35 / 96
それを毒というならば 1 ♯ルート:Sf
しおりを挟む~シファル視点~
図らずして、ひなと同じバスローブ。
反応に困る表情で俺を待っているから、なるべく無表情でと呪文のように繰り返す。
揃いのバスローブごときで、俺が内心小躍りしそうだなんてわからせないように。
俺がそんな感情を…っていうのと、このタイミングでそんな感情は不謹慎なのは知ってるってば。
薬を飲ませ、ついでにアレが作ってきた特製の水もしっかり飲ませる。
正直、あのひなの姿は心臓に悪かった。ひなが何も身に着けていないとか、気にもならなかった。そんなの、二の次。命の方が大事に決まってるだろ。
ただ、生きていることを確かめ、バスルーム内のイスに腰かけさせたあたりから徐々に冷静になっていき、そのうち顔に出さないようにするのに必死。
一応年頃の男なんで、全く意識せずにいるのは厳しかったんだ。
力が抜けきったひなを水から引きあげて、その心臓が止まっていたらと想像した。
――自身が過去に何度か繰り返してしまった、自傷行為。その時の傷痕は、すっかり薄くなったけど実際まだ残ったまま。
カルナークが産まれてすぐはなんともなかったのにな、ホント。
カルナークは…弟としてただただ俺を慕って甘えてただけだったのに。
その関係を、俺自身がぶっ壊した。決定づけた。一気に花開いた弟の能力に、嫉妬して。
嫌味も通じない、素直すぎた弟。それが俺をもっと苦しめているなんて、アイツが気づけるはずがない。
幼なじみたちがみんな、俺よりも秀でているとしか感じられず、宰相候補への話も出始めていたのに…潰した。
アイツらと並ぶことを嫌がって、その場所に行くこと自体を回避しようと選んだのが薬学。
逃げ場にしただけのそれは、気づけば夢中になってて魔法よりも俺を形作ることになっていった。
アイツらからも、なにかと頼られることが増えた。
ひなに頭痛について頼られたのも、その延長線上みたいなもの…だっただろうに、すこし嬉しかった。
そういう役割分担だとかいうのをひな曰く、適材適所とかいうらしい。
みんなで同じことをやらなくても、それぞれで得意な分野で能力を活かしあって、いろんな方向から同じ道に進めば達成されることも多いんじゃないのかな? って言われた。
カルナークは、それがたまたま魔法とか魔力って話で、俺は薬学で。
ジークとアレクは、王族として学んできたことや経験してきたこと、人脈なんかも俺たちとは違った形で繋がっているから、やり方はきっと違うモノになるんだろう。ひなが言うソレに準えたならば。
ナーヴは、みんなとは違った視点からものを見、他が浮かばなかった案を持ってくることが出来るし、カルナークとは違った魔法の使い方をどんどん研究しては見つけていく。
カルナークと競うように開発しては、次の魔法師団の団長候補に何度も名前が挙がっていた。
瘴気が濃くなってきた時点で、その話も厳しくなっていったけれど、ナーヴにとって研究に終わりはないみたいだった。
自分がやりたいようにやってるだけと言いつつも、自分のためだけの魔法は考えない。ナーヴのすごさ。
俺は自分でその道を選んでおきながら、忘れた頃にみんなを疎み、羨ましがって自爆する。
その回数分だけ、手首に残っている傷痕。
誰かの命を守るための学びを選んだのに、自分のことになると時々あっけなく捨て去ろうとしてきた。
自分自身はそんなことをしてきたのに、ひなが同じことをしようとしたんじゃないのか? と頭によぎった瞬間。
まるで自分の過去はどこかに置き忘れたみたいに、そんな終わらせ方を選ばないでほしいと願った。
自分勝手な人間だと思う。
きっと他の誰よりも、身勝手に生きている。
ひなは、そんな身勝手な人間の俺に、話を聞いてほしいという。
俺がいい、と。
俺自身が一番、俺でいいのか? と何度も自問自答を繰り返す。その動揺を見透かしたかのように、ひなは念を押した。
「シファルじゃなきゃ、ヤダ」
駄々をこねる子どものような、“ヤダ”。
そこまでひなが俺を求めてくれるなら、他の誰にも譲るわけにいかない。
普段だったらさりげなく誰かにどうぞと譲ってきたいろんなことを、今日だけは誰にもこの場所を譲れない。
そういえばと、話をする前にサシェを渡す。
クンイソウの名前を出したら、名前を覚えていたようで「あっちでのラベンダーだ」っていいながら匂いを確かめていた。
「いい匂いだね、これ」
話の前に、ひなの顔から緊張の色が薄くなった気がする。
サシェを手のひらにのせ、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていくひな。
「あまり面白くない話もあるし、笑えない話もあるし、あたしがただいじけているだけかもしれない話もあると思うんだ。……でも、聞いてくれる? アッチでのこと、コッチでのこと。あたしが好きなこと嫌いなこと、いろんなことに対して何を思っているのか。浄化にまつわる話にも、きっとつながる内容もある。……本当はそういうのって、ジークやアレックスに話を持っていくべきなんだろうけど、そうした方がいいかを今のあたしには判断できない。だから、それも含めて助けてほしいの。助言っていうのかな? シファルなら、あたし寄りだけの意見にしないで考えてくれそうで」
ここまで信頼してもらえること、そのものが嬉しい。
器がこんなにも小さい俺に寄せられた信頼を、裏切りたくないし失望させたくもない。
こくんとうなずき、話す前の約束をひとつ交わす。
「もしも、途中で意見が欲しかったら言うこと。基本的に話の間に口を挟むつもりはないから。わからないことがあったら、後で聞けるように憶えておく。話しきった後、これで終わりと決めたらそう告げてくれる? あと、ひなの方で話すための約束事があったら聞いておきたい。……ちゃんと、聞いて、理解して、思ったことを伝えたいから」
ひなを知りたい。ひなが抱えていることを、すこしでも軽くしてやれたら。
言い方は上から目線かもしれなくても、ひなが求めていることがそれならば、叶えてあげたい。
「――ひなのこと、教えて?」
俺がそう告げたら、ひなが息を飲んだ気配がして。
「……シファルの条件でいい。聞いて……シファル」
どちらからともなく、重ねていた俺たちの手がさっきとは形を変え、手のひらで合わさり。
「最初にね、元いた世界でのあたしの話を聞いてくれる?」
指と指の間に互いの指を絡めて、まるでどこにも行かないでと言われているように握られた手に。
「話したことあるけど、人と話すのとか絡むのが苦手というか、考えていることを相手に伝えるのがぎこちなくなって。そのうち、一人で時間を過ごす方が上手くなっちゃった流れで、本を読むのが好きなんだけど…」
ここにいるよと伝わりますようにと願いながら、握り返した。
緊張しているのか、ひなの冷えてきた指先が温まればいいとも思いながら……。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――


我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい
咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。
新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。
「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」
イルザは悪びれず私に言い放った。
でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ?
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる