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いわゆる、他人事ってやつ 7 ♯ルート:Sf
しおりを挟む今…頭痛と自分の中からわき上がってくる不快な感情と、誰かを愛おしいと思う感情が、なんで混在しているの?
(どれに意識を持っていけばいいのか、わかんなくなるよ)
一番ツラいのは頭痛なのに、常に頭にあるのが不快な感情。どうして不快になっているのかをわかってて、でも自分の中で認めようとしていない気がして堪らない気持ちになる。
その感情を誰かに相談しようと思っても、自分が何を見ないふりしているのかがわかるまでは、カンタンに相談できないようで口を噤んでしまっている。
教会関係者との話の後から感じているから、自分の声のようで自分じゃない声が重なって聞こえたアレも起因かと思いはじめている。
シファルが飲ませてくれた薬のおかげでか、一番痛かった状態よりはよくなった頭痛。
でも完全に痛みがなくなるわけじゃないので、かなりな痛みなんだと自覚せざるを得ない。
ウトウトしかかっては、痛みで意識が戻されて…を繰り返す。
その合間に耳に入ってくるのは、仲のいい兄弟の会話だ。
痛みに顔を歪めそうになるのに、遠くで聞こえる二人の声が時に重なって、同じことを口にしたことに笑って。
元いた世界のお兄ちゃんを思い出して、涙がこぼれた。
性格も好みもまるっきり違うお兄ちゃんなのに、あの二人のように時々同じ言葉が重なって、まさか! って顔がおかしくて笑った。
あの場所にはもう帰れないのかもしれないから、あたしの代わりじゃないけど、仲のいい兄弟の姿を見て安心しておこう。
そして願おう。この二人には、あたしのように急な別れが起きませんようにと。
ジークとアレックスは、ナーヴくんのところに向かうと言っていた。
禁書庫で光って見えたアレは、聖女たちの直接的な記憶のようなものだったんじゃないかと、時間がここまで経過してから把握できた。
なんていうんだろう。データが大きすぎて、処理に時間がかかった…みたいな?
まるで元々あった自分の記憶に挿入されたみたいに、聖女たちのこれまでの諸々が頭の中にある。
上書きってならなくてよかったと、内心ホッとしている。
パソコンとかだと、挿入するか上書きって感じでしょ?
上書きだと、それまでの記憶とか考えたことなんかもなかったことにされてしまいそうだもん。
聖女たちの記憶やこれまでの浄化に関する情報を脳内で整理していることや、教会のどうしようもない人たちへの怒り。
その後から、一気に頭が痛くなった。
というか、ずっとおかしいなとは思っていた。
頭痛が起きるタイミングについて、だ。
あたしは元いた場所でも、極力いろんな言葉を飲み込んで、へへ…と笑って濁してきた。
濁す=真意じゃないってことで、自分にとってはストレスだったわけで。
誰かに対して怒ることもストレス。怒られる気持ちもわかるだけに、どんな気持ちになるかを容易に想像できるから。
相手の気持ちになりすぎるのがよくないとは、柊也兄ちゃんに時々言われていたっけ。
なんだっけな、確か。
『もっと、自分本位になっていいんだよ? 人間なんて、結局、欲にまみれて生きてるんだから。欲を抑えこもうとして、負荷がかかって。それで笑いたい時に笑えもしなくなるのは、一番もったいないことをしてると思う。食欲だって物欲だって睡眠欲だって、誰かに合わせてやんないで、体と心が欲しがる時に与えてやんなよ。…ひなの中のひなが窮屈そう。……もっと、さ。グーーーーーーンと腕伸ばして、大の字で寝転がるように生きなよ』
あたしにそう話をしていた柊也兄ちゃんの頭を、お兄ちゃんが平手で叩き。
『お前は大の字で寝過ぎだけどな』
って言ってから、あたしへと微笑みながら。
『人を傷つけたり嘘を吐いたりしなきゃ、欲は満たしてやれ。とりあえず、食欲は俺が満たしてやる。今日は何が食いたい?』
財布片手にそういって、引きこもっていたあたしを何度となく連れ出してくれた。
あまりこづかいが多かったわけでもないのに、何回もガチャガチャをしたり。
『ひなが笑っているとこが見たいっていう欲を満たしているだけだ』
なんて言われたら、差し出される手を掴むしか選択肢はない。
あの、無理矢理っぽいのにそう感じさせないお兄ちゃんが大好きだった。
シファルとカルナークの関係について、さっきカルナークから聞いた話で多少のことはわかったけど、それでも本当にわずかな部分でしかないんだろうな。
二人にしかわかりあえない空気があり、思い出がある。
(また一緒に歩ける兄弟になれますように)
そう思うのと同時に、その間に割り込むように自分がいていいのか悩む。
元のようにかかわるようになるのなら、カルナークが向けてくるあたしへの感情があって、シファルとのあいまいな関係があって。あたしという存在が二人のこれからの足を引っ張らないだろうか。
「…ふぅ」
痛みは引いたのに、体が熱っぽくなってきた。
薬は、一回分じゃダメなのかな。
(……いや、違うな。コレ)
「カル…ナ、ク」
なんとか声を出して、カルナークを呼ぶ。
二人で話をしている邪魔をしちゃうのに気が引けたけど、違和感をそのままに出来ない。
「目、覚めたのか」
おずおずと話しかけてきたカルナークに、なんとか返事をする。
「ん…」
声が掠れてるな。ひっどい声。
「ひな…どうかしたのか? 声出しにくかったら、アレク呼ぶか?」
シファルがそう聞いてきたけど、あの二人は今きっとすごく忙しいはず。
首をゆるく振って、カルナークに手を差し出す。
「カル…ナァク。触れて、くれる?」
なんとか声を出し、願いを伝えるけれど。
「え……え? …え、お、俺?」
と真っ赤になって戸惑いの反応。
クスリと笑ってから、ううんとまた首を振る。
「カルナーク…だけ、頼める。……魔力、見て。なんか…おかしい」
途切れ途切れになりつつ、なんとか伝えられたと思う。
「カル!」
シファルの声に背筋を伸ばして、うんと激しくうなずくカルナーク。
何だろう、シファルと話をしたことで精神年齢でも下がってしまったのかな。
反応が、子どもっぽくて笑いそう。
差し出した手に、カルナークの手が重ねられる。
「お願い…」
触れた手から、いつものように体の中に触れてくる感覚が来る。
いつもと違うのは、あたしが彼の魔力を追う作業がないこと。
「ごめん。……いつもよりペース上げさせてね。負担少ないようにするから」
カルナークのひたいにじわりと汗が浮かびはじめて、すごく慎重に魔力に触れてくれているのがわかる。
「だいじょ、ぶ」
触れられているあたしも、熱と魔力に触れられているせいで、汗が浮かんでくる。
「…………あ」
何かを感じたカルナークが声をあげ、手元まで魔力を戻してからすぐに手を離した。
「陽向……この状態、いつから?」
ハッキリとはわからないから、首を振るしか出来ない。
「マズイな。外部魔力みたいなのが入り込んでて、陽向の魔力の器…すなわち体以上の量の魔力が在る。何かかどこかに魔力を移すか発散するとかしないと、暴走しかねない。…この熱、その予兆だと思う」
彼が言った外部魔力って、この頭の先のことかな。
でもあたしの中からあふれ出ているようなものなんだよね。
じゃあ、違うのかな。
「これをどうにかしないと、一旦熱が下がっても、また熱は出る。そのうち体力が限界を迎えかねないから、何か手を打たなきゃ」
不安なことばっかり出てくるけど、素直なカルナークらしいや。
「…ふふ。正…直に教えてくれて、あり…がと」
あたしがそういえば「あ」としまったと言わんばかりの表情で、カルナークが視線を外した。
「いい…の。聞きたかったこと…聞け、たもん」
なんとか微笑むと、カルナークが泣きそうになっている。
本当に感情を隠せない素直な男の子だ。
「この状態、ジークに確認してもらうか? ひな」
シファルからの申し出に、うんとだけ返す。
「カル。ひなのそばにいて、水飲ませたり汗拭いてやって」
カルナークを指さして、命令をしていくシファルにカルナークが返したのは。
「え……口移し…で?」
真っ赤になって、さっき見たアレを思い出したかのような顔で、水分補給の方法確認だった。
「…水差しで、十分」
シファルが目を細めて横目で水差しを示して、それ以外却下と言わんばかりな圧をかけてからいなくなる。
「そう…だよな」
カルナークが真っ赤なまま、水差しに入った水を飲ませようとする。
小さく口を開け、水差しの飲み口を咥える。
「ゆっくり、な?」
ゆっくり…ゆっくり…飲んでいく。
「カルナークの…水、おいし…ぃね」
感謝の気持ちを込めてそう伝えると、一瞬の間の後に彼が嬉しそうに笑う。
その顔は、何度か見た幼い顔つきの彼。カルナークの中で小さな自信につながるのなら、たとえ水一つだって何度も感謝して伝えよう。
カルナークが考えて作ってくれてる水は、本当に美味しい。そして、体を癒してくれる。
「ありがと」
笑って伝えたあたしに、カルナークも「ありがと」と返してくる。
何に対しての感謝かわからないけれど、胸の奥があたたかくなっていく。
こういう関係にしかなれないけど、カルナークとの関係を大事にしたいなと改めて思った。
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