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それを毒というならば 4 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
手をつないだまま、意外とあっけなく眠りについたひな。
頭痛のせいで眠れないと言っていたから、眠るまでに時間がかかるんだと思ってただけに拍子抜けした。
ただ手をつないでいるだけで、俺は何もすることがない。
(……のに、退屈だとか感じない)
研究をしている時だと、眠る時間すらもったいないと思うのにな。
静けさの中で、俺の心音とひなの寝息だけがやけに響いて聞こえる。
手をつないだままで、淡く光るランプを眺めていた時だった。
最初の違和感は、ジジッと鈍い音が静けさの中に割り込んできた時。
音がどこから聞こえているのか、視線を彷徨わせても部屋の中に変化は見当たらない。
一定間隔でジジッ…という音は続き、鳴り止むことがないんだ。
何かに遮断されたような遠い音の感じに、浴室の方ででも鳴っているのかと思って。
「ちょっとだけ、手…離すから」
眠っているひなに聞こえてないんだろうとわかっていても、一応声をかけようとしただけのことだったんだ。
本当に、それだけのつもりで声をかけたのに。
ジジジッ…っと、さっきよりも音が強く長くなった。
そして、俺は目を見張る。
遠くで聞こえていたと思っていたのは気のせいで、音は真横から聞こえていたんだ。
「…う……ぁ…」
ひなが低く唸りはじめる。
調べるからと分けてもらった髪は、特に頭頂部のものだったはず。
そのあたりから、頭の輪郭がぼやけていくようにモヤがすこしずつ出始めている。
頭をわずかに大きくした程度のモヤが、ひなの頭を覆うように拡がっていく。
その間も鈍い音が続いていく。
モヤにそっと手を伸ばすと、指先に痛みが走る。
とっさに手を引くと、まるで薬草の汁をいじり過ぎた後の手みたいに、爪の間に黒い汚れ状のものがあって。
「……なんだ、これ」
クン…と匂いを嗅いでも特別変わった匂いはしないけど、爪の間がずっとジクジクと膿んでいるような嫌な痛み方だ。
「う……ぁっっ!!」
ひなの顔があからさまに歪む。
体を丸めて、肩で息をし、離すよと言いつつ離さなかった俺の手はひなが強く握っている。
ひなにこんなにも力があったのかと驚くほど、俺の手を握り潰しそうなほどに。
金髪だった髪の範囲が、汚れがにじんでいくように黒く色を変えていくのが見える。
ひなが髪が黒くなるのは、髪の色が元の黒髪の状態で伸びてくるからそうなると言っていた。
(……のに、今、目の前で起きていることはそれとは違う現象だろう)
人工的に色が変わっていく様を、目の前で見せつけられているみたいじゃないか。
しかも、ある程度まで黒くなったらそれ以上はならない。ちょっとずつ範囲を広げているような感じすらある。
「ん? ……これ、よくみなきゃわからないけど、黒であって…黒じゃ、ない?」
指先が痛くなってもかまわない。
目を凝らしながら、ひなの黒髪の部分を手にして束じゃなく広げて観察してみた。
「黒……が、何段階かに色分けされている? いや…違うか。徐々に黒に近づいている? 遠巻きに見たら黒だけど、実は黒じゃなかった? ……どういうことだ?」
これもよく見なきゃいけない気がする。
「悪いな、ひな。もうちょっとだけ採らせてくれ」
痛みに苦しむひなをほっとくのは気が引けるが、原因が見つかるかもしれないのだから、やむを得ない。
上着からさっきのハンカチを取り、その中に新たに数色の黒髪を挟み込む。
これに関しては、あの二人に報告をしてからの話だ。
ハンカチを上着に戻して、ベッドへ戻る。
髪を撫で、汗が浮かぶひたいを拭いてやる。
「や…めて……違、ぅ……や、だ」
寝ながら泣きはじめたひな。
手を握りなおしながら、ひなの横へと寝転がる。手を握っただけじゃ、ひなはまだ泣き続けるだけ。
(心を落ち着けるのにハグがいいとか聞いたことがあるけど、どうなんだろう)
どこかで耳にした話を思い出すけど、ふと自分がやってもいいものかと躊躇う。
なんせその手の経験もなきゃ、普段から人と触れ合うこと自体を避けていることが多い俺だから。
俺なんて、いつも誰かの二番煎じとか役に立ってるのか立ってないのかわからない人間だ。
ひなとは、互いに抱えているものが似ていることもあって、会話が成り立っていることも多い。
――それ、だけ。
それだけの関係かもしれなくても、それでも…だ。
ひなが何かに苦しみながら眠っている。夢のせいか、痛みのせいか。両方か。今はまだ答えを出せていない。
異性間のハグなんて、誰かに見つかれば下心ありとしか思われないんだろうな。
…悩んでる暇なんかないってのに。
「下心、か」
言葉にしてみて、ひなを横目で見て。
(ないわけなんかない。むしろある方だ。…なら、ハグだろうが何だろうが、すべきじゃないのもわかってる。ひなに触れていいか聞いていないんだから)
カルナークみたいな傍若無人さは、俺にはない。多分。相手を無視して、自分の感情だけで突っ走れない。
「でも、この状態をほっとくことは…出来ない」
髪を梳いてやると、わずかだけどひなの口元がゆるんだ気がした。
「助、け……て」
押し殺すような小さな声で、遠慮がちに助けを求める声。
一人で眠りについていた時、いつもこんな感じだったのかな。
どこか苦しそうに、そして寂しそうに、押し殺すような声で誰にも聞こえない声で誰かを呼んで。
夢の中でも、誰かに気を使ってるのか。ひなは。
「ほんと……バカだな」
どっちに向かっていったセリフか、わからない。
わからないけれど、素直に抱きしめてあげたくなった。この腕でもよければって思った。
「ふー……っっ」
やったことがない腕枕をしようとして、妙に緊張する俺。
照れている場合じゃないっていうのに、ひなにとって心地いい場所になってあげたくて…抱きしめたいだけなのにさ。
いろんな感情が俺をグラグラと激しく揺さぶるけど、そんなもん今は自分の感情より優先すべきものが目の前にあるだろうが。
「抱きしめるのが俺で…ごめんな。ひな」
俺でいいのかなと思うのに、俺だけであってほしい気持ちも俺を揺るがす。
「どんな夢見てるのかわからないけど、早く俺のとこに帰っておいで」
つないでいた手を離し、ひなの首と頭の間に腕をすべり込ませて、反対の腕を覆いかぶせて抱きしめるようにした。
軽く抱き寄せて、俺の心音を聴かせるような距離で。
こういった類のことに免疫のない俺。そして、ひなは俺にとって。
(毒にも薬にもなれる、唯一の女の子。俺の、初恋の…相手)
力を込めすぎないように、ゆるく抱きしめる。
ふわりといい匂いがする。
サシェの匂いもそこに混ざってきて、不思議な感じがした。
その間もひなの頭の先には、輪郭を濁したようなモヤがあり続けている。
モヤは俺の目と鼻の先だ。
触れた時の痛みや爪の間の汚れは気になるけれど、こうしているだけならば俺への影響はないようだ。
「シファ……」
腕の中で俺を呼ぶひな。
「いるよ? ここに」
背中に手を回して、トン…トン…と心音に近い間隔で背中を叩いてやる。
俺のバスローブの胸元を、ギュッと握って薄く笑ったように見えた。
「護るから、ひなのこと。だから……もっと頼って?」
願うように囁き、髪の隙間からひたいにキスを落とす。
しっとり汗ばんだひたいにしたキスは、ほんのすこししょっぱかった。
「好きだよ、ひな」
人生初の告白は、本人には内緒。
「ひなも、ひなが護りたいと思うことも、ひなが苦しいと思うことも……一緒に考えていくから」
その言葉はまるで、誓いだ。
「力も何もない俺だけど、やれることを精いっぱいやろうとするひなに負けないから。だから、もっとひなの心を聞かせて?」
そして、願いだ。
浄化がどのタイミングになるかはまだわからないけど、いつその瞬間が来てもひなが苦しまないように。
――――好きな女の子を護れるように、打てる手はすべて打とう。
(まずは、ひなの話にあった過去になかった魔法の属性やスキル絡みのあたりから調べて。それとひなの髪のことも、あの二人に相談して)
あぁ、ひなをゆっくり眠らせるためにもそばにいるつもりだったのに、どうしてこんなに眠くなってくるかな。
「ご、め…ん。俺も……寝る」
もう一度だけ、ひたいにキスをして。
「好きだよ……」
告白を重ねてから。
腕の中のひなのあたたかさを心地よく感じながら、目を閉じる。
目が覚めてから、どんなことが起きるとか何ひとつ気にもせずに。
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