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それを毒というならば 3 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
「……あぁ”?」
寝起きだな、これ。
「悪い、寝てたか」
濁点がついた低い声の時は、実験の最中か寝起きが多いナーヴ。
「寝てねぇし」
いや、寝てた時の言い訳だ。これ。
「おはよ、ナーヴ」
「……寝てねぇってんだろ。しつけぇ」
「はいはい」
いつものようにいつものやりとりをしているだけの俺。
ナーヴが開発した通信の魔法だ。魔法だけど魔法じゃないと本人がいうから、魔法みたいな…って言い方しか出来ないんだけどね。
俺たちの会話を聞き、隣にいるひなはオロオロしている。こういうすこし荒めの口調だから、不安にさせたかな? わかりやすいくらいのオロオロっぷりだ。
「ケンカしてるわけじゃないから安心してね」
といえば、ホント? と言ってるような顔。ニッコリ微笑んでやれば、やっと安心した顔になる。感情がわかりやすい。
「……んだよ。誰かいるのか? そこ」
「いるよ。ひなが一緒なんだけど、ちょっとナーヴに聞きたいことがあって」
「そいつに聞かせていい内容なのかよ」
面白くなさそうな声がしたけど、無視。
「ナーヴさ」
「おい、シファ」
「前に認識阻害の魔法開発してたよね」
警戒心がわかりやすいナーヴに、ナーヴが食いつきそうな話題を提供する。
「…お……おぅ…」
反応あり。よし、このまま押し切ろう。
「その魔法って、完成してる?」
認識阻害の魔法。
誰かの魔法を妨害して錯覚させたり、特定のモノに付与して誰か以外は正規の情報以外に見えるようにしたい。
以前ナーヴが言っていた、その魔法の説明だ。
「対象によるかな。対・魔法に対してのは、まだ開発途中。物にかけるやつは、完了してる。…どっち?」
こと魔法に関しての話に入れば、意外とちゃんと会話になるナーヴ。それ以外は、苦手や嫌いな相手には壁を作って会話から逃げがちになりがち。
こうやって話が出来ているうちに、頼めることを頼んでしまおう。
「ある手帳に、本人以外が開くと真っ白だとかそういった阻害はかけられる?」
「…今すぐ?」
「いや。ジークとアレクに話してからだけど、可能だったら後から頼みたいかも」
「かもってなんだよ、かもって。頼むか頼まないかハッキリしとけ」
「んー……、じゃ、頼むことにしとく」
「……微妙な返ししやがって」
「ナーヴだから頼むんだってこと、忘れないでね」
「はー……。なんだかんだで、俺のことを一番こき使うのはお前だよな」
「こき使うって、ずいぶんな物言いだね。ちゃんと毎回ナーヴが欲しがっているもの、対価で渡してるのに?」
「確かにそうだけどよ。なーんか、釈然としないっていうか。……はぁ、もういいや。お前には勝てないってわかってるから」
「そういう言い方しないでよ。俺、ナーヴを困らせたことないと思ってたんだけどなぁ」
「はいはい。わかった、わかった。……で、今回の対価は?」
「それに関しては後日、そっちの部屋に行ってから相談しよう」
「え? あー…あぁ、わかった。了解。うん。またいくつか頼みたいものリストアップしとく」
「じゃ、あの二人に話をした後に、相談しに行くから」
「じゃ」
「じゃね」
紙から指先を離して、紙を閉じた。
「おまたせ、ひな」
そういって、ひなの方へと顔を向けると予想外の表情で俺を見ているひながいる。
「…………どうしたの?」
思わず問いかけるほどに、意外な顔。
首まで真っ赤になって、熱でもあるの? と聞きたくなるような。
「熱、ない?」
とっさに手のひらをひたいにあてて、熱を測ろうとしてしまうほどに。
「な、ない! 熱、ない!」
ひながカタコトな言葉を発しつつ、ひたいに触れようとした俺の手を押し返す。
「どうかしたの?」
繰り返し聞いても、手のひらをブンブン振ってなんでもないとでも言ってるよう。
ちらちらと俺を盗み見ては、また赤くなる…を何度か繰り返し、なにかボソッと呟いたけど聞こえなかった。
「あんな笑顔…反則…だよぉ」
きっと聞こえていても、なんのことかわからなかったとは思うけどね。
後からわかるその言葉の意味は、男同士の会話ならではの気が抜けた時の笑顔のことらしいけど、俺からしたらただナーヴと話していたってこと以外に何もないんだけどな。
ひながそう思うに至ったのは、俺が笑わないようにしていたって会話が前提にあったのもあったんだろうなと、今だったら思える。
それを知るのも、もっと先の話だなんだけどね。
「さて、と。話を戻してもいい? ひな」
よくわからない状況は後からどうにかするとして、話を先に進めてしまおう。
「う……うん。だぃ…じょ、ぶ」
ひなに笑いかけながら、手を差し出せば小さな手が重ねられる。
ナーヴに頼んだ魔法についての説明と、それがどうして必要なのかを改めて話をし、今後についての話し合いへと話を進める。
手帳についての報告は俺の方であの二人にするとして、寝ていても頭痛で起きてしまうひなの状況もどうにかしてやりたい。
風呂に入って温めてもリラックス出来ただけで頭痛の方に影響はなかったらしいし、特別視神経を使いすぎたという感じでもない。
そうなると、他の病気が隠れているか、残りはメンタル…か。
「ひなは、元いた場所で寝る時にしていたこととか、必ずそばにあったのって何? ルーティーンみたいなものあった?」
思いついて聞いてみても、ううんと首を振って「お兄ちゃんがそばにいただけだよ」と返してきた。
「え…っと、どうしてお兄さんがいたの?」
「んと、話をしてただけ。お兄ちゃんの学校の話を聞いたり、あたしが作ったご飯の話とか」
「…だけ?」
「うん。そういう時間を、お兄ちゃんが必ず作ってくれて、あたしが寝たらお兄ちゃんは部屋に戻ってたみたい。時々そのまま一緒に寝てたこともあったよ」
「…え。お兄さんって、いくつ?」
「あたしの三つ上だよ。だから…18になったかな? 確か」
三つ上で、18。
「……ひな、15?」
「あ、うん」
「俺、いくつに見えてる?」
「え? えー…と、あたしよりは上?」
とか言って、答えを言わないひな。
「みんなの年齢って聞かされてないんだっけ」
「まだ」
「あー…そうなんだ」
「…うん。全員のは知らない」
「そ、っか」
「カルナークは……近いか下かな? ってくらいの認識」
「どうして、下?」
「え……、子どもっぽいって言ったら、怒られるかな。弟みたいで」
「弟いるの?」
「いない」
「…のに、弟?」
「うん。いたら、こんな感じなのかな? って」
カルナーク、弟扱いか。まぁ、おれの弟でもあるんだけど、他から見ても弟っぽいんだな。
「俺は、お兄さんって感じ?」
あえて聞いてみれば、しばし無言が続いてから首を振られた。
「どうして? 上だとは思うんでしょ?」
「上…だけど、お兄ちゃんは…違う。お兄ちゃんじゃない」
「??? …なにかひなの中で判断基準があるんだな?」
「んー…うん。それともシファルの方で、妹みたいって認識なの? あたし」
逆に質問されて、同じように首を振る。
「ひなは、ひなだよ」
それだけ返すと、露骨に嫌な顔をされて首をかしげてきた。
「え? なんか俺、変なこと言った?」
どうしてそんな顔をされているのかわからずに聞けば、プイとそっぽを向かれて「いいえ」と謎の返し。
まぁいいや、これもあとで解決することにして、話を進めなきゃ。
「たとえば、の話ね」
「うん」
「誰かがそばにいたら眠れるとか、何かを置いておいたら眠れるとか…。そういう意味でほしいものはない?」
そう言ってから、ひなの手の中にあるサシェを指先でつつき。
「これ以外でね」
と補足する。
すこしでも眠れる環境を整えようと聞いただけなのに、ひなはつないだままの手にギュッと力を入れてきた。
「…ひな?」
うつむき、なにかを小声で呟いているようなんだけど、よく聞こえない。
「……ひな?」
もう一度声をかけたら、手にさらに力を込めてきて、手をつないでいる方の腕にサシェを握りしめたまま抱きついてきた。
「ひ…ひな?」
ひなの頭が俺の肩先に、コツンと当たって。
「どうしたの?」
猫みたいに、頭をそのまま俺にグリグリとこすりつけるようにして。
「一緒に寝なくても…いい……から、寝るまで…いて、って言ったら……叶えて、くれる?」
ゆっくりと、震える声で願いを呟くひな。
視界に入る、髪の隙間から見えるひなの耳は真っ赤で。
「俺に……言ってる? それとも、他のみんなも含めての話?」
確認したくて問いかけたら、「シファル…」とだけ返してまたすり寄った。
なんか猫みたいだ。
「シファルが、ヤ…なら、いい」
声が少し震えてる。あまり甘えてこないひなが、珍しく甘えてくれている。言葉にするのも勇気を出してくれたんだろう。
空いている方の手で、ひなを抱きしめた。
「ヤ…なわけないよ。俺でよければ、そばにいるよ」
そのまま背中を撫でて、「この後の話はどうする?」と聞けば、「もういい」とだけ返された。
「じゃあ、このまま寝てみる?」
真っ赤なままコクコクと何度もうなずくひなを、そっとベッドに横たわらせる。ずっと手はつないだままで。
寝るまでそばにとは言われているけど、一緒に寝るとも寝ないとも決まってはいない。
どうしようかなと思った時、さっきの話を思い出す。
ひなは自分の兄と一緒に寝たことがある。なにかあったわけじゃないけど、ただの添い寝なんだろうけど、それでもなんだか面白くない。
「シファ…ル?」
ウトウトしかけのひなに、何も言わず手をつないだままで横に寝転がる。
ジーッと俺を見て、何か言いたげに何度か口をパクパクしてから見慣れた笑顔を俺に向けてから。
「ぉ…す、み」
多分おやすみなさいと言ったんだろう。ふにゃりと笑った顔のまま、寝息をたて始めた。
この選択肢は、偶然だったのか必然だったのか。今となってはわからないけど、ひなの状態を見るのに最適だったよう。
眠りについたひなに起きる異変に、最初に気づけたのは他の誰でもなく俺だったんだ。
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