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いわゆる、他人事ってやつ 2 ♯ルート:Sf
しおりを挟む禁書庫を出て、シファルの部屋に近い書庫へと戻る。
その書庫のドアを開くと、不思議なことにいつもの王城の廊下があって、すこし先にはシファルの部屋があった。
「さっきの行き方は特殊な行き方だから、一旦禁書庫に入ると帰りは元の状態になっている」
帰りも、まるで迷子になって彷徨っているかのような時間を歩きつつ戻るのかと思っていただけに、内心ホッとした。
廊下に出て、一度部屋に戻りたいと願ったあたしの声に、アレックスは鍵をジークに返しに行くといい、シファルは部屋まで送ってくれると言う。
「シファルの部屋まですぐなんだから、部屋に戻ってゆっくりしてくれてもいいのに」
気を使ってそう話しかけても、シファルは笑ってあたしに手を差し出した。
「お手をどうぞ? なんてね」
とか、冗談っぽくいいながら。
廊下を歩きながら、さっき読んだ本のことを思い出す。
最後の本に書かれていたことと、光がまぶしかった本のこと。
実は5冊目を読んでからすこしして、さっきの光に似たイメージが頭の中に浮かんだ。
その光が細い線となって、魔方陣や呪文のように並んでいく映像が見えた。
見たことがないものだったから、もしかしたらこれからの予見みたいなのかもしれないけど、今はまだ答えを出せない。
ただ、その光がどこかで見たことがある気がしてならない。
夢の中の浄化の光景だったかもしれないし、ここに来てからどこかで見たのかもしれない。
(あれも魔法なんだとしたら、何属性だろう)
ふとそんなことを思いながら部屋へ向かうと、遠くで何かが光った気がした。
窓越しに見える、端の方にある部屋だろうか。思わず足を止めると、数歩先でシファルが振り返った。
窓から食い入るように遠くを眺めているあたしの視線の先を指し、シファルが告げた。
「あっちは確か、ナーヴの部屋の方だよ」
と。
光ったように見えたそれが、さっき脳内に見えた光に似ていた気がして、シファルに問いかける。
「ナーヴに会うことは、難しいんだよね?」
召喚初日の彼の態度と、それ以外にもあたしをあからさまに避けている様子をみていることから、彼に会うことは難しいのだろうと思っていた。
「多分だけど、ひなが考えている意味合いで会うのが難しいんじゃなく、違う理由で会うのが今後はもっと難しくなるかもしれない」
なんてシファルが返してきたけど、意味がよく分からない。
「とりあえず、ひなの体に起きていることがなんなのかをハッキリしてからじゃなきゃ、ナーヴに会わせられない。どっちのためにも、確認すべきことはしてから…かな?」
中途半端な情報だけよこして、すこし言葉を濁された。
それは、あたしの髪を黒く染めているものの正体をハッキリしてからっていうことなんだろうけど、それならそれでハッキリと口にしてくれてもいいのに。
でも実際、聖女(ニセモノ)の体から瘴気が出ているのなら、本末転倒とか言われかねないよね。
浄化をしなきゃならない人が、瘴気発生地の一つになっているなんて、何のために召喚したのかわからなくなってしまうだけ。
また新たに聖女を召喚しなきゃいけませんって話になったら、その時のあたしはどうなってるのかな。
生きてる? 死んでる? どっちなら、正解?
自力で答えを出すには、出された問題が難しすぎる。
「……わかった。無理に会おうとは思ってないから、安心してね」
なるべく微笑んで、シファルにそれだけ返して自室への廊下を歩いていく。
あたしにもジークのようにステータスが見えたらいいのに、と思った。
自分の状況を一番知りたいのは、あたし自身だ。
ジークにはどういう風に見えてるのかわからないけれど、曖昧な表現であたしの頭頂部に関して話をしていたくらいだから、すべてを確かめることが出来ていないということだ。
鑑定も完璧じゃないって感じでいいのかな? アレもコレもは見られない?
「…よくわかんないや」
思わず口からこぼれた言葉を「なにが?」とシファルが拾ってくるけれど。
「ううん。なんでもないよ、大丈夫」
そう返して、壁を作った。
好きで、頼ろうと思えても、それでも何の迷いもなく急に頼りきることは難しい。
想いを伝えることと同じくらい、誰かに甘えたり不安を吐き出すことも。
みんなはどうやって寄り添いあっているのかな。
「ふ…ぅ」
胸の奥に重たさを感じて、小さく息を吐く。
人と関わることは、本当に難しい。
なのに、そんなあたしにたくさんの人たちを救えという人たちがいる。
関わりたいのに、関わることは怖いのに。まだ、その答えを出せないままに、ここに喚ばれてしまった。
いろんな感情が胸の中を満たして、消化しきれない。
ひとつひとつ向き合いたいのに、そんな時間はないよといわんばかりに浄化のための日々が過ぎて行ってしまう。
待ってと言いたくても、誰も…何も…待ってくれないのだ。
これも一つのストレスっていうんだろうね。
脳内にふと浮かんだ映像は、グラスに注がれた透明な水。
表面張力で、緩やかな弧を描き、なんとかその水の形を保っている“だけ”だ。
本当にそれだけで、もう一滴でも水が注がれたなら、グラスから水があふれ出してしまうのだろう。
そのグラスを想像して、クスリと笑う。
(優しい人たちに囲まれているとわかっていても、それでも限界はある)
――限界は近い。
さっき自分が得た情報と、浄化のこと、ここでの過ごし方、この世界の人たちとの関わりあい方。
それまでとは違いすぎる生活環境に、自分だけに強いられているナニカ。
たった15才のあたしに上手いことどうにかしてくれって言って、すんなりどうにか出来た方がむしろ怖いと思う。
どんだけの順応力と対応力? って思う。
でもそれは、きっと選ばれた人間だけ。
あたしは、所詮ニセモノの聖女。選ばれた人間じゃないはず。
なのに、やれっていう人ばかり。言い方はやんわりだとしても、教会関係者もジークたちだって、あたしに求めていることは一緒なんだもん。
そうこうしている間にも、瘴気はどんどん満ちていくんだろうし、濃くなっていくのでしょ?
だから、早く浄化してねって言ってるんだよね?
わかってるよ、わかってる。
「……ひな? 本当に大丈夫か?」
シファルがそう声をかけてきたけど、あははと笑うだけしか出来なかった。
部屋まであと少しというタイミングで、あたしの部屋のドア前に教会関係者の姿を確かめた。
シファルと顔を見合わせ、そのまま一緒に近づいていく。
「何か御用ですか」
関係者が3人いて、誰もが険しい顔つきであたしを見ていて。
「……聖女さまに、お話が」
それだけ告げて、シファルを睨みつける。
「どちらでお話をお聞きしたらいいですか」
なんとかそれだけ聞き返せば、「こちらへ」と踵を返しあたしを誘う。
さっきの視線からいけば、シファルは一緒に行けない。誘えない。
「わかりました」
そう返して、教会関係者の後に続いて歩き出す。
「ひな!」
シファルが手を取ってくれても、薄く笑って離すだけだ。
「あとで報告するから」
置いていかれないように、すこし小走りして追いついて、また彼らの後を歩いていく。
頭が痛い。酷くジクジクと膿むような痛みだ。
(気を失いそうなほどの痛みなのに、今すぐ横になることも許されないんだろうな)
彼らの普段とは違う様子に、妙な感覚に陥る。
さっき浮かんだ表面張力の水。
どこからか、水が一滴トプリと落ちてきそう。
(あぁ、もうそろそろ限界だ)
“独り”、だ。という言葉が不意に浮かんで、自分で自分の体を抱きしめるように腕を回す。
ブルッと身震いする感覚がした時、彼らの足が止まった。
「どうぞ、こちらへ」
誘われた場所は、見慣れた教会の中。
何度も来たことがある場所なのに、初めて訪れた場所のような緊張感があたしを襲った。
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