「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*

文字の大きさ
上 下
74 / 96

手をのばせば、きっと… 1 ♯ルート:Sf

しおりを挟む



浄化が終わり、シファルがこの世界からいなくなり、空気は澄んでいて、今日もあたしは。

「ひな? 今日、どこか行くって言ってたっけ」

「…ジーク。アレ、どうにか出来ないかな。もう相手をしたくないんだけど…二度と」

この世界で見つけたパーカーっぽい服を着て、廊下を歩きながら髪を上げる。

子どもたちと一緒に作ったシュシュで、手櫛を使って雑にまとめた髪を結ぶ。

「え。また来たの? アイツら。……はぁ。なんだろう、連中には耳と脳がないのか? 教会関係者には頭が悪いやつしか残っていないのか? 上層部をどうにかしても、下の方にいくらかまともなのが残っていると思ってたのに。……悪いね。今からアレクと宰相と護衛連れて、釘刺してくる」

「釘刺しても繰り返してくるなら、教会の仕組み自体を失くしてしまうとか言えないんだよね?」

イラつきながらジークにそう言えば、申し訳なさそうに微笑んでから。

「信仰を完全に無くすことは出来ないんだ」

心のよりどころは、人の心を平穏へと誘う。たとえ、姿かたちが見えるものでなくても。聖女信仰もその一端なだけ。

「あたしが言えた義理じゃないけど、神様なんか信じなくても、自分や自分のまわりにいる誰かを信じられたなら、神様なんかいなくたっていいのに。…神様が何かをしてくれたことなんかなかったでしょ?」

この国の過去をすべて見てきたわけじゃないけど、それでも神様自体が何かをして、この国を救ったかといえば答えはノーだった。

「とにかく、あたしは逃げる。向こうの丘の方の隠れ家に行ってくるから。用事あったら、ナーヴくん経由でお願いします」

「…ん。了解。ゆっくりしておいで。何ならあとでお菓子で持たせるよ、カルナークに」

「あー……いや、いいかな。今日は一人でいたいんだ」

踵を返し、ジークへ背を向け歩き出す。

「わかったよ。でも夕食までには戻っておいでよ? 約束だよ? 食事だけは一緒にしよう」

「……うん」

短く返事をして、お城の門の方へと歩き出した。

門番さんに挨拶をして、スタスタ歩いていくあたし。

「はぁ…ほんとめんどくさい人ばっかり。教会の人たちの頭の固さというか、バカさというか…呆れちゃう」

出かける前のことが、脳裏に浮かぶ。

まだ朝も明けきらないうちに、人の部屋に入ってこようとして護衛に追い出されてた。

「聖女・陽向には、まだ我らが必要だ」だの、「私ほどあなたのことを愛し守れる力を持った人間はいません」だの。

「ああいうのがウザいっていうんだな。初めて知った」

浄化が終わったのに、まだ聖女のあたしと教会をつなげておくメリットがわからない。というか、浄化の時に邪魔だったのはそっちでしょうが。

「それでなくても、過去においても教会の立場って、結構邪魔なものだった感じだった気がするんだよね。私的な感想だけど」

ふむ…を首をかしげて、浄化の流れで知ることとなったこの世界のこれまでのことを思い出していく。

教会がしてきたことといえば、女神信仰という形でみんなの心の安定を見守り、約100年おきに訪れる浄化の時に備えて人材育成の一端を担い、その中で現れた能力が高かった人材を見守り続けて次代へと繋げていく。

で、召喚に使う魔力の一部負担。それと聖女の育成の補助。それと、浄化までのサポート。

やることやってるようでやってないようで、やってた…方なのかな?

それでも、実際あたしがここにやってきて聖女として学んでいく中で感じたのは、教会の連中から聞かされた話に自分のためになったと思えることがなかったという事実だけ。

耳障りのいい言葉だけ適当によこしてきて、最後に頼りになるのは私たちだけですと念押しをして。浄化のサポートにと選ばれた人とは、距離を置いてかかわるようにと言われたこともあった。

みんなとちゃんと話をするようになる前の段階で、それだもの。

(というか、元の世界であんなにも自分にかかわろうとしてくれる人には、相手のいうことだけを信じて、何かあっても自分がこんなんだから好かれないんだって思うほどだったのに。こっちに来てから、その傾向が極端に減った気がする。簡単に変われないと思っていたのに、最初から意外と話も出来ていたし。たまたま相手がお兄ちゃんたちみたいな人だったからっていうのが大きかったんだとしても、今思い出せば違和感はあるよね)

拭えない違和感を胸に抱いたまま、それでもその変化にここでの暮らしは快適になっていたはず。

元た世界で上手く出来なかったコミュニケーションも、みんながあたしの言葉をちゃんと待ってくれていたこともあってか、思いのほかスムーズだった。

生活感や文化の違いはあって当たり前だけど、それをなしにしても自分がこんな風に人の輪の中にいられると思っていなかった。そんな日が来るとも思えなかったのに、高校デビューしようと一歩踏み出して見た目を変えたタイミングで、自分らしくいられる場所に行けること自体が奇跡なんじゃないかな。

まっさらな場所で始まった、新しい生活。子どものように、一歩また一歩と歩いていくしかない日々だった。

その中で再確認したのは、神様が何かをしてくれるわけじゃないってこと。結局は人と人のつながりが、あたしを救って、背中を支えながら一緒に歩こうとしてくれた。

「そう…なんだよね」

いろんなことが起きたって、最後の最後には人と人が向き合って解決するしかないのだから。

この世界はあたしにとって優しい世界…というだけなのかな。

「…ううん、違う、よね?」

優しいだけの世界だったなら、切なくなることはなかっただろう。異世界に飛ばされて、寂しくなるのは仕方がなかったんだとしても。

ここには、何をするんでも離すんでも、自分の都合で急かしてくる人がいない。あたしが考えられるまで、信じて待ってくれる人たち。わからないことを聞ける関係を築けた。

あっちの世界の上手く付き合えなかった人の中には、幼なじみだっていた。長い人で保育園の年長からの付き合いの人がいたはずだ。

こっちに来てから出会った人たちは、関わるようになってわずかな間しかなかったのに、不思議と幼なじみだった彼女たちよりもわかりあいたいと思えた。そう思えたのはきっと、相手の方から同じ気持ちで近づいてくれたからかもしれない。

なにより、信頼関係ってものも必要なんだって気づかされた。信じるまでの過程は無駄じゃなかった。この世界でいえば、ナーヴくんとのつながり方がそれに近いかもしれない。

聖女だから、大事にされる。なんて括りで自分が見られることが許せなくて、悲しくて。

だから、聖女の色持ちじゃないって明かしたところもあったのかな。

『これがあたしだけど、それでもいいですか?』

と。

最初にアレックスに話したのは、本当に偶然だったけど。

「はぁ…はぁ……。チャリが欲しい。結構歩くんだよね、あの丘までって」

息が上がりはじめて、自分の体力のなさを恨めしく思う。

「シファルが帰ってきたら、薬草茶のブレンド…考えてもらわなきゃ」

魔力が減ってから彼が薬学にかかわるようになって、その流れで生活の中に取り入れやすいものとして薬草茶を作るようになったって聞いたことがある。

彼にとってつらい時期だったかもしれないけど、ちゃんと彼の功績として彼の能力は評価されている。

「ほんとスゴイ人なんだよね、努力と…はぁ…はぁ…忍耐力と…あとなんだろ。…はぁ…とにかく諦めない人だよね」

小高い丘の上に立ち、ふぅーーーーっと長く息を吐く。

シファル以外にも、あたしのためにと動こうとしてくれる人はいる。敵ばかりじゃない。とても心地い距離感で、そばにい続けている。

それはあたしが欲しかった関係ばかりで、人と人がわかりあい近づくのに出会ってからの時間なんか関係ないんだなと知らされた。

あんなに求めていたものは、今…あたしのまわりにあふれている。

けど、その中に…彼だけがいない。一番あたしを理解してくれているはずのたった一人が……。

――――浄化から一年半。

聖女を召喚しなくても浄化が出来るようにと計画していたことは、あとはシファルの担当部分だけになり。

きっと戻ってくると信じて、シファルと同じ魔力や属性を持つ人が現れても計画を進ませずに今に至る。

今日もあたしのポケットには、とっくに匂いなんかしなくなったシファル特製のサシェが入ったまま。

彼がくれたものは探しては、自分のまわりに置いて。時々彼の代わりのように話しかけてみたりして、返ってこない答えをずっと待つ。

そんな自分の姿のせいで、みんなに心配をかけているのを知っていても、それでもあたしは待っていたい。

シファルを攻撃したのは、教会関係者の貴族じゃない人で。ある意味捨て駒みたいな感じだった。

さっき部屋の前であたしへの愛を叫んでいた人だ。

その人は教会の上層部に、こう囁かれていたよう。

『聖女が好意を寄せている相手は、お前と同じ属性の魔法を持つ男だ。ましてや、弱くても光魔法の属性もお前は持っている。聖女が必要としているはずの人間のはずだ。やれることが同じなら、お前が成り代わることも可能だろう。恋愛感情など、後付けでどうにかなる。まずは邪魔なものを排除して、自分が入れる隙を作れ。浄化さえすんでしまえば、聖女が乙女である必要はなかろう。聖女の懐に入りこめば、あとは契りを結んでしまえ。関係が出来た者を無碍には出来まい。あの聖女は大変心優しく出来ているからな』

その言葉に乗せられて、シファルを土魔法で攻撃し、小さな種を仕込んで。

シファルはどこぞのゲームにいそうな、樹のモンスターみたいになるはずだったよう。

モンスターか、ただ…人が樹になるだけだったか。どちらにしても、人じゃなくなるはずだった。

シファルがそうなることで、あたしたちが進めていた計画の役に立つはずだったのに、どうして邪魔をした…だの、計画の手助けをしてやろうとしているのに邪魔をするならば矛盾しているだろう…だの。

勝手なことを延々言ってきては、最後の最後にはあたしへの愛を囁いて。

「あんな地味な男よりも、僕の方があなたを満足させられます。僕の中にも光魔法がわずかですがあるので、子どもが産まれたらきっとどちらの力も継承した素晴らしい子どもが育つでしょう。この国のために、教会のために、僕のために…あなたは僕の手を取るべきです。どうでしょうか。一度お試しでお付き合いをしてみるというのは…」

お試しという言葉は、もっと気軽なもののはずなのに、こんなに重いお試しはないと思う。

それに、教会の連中も捨て駒扱いの彼も、あたしが嫌う言葉を口にしていた時点でナシの扱いしかしたくないんだ。

恋愛対象にも、体の関係の対象にも、彼は該当し得ない。

「だぁ…っれが! 地味だっての。魔法とかスキルが欲しくって子作りするんじゃないっての。…好きな人と抱き合うから、意味があるんだっての」

ブツブツ文句を言いながら、大きな布を敷いて丘の上に寝転がる。

なるべく空を感じたくて、時々訪れるこの場所。

あの人が空の中に消えた気がして、空を感じられる場所に行きたくて。

「本当はあの樹に登れたらいいんだろうけど、さすがに無理過ぎるもんな」

遠くに見える、浄化の時に使っていた大木。ここから見ても樹の先端がかなり高いことがわかる。

ナーヴくんは、あたしが望めばそこまで連れて行ってくれるっていうけど、そこまではいいかな? って思ってる。

「まだあの場所に行く勇気は出せないよ」

行きたいようで行けない場所。あの日、シファルが消えた場所。

「…………会いたい。シファル……」

寝転がったまま、両手のひらで顔を覆って静かに泣く。

誰かが見ているわけでもなく、聞いているわけでもないのに、声を殺して。

「そばに来て……、ぎゅって…してよ」

涙を受け止めてくれるなら、彼以外いらない。

シファルだけに触れられたい。

その想いと願いが、どこかの空の下にいるかもしれないシファルに届いてほしいと静かに涙をこぼしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...