「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*

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空を仰いで、アナタを想う 3 ♯ルート:Sf

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そのまま明日を迎えられるんだって思ってた。思いたかった。

「このタイミング…って、あんまりだな」

誕生日の余韻に浸る間もなく、心と体があたしを呼ぶんだ。

「最後にお風呂くらい入りたかったなぁ」

なんてのんきなことを言ってる場合じゃないのに、こういう時に逆に出ちゃう。

出来ないこと、したかったこと。後悔しそうなこと。

「シファルにちゃんと…好きだよって……言いたかったなぁ。もっと、自分の気持ちが落ち着いている時に」

この浄化が終わって、消えずにすんだとすれば。

――そんなIFの話なんか、考えてたらダメなのに。

心の隙や甘えは、きっと浄化をしていく中で自分の一番お邪魔になるだろう。

浄化の時はこの服がいいと思っていた服に着替える。

いつだったか、あたしのためにと送られてきた数着のドレスの中から、ひとつだけ…どうしても残しておきたいものがあった。

紺色の、グラデーションがきれいな、ふわふわしたフリルが裾の方にあるドレス。

「夜空が残っている、朝が近づいてきた時の空みたい。まるで…今の外の景色だ」

時間的には、まだ誕生日を終わっていない。いわゆる深夜に近いのに、なぜか空の色がおかしい。

これも浄化を急ぐ理由になっているのかな。

小さくノックの音がして、はいと短く返すとナーヴくんが部屋に入ってきた。

「着替えの途中なら、返事すんな」

あたしの格好を見て、一瞬ギョッとした顔つきになった。

「ほとんど終わりだから、平気だよ。それより、ファスナーが上がりきらなくって」

いいとこまで上げられたのに、最後の最後で上げきらなかった。

「お前な…俺だって男なんだけど?」

文句を言いながらも、ファスナーを上げてくれるナーヴくん。

その姿が鏡に映ってて、ちゃんと顔を背けてちょっとだけ見えていただろう背中を見ないようにしてくれていた。

「ありがと」

そう言ってから、ウエストの前側でリボンを結んで横にズラす。

クルッと回って見せ、「どうかな? このドレス」とナーヴくんに聞いてみる。

「あー…いいんじゃねえの? 多分。シファが喜びそうなドレス」

なんて呟いたのを聞き「…だね?」と笑った。

「準備は出来てる。浄化の後のことも、シファに話してあるし、準備も進んでいる。それによって浄化が出来るかどうかは、お前の髪を以前採取したやつからその成分を増やしておいて、確認作業が出来る状態にもしてある」

「…そっか」

不意に視線を上にあげると、時計がカチリとなって明日になった。

「誕生日、終わっちゃった」

そう呟いたあたしに、「迎えられてよかったじゃん」と大きな手のひらで頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

「もう! なんてことするの!」

言い返しつつ、思う。

こんな風にナーヴくんと話が出来るようになるなんて、思いもしなかったのにな…って。

髪を鏡を見ながら手のひらで撫でつけながら、ざっくり直す。

「ねぇ、ナーヴくん」

「んー?」

彼の表情は、いつもと何も変わってないように見える。

「もしも」

「あ?」

だから、お願いが出来る。

「あたしに何かあったら、後のこと…お願いしたいの。今後の浄化のことと、シファル…のことも」

そう告げたあたしを見下ろし、ナーヴくんがため息をつく。長い長いため息を。

「そういうのはな、なんかあった時に言え」

呆れたようにそう返されて、「伝える余裕なかったら困るじゃない」と返せば、めんどくさそうに「はいはい」とだけ返された。

「ちゃんと聞いててほしいのに…」

彼から視線を外してうつむけば、なにかが頭の先に触れた気がして顔を上げる。

「? ……なにか、した?」

「は? なにかあったのか?」

違和感があったから言ったのに、何かあったのかとか返された。

「頭の方の瘴気っぽいの、大丈夫…なんだよね?」

「あぁ。今んとこ、大丈夫だ」

「…今んとこって…なんか、嫌な言い方なんだけど」

「…気にすんな」

そんな会話をし、二人でバルコニーの方へ向かう。

他のみんなのところに声をかけに行く時間はなさそうで、誰かが入ってくるわけでもないのにドアの方へと視線を向けてしまう。

(行ってきます、シファル。…みんな)

誕生日を祝ってくれた楽しい時間を思い浮かべ、口元をゆるませて。

「余裕だな、今代の聖女ってやつは」

「…だって、楽しかったんだもん。思い出したっていいじゃない」

その思い出を胸に、たとえ逝くことになっても寂しさは少なく逝ける気がしたんだ。

ナーヴくんが右手を差し出し、エスコートのようなそれにそっと手を預ける。

左手でパチンと指を鳴らし、その指から魔方陣が押し出されるようにポンと勢いつけて浮かび上がった。

「触れて」

「うん」

指先で触れると、二人の体がふわりと宙に浮く。

「どこで浄化をするかは、夢に出たんだろ」

「うん」

「じゃあ、行きたい場所を思い浮かべろ。お前が思い浮かべた場所へ飛んでいけるように、魔方陣を組んである」

「…ありがと」

夜なのに夜じゃない。朝焼けでも見えそうな時間帯の空は、彼のあの瞳にすこし似ている気がした。

お城の庭園はとても広くって、もしも領内の村などに何かあった時に避難先として使えるくらいの広さがあるという。

その中でひときわ花が咲きほこっている場所がある。

中心には樹齢何年かわからないほどに大きな木が立っている。

「この真上。ここで浄化をするけど…いい?」

「いつでもどーぞー」

隣にいる彼のいつも通りの態度に、こんなにも安心感をもらえるなんて。

「人と人との縁って…不思議だね。ナーヴくん」

「なんだよ、急に」

「…ふふ。最初が最初だったけど、ナーヴくんとも出逢えて…よかった」

自然と顔が笑顔になる。

思いをそのまま言葉に乗せて伝えると、ナーヴくんが真っ赤になっている。

光の魔方陣のせいで、顔がハッキリ見えるからどれだけ赤いかがわかるほど。

「首まで真っ赤…」

頭の中で言っていたはずが、口からもれていたようで。

「わざわざ言うんじゃねぇよ!」

と更に真っ赤になって、そっぽを向かれてしまった。

(これが最後になっても、笑って逝けそう)

大きく息を吐き、瘴気が特に濃い場所へ向けて腕を伸ばして手のひらを大きく広げた。

『集え。不浄のものよ。その姿かたちを、我に預けよ』

元いた世界の英語で、その呪文を唱える。隣にいるナーヴくんが指を鳴らして、また別の魔方陣を宙に展開させて、あたしが手のひらを思いきり広げているその先に広がっていく。

そこにあたしの魔力もつなげていくと、淡いピンクがところどころ混ざった魔方陣になった。

「こっからが長期戦だからな。…ヘバるなよ?」

「うん…っ」

魔方陣伝いに、あたしへと瘴気がどんどん集まっていく。

二人の魔力で構成された魔方陣が、中心からじわりと染みるように瘴気の色へと変化していく。

「あー……あっちぃな」

「う…ん」

いわゆる負の属性だけに、体への負荷も大きいよう。微熱程度の熱があるんじゃないかと感じられた。

程なくして、他のみんなも浄化が始まってしまったんだと気づいたみたいで、遠くからいくつもの声が聞こえた。

「みんな…寝てたらよかったのに」

なんて口にすれば「カッコいいとこみせてやりゃいいじゃねぇかよ」と隣の彼が笑う。

「カッコつけられたら…いいけどね」

ハッキリ見えない未来。死亡予定であって、予定は未定だ。

生きられるのならば生きたい。

ズキンといつもの頭痛みたいなものが一瞬感じられたと思ったのに、本当に一瞬だったみたいで消えてしまう。

その後も度々頭痛があるのに、すぐに痛みが消えていく。

目の前で展開されている魔方陣の関係なのかな? とぼんやり思っていたあたしは、隣で一緒に浮いているナーヴくんの表情を見る余裕がなかった。

彼が、あたしの痛みの代理をしてくれていたなんて気づきもせずに、浄化のタイミングを計り続けていた。


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