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空を仰いで、アナタを想う 2 ♯ルート:Sf
しおりを挟むいつの間に眠ったんだろう。
人の気配で目がさめる。
「ん……?」
腰かけた状態の格好から、倒れこんだように眠っていたみたい。
「大丈夫か?」
ぼんやりしながら目を開けると、至近距離にシファルの顔があって。
(っっっ!!!!!!)
言葉にならず、息を飲む。
ボフンと自分から音がしたんじゃないかと思えるほどに、一気に顔に熱が集まって爆発したようになる。
「う……ぁ…」
やっと出た声がそれって、カッコつかない。
よく見れば、熱を測ろうとしたみたいで。
「熱はないか?」
の声に、コクコクと激しくうなずいた。
たった数日会わなかっただけなのに、彼の顔がやけに大人びてみえて違う人みたい。
(なんだろ。好きになったのはこれまでのシファルのはずなのに、目の前にいるシファルを改めて好きになってるみたいで。なんともいえない罪悪感が胸の中にあるのは、どう消化したらいいんだろうか)
彼に言うに言えない新たな悩みを抱えつつ、なんとか笑顔を作った。
(…あれ?)
その距離になってみて、初めて気づいたことを口にする。
「すこし…痩せた? それと、シファルの瞳って……最初からその色…だった?」
黒目に近かったけど、かなり暗めの瑠璃色だったのかなと最近認識しつつあったその瞳。
どう見ても、今までとは違う瞳の色にしか見えなくて、思わず声をあげた。
暗かったはずの瞳は、トーンを2段階くらい淡くしたような色合いになってて、蒼が混ざったという割合よりも、紫の方の色合いが多くなって見える。
蒼の色合いを見つける方が難しいような、そんな感じの色合いだ。瞳の下半分へ向かってグラデーションがかかってるようにも見えてきた。語彙力がなさすぎて、自分の表現力に軽く凹む。
5人の中の誰にもない色合いになったの? でも、どうして?
あたしに声をかけられて、シファルはゆっくりと体を起こしてベッドに腰かけた。
「痩せた…方については、瘦せたというか絞ったというか。うーん…鍛えているといえばいいのか、いろいろ調整してる最中で。詳しいことは、現段階で言えないんだ、ごめんね。ひな」
「ちょ…ぅせい」
なにを? 話せない調整ってなに?
「瞳に関しては、その調整の絡みで変化してきたというか…。そっちも詳しくは言えなくってさ」
調整の絡みで瞳の色が変化するっていう状況が、まったく予想できない。
「どうして教えてもらえないの? 浄化か、浄化の後に関係することだよね? あたし…無関係なの?」
一番頼りたいと思っていたシファルに距離を置かれたみたいで、いよいよもって一人ぼっちなんじゃないかと思えて仕方がない。
「今は言えないけど、ちゃんと説明はするから」
「…………」
「その前にね? ひな」
「……」
どんな顔でシファルを見ていいのかわからなくて、そっとうつむいた。
「今からすこしだけ、いいかな? 時間をもらっても」
「なに」
うつむいたまま、それだけ返すと。
「みんな、入れるね? 部屋に」
そう言って、ドアの方へと声をかける。
「いいよー」って、明るい声で。
こっちはちっとも明るい気持ちになれないのに。
(――――まるで、あの日のよう)
ドアの方から聞こえるにぎやかさに、顔を上げる。その瞬間、そんなことを感じた。
わちゃわちゃしながら部屋に入ってきて、ああでもないこうでもないと各々が口にしていたあの日。
それからアレックスが本棚の方にいたあたしに話しかけてきて、それでその後みんなとスイーツを一緒に食べて。
ただ違うのは、互いを知って、すこしだけ距離が近くなったその関係性だ。
色合いだけならニセモノの聖女なのに、なんだかんだと助けてくれて、浄化の日までそばにい続けてくれた。
ガラガラと音を立てて、カートを押してカルナークが入ってくる。
「陽向っ」
朝、呼んでも来てくれなかった彼。聞かないようにしていたのか、手が空いていなかったのか。
どっちだったのか聞きたいけど、今は彼が押しているカートが気になる。ひとまず先に、だけど。
「ひなーー」
ジークがリラックスした感じで、カーディガンを羽織って小さく手を振り近づいてくる。
「お。起きたか? 陽向」
その後ろからアレックスが似たような格好で歩いてきてるんだけど、普段結んでいる腰までの長い髪を下ろしたままなのが新鮮だ。
ガタイのいいオネェに見えなくもない。結構、髪がつやつやサラサラっぽい。
最後にナーヴくんが入ってきて、あのケースを手に持っていた。
「よく寝れたみたいだな」
なんて言いながら、ベッドに近づいてきた。
「あー…うん。なんか、寝てたみたい」
そう言ったあたしに、ナーヴくんはゆるく首を振って「ちがう」という。
「え? なにが?」
彼の言葉に意味がわからず、首をかしげるあたし。
「深く眠れていたみたいで、睡眠の質がよかったかもしれない…って意味の方。寝ていた寝ていないって事実確認の話じゃない」
「睡眠の、質」
知識が足りていないのか、いまいちわからない。質がいいとか悪いとか、眠れていたらそれでいいってわけじゃないのかな?
「深く眠れていた方が、回復にもいい影響が出る。…よかったな、ちゃんと眠れてて」
基本的に口が悪いナーヴくんが、こんなに優しい口調になるとなんだか。
「ナーヴくんが……気持ち悪い」
思わず考えていたことが、口からこぼれてしまった。
「は?」
「あ!」
あたしのその言葉に同時に反応し、バツが悪くて顔をそむける。
「……おーまーえーなぁーーーー」
ゆるりとナーヴくんが至近距離まで近づいてきた気がして、とっさに目を閉じて首をすくめる。
ぎゅっと目を強くつぶって、体も力を込めて身構える。
(…………あれ?)
何かされると構えていたはずなのに、一切音がしない。
恐々とゆっくり目を開ければ、さっきまでの距離にナーヴくんはいない。
「え? あれ?」
その代わりに、シファルがあのケースを手にして微笑んでいて。
「コレ、着けたいんだってね? 俺がつけても…いい?」
右手にケース、左手の人差し指で耳たぶを指さす。
「でも、どうやって穴開けるの? ここの人たち。あたしがいた世界だと、専用の器具使うか病院で開けるの」
不思議に思って聞けば、ふふ…と微笑む彼がピアスをひとつ手にしてもう一つのピアスをケースごとベッドに置く。
「ナーヴが細工してくれたから、装着したい場所に触れさせると痛みもなく着けられるよ」
小さな鏡を手にして「どこがいいか、教えて?」とあたしの返事を待っている。
「ん、と…どっちも、このあたり」
鏡を見ながら、指先でその場所を示すと、シファルの顔が近づき耳たぶに指先の温度が触れた。
すこしヒンヤリした指先が、耳たぶを挟んだかと思えば。
「まずは、右ね」
言っていた通りに痛みも何もなく、ピアスが耳に着けられていた。
そして、反対側もあっという間に着けられる。
「……うん、似合ってる」
シファルがまっすぐな言葉で褒めてくれるけど、すぐに反応できない。
いつもと違う感じのシファルだから余計に、いつもよりも意識しちゃう。
「う…ん」
かろうじて、それだけ。
真っ赤になってうつむきながら、指先でピアスの感触を確かめる。
金属が触れて、かすかに重い。
(柊也兄ちゃんにも見せたかったな)
そう思うけど、見せられるわけもなくって。
(仕方がないよね。ただ、大事にはしたい)
そんなことを思っていると、アレックスの声がして、思わず顔を上げた。
「陽向! 一緒にお茶会をしよう!」
視線の先にいた彼は、なぜか腕を広げて待っている。何待ち?
黙ってアレックスを見つめると、口角をクッと上げてからあたしを抱きあげる。
ふわりと優しく抱きあげて、そのままソファーがある方へと運んでくれる。
テーブルの上にはあの日のようなセッティングがなされていて、同じ席順であたしが座るのを待っていた。
パジャマのままのあたしの肩に、黄色とオレンジのチェック柄のカーディガンが羽織らされる。
膝には、薄手のひざ掛け。淡いグリーンのグラデーションがキレイ。
「…わ。どっちも、かわいい!」
すごく明るい色合いに、さっきまでのテンションが一気に上げられてしまう。
一人ぼっちは寂しいなって思っていたのに、単純かな…みんながいるだけで嬉しくて楽しい。
「それ、あげるね。朝晩、時々涼しいから。この国」
ジークとアレックスが親指を立てて、どこか似た顔で笑う。よく見たら笑顔はそっくりだ。
「俺からは、コレ。よく眠れるようにってサシェの新しいのを詰め込んだ、なんか…ぬいぐるみみたいなの。…あんまり上手くないんだけど、猫っぽいの作った」
編みぐるみに近い感じのものだ。こっちの世界にもこういうのがあるんだっていうのと、シファルが作ったというので二度ビックリ。
「…ふわぁ……。目が細かい! 表情が可愛い! 耳が大きめで可愛すぎる」
指先で輪郭を撫でて、クンと鼻を近づけて匂いを嗅げばホッとするいい香りだ。
「俺からのは、浄化の時に関係するからあとでな」
ナーヴくんは、気になる言葉だけ。
「俺! 俺のは! これ!」
カルナークが差し出したのは、ケーキで。
「え……これ、カルナークの手作り?」
1ホール丸ごとなんだけど、飴細工っていうのかな? ケーキの上に、虹のように弧を描く線があって、その線の上に星に似たモノがたくさんついてて。
「キレイ……。食べるのもったいないね、こんなの」
ため息が出ちゃう。嬉しい意味でのため息だ。
まじまじとケーキを見つめているあたしを囲むように、みんなが着席すると。
「「「「「誕生日、おめでとう」」」」」
5人が口をそろえて、欲しかった言葉を口にしてくれた。
嬉しさに言葉がすぐに出てこない。
「16才なんだよね? ひなは」
シファルにそう聞かれてうなずくと、今度はジークが聞いてくる。
「元いた世界じゃ、誕生日ってどうやって祝うんだ?」って。
「ケーキ食べるのは一緒。でも、ケーキに小さいろうそく年齢分立てて、祝いの歌を歌って、お祝いの言葉と感謝の言葉を送りあって。それが終わったら、火を消すの。吹き消す前に、願い事を心の中で呟いてから」
ろうそくがある真似をして、祈りの形に手を組んでから火を吹き消すところを見せる。
すると、ナーヴくんが「俺の登場だな」と指先に光を纏わせる。
ケーキの上に、ろうそくじゃないけどそれっぽい光が揺らめく。
「…やれば? さっき言ってたやつ。なんか願って、吹き消すのを」
どこか偉そうに長い脚を組み、ふんぞり返るナーヴくん。
いつもの感じが、当たり前なのにたったそれだけの光景が、胸の奥の奥をあたたかくしていく。
「…うん」
ケーキの前で手を組んで、目を閉じ、願う。
(無事に浄化が出来ますように。みんな揃ってその瞬間を迎えられますように。それから…)
アレもコレもと欲張りになってしまう。
「どんだけ願いまくってんの」
ナーヴくんの声に、みんなが笑う。
「ほら、早く吹き消してみな」
目を開けて、そっとその光に息を吹きかけた。
ろうそくのイメージで、そうした…はずだったのに。
「……え」
ろうそくがわりの光が弾けて、ふわりと宙に舞う。
それが色とりどりの光へと変化し、いくつもの光の塊になっては弾けて…を繰り返す。
赤や緑に黄色にピンクに…。
「キレイ…」
目の前で小さな花火が打ち上げられているようなそれに、目と心を奪われていた。
「うれしい……」
無意識でその言葉を口にしたまま、気づけば目尻からは涙がこぼれていた。
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