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手をのばせば、きっと… 2 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
意識が飛んだのはきっと、聞きなれたあの音一回分。
親友が鳴らす指の音だ。
空に染み渡るような高い高い音がしたと思えば、白い光に包まれた状態で知らない場所に俺はいた。
「あ、動かないでよ? そのままね?」
その声に振り返れば、見覚えのある顔がそこにいた。
「……ジーク?」
思わず声をあげると、ジークだろう男が首をかしげながらふわりと微笑む。
「それは俺じゃないね。俺の名前はさっき名乗ったでしょ? あれ? 転送の副作用? 記憶障害でも起こすような構築の仕方してないけど…。久しぶりだと上手くいかないか」
ジークの顔をしているのに、声の感じはナーヴに近い。
(変な感じだな)
「念のため、改めて名乗りをさせてね? 俺の名前は、柊也。ひなの兄貴の友人ってことになってる、この世界の住人で、元は君がいた世界の住人。あることがキッカケでこっちの世界に転移して、そのままここに住んでいる。ひなの二人目の兄貴みたいな感じ。…っても、実の兄貴じゃないけどね」
似すぎている、ジークに。脳が混乱している。俺がいた世界じゃないのに、ジークがいる…みたいな気になってしまう。
「それじゃ俺の方でも名乗りを…」
と言いかけた俺に、ジークによく似たシューヤという男が手のひらを突き出すようにして待ったをかける。
「いいよ、別に。こっちの方では君のことは把握済みだから」
なんて言いながら。
そういえばあの場所で起きていたことなんかも、俺以上に把握しては情報を教えてくれたんだった。
(でも、どうやって? 同じ空間にいたわけじゃないのに、どうやりゃ把握できると?)
「とにかく、すこしの間だけその格好で浮いててね。ケガを治さなきゃ体力が持たないだろうし、こっちの空気とか諸々に体を馴染ませるのに必要な時間だから」
ふわりと浮いたままの俺の体。彼がその光のそばに近づき、指先で一回突くようにすると小さな光の球がポコンと浮き出て彼の手の中に転がっていった。
小さな光の球がゆっくりと光を失っていき、上に向けていた彼の手のひらには、ここに来る前までひなの耳にあったはずのピアスの残骸。正確には石の欠片だ。
「…うん。ちゃんと回収できてるね。問題ないな、これなら」
満足そうにその欠片に触れて、近くの机…か? ずいぶん小さいけど、その上にあるシンプルなガラスの箱に欠片を収めた。
「最低でも今晩はそこで浮いてて。お腹が空くとか喉が渇くとかは感じないはず。でも感覚的に何か口に入れたくなったら、俺に言ってね。あと、この後ここにお客さんが来るけど、君の姿も声も相手には聞こえない仕様になってることを、頭に入れておいてくれる? こっちがする話を君が聞く分には、何も文句は言わないから」
誰かわからないけれど、ここに誰かが来る。その話は聞いていてもいい。
(それは間接的に聞かせたい話ということなのか? もしかして)
勘繰りすぎかもしれないけど、可能性を考える。そして、どうして俺がここに来たのかわからないけれど、どんな小さなことでもいいから情報が欲しい。それが知りもしない誰かの話なんだとしたって、なんでもいいから手に入れたい。
「…わかった」
それだけを返し、立ったままだった姿勢をぺたりと床に座った格好に崩す。光の中で座れているのか、よくわからないけどな。
ふわふわしたまま、狭い部屋の中を視線を動かして観察する。
ひながすむ世界じゃ、一人の部屋ってこんなに狭いのか? アッチの世界のトイレよりも狭い気がする。
もしかしてそもそもで土地が狭い? もしくは、この家の住人が貧乏?
失礼に当たるんだろうと思うのに、口に出さなきゃ問題なかろうとアレコレ観察しては失礼だろうことばかり考える。
(こっちの世界のひなの部屋はどんな感じなんだろうな)
俺がいた世界のひなの部屋は、シンプルでいて明るめの色合いを使うようにしていた。続き部屋に大きな浴室が付いていて、いつでも入れることが、ひなは一番喜んでいたような。
遠くからトントントン…と音がして、いきなりドアが開く。
「柊也! これはどうだ?」
体格がいい男が入ってきて、シューヤという男に向かって小さな紙袋を差し出す。
「主語つけろっていってんじゃん、もう」
「お前には必要ないな。大体わかってくれるもんな?」
「あー…はいはい。どーれ、見せてもらおっかな」
よくこの場所に来るのだろう男が、イスにドカッと腰かけてどこか落ち着きなさげに体を揺らしている。
「ひな…喜ぶかな。アイツ、これまでアクセサリーとか好まなかったから、ピアス開けるって聞いたら贈りたくなって」
ガサガサと紙を鳴らしながら、袋の中から机の上に三つのピアスが取り出される。
「…へぇ。可愛いの買ってきたじゃん。それとシンプルなのも、あっていいしね。…って、これは遊び過ぎじゃない? こんな変わったやつ、ひなが着ける勇気あると思ってるのかよ」
シューヤの肩越しに見えたのは、白く濁ったシンプルな石と、細い棒状のものが三つぶら下がっているものと、よくわからない形のもの。
あれ、耳に着けるもの…なんだよな?
首をかしげていると、まるで俺への説明のような言葉が続く。
「ムーンストーンね。ひなの誕生石のひとつだよね。…えっと、なになに? 健康…幸運…恋の予感。健康は年寄りっぽいけど、ひなの運が上がるのはいいね! でも最後のは、成就するようならお前にとって心中穏やかじゃない内容だろう?」
指先で白く濁った石を摘まんで、掲げるように持ち上げる。まるで俺に見せるみたいに。
さっき話があったように、本当に俺の姿はこの男には見えていないようで、シューヤという男とだけ話を進めている。
「俺が認めた相手なら、ひなと付きあわせてやってもいい。…けど、結婚までは……許さない」
(へ? ひなと付き合う? 結婚? 許さない? なんでそんな話になってる?)
イスの背もたれに前向きで体重をかけながら話す体格のいい男は、続けてこう叫んだ。
「ひなの結婚相手は、兄貴たる俺を倒せるような奴じゃなきゃ認めねぇ!!!」
(ひなの兄貴?)
相手に自分のことが見えていないのをいいことに、まじまじとひなの兄貴だという男を観察する。
(体格だけでいえば、アレクっぽいな)
そう思ったのと同時に、ひなが時々話してくれたお兄ちゃんの話を思い出しながら顔をゆるませていた。
対人関係が上手く出来なくて、高校というところで勉強をする前にと、それまでの自分から変わろうとしたひなの助けになったという話だ。
『お兄ちゃんの友達とかは、あたしの事情を知っても会話の練習なんてくだらないことに延々付き合ってくれたの。それもこれも、お兄ちゃんが声かけしてくれたからだし、お兄ちゃんがあたしを大事にしてくれていたから出来たことなんだと思うの』
その他にも何かにつけて、ひなは兄貴に支えてもらっていたと口にしていたっけ。それと、もうひとり。
「だったら、俺はひなの結婚相手になれそうだね」
シューヤという兄貴分の名前も挙げていたっけな。
「は? お前が? …今度勝負するか? 俺と」
「いいよー、いつでもどうぞー」
間延びした話し方で返す彼に、ひなの兄貴だという男は笑いながら机へと向き直る。
「……ひな、喜ぶといいな」
ポツリとそう呟いたひなの兄貴に、シューヤという男はニコリと笑い返す。
そんな会話を聞きながら、今更のようにおかしくないか? と気づいたことがある。
(ひなは今、向こうの世界にいる。…のに、二人の会話にひながいなくなっている感じが全くない。まるでいつもと変わらないとでも言うように…。これは一体どういうことなんだ?)
眉間にしわを寄せて二人を見つめる俺に、シューヤという男が一瞬視線を向ける。
(…ん?)
不思議に思いながら、様子を見守ると。
「そういえば、今日なんだろ? ひな」
と、なにかひなの話題が振られたよう。
「あ? あぁ、おう、そうだ。美容院に行ってくるって言ってたな。思いきって金髪にするって言ってたし、行きか帰りにかカラコンも買ってくるって」
(!!!!!)
聞き覚えがある言葉が飛び出した。
金髪に、カラコン。ひなが俺たちの世界に来た時に身に着けていたモノだ。
「カラコン、何色にするんだろうね。お前、何色をおすすめしたんだよ」
シューヤという男がそう言えば「茶色」とひなの兄貴が返す。「お前は?」と逆に問われて、シューヤという男は。
「俺? ピンクが可愛いって言っといた」
ひなの兄貴に対して返しているはずなのに、視線は俺へと向いている。
ピンクの、カラコン。
あっちの世界の、聖女の色のひとつだろ?
「お! 可愛いかもな。…あー…早く帰ってこねぇかな。今回金髪にするのによ、お前も驚かせたいからって他の美容院に行っただろ? お前んちでもいいのにって言っといたのに」
「そういえばそうだっけ。まぁ、ひながいうように驚いてあげよう…うん」
「だな。…じゃあ、俺は帰る。ひなが帰ってくるのを待つ!」
「あ、じゃあさ、ひなが好きなお菓子でも買っていけば? …んっと、はい、俺の分の金も渡すから足しにして」
「おー、いいな。何買って帰るかな……グミ…チョコ……最近何かにハマっていた気がするけど」
「マカロンだよ。どっかのケーキ屋に寄らなきゃ買えないからね」
「それそれ! じゃあ、さっそく買って帰るか。じゃあな! 柊也」
「はいはい。近いうちにひなの変身を見に行くって言っといてね」
「おう」
部屋に入ってきた時同様に、にぎやかに帰っていくひなの兄貴。
パタンとドアを閉めて、シューヤという男が振り返る。
「さて……質問はある?」
俺が聞きたいことがあることをわかっていたように、閉めたドアにもたれかかって腕を組み。
「…の、前に本当の名前を先に明かしてもいいかな?」
そう言ってから、ジークと同じ顔でこう告げた。
「俺の本当の名前は、シューヤ・ル・エメラ。君がいた国の、9代前の王族の、第三王子だよ」
予想も出来なかった彼の言葉に、俺は息を飲んだ。
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