59 / 96
瞳に映りこむモノの存在 6 ♯ルート:Sf
しおりを挟む両頬に、二人の唇が触れた。
すこし薄めのジークの唇は冷たくて、下唇がすこしだけ厚めのアレックスの唇はぬいぐるみみたいな感触と温度で。
唐突に語られた、二人の正式な名前。
この国の名前入り=王族かそれに準ずる立場の人だということ、だ。
二人がどんな意図で名乗って、どんな力でも使って味方になるよって言ってくれているのか。
そのすべてを理解した顔なんか出来ないけれど、きっと最大で最高の愛を以って伝えてくれたんだということだけは理解できた。
元々、二人がどんな立場にいる人かは気づいていたからこそ、今回のお願いも本来の意味合いで国を護る立場の人にしたかっただけ。
「……もう」
ただ、されたことは免疫がない上に、二人ともイケメンだわイケボだわで、脳内がお祭りみたいな状態になってしまうあたし。
シファルのことが好きなのに、これはこれで別腹みたいに思えてしまう。
それに、さ。
この二人はあたしとシファルのこれまでのやりとりを見てきて、付き合ってはいないけどどんな感情を互いに抱いているかは気づいている。
だから、薬を飲む時の口移しを見ないでいてくれたんだと思っている。
大人な二人で、王族の二人。そして、今あたしに伝えてくれたようにあたしを大事に思ってくれている二人。
こんな形で、こんなタイミングで。
「背中押してくれて…ありがとう」
二人がくれた愛情を、あたしも違う形になってもいいから返さなきゃと思う。
念話にしてもらって、すこしだけ逃げの姿勢になろうかと思ったけど、やっぱりちゃんと伝えなきゃ…だ。
「その手紙ね……遺書、なの」
心臓がドクドク鳴る。この言葉はとても重たいモノだと、知っているから。
元いた世界の自分がどんな存在になったかわからないけれど、もしも亡くなったことになっていたなら言葉を伝えられたなら…と何度も考えた。
自分がこの世界で消えちゃうかもしれないとわかった時、想いを残したいって強く思った。
それぞれに対して書いた手紙は、だいたいが感謝の気持ちを伝えたもの。
二人に託そうとしている遺書は、そうじゃない。
自分が消えるとわかっていて、あたしがいなくなった世界でこれからも生きるみんなへ書いたモノだ。
あたしが姿かたちもなくなるのか、姿だけは残るのか。元いた世界に戻るのか。
何一つ現段階じゃわからないけれど、自分の最期の在り方を選びたいと思ったんだ。
「これを二人に渡すことで、本当の意味で自分の未来を…受け入れようと思って」
二人にこの想いがまっすぐ届くようにと願いながら、二人が握ってくれている手を離す。
手のひらを上にして、手を乗せてと笑顔で示す。
二人とも何も聞かずに、まるでエスコートのそれみたいにそっと手を重ねてくれる。
重ねられた手。親指の腹で、二人の指先をスリッと撫でた。
指が長くてキレイなジークの手。剣ダコなのか指の腹や手のひらにかたい場所がある、大きなアレックスの手。
お返しとばかりに、二人の指先に順にキスをした。
「誓いの言葉はあげられないけれど、二人が今後護っていく国を一緒に浄化していくことで、その思いへのお返しにさせてね。もしも…誓えたとしても……一人にしか誓えない、から」
脳裏に浮かんだ顔は、この場所にいない彼だ。
「でもね」
その彼が一番大切だけど、目の前の二人も大切だ。
「ジーク」
「ん?」
「アレックス」
「…なんだ?」
優しくてあたたかい二人を、あたしは。
「愛しく、思ってるよ」
「…ひな」
「ひな…た」
胸の奥が痛くて苦しくて切ないはずなのに、それ以上にあたたかいんだ。
あたしが二人へとそう告げた瞬間、あたしの両手が淡く光る。
「…え」
この光について何も知らないはずなのに、体が勝手に動く。
二人から手を離し、拝むように手のひらを合わせてから、ゆっくりと開く。
まるで何かを受け取るみたいに開かれた手のひらに光が集まりはじめる。
「あぁ。…やっと発現か」
アレックスが呟き「だな」とジークが続ける。
光がピンポン玉よりすこし大きいくらいに集まりはじめ、光の色が濃くなったと感じた刹那…一気に光がはじけ飛んだ。
「や…っ」
まぶしさに目を閉じると、アレックスの声が「もういいぞ」と教えてくれた。
おそるおそる目を開ければ、あたしの手のひらの上に見おぼえがある物が浮かんでいる。
「これ……」
それについているチェーンを手にして、上へ持ちあげてみる。
「懐中時計?」
似たものをアレックスが持っていたはず。
よく見ると、リューズに黒い石がはめ込まれている。アレックスのは色が違った気がするんだけどな。
「これって?」
なにか受け取ってはいけない物のような気がするんだけど、気のせい?
二人に質問してみると、予想範囲外の返しが来る。
「王位継承者じゃなきゃ持てないアイテムだ」
告げられた言葉の重みがわかるだけに、一瞬、背中に冷たいものが走った。
「ちょ…っと、待って! 待って! 待って! え? なに? なんであたしの手にそれが?」
動揺を隠せないあたしに、二人がポケットから似た物を取り出して微笑む。
「おそろいだよ?」
なんて、まるでそのへんのシャツでもおそろいコーデしましたみたいな物言いで。
「いやいやいやいや…ダメでしょ。なんで王位継承者が持つ物が、二人以外の手にあるの!」
なんでそんなものが現れたの?
時計を掲げて放心するあたしに、二人が「行こう」と手を差し出す。
「へ? は? どこに? このタイミングでどこに? それにあたし…こんな格好だし」
何か嫌な予感がして、断ろうとするけれど。
「コイツが、ひなが行かなきゃいけない場所への道案内をしてくれるよ」
なんて、気になることを言うんだもん。
さっきの手紙などなどを、一旦ジークがジャケットの内ポケットにおさめて、アレックスが脱いだ上着をあたしに着せる。
「ほら、いくぞ。時計を手に持て、陽向」
そのままあたしを背負い、3人で部屋を出ることになった。
「ひな。時計を手のひらに乗せて、方向転換する場所になったら方角を示す場所があたたかくなるんだ。そうなったら教えてくれる? それと、時計が小さく震えたら教えてね」
ジークの説明に従い、時計が示す方へと城内を行ったり来たりする。
「…禁書庫?」
そうだ。この行き方は、道は違えどもあの日の行動に似ている。
「どうして…?」
禁書庫に行きたいだなんて、一言も言ってなかったのに。
「ナーヴから、連れてけって言われてた。だけど、どうせなら…ってアレクと話はしていたんだよね」
「…あぁ。ただ、発現するための条件を満たせるのかが不確定だったからな。…よかった。発現出来て」
「ナーヴくん?」
そんな話を彼と話していない。夢の内容に関しては、互いに明かしあわなくても勝手に共有できているようなものだったし。
「本人曰く、ひなの方に出ていない夢の内容なんじゃないかってさ」
あたしの方に明かされないこと? でもどうしてナーヴくんにだけ?
「…え。そうな…あ、ここで右へ」
アレックスが、早足なのに不思議と揺れないように運んでくれている。
「あぁ」
曲がる時も、問題なし。
「…重たくない?」
耳元で囁くと、「ちっとも」と返してくれる。
ぎゅっと抱きついた背中は、お兄ちゃんみたいに広い。
「…ふふ。お兄ちゃんの背中みたいだ」
思わずそうもらすと、「光栄だな」なんて弾んだ声で返してきた。
「…ね、ちょっと。いつだったか俺、お父さんって言われた気がするんだけど。2つしか違わないのに、俺が父親でアレクが兄って」
ジークがいつかにもらしてしまったことで、文句を言ってくる。
「ごめんねー、ジーク。ジークもお兄ちゃんってことで許してくれる?」
口を尖らせた姿がどこか幼くて、頬がゆるんでしまう。
「しょうがないなぁ。可愛い妹にしてあげるよ」
あっさり許してくれる、妹に甘いお兄ちゃんが出来たみたい。
「…………ふふ。嬉しいな、どんどん兄弟が増えていくね」
背中からあっちこっちと指さしながら進む先で、懐中時計が小さく震えた。
「あ! 震えた」
そう告げると、アレックスが背中から降ろしてくれて、時計のリューズを示す。
「よく見たらここから光の線が出ているはず。時計の持ち主にしか見えないようになってるから、よーく目を凝らしてね」
あたしからすれば、思ったよりも明るい光の線が出ているのに。
「これ、本当に見えてないの?」
確かめてみても、二人とも首を振るだけ。
時計を手に、光が示す場所を指さして二人に伝える。
「ここにつながってる」
今回は廊下にある額の裏に光が当たっていて、二人は絵を外して光の先を押してと教えてくれた。
見た目は何もないのに、光の先に触れるとボタンみたいな硬さに触れる。
そっと押せば、あの日聞いたような音がして絵の下に扉が現れる。
「え?」
見たことがないドアを押し開けると、つながった先にあったのは。
「……なんだかなぁ」
と、いかにも嫌そうな顔つきをするナーヴくんの部屋だった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――


我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい
咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。
新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。
「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」
イルザは悪びれず私に言い放った。
でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ?
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる