひなが寂しくなって、時々スマホを弄っていたはずなんだよね。その度に魔力がコッチにつながって、すこしずつ変換されていった。俺は、その手の気配は察知できるし、その流れに流されないように出来るだけの力があるから、ひなの兄貴のことも俺の方で対応している。もしもの話、さ。ひながコッチに戻りたいってなった時に、ひなが新しい環境で頑張ろうとした時間軸から始められるように…って仕掛けもしてある」
「……は」
淡々と話しているが、目の前の飄々とした優男に見えるシューヤがしているだろうことは、かなりすごいことなのだろう。ナーヴがいたら、二人で魔力やスキルの話なんかを延々としていそうなほど、ナーヴを超えるだろう力の持ち主だと認識した。
どれくらいの時間をかけて俺をこの場所に召喚するだけの魔力を集め、操作し、喚びつけ、危うく死ぬところだった俺を救ったんだ?
単純に全属性持ちだとか言っても、それらを使いこなせるようになっていなきゃ宝の持ち腐れとかいうんだろう? ひなの世界の言葉で。彼がそれだけの能力の高さやセンスや魔力の量があるからこそ、使いこなせていたんだと思える。
(ナーヴを超えるような人間が存在するとか、想像できなかったな)
ある方向から見れば、彼のような人物は畏怖の対象でしかないはずだ。人間は未知のものを怖がるから。
だが、ある方向から見れば、こんなにも頼もしい味方たる人間はいないはずで。
『万能』という言葉が脳裏に浮かぶ。そして、『天才』という言葉も。
シューヤの母親が危惧したことは、合っていたのかもしれない。暴君と言われた国王に使い潰され、自我を壊された可能性があっただろうし、能力を余すことなく利用され他国への攻撃の要にされたかもしれないのだから。
「ひなは今、そっちの世界でゆっくりと自分らしく生きるための深呼吸をしているようなものでさ。呼吸が上手く出来るようになった時、コッチの世界を恋しく思う日がいつか来たら…ひながそっちの世界でどれだけ過ごしていたかとか悩むこともなく、戻れた時点で元の年齢になるから。記憶だけはそのままの可能性があるから、転生した気持ちになるだろうとしても、生活自体は問題ないハズ。ひなが聖女として頑張れた自分を残しておきたいと、みんなとの思い出を失くしたくないと強く願えば、記憶は強く残るはず」
コッチの世界のいろんな条件や設定が、ひなに優しい世界で止まっているということなのかな。
「誰かをコッチに一緒に連れてくるとかは、かなり難しいから…可能性は低いけどね」
他に聞きたいことある? と言わんばかりに、首をかしげてきた彼に。
「ひなに優しい世界……か」
ぽつりとそう呟けば、一瞬ポカンとして見せてから、どこか嬉しそうに微笑み。
「そうだね。…ひなは、もう…優しいものだけに囲まれて過ごしたって、文句を言われる筋合いないしね」
そう言ってから俺に、「シファルは、ひなに優しい世界を護ってくれるかい?」と問いかける。
俺はそれに対して即答する。「もちろん」と。
そんな俺を見て、シューヤは俺へ手を差し出す。「行こうよ」と言いながら。
しょうがないなという顔をしてから、彼の手を取る。
彼の服を借りて、初めての場所へ飛び出す。
狭い道。きれいに整備されていて、見たことがない乗り物で移動する人々。女の子はやけに肌を出していて、あんなにも幼いのに娼婦かなにかか? とシューヤに聞くと大笑いされた。
ひなが住んでいた家も遠巻きに見てきた。
とても小さくて狭い家だったけど、どことなくあたたかさを感じる佇まいだった。
それからひなの街の神様が祭ってある神社という場所や、ひなが通っていた学びの場所。学校とかいうところだ。
自分たちの世界とのたくさんの違いや、真似をしたい仕組みをシューヤから聞き、最後にある場所へと連れていかれる。
「……ここは…」
カラフルな色合い、いろんな香り。俺にとっては馴染み深くて心が落ち着ける場所だ。
「あのね、これを託すからさ。…時間かかってもいいから、ひなに見せてやって? きっと喜ぶと思うから」
いくつかの絵がついた封筒を渡されて、「お願いね」と念押しされる。
そうして、彼の部屋へ戻って程なくしてまた繰り返された時間を経て、明日には戻すよと聞かされる。
「は? もう…か? 早くはないか? 準備にもっと時間がかかる予定じゃ?」
思わず動揺して大きな声で返した俺に、シューヤは嬉しそうに笑いながら「問題なし」と告げる。
「明日、ひなの兄貴が来る前にシファルを戻す。…の前に、さ。お願いあるんだけど、いい?」
不意に両手を併せて、お願いしてくるシューヤ。
「なんだ? 俺の方で頼むことがあるならわかるけど、大した力もない俺に出来ることがあるなら」
なんだってやれる人間からの頼み事の意味も理由も、想像できない。
息を飲み、彼の頼みごとを待てば、近くの棚から何かの箱を取り出した。
そして、その中から彼は金属でできたものを指に填める。
「ね。…シファルの髪、切らせてよ」
ニッコリと笑みを浮かべて、ハサミというものを指に填めて構えるシューヤに、俺は無言でうなずいた。
床に髪をたくさん敷き、俺は椅子に腰かけ、布状のものを首に巻かれる。
「俺んちね、髪を整える店やってんの。その影響でね、切り方を学んで、ひなの髪も切ったことがあるよ」
シャキシャキと軽快な音がした後に、床に俺の髪の毛が落ちていく。
「シファルの髪って、何本かだけど紅い髪が混じってるよね。…家族にいたよね、確か。……あぁ、弟か。どっちの血筋? 紅いのは」
「父親の方の祖父がそうだった。父にはその色は出ず、弟に出た。母親が浮気を疑われて、一時期騒動になっていた。少し考えれば、わかるだろうことなのに。…無駄な夫婦げんかに巻き込まれた記憶がある」
「あぁ、髪色でそういうのあるの…変わらないんだね。…バカバカしいよね、そういうの。…ふふ。シファルの髪、触り心地いいね。好きかも、俺」
男にそんなことを言われてもなと思いつつ、「どうも」とだけ返した。
「シファルもそういう返し方出来るんだね」なんて、褒められているのかよくわからないことを言われたが、聞かなかったことにする。
「固い口調がシファルの売りなのかもしれないけど、今みたいな口調の方が肩の力が抜けていいと思うよ。…あ、ほら…いい見本がいるよ。あの…」
と彼が言いかけたところで、俺は口を開く。
「「ナーヴ」」
親友の名を挙げた瞬間、同じ言葉が重なった。
「…あ」
思わずポカンと口が開きっぱなしになり、互いに見合う。
わずかな間の後に、また同時に笑う。大きな声で。
危うく死にかけたなんて忘れたくなるような今の状況に、肩の力を抜いてシューヤへと振り向く。
「シューヤ」
彼の名を呼び「ありがとう」と告げる。
「んー? どれのこと?」
俺が何に対して言ってるかなんて、きっとわかってるはずだ。
でも、あえて口にしないところが、ひなが彼を頼り甘えてきただろう部分だと感じた。
「どれもこれも、かな」
そういうと、シューヤが傍らにハサミを置き、布状のものを外した。
「うん! 我ながら上出来」
鏡を見せてもらうと、無造作に伸ばされていた髪が少し短くなって、全体的に軽くなっていた。
「ひなに早く見せたいなぁ。何も言わないでも、俺が切ったってわかりそうだけどね」
床の髪を回収して、散らばった髪をまとめて袋に入れるシューヤ。
「ほんと……ひなに会いたいや」
笑顔なのにどこか寂しそうに見えるシューヤに、俺はなんて声をかければいいのかわからなかった。
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