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瞳に映りこむモノの存在 1 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
あれ以降、ひなは寝たり起きたりを繰り返して、終わりを待つだけになって。
起きた時には、薬草粥経由で栄養と一緒に薬をとってはまた夢へと堕ちていく。
佳境にかかってるのか、あの日、2時間後に確認した時の進行具合はひどくゆっくりで。
最後の方になって…か、情報量が多い聖女が残されていたのか。先の人数分よりも時間がかかっている感じで。
そんなもんだからひながゆっくり風呂に入るなんてことも出来なくなって、そんな姿にカルナークが心を痛めていた。
そうして作り上げたのが、風魔法と水魔法の複合魔法で、クリーン魔法とかいうやつ。
これがなかなか便利なもので、ひなみたいに体調が悪い時や疲れがひどい時の全身を清潔にしてくれる。
何度か試行錯誤を繰り返していくと、体だけじゃなく汚れた衣類だけをきれいにすることも可能になった。
「それでも、さ。陽向は風呂に入るのが好きみたいだから、もうそろそろ入れてやりたいよな」
とか、二人でひなの部屋のバルコニーで月を眺めながら話す。
メイドに頼めばいい話なんだとしても、現状、ひなの頭にあるものの存在とそれを魔石化して取り出しているそれを見せられるわけもなくて。
教会関係者にその話が流れれば、ちょっとどころの話じゃなく結構面倒くさい展開になりかねない。
ひなが教会関係者を叱りつけた格好になったんだとしても、それっぽっちで教会の連中が大人しくているはずがない。
ここ数日は何の動きもないけれど、水面下で何かやられている可能性も否めない。
一時間ほど前に進行具合を確認したら、あと一人じゃないかという話だった。
「……ねぇ、シファル」
隣からカルナークが俺を呼ぶ。
「なんだ」
月を眺めたまま返事をすれば、小さく息を吐くのが聞こえてから質問を投げかけられる。
「陽向の、聖女の…さ。気になっていたんだけど、ジークか誰かに聞けばわかるのかな」
答えに困る、質問の内容。
「聖女の、なんだ? 聞きたいことが明確じゃないぞ」
兄貴っぽくそう言えば、「う…ん」とためらうような声がして。
「聖女の、さ。陽向の中に入りきらないとか、ないのかな? って。入らなかった場合、その記憶っていうのかな? それはどうにかなるのかな…って」
「記憶が入りきらない、か。…今のところ、想像できないな。俺はそれよりも、違うことが気になったままだ」
俺がそう切り出すと、カルナークがバルコニーのてすりにそって真横に体を寄せてきた。
「え? なに?」
どこか幼く聞き返してきた弟に、俺はあの後ジークとアレクから見せてもらった教会関係者とひなとの会話のことを伝える。
「ひなが、教会関係者に言い返した時。ひなの声なのに、ひなじゃない感じの声が重なるように発せられて。それが、それまでの聖女に関係していたからその状態だったのか、違うことがひなの体に起きていてそうなったのか。そっちの方が、俺は気になるっていうか気がかり? っていうのか。違和感みたいなものがあって、脳内で見せてもらったけど、本当に不思議な感じだった。俺ですらそう思ったのに、ひな自身はもっと違和感があっただろうなって」
「あぁ、それ。俺は見せてもらってないけど、実はその前の段階で陽向経由で直接見てて」
と、カルナークが言ったことで、どんなタイミングで覗き見てんだよと思った。
俺が呆気にとられていたら、カルナークはひなと何か話したらしく、その時を思い出すように言葉を続けていく。
「まぁ、勝手に見てたことで、陽向に叱られたりもしたけど、ちゃんと状況が把握できてよかったと今回だけは思った。実際、教会の連中との話は、いい話なんかなにもなかったし。……で、ね。俺もそれ引っかかってて、さっきの話もそれにつながるんだよね。実は」
「え? さっきの話が、つながる?」
話がつながる気がしないのに、つながるという。
「うん。つながる。俺の中では、だけどね」
そう言葉を続けてから、カルナークは体を反転させてバルコニーの手すりに背中をもたれかけて。
「もしも、の話。ひなの記憶に入りきらなかった過去の聖女がいてさ。声が重なって聞こえたその声も、ひなじゃなく何代か前の聖女の声…だったりはしないのかな? って」
「…え。普通に考えて、ナイ話だろ」
「まぁ、ね。普通に考えたら、ナイ話だよね。……わかってんだけど、陽向の中に入っても入らなくても、ひな以外の聖女がひなに力を貸してくれるとか……が、あったらいいのに。なんて、夢みたいなこと考えちゃって」
カルナークの話を想像してみて、それはナイ話だけど、あってもいいのにとも思いたくなる話でもあり。
「助けてくれるってわかってるなら、入っても入っていなくても、存在してくれててもいいとは思うな。確かに」
否定しきれない、ちょっと夢みたいな話。
「俺ね、陽向の味方が多ければ多いといいなって思うんだ。本当に漠然とした願望なんだけど」
カルナークの視線の先には、部屋の中で眠りながら瘴気を魔石化していっているひながいる。
「ジークがあの時、みんなに告げたようにさ。他人事にしちゃっていいのに向き合ってくれているひなのために、俺たちはもちろん力を貸すけれど、他にも何人いたっていいから自分たちを助けようとしてくれている陽向へと気持ちを返してくれたらって思うんだ。魔力とか金とかじゃなく、気持ちだっていいから…ってね」
最後の方では、自分が口にしていることが照れくさかったようで、頬をほんのり染めながら早口になって話し終えた。
「……だな」
カルナークが口にしたこと、それが現実化した時のこと。
想像してみただけじゃなく、現実化できればと思うばかりだ。
もうすぐ日付をまたぐ頃、ひなの中に魔力をまだ残しているカルナークが声をあげる。
「シファル!」
「ん?」
「陽向の様子がおかしいようだ」
その物言いに、なんらかの知らせがあったと知る。
「俺はみんなに声をかけてくる」
まずはナーヴのところだと、ドアを勢いよく開いた時だ。
「――あわてなくてもいいぞ」
ドアを開けた向こうに、ナーヴが立っている。
「ジークとアレク呼んできて。俺は先に作業を始める」
肩にカーディガンを羽織って、部屋着のままでひなの部屋へと入っていくナーヴ。
俺は俺でナーヴの言葉通りに、あの二人を呼びに廊下を走っていく。
二人を呼び、ナーヴの作業後に向けて薬草茶を準備する俺。
疲労回復にもってこいのお茶だ。
カルナークは三人の様子を邪魔しないように、遠巻きに眺め。
アレクはひなの脳内の状態を二人に念話で伝え。
ジークとナーヴは、ひなのステータスと他の状態を細かく確認をし、それについて話し合いを繰り返しつつ魔方陣の更新をしていく。
その間、ジークはずっと難しい顔つきのままでひなを見つめていた。
「ジーク。……どうなの? 状態は」
俺がそう声をかけると、ため息まじりに「終わりそうなんだけど、ちょっとね」と表情を変えずに呟く。
「終わるのはいいことなのに、何か問題でも起きているの?」
俺がそう問いかけると、「言いたくなかったんだけどね」と前置きをして、ジークはみんなへと告げる。
「この場所にひなが来てから、ずっとステータスにある…ある項目が消えないままなんだ」
思わず目を見張って、ジークを見つめる。
「……死亡予定が、完全に…消えない」
ジークが告げた項目の名前に、背筋がひやりとした。
「は? ……死亡?」
聞き返した俺に続いて、カルナークは泣き出しそうな顔でジークへと詰め寄った。
「予定…なんだろ? 死なないかもしれないんだよね? 絶対死んじゃうなら、死亡としか書かれないよね? ね? ジークッ!」
アレクは知っていたようで「まだ、か」とだけ呟く。
ナーヴはというと、何も言わずにひなの顔を見ているだけだった。
ひなのことでいろんなことを想像してきた。
そうだ、さっきだって…カルナークとひなの味方が聖女の記憶の中にあればとか、ありえるようでありえないことを想像しただろう?
(――でも)
目の前のひなは、数日間寝たきりで、食事も吸収がよくて薬を混ぜやすいからとお粥ばかり。そのせいもあってか、すこし痩せてしまった。
顔色だって、瘴気のことや夢のせいでいい顔色とは思えない。
そのせいで。
「……いや、だ。想像、したく…ない」
口から出た言葉に反するように、俺の脳内ではひなが呼吸をしていなくて。
「死ぬなんて、嫌だ」
俺の気持ちを逆なでするように、深く…濃く……ひなが眠るように冷たくなった姿が脳裏に浮かんでいた。
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